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タモン君のおかげでいつもよりもだいぶ早く洗濯物を干し終えることができた。


時刻は午前6時を少し過ぎた頃。

朝食の時間まで軽くランニングをしてくるというタモン君と別れて、私は急いで食堂へと向かった。と、そこには先客があって。


「アリスー。これ、畑から持ってきといたぞ」


右手に大量のトマト、左手にも大量のジャガイモを抱えたエルオさんがいた。白いタンクトップから見える腕はたくましく、太い首にはタオルが巻かれている。額にはうっすらと汗が。


「ありがとうございます。エルオさん、朝からまた筋トレですか」

「おお。ついでに畑から採ってきたぞ」


エルオさんが私にトマトとジャガイモを手渡そうとする。けれど、大柄な彼が一度に持てる量と小柄な私が一度に持てる量はあきらかに違っていて、持ちきれずに少し床に落としてしまった。


「おっと、悪ぃ悪ぃ」


エルオさんが落ちたトマトとジャガイモを拾って、そばにある机に置いてくれた。そして、冷蔵庫から炭酸水を取り出すとコップになみなみとつぎ、一気に飲み干した。


「あ~、うまい!アリスも飲むか?」

「・・・。いえ、けっこうです」


朝からそんなパンチのきいたものは飲めない。

私はトマトとジャガイモをザルに入れると土を水で落とす。真っ赤で大きなトマトとどっしりと丸いジャガイモ。これを使って今日も美味しい朝食を作ろう。


キンと冷えた水で野菜をきれいに洗っていると、その隣でエルオさんはコップいっぱいの炭酸水をもう一杯豪華に飲み干した。そして、ゲフッと大きなゲップをする。そのあとにももう一回、ゲフッと計2回のゲップを若い女の子の前で何の恥じらいもなくかました。


「悪ぃ悪ぃ」


笑いながら謝っている。絶対に悪いと思っていない。


「そういやアリス、スープ作るの上手くなったよな」

「そうですか?」

「おお。初めてここに来たときよりぐんと上手くなった。あのときは水を飲まされているようだったからな」

「・・・。それはすみませんでした」


ちょっと嫌味っぽく謝ると、エルオさんは笑いながらその大きな手で私の背中をパンパンと叩いた。


ここで働くようになるまでは料理はほとんどしたことがなかった。いつも父が作ってくれていたから。ほぼ料理初心者の私は、前任さんが書き残してくれたレシピノートを見ながら1日3食を必死になって作っていた。


「団長によく怒られてたもんな。『お前はこんなものを俺に食わせるのか』って、毎食毎食ガミガミ言われてたろ」

「そんな私をエルオさんは一度も助けてはくれませんでしたね」

「ありゃ、そうだったか?」


エルオさんは豪快に笑いながら、また私の背中をパンパンと叩いた。


私は当時のことを思い出していた。

レシピノートに書かれている通りに作ったはずなのにいつも美味しく作ることができない。きちんと分量も、煮たり焼いたりする時間もはかっているはずなのに、どうして上手に作ることができないのか…と落ち込んだものだ。


「しまいには団長が自らお前に料理指導していたよな」


ガハハハと笑うエルオさんに、私はひきつった笑顔で返した。


作っても作っても上達しない料理。それでも決して食べられないほどマズいわけではなかった。美味しくないだけで食べることはできる。だから団員たちはみんなそれでもあまり文句を言わずに食べてくれていた。

が、問題は団長様だ。

団長だけはいつまでたっても一口しか食べてくれなくてすぐに箸を置いてしまう。そして、


『お前には料理センスがない』


と、ハッキリ言われてしまい、


『俺が鍛えてやる』


と、忙しい仕事の合間をぬって私に料理指導をしてくれるようになった。頼んでないので大丈夫です、とは口が裂けても言えなかった……。


団長の料理指導は厳しくて、たぶん団員たちに剣の稽古をするときよりも厳しいんじゃないかってくらいスパルタだった。何度も怒られて、何度も泣きそうになったけれど…いやいつも大泣きしていたけれど…。でも、そんな指導のかいあってか私の料理の腕はグンとあがったっけ。


「そういえば最近、団長がアリスに料理指導しているの見てないな」


エルオさんは、私が洗っているトマトを一つ掴んで大きな口でかじった。


「前までは団長が非番の日には必ず二人で料理していただろ。団長の怒鳴り声がよく聞こえてきてたな~」


そう言って、エルオさんはもう一つトマトを掴もうとするので、さすがに私はそれを制した。


「エルオさん、朝食の分がなくなっちゃいます」

「おっ、悪ぃ悪ぃ」


食べ始めたらエルオさんはどんどん食べてしまう。前も朝食用に用意しておいた大量のきゅうりをザルに入れっぱなしで少し席をはずして戻ってきたらエルオさんが三分の一のきゅうりを食べてしまっていたことがあった。彼はその体格通りの大食いだ。


「団長、怒りながらも楽しそうだったな。アリスに料理指導しているとき」

「え……?」


エルオさんの言葉に耳を疑った。

団長が楽しそう?

あんなにガミガミ怒りながら料理を教えていたのに、楽しそう。

だとしたら……


「やっぱり団長はそうとうなドSですね」

「……ブフッ」


ポツリとこぼれた私の言葉にエルオさんは口に頬張っていたトマトを少し噴出した。


「ドSかぁ。言うね~アリスも」

「だってそうじゃないですか。人を怒るのを楽しむとか、ドSの人のやることです」

「まあたしかに団長は少しSなところがあるな」

「ですよね!」

「お前限定のな」

「……どういうことですか?」


私がきりっと睨むと、エルオさんはまた笑った。


「でも、アリスといる団長は楽しそうだぜ。お前に料理を教えているときの団長のあんな顔、俺は初めて見たよ。剣を振っているときよりも生き生きしてた。アリスといるのが楽しいんだろうな」


またも耳を疑った。

私といる団長の表情はどうやら生き生きとしているらしい。

だとしたらやはり団長はそうとうなドSだ。人が怒られてしょんぼりしているのを見るのが楽しいのだろう。

街中の「団長ファン」の女性全員に教えてあげたい。

第3護衛騎士団団長はドSだと――。


よし、ビラでもまこうかな……なんてくだらない想像をしている私にエルオさんは言った。


「そういえば団長も言ってたぞ。一緒に飲みに行ったときその店の料理を食べながら『これならアリスの料理の方がうまい』って」

「え?団長がですか?」

「おお」


なんだそれは、ちょっと嬉しい。


「だから俺が言ってやったんだ。だったらアリスを嫁に貰えってな」

「・・・は?なんでそうなるんですか」

「いや~俺、前からずっと思ってたんだよ。アリスと団長は良いコンビだって。それに女嫌いな団長がアリスとは普通に接して喋ってるからな」

「え?団長って女嫌いなんですか?」

「おお」


それは初めて知った。

だから、特定の女の人を作らないし、結婚もしていないのか。

それにしても…だ。


「エルオさん、変なこと言わないでください。私が団長の嫁なんてありえません。それに絶対にイヤです!」


そう、まっぴらごめんである。

たとえ団長が街中の女性たちからモテモテだとしても、みんな騙されているのだ。団長は実はすごく厳しくてこわい人で、あとドSだし!

それに、団長だってこんな私を嫁になんてもらいたくないはずだ。


「そういえばアリス、お前、団長と何かあったのか?」

「は…え?」


エルオさんが唐突にそんなことを聞いてきたから驚いた。

私は洗っていたトマトを思わずシンクに落としてしまう。


「何か…とは、何ですか?」

「いや、何もないならいいんだけどさ。じゃ、俺は便所に行ってくる」


そう言って、この場を去ろうとするエルオさんの太い腕を私は両手でガシリと掴んだ。


まさか、知っているのか【あのこと】を……。


「エルオさん。団長……何か言ってたんですか?」


おそるおそるたずねると、エルオさんは首を大きく横に振った。


「いいや、何も言ってはいないけど」

「あ~よかった~」


思わず安堵のため息がもれる。そんな私を見てエルオさんは不思議に思ったようで「やっぱり何かあったのか?」と再び聞かれたので、「何もありません!」ときっぱり答えた。


「まぁ何もないならいいけど。ただ、お前の名前を出したときの団長の様子がおかしかったからな」

「え……?」

「ほら、さっき話したろ。飲みの席で俺が『アリスを嫁に貰え』って団長に言った話」

「え…ええ……」

「あのときの団長が盛大に口から酒を噴出したんだよ。あんな慌てた様子の団長初めてみたからな、おかしいと思っただけだ」

「…………」

「ま、何もないならいいけど」


そう言って、エルオさんは私の肩を豪快にたたく。


「じゃ、今日も美味しい朝食、楽しみにしてるからな」


ガハハハ笑いながらキッチンを後にした。


「どうしよう……」


一人になって思わずそんな言葉がもれた。


もしかしたら団長も【あのこと】を覚えているのかもしれない。酔っていたから忘れていると思ったのに。団長が覚えているとしたら、すごくやっかいだ……。


どうしよう、と呟いたところでどうしようもない。


団長に確かめることなんてできるわけないし。


でもどうして団長は私にあんなことをしたのだろう。


と、思わずあのときのことを思い出してしまい顔がボッと熱くなった。


いいや、大丈夫。団長は覚えていない。だって酔っていたし寝起きだったから。きっと無意識か誰かと間違えてしてしまったんだろう。団長はきっと覚えていない。そう、覚えていない。


だから私が忘れればいいだけ。そうすればあのときのあれはなかったことにできるのだから。


「って、もうこんな時間だ」


ふと時計に目をやると、いつも朝食の準備にとりかかる時間をとうに過ぎていた。私は急いで準備にとりかかる。


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