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「あー、ビックリした」


団長の部屋をあとにして、食堂へと向かう廊下を歩きながら私は胸に手を当て大きく息をはいた。


緊張した。


思い出さないように平常を装っていたのに。


「団長…覚えてる」


覚えていないと思っていた。

あのとき団長からはお酒のにおいがしたし、触れた唇からもお酒の味がした。きっと前日に大量のお酒を飲んで酔ったまま寝ていたところを私に起こされて、なんとなくあんなことをしてしまったに決まっている。酔っぱらっていたのなら、覚えていないと思っていたのだけれど……。


覚えていた。

しかも自分からあのときの話を振ってくるなんて。


――――忘れてくれって言いたかったのかな。


そんなこと言われなくても私はとっくに忘れようと思っていたのに。


――――あのときはごめん。と、謝ろうとしたのかもしれない。


……いや、それはない。

あの団長は私に頭をさげるなんてありえない。


「あ~、どうしよ~」


団長が覚えているのなら、私だけ忘れたフリをしてあの出来事をなかったことになんてできなくなってしまった。


気まずい。すごく気まずい。


そんなことを悶々と考えていたら、いつの間にか食堂まで辿り着いていた。食事を終えた団員たちの賑やかな話声が聞こえる。


「あ、いたいた!アリスちゃん、ちょっと来て」


とある数人のグループから声をかけられ、なんだろうと思いながらも近寄った。


「まま、座って、座って」


イスをすすめられたのでそこにちょこんと腰をおろした。


「なんですか?」


声をかけてきた団員にたずねる。

あれ、そういえばこの人名前なんだっけ?

顔は覚えている。ごつごつとした丸い顔はまるでジャガイモみたいだなぁといつも思っていたのだけれど、名前までは知らない。


タモン君やエルオさんのように普段から何気ない会話をしている団員たち数名をのぞいて、私はここにいる全ての人の名前を覚えているわけではない。ここには多くの団員がいるので、申し訳ないがその一人一人の顔と名前を一致することが私には難しいのだ。


それを思えば団員全ての名前と顔を一致させている団長の記憶力はすごいなぁと感心する。さすが何でも完璧な団長だよ。って、団長のことを思い出すのはやめよう。


「どうしたの?顔、赤くなってるけど」


隣に座る団員――じゃがいも君と呼ばせてもらう――は、そう言って私の顔を覗きこんできた。


「あ、何でもないです」


顔の前で手をぶんぶんと振る私に、じゃがいも君は続ける。


「アリスちゃん、彼氏とかいるの?」

「は?あ、いや、いませんけど」

「じゃあ好きな人は?」

「…え?」


一瞬、団長の顔が頭に浮かんでしまった。

出てくるなー!

頭を思い切りふって追い払う。


「アリスちゃん?どうしたの」


そんな私の行動を不審に思ったじゃがいも君だが、話を続ける。


「アリスちゃんはどんな人がタイプなの?」

「タイプ…とは?」

「どんな男の人が好きなのかなぁと思って」


今までそんなことを考えたことはなかった。というか、恋愛には興味がなかった。もうすぐ20歳になるというのにお付き合いをした経験もないし、人を好きになったこともない。珍しい人間なのかもしれない。


好きなタイプと言われてすぐに思い浮かばない。

私はどんな人が好きなんだろう―――。


ふと団長の顔が頭をよぎる。


って、出てくるなー!


団長なんていつも私のことを怒ってばかりで、バカにしているとしか思えない。初対面こそその見た目に騙されてかっこいいと思ってしまったけれど中身は最悪だ。


でも、と思い直す。


きびしくてこわいけれど、ふとした瞬間に団長は優しい。


以前、なぜここで働くことにしたのか、と聞かれたことがあった。

私は正直に話した。父が病気になり収入がゼロになったため、スクールを辞めて自分が働くことにしたことを。

団長は黙って話を聞いてくれて、なぜか父が入院している病院の名前をたずねてきた。なんでそんなことを聞くのだろう?と疑問に思いながらも教えた。

その数日後いつも通り父のお見舞いにいくとそこには大きな花瓶があって、色とりどりの花がささっていた。それに私の持ち金ではとうてい買えそうにない高価なフルーツの盛り合わせも置かれていて。こんなものどうしたの?と父にたずねると、第3護衛騎士団の団長が持ってきてくれたと嬉しそうに言った。


団長が父のお見舞いに来てくれたのだ。

そんなこと私には一言も言わなかったのに。


父が言うには騎士団詰所で働く私の話も団長はしていたようで、『よく頑張っています』『すごく助かっています』と言っていたそうだ。あの団長が…。


素直に嬉しかった。


次の日、私はすぐに団長にお礼を言った。すると、なんのことだ?ととぼけられた。そんな団長がおかしくて思わず笑ってしまったら、頭をごつかれたけれど…。


不器用な人だと思った。

そしてさりげない優しさを見せる人だと思った。


きびしくてこわくて、ちょっとドSなところがある(私限定で)団長だけれど、本当はすごく優しい人なんだ。私はそれをよく知っている――――。


「だんちょ……」


気が付けばそんな言葉がもれてしまった。


「え?アリスちゃんのタイプって団長なの?」


じゃがいも君の声にハッとなり我に返る。


「あ…え!違う、違う、違うよ」

「でも、今、団長って…」

「言ってない、言ってない。そんなこと言ったかな~」

「じゃあアリスちゃんのタイプは?」


さっきから思うのだが、それを私に聞いてどうするんだろう?


「タイプかぁ。…優しい人、かな」


無難にそう答えておいた。


するとじゃがいも君は「ならいいやついるよ」と、私とは反対側の自分の隣に座っている団員――この人も名前が分からない――を親指でさした。


「こいつなんてどうかな?」


どうかな、とは、なんですか?


「こいつのこと知ってる?」


すると今度はじゃがいも君の向かいに座っている別の団員が声をかけてくる。


「ごめんなさい。顔は知っているんですけど、名前が分からなくて……」


その人どころか私はここにいる全員の名前を存じておりません申し訳ありません。と、心の中で深く謝っておいた。今まで必要ないと思ってサボっていたが、やはり名前は全員覚えた方がいいのかもしれない。


「ああ、いいよいいよ。俺たち2年前に入団したばかりの下っ端だからアリスちゃんが覚えてなくても当然だって」


2年前に入団したということは同い年だろうか。たしか騎士学校は18で卒業するから、この人たちは今年20歳になるということだ。


「ほら、自己紹介しろよ」


と、じゃがいも君は隣に座っていた彼に言った。


「どうもウェルっていいます」

「あ、どうも、アリスっていいます」


「いや、アリスちゃんのことはみんな知っているから」


自己紹介してきた彼―ウェル君につられて私もつい自己紹介をしてしまった。するとじゃがいも君がすかさずからかってくる。その場にいる人たちの笑いが起こり、おさまるとじゃがいも君が言った。


「ウェルがアリスちゃんのこと好きなんだってよ」

「…え?」


突然なんですと?


「ほら、お前もちゃんと言えよ」


と、じゃがいも君は隣に座るウェル君と自分の位置を交換して、私の隣にウェルが座る形になった。


「アリスちゃん、突然ごめんね。でも、どうしても言いたくて。俺、初めてみたときからアリスちゃんのこと可愛いなって思ってたんだ。ずっと話しかけたかったんだけど勇気がでなくて。俺、剣の腕もまだまだだけどいつか誰よりも強い騎士になるから。だから、俺と付き合ってください」

「え…あ…え?」

「ダメかな?」

「いや…えっと…」


生まれて初めての経験なのですが、これは告白でいいですか?

私、告白されちゃったんですか?


こういうときすぐに返事がでてこない。

真剣な眼差しで私を見つめるウェル君はまぁかっこいいといえばかっこいい。少し頼りなさそうだけれど、一応彼も騎士なのだからそれなりには強いのだろう。


でも、ごめんなさい。付き合う気にはなれない。


「あの…ご」

「お試しでもいいから」


ごめんなさい。と言おうとした私の言葉はウェル君によってかき消された。


「とりあえずでもいいから俺と付き合ってよ。それでもいいから。お願い。俺、アリスちゃん好きなんだよ」


両手を顔の前に合わせて「お願い」と頭をさげるウェル君。見た目によらずどうやらかなり押しの強い人のようだ。


「なぁアリスちゃん。ウェルはいい男だぜ。強いし優しいし。騎士と付き合いたいって女はたくさんいるんだ。何かあれば守ってもらえる。だからアリスちゃんもウェルなんてどうかな?」


じゃがいも君がたたみかけてくる。


私、どうしたらいいの……?


「あの~、嬉しいんですけど、でも、私は付き合うとかそういうのは考えられないっていうか、私はただのお手伝いなので、アハハ~」


笑ってごまかそうとするが、誰も笑いを返してくれない。まるで私が頷くまでこの場を離してはもらえない雰囲気だ。


誰か助けて~。

と、あたりを見渡すが、こんなときに限って私を助けてくれるような人は誰もいない。


タモン君は遠くのテーブルで友達を楽しそうに話をしているし、エルオさんは姿が見えないからたぶんまた食べてすぐ筋トレにでも行ったのだろう。テオさんも、私がここへ来たときにはいたはずなのに、いつの間にか席をはずしていた。


どうしよう。この場をどう切り抜けよう。

何も言えないまま、私は一人でアタフタしていた。


すると、今まで騒がしかった食堂が一瞬で静寂に包まれた。食堂の入口付近に座っていた団員たちが立ち上がり、背筋を伸ばす。みんなの視線が入口へと注がれた。


口元に手をあて大きなあくびをしながら、団長が食堂へ姿を見せたのだ。


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