戦闘開始 サーシャ&アルバート対青木
ロニーが普段は絶対に見せない表情を浮かべて、その身体に殺気を纏っていくのを見ながら、ディノは目の前の魔道士らしき少女を見据える。その小柄な身体から溢れる魔力は稀有な実力の持ち主であることを容易に推測できた。だが、それを完全なる実力として判断することにはかなりの違和感を感じていた。
その違和感を追求してみたい感情がわきあがってきたが、必死に押さえ込んだ。今はロックのことに専念すべきであり、目の前で見せつけられた光景は、メルディアの主要メンバーが最も恐れていた事態だ。かつて己が味わった無力さを忘れたことはない。それゆえに必死に対処方法を探した。そして、まだ完全ではないが、ようやく近い結果を出せるであろう方法を見つけ出した。
何故結果が出せると断言できないのか、それはその方法を実際に使ったことがないのだ。ロックはこの世界でたった一人の純粋な異世界人、そんな人間に効果があるかどうかなど、どうやって試せばいいのか。ロック本人に協力を依頼すれば、これまで必死に隠してきたものが露呈してしまう。ディノは悩んだ。周囲の声など全く聞こえなくなるほどに……
「ちょっと! 聞いてんの?」
「……なんじゃ、こっちはそれどころじゃないんじゃ、子供はだまっとれ!」
「はぁ? 誰が子供だって? こっちは【勇者】なのよ? あんたがディノ=ロンバルドね? 最高位の魔道士って聞いてたけど、ただのジジイじゃん」
無造作に放たれる言葉は、ただ思ったことを垂れ流しているだけなのだが、そのことごとくがディノの神経を逆撫でする。見たところ外見はロックと同じ種族のようにも見える。ディノの想像が正しければ、きっとそうなのだろう。だがもしロックなら、果たしてこんな酷い真似をするだろうか。そんな理不尽に対する怒りが精神集中を乱そうとする。だが、それが暴発することはなかった。
「ディノ様、ここは任せてロックの対処をお願いします」
「……サーシャ、任せてもよいのか?」
背中ほどまであるふわふわのピンクの髪を揺らしながら、魔道士協会のシンボルマークでもある魔石の組み込まれたループタイで留められたダークグレーのローブを纏ったサーシャが前に出る。
「この程度の子供、どうとでもなりますから。それよりもロックを」
「すまんの、ここは任せる」
ディノはミューリィとアイラ、セラを引き連れてロックの元へと向かう。その動きを視界の隅に捉えながら、すぐそばに立つ淡いブルーの短髪の青年に声をかける。
「……アルバート、手助けをお願いするわ」
「了解、無茶はするなよ」
アルバートは背負っていた皮袋から、幾何学的な紋様の細工が施された白銀のヘルメットを取り出して被ると、同じような細工の施された白銀の大盾を構えながら短く注意を促す。目の前の苛立ちを隠さない少女の持つ魔力の大きさを肌で感じたからこそ、無意識にうちに出た言葉だった。
「あんたら何よ、ピンクに水色の髪なんて馬鹿みたい。どうでもいいけど邪魔しないでくれる? あのジジイが一番ヤバそうだから最初に潰すんだから」
「それはこっちの台詞よ、こっちは仲間の命がかかってるんだから」
「どうして邪魔するのよ! どいつもこいつも!」
(どいつもって……私達以外に誰が?)
少女の言葉に違和感を感じるが、そんなことに構っている場合ではない。少女の魔力が膨れ上がり始めたのを確認すると、アルバートがサーシャの前に立ち、大盾を構える。大盾に魔力を流し込み、防御結界を展開させる。
「今のうちに対処を!」
「わかったわ!」
アルバートの叫びよりも早く、状況を把握したサーシャは最も適切と判断した魔法術式を組み上げる。
「ふん、私よりも魔力の少ないあんたに何ができるのよ!」
「……だから子供だっていうのよ」
少女魔道士・青木に冷静な言葉を返すサーシャ。確かに魔力の量で言えばサーシャは青木には及ばない。だが、この場においてサーシャを手助けしているのはアルバートのみで、ディノもミューリィも全く気にかけていない。それはこの二人がそれほどに信頼されていることの証でもあった。
「サーシャさんとアルバートさんだけで大丈夫でしょうか?」
「あの二人なら大丈夫よ。あんたたちはロックの容態をよく見てて」
セラがミューリィに不安げな表情で訊いている。確かに魔力の保有量が多いというのはそれだけで大きなアドバンテージだ。使える魔法の総数が違ってくるうえ、その威力も段違いだからだ。だが、ミューリィの表情には一切の焦りなどなかった。
「あの二人はメルディアの対人戦のスペシャリストよ。モンスターならともかく、人間相手なら遅れはとらないわ。ましてあんな子供相手にはね」
こんな状況でなければ、きっとドヤ顔を見せていただろう。それほどに彼女の声は自信に満ちていた。
サーシャとアルバートは盗賊ギルドであるメルディアにおいてもかなり特殊な存在だ。というのも、普段ギルドで彼女達の姿を見ることがほとんどない。寝所としてギルドの一室を使っているので偶然居合わせるということはあるが、基本はほとんど外出している。
だが、探索ガイドとしての出動はあまりない。アルバートは盾役だが、大概はどのパーティにも盾役は存在する。なので需要はそんなに多くない。そしてサーシャだが、彼女は探索では補助や支援を中心に動いているが、これも実はパーティ内での役割が被ることが多く、お呼びがかからないことが多い。
では彼等は普段は何をしているか。
アルバートはその役割を十二分に果たすことができる【護衛】としての仕事をしている。冒険者ギルドからメルディア宛てに依頼が回り、彼が出動する。モンスター相手では、そこまで敵の接近を許すということがそう多くない。もちろんモンスター相手でも十分通用するのだが、狭いダンジョンで大盾を振り回すというのは少々リスクがある。
だが、対人であれば狭い場所を避けることで動きを阻害せず、より戦いの幅も広がる。本人もそれを熟知しているので、あまり探索に加わることがない。
サーシャの場合はさらに特殊だ。彼女はその魔力量のせいか、大魔法を頻発できないので必然的に中小の魔法主体に動くことになる。そのため、様々な駆け引きを行い相手の隙をついて弱点に的確に魔法を撃ち込むという動きが要求されるのだ。
となれば、思考の読めないモンスターを相手にするよりも、ある程度思考を先読みでき、しかも思考を誘導することもできる対人のほうがサーシャとしてははるかにやりやすい。
ディノがこの場を任せたのも、サーシャの対人戦闘の経験と魔道研究の奥深さを鑑みた上でのことだ。少なくとも、魔力の多さに胡坐をかいている目の前の子供に遅れをとることはありえないだろうという考えだった。事実、既に彼女はこの短時間で対応策を複数用意することができていた。
「燃え尽きろ! 火炎……」
「やはりそうきたのね。【氷結弾】」
青木が火属性の魔法を放とうとした瞬間、無数の拳大の氷の塊が青木を襲う。いや、厳密にいえば青木そのものへの攻撃ではない。サーシャが放った氷塊が狙ったものは……
「うそ? 魔法が潰された?」
「属性魔法は対極となる属性魔法で打ち消すことができる……魔道学の基礎の基礎よ。まさかこんなことも知らないの?」
「どうして? 私のほうが魔力が多いのに!」
うろたえる青木を見てサーシャは溜息を吐く。目の前の魔道士はその見た目通りに子供だった。ある程度の実戦を経た魔道士であれば、相手の詠唱の一端を聞いただけでおおよその属性は判別できる。さらには魔力の濃淡や空間の揺らぎ等から、魔法の発動点さえも特定できてしまう。しかし、目の前の少女はそんなことすら知らないようだ。
「こんな基礎の基礎すら出来ていない子供が【勇者】なはずないわね」
「何よ! あんたいったい何したのよ!」
「そういうことすらわからないってことが未熟だって気付かないの?」
「もういいわ! どうなっても知らないからね!」
「それはこっちの台詞だって言ってるでしょ? そっちのお仲間がロックにしたことはきっちり償ってもらうから……大丈夫、殺しはしないわ。……あなたの最期はしっかりとロックに見届けてもらわないと」
サーシャは言葉を続けながら、目の前の少女から目を離さない。ほんの些細な動きすらも見逃さないためだ。先ほどサーシャが行ったのは、魔道学の基礎である属性の特徴と、術式構築の手順という初歩的なものだ。青木が放とうとした魔法が火属性であることを即座に看破した彼女はある方法を用いた。
まずは対極の属性である氷・水属性の魔法を、威力を抑えて多数発動させた。これを精緻なコントロールで青木の魔法術式が組み上がる前に割り込ませ、中和したのだ。如何なる強大な魔法でも、完全に構築される前に妨害されれば発動しない。むしろ、威力を高めた大魔法こそその傾向が強い。
故に、対人戦にて大魔法というものは、よほど相手が間抜けでもない限り使えない。特撮ヒーローのように、技名を叫んで複雑怪奇なポーズを決め、技が発動するまでに時間のかかるようなものを指をくわえて見ているような馬鹿はいないのだ。地味に見えるかもしれないが、小さな魔法で牽制しつつ、中規模の魔法を相手の弱点に叩き込むというサーシャの戦い方こそが対人戦での戦い方として有効なのだ。
「どうして魔法が発動しないのよ!」
「もう少し頭を使ったら? 貰った力に酔いしれてるあなたたちには無理だと思うけど?」
意味深な挑発をするサーシャ。だが青木はその言葉の真意に気付くことなく、己の感情を爆発させる。
「もういいわよ! 全員切り刻んでやる!」
「風属性か……それならこれね。【岩石壁】」
青木が次に放とうとした魔法を風属性と看破したサーシャは、青木の目の前に三メートルほどの岩壁を作り出し、魔法の発動点そのものを押し潰す。再び発動前に潰されたことに苛立つ青木。
「どうしてよ! 風属性まで!」
「それは自分で考えなさい。もっとも、ゆっくり考える暇なんかあげないけど」
サーシャの顔に笑みが浮かぶ。魔力量では圧倒的に不利でありながら、それでもなお自身の勝利を疑っていない。それを見た青木の背中に冷たい汗が流れる。それは目の前の魔道士の底が見えないことだと考えていたが、もうひとつ大きな理由があることに気付くことはなかった。
そして戦いは続いていく。自称【勇者】の少女は、桃色の髪を揺らしながら戦う魔道士の掌の上で踊らされることになるとも知らずに、未知の領域での戦いに足を踏み入れてしまった。
実は二人はかなりの実力者です。むしろ対人戦は得意分野です。
実は拙作が次々回の更新で通算100話を迎えます。そこで何かやろうと思っていますが、ご意見をお聞かせください。
詳しくは活動報告まで。
読んでいただいてありがとうございます。