戦闘開始 ロニー対赤沢
この章は第三者視点が多いです。ご注意ください。
ロックがメイド少女と共に戻ってきてからしばらく、皆は思い思いに寛いでいた。本来ならばダンジョンの奥でこのように寛ぐなどありえないのだが、ロックが鍵のことで話をつけたようで、その空間にはまったりとした空気が流れていた。
「なにそれ! そんな連中食人鬼になって当然よ!」
『あ……ありがとうございます……うう……』
メイド少女達が眷属になった経緯を聞いたミューリィやソフィアが憤りを見せる。理解してもらえたことが嬉しかったのか、少女達は涙をこぼす。ほぼ女子会のような状況のテーブルには男性陣は誰も近づけないでいた。
「あっちは楽しそうじゃのう」
「それならディノも向こうに参加したら?」
「できるならやっとるわい。あの雰囲気にはどうも慣れることができん」
「それは同感です」
少し離れたテーブルに集まっている男性陣は出された茶を飲みながら、まったりした空気をのんびり楽しんでいた。今はロックがダンジョンマスターの少女に合鍵を渡して、錠に最後の仕上げをしているところだ。それが終われば今回の探索は終りだろう、皆がそんな思いを抱いていたそのとき、異変は突然起こった。
作業を続けているロックの背後にほんの僅かだが転移による魔力の揺らぎが発生した。だが、それはこの場にいる者の起こしたものではない。転移術を使える魔道士といえばディノくらいしかいない。サーシャはは限界まで魔力を使えば使える。ミューリィは理論は知っているが実際に使ったことはない。外のメンバーに転移を使える者はいない。となれば一体何者だろうか。
「皆、戦闘態勢じゃ!」
長年の経験からの勘だろうか、ディノがその兆候を危険と判断して皆に警告する。
『何者ですか! この間に直接転移してくるなど無礼ですよ!』
ほぼ同時にメイドもその兆候を感じ取ったらしい。ダンジョンマスターの少女はメイド少女達の所に慌てて戻った。そして警戒の色を浮かべながらメイド少女達の陰に隠れる。
やがて魔力の揺らぎは大きくなり、床に魔法陣が展開される。
「どうして転移陣が……もしかしてマーカーが?」
ミューリィが呟くが、その声が震えている。本来ダンジョン内においてあってはならないことが目の前で起こっているという事実に動揺しているようだ。
魔法陣はその光をさらに強めている。よく見れば魔法陣の中心には小さな石のような物体が一際強い輝きを放っていた。そして輝きが室内を埋め尽くしたと同時に、そこに四つの人間の気配が現れた。
光がおさまると、その四つの気配の正体が明らかになった。そこにいたのは四人の少年少女で、男一人女三人の組み合わせだ。少年は背に煌びやかな装飾が施された大剣を背負っており、少女の一人は装飾の入った黒のローブを纏い、もう一人はシンプルだが決して安物ではないことがはっきりとわかる業物の槍を携えていた。残る一人の少女は白のローブを纏い、不安そうな表情を浮かべていた。
少年は魔法陣の外に歩み出ると、すぐ近くで作業に没頭していたロックを見つけて近づいていく。ロックはずっと背を向けて作業しており、一度も背後を振り返っていない。桜花はそれを見て威嚇しようとするが、それよりも早く少年はロックの右横へと来ていた。それは常人では考えられない速度だった。
まるで親から面倒くさい手伝いを頼まれた子供のように、ややふてくされた表情の少年は、おもむろに口を開いた。
「おっさん、【招待状】よこせよ」
初対面でありながら、礼儀というものが根本から欠如しているその話し方は若さからくる無知なのか、それとも別な何かからくる傲慢さだろうか。だが、作業に没頭しているロックはそんな礼を失した問いかけにまともに応えるつもりはないようだ。
「うるさいぞ、こっちは仕事中だ。そんなの後にしろ」
仕事の邪魔をされたのが腹に据えかねたのか、やや苛立った口調で返すロック。だが、少年はそこで止まらなかった。
「うっせえんだよ! いいからよこせってんだろ!」
突然感情を爆発させた少年は、いきなり行動に移した。ロックを罵倒すると同時に、その右足をロックの右脇腹にめり込ませたのだ。そのまま足を降りぬいた少年のあまりにも速いその動きに、ロックは振り向くことさえできずに吹き飛ばされた。
「やべぇぞ、こいつは!」
最も早く反応したのはガーラントだった。とはいえ少年を止めるには距離がありすぎていた。ガーラントは普段は探索者だが、ギルドの仕事のない時は冒険者として活動したり、傭兵として戦場に立つこともあった。その経験から、少年の身体の動きからどういう行動に移るかを予測していた。
ガーラントが取った行動は、おそらく吹き飛ばされてくるだろうロックを受け止めるというものだった。蹴られた衝撃自体をどうにかすることはできないが、そのまま壁に激突すれば即死すらありうる。そのため、吹き飛ばされるであろう方向を瞬時に判断して走り出した。
少年により蹴り飛ばされたロックの身体は、まるで激流に揉まれる小枝のように回転しながら宙を舞う。既に意識を失っているのか、糸の切れた操り人形のように全く反応を見せていない。
『マスター!』
衝撃で背中から振り落とされた桜花が必死に糸を張るが、ロックの身体を受け止められるほどの強度を持った網を張ることができない。桜花の糸を破りながら、なおも壁に向かって飛ばされるロック。このままでは頭から壁に激突してしまう。誰もがそう思ったそのとき……
「よくやった! 桜花!」
ガーラントの野太い声が桜花を称賛した。糸によって速度が落ちたおかげで、ガーラントが壁際でロックを待ち受けることができたのだ。しかも、ロックに纏わりついた無数の糸がクッションの役割を果たすと思われた。
「うおおおおおおおおおお!」
雄叫びと共に全身の筋肉に力を漲らせると、速度は落ちたとはいえ、未だかなりの勢いで飛んでくるロックの身体を受け止めた。受け止めた瞬間、己の身体に魔力を纏って身体強化を施すガーラント。そして勢いそのままに背中から壁に激突した。
轟音とともに壁の一部が崩れ落ちる。もうもうと土埃が舞う中、ガーラントはその両腕にしっかりとロックを抱えたままゆっくりと立ち上がる。だが、その顔に安堵の表情はない。
「やべぇ! 折れたアバラが内蔵に刺さってやがる!」
まだ息はあるようだが、決して予断を許せないような状態に、皆の心に動揺が走る。アイラとセラはロックの元へと駆け出そうとするが、ディノに制止される。
「まだ危険じゃ! あやつらは一筋縄ではいかん!」
「それなら! セラ! ロックに治癒を……」
「桜花! ロックを糸で固定して!」
アイラがセラに治癒魔法を使ってもらおうとしたのだが、その考えを口に出そうとしてミューリィに遮られた。明らかにその行動はおかしいと感じられるものだったが、アイラもセラも今この場でそれを追及できる状況ではないことだけは理解していた。未だ脅威は何一つ排除されていないのだから。
『マスター! マスター!』
桜花がロックのことを呼びながら糸を巻きつける。ガーラントの手により床に下ろされたロックの身体はすぐにミイラのような状態になる。呼吸を妨げないように顔の部分は開いているので、ロックが時折吐血している様子が確認できた。その糸は身体を固定するためのものだということは皆が理解できた。
「まずはこの場の安全確保が最優先よ! あいつらの狙いはロックなんだから!」
「……これ以上は、させないよ」
ミューリィの指示にいつも笑顔のロニーの顔から笑みが消える。流れるような動きで鞘から剣を抜き放つと、ロックを蹴り飛ばした剣士の少年に相対する。
「なんだよ、おっさん。【勇者】の俺に勝てると思ってんのかよ」
「おっさんって言われる年じゃないんだけど……【勇者】の質もずいぶん悪くなったんだね」
「うるせぇよ、俺達は神に選ばれたんだよ!」
「……こんな出来の悪い子供を選ぶ神はいないと思うよ」
しきりにあちこちに視線を向ける少年と違い、その目は少年から離すことはない。それを嫌ったのか、少年がロニーを挑発する。
「俺だけに構ってていいのかよ、他のやつらも強いぜ? あいつらも【勇者】だからな」
「心配してくれるのはありがたいけど、それは無用だよ。余計な手出しをしたら僕が怒られる」
挑発が全く通用していないどころか、それに苛立ってペースを乱してしまう少年を見て、ロニーは内心大きな溜息をつく。ロニーの知る【勇者】とは、長く苦しい鍛錬の末に如何なる敵をも打ち倒す力を手に入れる者のことだ。挑発に揺らぐことのない鋼のような精神力の持ち主だ。
それに比べて目の前の少年はどうだろうか。自分の挑発に相手が乗ってこないことにすら心を乱すその姿は一言で言えば幼稚そのものだ。こんな子供にロックを傷つけられたのかと思うと行き場のない怒りが湧いてくる。
ロニーは彼等の正体を理解した。かつて自分の自信を粉々に砕き、そして許されざる惨劇を繰り広げ、そして……自分がその命を終わらせた者。その者と全く同じ雰囲気を感じるのだ。さらには、この少年少女がロックと同じ世界の人間であろうことも理解していた。
「君達がロックを狙ってるのは知ってる。でも、ロックは僕達の大事な【仲間】なんだ。遊びの延長としか考えてない君達の好きにはさせないよ!」
「うるせぇ! 俺は【勇者】なんだよ!」
少年の振るう剣を見切りでかわし、距離を取るロニー。少年の剣は確かに速く重い。そのことがロニーの過去のトラウマを蘇らせる。だが、今は守らなければならない。未だ真実を伝えることができていない【仲間】を。
(真実を知っても……ロックは僕達を【仲間】と思ってくれるかな……)
強大すぎる力を持った【勇者】と相対しながら、ロニーはそんなことを思わずにはいられなかった。ロックに伝えられなかった真実、それはギルドの命運を握るほどの重要性を持っている。だが、どうしてもロックの力を借りたかったのもまた事実。そのために皆でロックを護ると誓った……そのはずなのに、現に今、ロックは重傷を負っている。自分の無力さを痛感せずにはいられない。だからこそ、今ここでロックを失うわけにはいかない。
真実を知ったら、ロックはどう思うだろうか。怒るだろうか、軽蔑されるだろうか。もしかしたら元の世界に帰ってそれきりになってしまうかもしれない。でも、それならそれで受け入れるつもりだ。ゲンを失って、ギルドの苦境を救えなかったのは自分たちのせいなのだ。だが、今ロックを失ってはそれすらもできなくなるだろう。
「……悪いけど、本気で行かせてもらうよ。死んでも文句言わないでね」
そう言いつつ少年から距離を取ると、懐から取り出した紐で長い金髪を首の後ろで一纏めにする。改めて少年と向き直ったそこにはいつもの陽気な剣士の顔はどこにもなかった。立ちはだかる敵を屠らんと殺意を高める、獰猛な剣士の姿がそこにあった。
「なかなかやりそうだな、アンタ。俺の名前はあかざ……」
「ああ、名前なんて聞くつもりはないから」
「なんだと?」
「だってここで僕にやられるような弱い【勇者】の名前なんて聞いても仕方ないでしょ?時間がもったいないからさっさとかかってきなよ」
「てめぇ! 後悔するなよ!」
メルディアの誇る剣士と自称【勇者】の剣士の戦いは静かに幕を開けようとしていた。
鍵屋さんの書籍化情報ですが、すでにamazonでは予約開始してます。発売日は9月7日の予定です。猫鍋蒼さまの美麗イラストも必見です。
twitterアカウントも作成しました。@kuromutsu1です。まだ大したことつぶやいてませんが、随時情報発信していきますのでよろしくおねがいします。
読んでいただいてありがとうございます。