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朝食を作り始めてから約1時間。
もう4年もここで働いて全員分の料理を毎日作っていると、さすがに手際も良くなるというもので、さっと料理を作れるようになった。
全員分の料理の準備が終わる頃には起床した団員たちが次々と食堂に集まってきていた。
「アリスー。飯まだかー」
「おっ、このにおい。今日はトマトスープだな」
「ジャガイモを蒸かしたにおいもするな」
「腹減った~」
おぼんに乗せたスープを持って団員たちが座るテーブルへと向かう。そして、一人一人の前に置いていく。
「アリスちゃん。手伝うよ」
声をかけてくれたのはやっぱりタモン君で。
料理場の方へと走っていき、ジャガイモをお皿の上に盛ってくれている。
洗濯に引き続き料理の配膳の手伝いまで。本当にタモン君は優しい子だ。
二人でテーブルに料理を並べ終わる頃には団員たちはもうすっかり全員揃っていた。
「「「いただきまーす」」」
と、ガツガツと食べ始める。
タモン君も自分の席について食事を始めていた。
私はそれを見届けると料理場へと戻り、洗い物を始める。お手伝いである私の食事はみんなの食事の後だ。そのあとは部屋の掃除がある。あ、あと、団長に指摘される前にそろそろ中庭の草むしりもしないとな。うーん、でも天気も良いし布団も干したいな。けど団員たち全員の布団を干し終える頃にはきっと日が暮れてしまいそう…。とりあえずキレイ好きの団長様の布団だけでも干そうかな。
なんて考え事をしながら洗い物をしていると後ろから声をかけられた。
「アリスちゃん」
振り向くと、副団長のテオさんがいた。
銀色の長髪を後ろでゆるく一つに結び、まとまりきれなかった前髪の一束がたらんと顔にかかっている。その顔はとても穏やかで、声色もとても優しい。
「テオさん。どうしました?」
朝食の途中にわざわざこんなところまで来てどうしたのだろう、と私は洗い物の手を止めてエプロンでさっとふいた。
「アリスちゃんにお願いがあって」
「私にですか?なんでしょう」
「悪いんだけど、団長のこと起こしてきてくれるかな?」
「団長……ですか」
「まだ起きてこないんだよね」
そう言ってテオさんは団員たちがガツガツと料理を食べているテーブルに視線を送った。
そう言われて気が付いた。
そういえば団長が朝食の席についていない。
「寝坊ですか?」
そうたずねて、そんなわけあるか!と心の中ですぐに突っ込んだ。なんでも完璧主義なあの団長が寝坊なんてするわけがない。
「団長は今日は非番なんですか?」
テオさんにたずねると、彼は首を横に振った。
「いや、今日は通常勤務。朝一で本部へ行く予定なんだけど」
おかしい。これから仕事のある団長がこの時間になっても起きてこないのはかなりおかしい。……いや、でも待てよ。そういえば前にも一度あったような……。
「私が、起こしに行くんですか?」
「やだ?」
「ハイ!」
あ、やばい。思わず本音が出てしまった。いつも穏やかな笑顔で私に話しかけてくれるからたまに忘れてしまうけれどテオさんはここのナンバー2である副団長だ。
そんな私にテオさんは小さく笑う。
「アリスちゃん、はっきりと拒否し過ぎ」
「わわ、すみません。あの…わかりました。団長、起こしてきます」
「いいの?」
嫌です。
けど、私はここのお手伝い。お願いをされて断ることはできない。
それに、テオさんの頼みならなおさら断ってはいけない。スクールを辞めたばかりで学歴も資格も何もなかった私をここへ雇ってくれたのはテオさんだ。あのときテオさんが面接をしてくれて採用してくれなかったら、私は今頃ここにはいない。仕事も見つからず、生活費も父の入院費も払えずに途方にくれていることだろう。
だからテオさんには恩がある。
でも、しかし…だけど…。
「あの~、テオさん。団長、昨日、お酒飲んでませんよね?」
おそるおそるたずねると、
「うーん。どうだったかな。昨日の夜は仕事が終わってエルオに飲みに誘われていたけど断っていたと思うよ。考えたいことがあるって言って部屋へ入ったままそれっきり。たぶん酒は飲んでないんじゃないかな」
よし!団長は酔っていない!この寝坊は二日酔いではない!
これなら起こしに行けるよ、私。なんて安心したのも束の間
「でもねー」
と、テオさんの声が低くなる。
「団長、昨日は機嫌が悪かったからなぁ。起きてこないのもそのせいかも」
それはそれでイヤなんですけどー!
「ま、とにかくアリスちゃん起こしてきてよ。アリスちゃんが行けば、きっとディックもすぐに目が覚めると思うよ」
ポンと私の肩に手を置いて笑顔を見せる副団長。
「……はい。行ってきます」
エプロンをはずし私はトボトボと歩き出す。
「がんばってー」
テオさんの穏やかな声が、私の背中にぶつかった。
次はいよいよ噂の団長様が登場します。