村一番の洗濯女
初投稿です。お手柔らかにお願いします。
「ああその子なら、街外れの、、
晴れの日の午後なら丘いっぱいに洗い物が干されていてすぐわかるんだがね。
髪が採れたての栗の実みたいな娘だろう?
あ!笑ったね、勿論、イガの方じゃないよ。
あんたもそう思ったかい、なんだってあんなひっつめて纏めちまうんだろうね…。
うん?…あの子に、何の用だい?
今日の午後にはまた来るだろうけど、急ぎかい?
昨日の服を剥ぎ取られたって?
そりゃ良かったね、あんたの血みどろの服は今頃、新品同然だろうさ。
わたしゃ商売柄慣れちゃあいるけどね、あれじゃあ人も寄り付きにくいだろう。
あの汚れ方、随分大冒険の旅路だったんじゃないかね。
遠くから来たのかい?聞かせちゃくれないか。
旅の疲れも溜まってるだろうに、もう発つのかい?
…大丈夫だよ。なんせ村一番の洗濯上手だからね。
ウチの宿のシーツも一手に任せてるくらいさ。
滅多にお目にかかれないような真っ白いキレイな寝台だったろう?
ウチの自慢の一つさ。
その服もあの子が持って来たんだろう?
そんな風にパリッと着心地良くあがってくるよ。
天気読みのカンも良くて、気立ても腕もこの辺んじゃ一番、
どこのかみさんもあの子が洗濯岩にいると挙って集まって教えを乞うくらいさ。
あの子がいるだけで汚れがよく落ちるとかなんとか。
まあ働き者のいい娘なもんだから、教えてもらいに行くんだか、洗ってもらいに行くんだか。丸ごと任せちまう家もあるくらいだね。」
大袈裟な口振りだと男は頬だけで苦笑した。
「いやいや、大袈裟に言ってるんじゃないよ、ホントさ。
白いものは白く、色柄は一層冴え冴えと、色落ち、まして色移りなんかしやしない。産衣は軽く柔く、花嫁のベールは気目も荒さず、正装は形良く、どんな布でも持ちがよい。それでいて、着心地良く、卸したてより上等に見えるくらいだ。
ありゃ才能だね。頭が良くなきゃ出来ないよ。
しみもなにもなかったみたいにきえちまう。
そうそう、脚も立たない頃から、水辺をうろついて、洗濯物を手伝っていたんだから、筋金入りにあの子は洗濯が好きなのさ。
代金なんかとりゃしないよ。皆があの娘に良くするからね。」
「…、あんたに限ったことじゃないよ。えらく気の利く世話焼きで、面倒見がいいんだ。この村の独身男どもが身綺麗なのもそういうわけさ。」
暗に、彼女は引く手数多で、不埒な真似をすれば村中の人間が敵に回るとほのめかす。勘違いするんじゃないよ、フン!
「あの子の手を見たかい、同じ頃の娘より一回り大きい。
貴族のご令嬢みたいな繊手のうつくしさはないけれど、魅力的な手さね。
その手に、こう、サボンの実や時には他の誰も知らない葉のついた枝を捧げ持つ。
洗濯岩の上で踏み洗いする。舞うように枝から葉を蒔いて、彼女が小さな水飛沫を点てると、川面から波が静かに彼女の足元に打ち寄せる。他の誰がやっても起きないことさ。
あの子が来てから、川はずっと穏やかで、鉄砲水も、洪水も、水渇れすらない。
村の誰もがあの娘を川の愛し子と呼ぶよ。」
宿の女将は男を引き留めるためとはいえ、少々喋りすぎだ。
遅い朝飯か、早い昼飯か、それとも両方か、いく人かいた酒場の客の視線がそっと集まる。陽気なおかみは身びいきが強すぎて自慢しがちなのが玉に瑕である。
如何ともつかぬ男女の汗、潰れた毒草の汁、どこのものかわからぬ粘液に、獣とも人ともつかぬ返り血。
人の汗なら臭いが残る、毒草ならば毒がしみ、粘液ならば繊維が溶ける。人の血ならば容易には落ちない。いつだったか、とつとつと語ったのは「川の愛し子」だ。
素朴な村では妙なこともそうそう起こらないが、水辺の女が洗った洗濯物のシミが落ちるということは、それがなんであったか彼女が知るということである。彼女は非常に口が堅いが、それでも彼女の裁量でその情報が開示され村の諍いを止めた事が幾度もあった。
賢い彼女はそれらの事には触れまい。だが娘は男の弱みを握っているかもしれぬ。
彼女は隠れた村の宝だった。
秋空には雲が多いが、青草の丘からはカラッとした風が吹いている。服はもう乾いているだろう。
女将は旅人の男に服を取りにいかせる旨を告げ、裏の小僧に使いを頼んだ。
この旅人は諍いの匂いがする。洗濯女には会わせずに済ますのが良かろう。
ただこの女将の気回しも、慌て者の小僧が洗濯女の家で男服を取り違えることにまでは行き届かなかった。
旅人の服の風変わりな刺繍を小僧が知っていたら間違うはずもなかったろうが…。
風を受けて風車が廻る。