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【番外編】 団長様の誕生日③

*本編の「キス事件」よりも前の出来事です*

「よっ!アリスちゃん。今日は新鮮な魚が大量に入ってるよ。護衛騎士団のみなさんに食べてもらいたいんだ。ちょっと安くするから買っていかないかい?」


街の市場へ食料の買い出しへ出かけると、仲良くしてもらっている魚屋のおじさんに声をかけられた。


「わー。美味しそうですね」

「だろ。塩振って焼いて食えばうまいぞ」

「じゃあコレください。いつもみたいに団員分欲しいんですけど、ありますか?」

「ああ、もちろん。大量に仕入れてあるから騎士団様全員分あるよ」

「よかった。じゃあコレをいつもみたいに詰所にお届けお願いします」

「まいど!」


私は詰所のお金を預かっているお財布からお魚の料金をおじさんに支払った。


「今日の夕食までには裏口玄関へ届けるよ」

「いつもありがとうございます」


詰所にいる団員たちの食事に使う食材量はすごく多い。私一人では持って帰ることができないから、いつも詰所へ届けてもらっている。


この街で第3護衛騎士団はとても人気がある。治安の悪いこのエリスールの街を守ってくれる唯一の存在だからだ。

市場にあるどの店も、日頃からお世話になっている騎士団のみんなに自分たちの店の食材を食べてもらいたいようで、私が買い出しへ来ると「これを買っていって」と声をかけてくれる。そして大量に買うと詰所の裏にある玄関まで届けてくれるのだ。本当にいつも助かっている。


今日は魚屋さんのあとに行ったお店で野菜とお肉を買って詰所へ届けてもらえるように頼んだ。あとは調味料などを購入して、私は市場を後にした。


そのあとは、詰所へ戻る時間までにはまだ時間があったので街をふらふらと歩くことにした。色とりどりの洋服や靴、雑貨にアクセサリーが並んでいる若者に人気のストリートを歩きながら、ときどきショーウィンドウに並んでいる商品に目がいっては立ち止まる。けれど、お店に入ることなくその場を離れる。


こんなものを買っている余裕は私にはない。


ただでさえ父の入院費で私のお給料のほとんどはなくなってしまう。今は詰所に住み込みで働いているから生活費はあまりかからないのだけれど、またいつ父の病状が悪化して手術になるのか分からないから貯金は多いほうがいい。


けれどやっぱり、同い年くらいの女の子たちが楽しそうにショッピングをしているのが羨ましい。私も可愛い洋服や靴が欲しい。欲しいけれど、今は我慢だ。


「でも、見るだけならタダだよね」


と、私は一件の服屋さんのショーウィンドウの前で立ち止まる。


「可愛いなぁ。こんなワンピース着たいなぁ」


そこには小花柄の可愛らしいワンピースが飾られていた。半袖の袖とスカートの裾の部分には白いレースが付けられている。


ふとショーウィンドウの鏡にぼんやりと映った自分の姿が見えた。詰所から支給されたお手伝いさん用のあずき色のワンピース。私はこれを3着持っていて着まわしで着ている。ショーウィンドウに飾られてあるワンピースに比べれば地味でみすぼらしい。


思わずため息がこぼれた。


けれど、仕方ない。


父さんが退院できて入院費の支払いが終わったら、私だってオシャレを楽しめる日がくる。そのときまで今は頑張らないとね。


うんうん、と自分を納得させてショーウィンドウを離れようとしたそのとき。近くを歩いている二人の女性の会話が耳に入った。


「ねぇ、今年の団長様へのプレゼントはもう決まった?」

「ええ、もちろん。だってもうあと3日じゃない!」

「あら、何をさしあげるの?」

「フフ。腕時計よ。奮発してブランド物を買ったの。きっと団長様に気に入っていただけるわ」

「あら、いいじゃない。腕時計なんて素敵だわ」

「そうでしょ。私が贈った腕時計を毎日つけてくれている団長様を想像するだけでとても嬉しい気持ちになるの。ところで、あなたは何を贈るの?」

「私?私は手作りのケーキを贈ろうと思っているの」

「あなたはお菓子作りが上手だものね」

「ええ。団長様に私が作ったケーキを食べていただきたいわ。3日後のお誕生日の朝に作ってそのまま護衛騎士団の詰所へ持っていこうと思っているの」

「素敵なアイディアね。あ、ねぇ、団長様に気に入っていただけたら、もしかしたらお返事がくるかもしれないわよ。ほら、エリーがファンの騎士様に手紙を書いたらお返事が戻ってきたって話していたじゃない。とても丁寧な言葉で、字もすごく美しかったって」

「そうよね。もしかしたら団長様からもお返事がくるかもしれないわ。いつも見ているだけだった団長様と親密な関係になれたらとても素敵」

「団長様の誕生日、今年も楽しみだわ」


二人の女性はそんな会話をしながら、私の前を通り過ぎていった。


そのあとも街を歩くたびに【団長様】【誕生日】【プレゼント】というセリフが女性たちから度々聞こえてきて、街の女性たちがどれほど団長の誕生日を楽しみにして、プレゼントに力を入れているのかが分かった。


フン、と私は鼻で笑う。


なにが『団長様』だ。

みんなぜんぜん分かっていない。


団長はたしかに街の女性たちから人気だ。強くてかっこいい「騎士」という職業は女性たちから人気らしく、彼らと付き合いたいと思っている女性が多いことは知っている。騎士のみんなが街を歩けば黄色い声援が起こるし、それぞれファンの騎士がいるらしく詰所には女性たちからの手紙やプレゼントがたびたび届く。


ちなみに、さきほどの女性たちの会話でエリーという女性が騎士団員宛てに贈った手紙の返事が戻ってきたと言っていた。が、あれを書いたのは私だ。その団員に「返事を書いてくれないか」と頼まれたのだ。女の私の字ではバレますよ、と言ったのだけれど、どうやらバレていないらしい。


そんなふうに街で人気の騎士団員たちだけれど、やっぱり1番の人気は団長だ。団長宛てに贈られてくる手紙やプレゼントは普段からとても多い。


けれどみんなぜんぜんわかっていない!


団長はたしかに顔だけを見ればかっこいいとは思う。それに騙されている女性が実に多いことか。私はとても悲しくなる。


団長の中身はまるで悪魔のようにおそろしい。か弱い女の子をその大きな拳を使い平気でごつくような人である。

団長の本当の顔を教えてあげたい。そして私が団長から受けている日頃のアレコレを知ってほしい。


思わず自分の頭をさすっていた。さっきも団長に思いきり頭をごつかれたばかりである。と、午前中の出来事を思い出す。


私が団長の部屋を掃除して大事な書類を捨ててしまったことを――。


あれから団長は部屋から出てこなかった。おそらく私が捨ててしまった、本部へ提出するはずの書類を作り直しているのだろう。お昼にも顔を出さなくて、部屋へ食事を運んだのだけれどノックをしても出てきてくれなかった。仕事をしているときに勝手にドアをあけて中へ入ると怒られるので、部屋の前に食事を置いてきた。―――食べてくれただろうか。


悪いことをしてしまった…と、今なら心から反省できる。


あのときは目の前の団長のこわさに怯えて、私は悪くない!という姿勢を出してしまったけれど、やっぱり私が悪いんだと思う。団長の部屋は片付けるなと言われていたはずなのに、それを忘れて勝手に掃除をしてしまった。しかも大事な書類を捨ててしまうなんて。


これは私が絶対に悪い……。

団長が怒るのも当たり前だ。


ただでさえ団長の仕事は忙しいのに、私のせいで仕事を増やしてしまった。


本当に申し訳ない。


今回のことだけじゃなくて私は普段からもっと団長に迷惑をかけているはずだ。先月の「馬行方不明事件」のこともあるし…。団長が私を怒るのには、私にだって原因がある。


もし、詰所に雇われたのが私じゃなくて別の人だったら。掃除も洗濯も料理も全てを完璧にこなすことができて、言われたことはきちんと覚えることができる、そんなステキな女性だったら。団長はあんな風にガミガミ怒ることはしないんだろう。


「はぁ~」


ため息もこぼれるというもので…。って。いけない。ネガティブに突入してしまった。


気を取り直すために両手で頬をパンパンと強くたたく。


そして、ひらめいた。


やっぱり私も団長にプレゼントを渡そう。


受け取ってもらえなくても、喜んでもらえなくてもいい。日頃の謝罪と感謝の気持ちをプレゼントという形にしてみよう。


さっきの会話の女性のようなブランド物は私の持ち金では買えないけれど、私は私なりのプレゼントを団長に贈ろう。


団長に贈るならアレがいい、というプレゼントはもう決まっていた。この前、私のうっかりミスで団長が長年愛用していたマグカップを割ってしまったから、新しいマグカップを団長に贈ろう。


今から探しに行けるだろうか、と街の大時計に目をやるとそろそろ詰所へ戻らないといけない時間で。でも、明日の午後は父のお見舞いへ行くために休みを貰っているから、その空いた時間を使って団長へ贈るためのマグカップを探そう。そしてそれをきっかけに、大切な書類を捨ててしまったことを団長に謝ろう。


いいのが見つかればいいな。


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