【番外編】 団長様の誕生日④
*本編の「キス事件」よりも前の出来事です*
団長視点です。
コンコン。
仕事部屋の扉がノックされる。俺は背もたれによりかかりながらゆるく腰かけていた体制を直して、仕事をするフリをした。
「ディック、入るよ」
ノック音のあとに扉が開き、現れたのはテオだった。
「……なんだ、テオか」
「俺じゃ不満だった?」
「いや、そういうわけじゃないが」
入ってきた相手がテオだと分かると再び背もたれに背中を預けゆるく腰かけた。そんな俺にテオが言う。
「もしかして誰かお待ちの子がいたのかな」
「いねぇよ、そんなやつ」
「ふーん」
アリスを待っていた、とは絶対に言えない。
そろそろ来てもいい頃なのにあいつは俺に謝りにやってこない。いつも怒られたあとは必ず俺の部屋を訪れて俺の許しをもらいにくるはずなのに。あれからもう3日も経つというのに…。
「テオ、ちょうどいい。お前に頼みがあるんだが」
「何?」
「そこにあるそれ、全て処分してほしい」
俺はそう告げると、部屋の片隅を指さした。そこにはキレイにラッピングされ、ご丁寧にリボンがつけられた大中小様々な箱が大量に置かれている。
「ディック、これを全部捨てるのか?」
さすがのテオも怪訝な顔を見せた。だが、俺はそんなことは気にせずに答える。
「ああ、もちろん全部だ。全部捨ててほしい。が、欲しいものがあれば持っていっても構わないし、団員に配ってもいい」
「お前って男は…。まったく」
テオが額に手をあて小さくため息をついた。
「これ全部お前宛ての誕生日プレゼントだろ」
「ああ、そうだ。だが、俺はそんなものはいらん。欲しいとも言っていない」
「だからって、捨てるのか?」
「俺には必要ないからな。それに捨てなくてもいいと言っただろ。欲しいものがあれば欲しいやつにあげればいい」
「お前なぁ……」
俺は欲しいなんて一言も言っていないし、頼んでいない。勝手に送られてきたのだ。ったく、毎年毎年めんどくせぇ。
誕生日プレゼントを貰ったからといって俺は特に何の感情もわいてこない。まぁ、言葉で『おめでとう』と言われれば少し嬉しくはなるが。
今朝も朝食の席で団員たちから『誕生日おめでとうございます』と言われた。こいつら今年も俺の誕生日をいちいち覚えていたのか、と少し感心さえした。それからも詰所内で会う団員たちから『おめでとうございます』と祝福の言葉をかけられて、俺は『ああ』と軽く返事をしておいた。おそらく詰所内にいる団員たち全てに祝福の言葉をかけられただろうか。
ただ、一人を除いては、だが。
そもそもあいつは俺の誕生日を知らないか…。去年も一昨年もあいつにだけは「おめでとうございます」と言われなかった。
「そういえばディック。まだアリスちゃんを怒っているのか?あれから話もしていないそうだな」
テオに言われて、俺は視線を窓の外に向けた。
あれ以来、アリスとは話をしていない。あいつはたぶん俺がまだ自分のことを許していないと思っているようで近付いても来ない。
あのときはすみませんでした、ともう一度謝ってくれさえすれば俺は別にそれでいいのだが。
アリスを怒ったあとはいつも、ついやりすぎてしまったと反省はしている。でも、あのときはフツフツと湧いた怒りがおさまらなかった。
前にも一度同じようなことがあったからだ。あのときもアリスが俺の部屋を勝手に掃除したせいで必要な書類を捨てられた。ただ部屋がキレイになればいいと思って、分からないくせにあいつは自分の判断で何でも捨ててしまう。本当にあいつはバカだ。
あのとき、俺の部屋は二度と掃除をするなと言ったはずだ。それなのにそのことをすっかり忘れていたようで、またも俺の部屋を掃除して勝手に書類を捨ててしまった。
二度目だから怒りがさらにこみあげた。
「書類も無事に期限通りに本部へ提出できたことだし、そろそろアリスちゃんを許してあげろって」
「…………」
「お前の部屋が汚いから、お前のためにアリスちゃんは掃除をしてくれたんだろ。まぁ、たしかに物を勝手に処分したのはよくないけど、本人も反省していることだし、許してあげてもいいんじゃないかな」
「…………」
そんなテオに少しイラッときてしまう。
こいつはいつもアリスには甘い。俺に怒られて落ち込んでいるアリスをテオがなぐさめているのを俺は知っている。そして、そんな光景を見るたびにとても気に食わない。
テオの手がアリスの頭を撫でているのを見るたびに、なんだか胸の中にドス黒い感情が広がっていくような、そんな気持ちになる。
俺だってアリスを好きで怒っているわけじゃない。あいつのミスが気になって、つい指摘してしまうのだ。そして女慣れしていない俺の性格上、つい男と同じように怒鳴ってしまう。けれど、そのあと決まって、怒り過ぎたと反省はしている。しているのだが…。
「ったく、お前も大人げないな」
やれやれ、と言った感じで呟いたテオの言葉に俺はカチンときた。
大人げない?この俺が?
「おい!だいたいあれはアリスがだな…」
イスから腰をあげて大声で叫んだとき、扉が小さくノックされた。おそらく団員の誰かが見回りの報告にでも来たのだろうと思い、俺はひとつ咳払いをするとイスに座り直し背もたれに背中をあずけ「入れ」と告げる。
ゆっくりと扉が開き、姿を見せたのはアリスだった。