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団長視点です。

テオにやられた。

寝起きの頭でも俺はすぐにそう確信できた。


今日は非番だと昨日テオに告げたはずだ。たまった書類もまぁ少しは片付いたことだし、今日はゆっくり寝ているから起こすなよ、と言ったはず。

なのに俺を起こしにやって来た。よりにもよってアリスが。


「今日はいい天気なんですよー」


カーテンを開けて窓から外の景色を見ながら、ここのお手伝いであるアリスは言った。


朝の光にあたる彼女の栗色の髪がキラキラと輝いている。少しカールした長い髪は仕事のときにはジャマなのかいつも器用に一つに結わえられている。一本の後れ毛もないほどかっちりと。しかし、俺は髪をアップにしているこいつよりもおろしているときの方が可愛いと思う。…って、俺は朝から何を考えているんだ。


「そういえば団長、このマグカップ使ってくれているんですね」


いつの間に移動したのかアリスは俺の仕事机の前に立っていた。その手には花柄のマグカップが――って、おい、見られた!


「『こんなもん使えるか』って言っておきながら、ちゃんと使ってるじゃないですか」


嬉しいなぁ、とアリスは微笑んだ。

俺は思わず視線をそらした。朝からあの笑顔は毒だ。あんな可愛い顔を俺に見せるな。


あのときを思い出してしまう。

忘れられなくて、いつも俺の頭の片隅にあるこいつとのあの出来事を――。


―――そういえば、こいつは覚えていないのか?


まぁ何でもいい。

それよりもこいつと二人きりで同じ空間にそう長くはいたくない。早く部屋から追い出そう。


「お前もう行けよ。俺もすぐに行くから」

「わかりました。団長の朝食、温めなおしておきますね」


そう言って、俺に背を向けて扉へと向かうアリス。


―――こいつ、本当に覚えていないのか?


あんなことがあったのにこうして俺の部屋をまた訪れて普通に接しているなんて。よほどの鈍感バカかただ単に忘れているだけなのか。いや、あんなことされて普通忘れるか?大抵の女なら男に突然あんなことされたら戸惑うだろうし、そいつのことを意識するはず。


でも相手はあのアリスだ。

こいつなら忘れていてもおかしくないか……。


忘れているとするなら俺が変に緊張して気を遣う必要はない。正直、あれからアリスをまともに見れないし、普通に接することができない。


忘れているならそれでいい。けれど、それもまた寂しいような複雑な気持ちだ。あんなことぜんぜん気にしていないと言われているようだし、俺のことをまったく意識していないということで少し傷付く。俺が、こんなにも頭を悩ませているというのに。


気が付くとアリスの小さな背中に向かって声をかけていた。


「おい」

「なんですか?」


アリスが振り向く。


「お前、あのときのこと覚えてないのか?」


口に出してから、俺はいったい何を言っているんだ…と後悔した。

自分からあのときのことの話をするなんて。


すると、アリスの顔が一瞬でさっと青ざめたのを感じた。こいつは本当にわかりやすい性格をしている。その反応で俺は確信した。こいつ覚えている、と。


「あ~、何のことですかね~。あのときってどのときですかね~」


忘れたフリをしていたのか。

こいつにしては今までうまくできていたが、少しつつけばやはりその演技は続かないようで、俺の問いに完全に焦っている。こいつはやはりウソが下手だ。


絶対に覚えている。


「じゃあ、私はこれで」


目を泳がせ俺と視線を合わせないように、アリスは走って部屋を出て行ってしまった。

バタンと扉が閉まる音がして、部屋がシンと静まり返る。


テオめ、よけいなことをしてくれた。

キレ者でやけに勘のいい副団長の顔が頭に浮かんだ。


****


それは昨日のことだった。


「で、俺はどうしたらいいと思う?」


エリスールで一番の金持貴族一家が隣の領土にある親戚の家に遊びに行くというので、その護衛を任された。無事に終わったその帰り道、長く走り続けた馬を休ませるべく俺たちは静かな湖畔でしばしの休憩をとっていた。


「どうしたらいいとは何かあったのか?」


いつになく真剣な表情の俺を心配に思ったのか、返ってきたテオの声もまたいつもよりも少し低く感じた。

俺は周りを見渡し近くに人がいないことを確認する。そしてテオに顔を近づけ小声で言った。


「いいか、誰にも言うなよ」


誰にも言いたくないようなことを打ち明ける。一人で考えても考えてもどうしていいのかさっぱり分からなくなった最後の手段だ。


「ああ、どうした」


まるで次の任務の作戦を考えるときのように、テオの瞳が鋭くなったのが分かった。今から話す内容を思うとなんだか申し訳なくも思うが、俺は正直に打ち明けた。


「アリスに、キスしてしまった」

「…………」

「…………」

「…………」


しばらく沈黙が続いた。

が、それを壊したのはテオの大きな笑い声だった。


「おい、笑うな」

「すまん。何の話かと思えば、そんな話か」

「そんな話とは何だ。俺は真剣に話しているんだ」

「ちょっと待てディック。物事はしっかり最初から話せ。なんでそうなった?」


喋りながらもテオの笑いはおさまらない。


俺はなぜそうなってしまったのかを説明した。が、思い出すだけで顔から火が出そうなほど恥ずかしい。


「酔っぱらっていたんだ。前の夜にエルオと飲みに行って大量の酒を飲んだ。なんとか部屋に戻ったがソファですっかり寝てしまって、朝、アリスが俺を起こしに部屋に来た。俺はまだ酒が抜け切れてなくて寝ぼけてもいた。で、何を思ったのか、アリスの腕を掴んで引き寄せてだな……」

「キスしたと?」

「……ああ」

「どうして?」

「分かるか!酔ってたんだ…だから、つい、うっかり…」


思わず頭を抱えてしまう。


あれからアリスに会うのが気まずい。

俺がうっかりキスをしてしまった後、アリスはしばらく固まっていた。俺もだんだんと意識がハッキリとしてきて今しがた自分がしてしまった行動に気付いて驚いた。アリスは無言で部屋を飛び出していったが、俺は追いかけはしなかった。

その後、朝食の席でアリスに会っても「おはようございます」とまるでさっきのことがなかったように普通に挨拶をされた。だから俺も普通に挨拶を返した。

それから顔を合わせてもアリスの行動はいつも通りで何も変わらなかった。


しかし俺は違った。


あれから前にもましてアリスを意識してしまう。あいつを前にすると緊張してしまい、さけるような行動をとったり、二人きりになるのをやめたり。


俺はどうしてしまったのか。どうしたらいいのか。


考えに行き詰まり、こうして副団長であり騎士学校時代の同期であるキレ者のテオに相談した。何かいい解決策を導いてくれると思って。―――しかしテオから返ってきたのはとんでもない言葉だった。


「うっかりだとしてもお前には少なからずそういう気持ちが前々からあったってことだろ」

「そういう気持ちとは?」

「アリスちゃんに気があるってことだ。つまり惚れちゃったんだろ」


テオがニヤリと笑う。


何を言っているんだこの男。なんでそうなる。俺がアリスに気がある?惚れた?あんな年下のお手伝いに、この俺が?


「ありえないな」


はっきりと断言した俺に、テオは問う。


「じゃあどうしてキスしたんだ?」

「だからうっかりだって言ってるだろ」

「いいか、ディック。俺はお前のことをよく知っているつもりだ。たとえ酔っていたからといってお前がうっかり女にキスをするような男だとは、俺は思わない」


だからって俺がアリスに気があるっていうのか。


テオが大きなため息をつき、「よく聞けよ」と俺を正面からしっかりと見た。


「この際だから言わせてもらえば、たぶんお前はアリスちゃんが好きだ。自分では気づいてないかもしれないが、お前の視線はいつでもアリスちゃんを追っている。何かと気にかけているしな。それに、俺はアリスちゃんはいい子だと思う。女嫌いなお前でも普通に接することができるくらい、あの子は真っ白で純粋で誰からも好かれる子だと思う。お前にはもったいないくらい、可愛くていい子なんじゃないかな」


テオの言葉に俺は返す言葉が見つからなかった。


俺の中でアリスに対する何かが大きくなっているのは気づいていた。それが「惚れた」という感情なのだろうか。いい歳して恋だと愛だのがサッパリわからない。


思えば俺はずっと剣のことだけを考えていた。恋愛だの結婚だのそんなものはどうでもよくて、騎士としていかに生きていくかが俺には大切だった。そしてそれはこれからも同じだ。


そんな俺が女に惚れるわけがない。


「お前に相談した俺がバカだった」


俺は腰をあげると、水を飲む愛馬のもとへと行こうとした。が、振り返りテオに言う。少しイライラしてしまったから強い口調だったかもしれない。


「いいか、このことは誰にも話すなよ」


あのときたしかテオは「わかってるよ」と返事をしていた。


たしかに誰にも言ってはいないが、しかし、よけいなことをしてくれた。


わざとあのときと同じ状況を作ろうと、寝ている俺の部屋にアリスを送り込んでくるなんて。


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