【番外編】 団長様の誕生日②
*本編の「キス事件」よりも前の出来事です*
「お前、こんなとこにいたのか」
呼ばれた声に振り返れば、そこにはやはり団長の姿があって。私をギロリと睨んでいる。背筋に冷たいものが走った。
やばい、逃げた方がいい…と心の中の自分が叫ぶ。
その声色とその表情で分かる。
団長、怒ってる…………。
「探したぞ、アリス」
団長がずんずんと大股で私の方へと近づいてくる。とっさにテオさんの背中に隠れてしがみつく。けれど…。
「そんなとこに隠れてもムダだ」
と、団長に腕をひっぱられて、テオさんの背中から引きはがされそうになる。が、負けられない。こわい。テオさんの背中を掴む手に力を込めて、私は引きはがされないように必死に耐えた。
「お前、こら、テオから離れろ」
「いやですー。団長、なんで怒ってるんですか」
「俺が怒ってるって分かるなら、今すぐテオから離れろ。そして俺に謝れ!」
「どうして私が団長に謝らないといけないんですかー」
テオさんの背中に力いっぱい掴まっていたはずだった。けれど、私の腕をひっぱる団長の力にかなうわけもなくて、ついに引きはがされてしまう。そして私が逃げないようになのか、団長がその大きな手で私の腕を掴んだまま離さない。
もうダメだ。捕まった。
「テオさーん」
視線をテオさんに送り、助けを求める。
「テオに隠れるとはお前、いい度胸してるな」
団長のドスの効いた声がとてもこわい。
私が何をしたっていうんだろう…。
「まぁまぁ二人とも落ち着いて。…ディック、アリスちゃんがお前に何をしたんだ?」
そんな私と団長のやりとりをみていたテオさんが呆れたような表情で言った。
「テオさん、私、何もしていません!団長を怒らせるようなことなんて何も!むしろ感謝してもらいたいです。団長の部屋をキレイに掃除してあげたんだから」
すると、そんな私の言葉に団長の眉がピクンと動いたのがわかった。
「……それで俺は怒ってるんだよ」
「どうしてですか?団長の部屋が汚いから掃除してあげたのに。部屋、キレイになったじゃないですか。なのにどうして怒るんですか!」
そうだ。私は何も悪くない。
団員たちの朝食の後片付けが終わったあと、自分の朝食をさっとすませて私は詰所内の掃除を始めた。団長の部屋の前に来たとき、扉が少し開いていてそこから覗いた団長の部屋は荒れに荒れていた。だから、掃除をした方がいいと思った。ちょうど団長の姿はなくて、戻ってきて部屋がキレイになっていたら嬉しいだろうと。
足の踏み場もなかった団長の荒れまくった部屋をキレイさっぱり掃除してあげたのに、それなのにどうして怒られないといけないんだ。
「アリス、お前、俺の仕事机をいじっただろ」
「はい、いろいろ散乱していたのでキレイにしました!」
私が自信満々にそう言うと、団長は大きく深いため息をついた。
「大事な書類が一つない。明日中に本部へ出さないといけない急ぎの大事な書類だ。徹夜してやっと今朝作り終えたんだぞ。それをお前……捨てただろ」
「…え?」
「え、じゃねえ!お前以外に俺の机をいじるやつなんていないんだよ。お前が捨てたんだろ」
「………」
正直、捨てたかどうか覚えていない。というか、いろいろ捨て過ぎてその大事な書類とやらを捨てたかどうか分からない。けれど、ないということは私が捨ててしまったということで…。
黙り込む私に、団長はもう一度ため息をついた。
「俺の部屋は掃除するなって前に言ったはずだ」
「…言われ、ましたっけ?」
「ああ、言った」
「言われたんですね、私」
忘れてました、と正直に告げると、団長の拳が私の頭をたたいた。
「お前のこの頭の中はどうなってんだ。覚えるということができないのか。俺が言ったことは一度でしっかりと覚えろ。二度と忘れるな」
「痛いですよー、だんちょ~」
私はたたかれた頭をさすりながら、その痛みに涙を浮かべる。しかし、団長の怒りはおさまらないようで…。
「ゴミを捨てた袋はどうした。どこやった」
強い口調でそうたずねてくる。
「お前、捨てたゴミの中から俺の書類を探せ。今日中にだ!」
「え…それは…ムリです」
「は?どうしてだ」
「…回収されたので」
「は?」
「…団長の部屋の掃除が終わったあと、ちょうどゴミを収拾する車が来たのでそれにゴミ袋を全て乗せました。だから、きっと今頃、団長の大事な書類は…燃やされています」
「…………」
団長がついに黙り込んでしまった。
今度こそ本当に逃げないとヤバイ、と私の勘がいっている。が、ここで逃げたところで団長はどこまでも追いかけてきて私を一発【ガツン】とやらないと気が済まないということも知っている。
きっといつもみたいに頭をごつかれる。
私はそのときに備えて目を閉じて歯を食いしばった。
さあ、団長。早く【ガツン】としてください。準備はできています!
「それはまぁ、アリスちゃんもいけないね。けど、彼女だけに責任はないと俺は思うよ」
テオさんの優しく穏やかな声が私の頭上で響いた。
「ディックも普段から机の上をキレイに整頓して、必要な書類はきちんとまとめる。いらない書類は処分する。それができていれば、アリスちゃんも机の上のものをむやみに捨てたりしなかったんじゃないかな」
天の声だ。これは私を救う天の声だ。
「おい、テオ。こいつをかばうのか」
悪の声だ。これは私を地獄へ落とそうとする悪の声だ。
「そういうわけじゃないよ。どっちもどっちって俺は言いたいだけ。アリスちゃんも捨てたくて捨てたわけじゃない。お前の部屋をキレイにしてあげたいと思ってのことなんだし、今回は大目に見てあげたらどうかな。本部へ出す書類なら、俺も作るの手伝うから。ね?」
テオさんが団長の肩にポンと手を置く。すると団長の視線が私に向けられ、しばらく睨みつけられた。その鋭い視線のこわさに私は思わずまたテオさんの背中に隠れてしまう。隠れながら、顔だけを出して団長に向けて「ごめんなさい」と謝った。
すると団長は本日何度目かになるため息を盛大について、何も言わずに足早に食堂を後にした。
――――前言撤回。
団長に誕生日プレゼントなんてやっぱり渡せません。