フォレストキャッスル ?階 その1
視界の全く無い状況で、弟子たちがしがみついてくる感触だけが何とか意識を保たせていた。これはきっとRPGで言うところの【転送トラップ】か?
全く別の所に送り込んで、そこで一気にカタをつけるという必殺?の罠。だが、さっきのメイドの話ぶりだとその可能性は薄いかもしれない。あのメイドは『早々に探索を終わらせてもらう』と言っていたし、それに『始末したら自分が怒られる』とも言っていた。
それに、『特別に用意した』とも言っていた。こんな状況でうまく頭が回らないのに情報が不確定すぎる。心を乱した状態で色々考えてもいい方向にはいかないだろうし、とりあえずはこの罠の先がどうなってるのかを確認してからだな。
周囲からはかなりぴりぴりとした空気が伝わってくる。たぶんディノ達がいつでも仕掛けられるように準備してるんだろう。
「ロック……」
「ロックさん……」
『マスター……』
「まずは落ち着け。こんな状況で出来ることが無い以上、いつでも動けるように心の準備をしておけ」
実を言うと俺もギリギリなんだが、弟子の前で取り乱すわけにもいかない。何とか自分を保っている状態だ。正常な思考を保とうと腰袋に入れておいたLEDライトを手探りで取り出してスイッチを入れてみたが、全く光らなかった。電池は入れ替えたばかりなので電池切れとは考えにくい。
「とりあえず今はじっとしてましょ。ここで何かを仕掛けるつもりはないみたいだから」
ミューリィの声がすぐ傍から聞こえた。こいつ今までどこにいたんだ?
「ずいぶんと暢気だな」
「だってこのパターンだとダンジョンマスターの創った部屋に連れていかれるはずでしょ? 向こうもロックを害するつもりはないみたいだから、多少の怪我はするかもしれないけど命に関わることは無いと思う」
「それは……【招待状】絡みか?」
「ええ、【大迷宮】は全てのダンジョンの頂点にあると言われてる。そのマスターが【招待】する者を下位のダンジョンマスターが害することを許すとは思えないから」
さっきのメイドも言ってたな、『大迷宮の招待には理由がある』って。その理由が何かは知らないが、少なくとも俺が生きていることが前提だとミューリィは判断したんだろう。その理由ってのが凄く気になるところではあるんだが、とにかく今はこの後に起こるはずのことに対処できるようにしておかないとな。
☆
「……ッ!」
いきなり俺の視界が光で埋まった。
だが、陽光や室内灯の光じゃない。しかもどこかで嗅いだことのあるようなニオイが充満している。これはどこで……
「あれは……蝋燭か?」
柔らかい光が室内を薄闇で満たす。そうだ、これは日本で寺の倉庫に鍵を付ける仕事をした時、本堂から蝋燭のニオイがしてた。
ようやく辿り着いた部屋はさっきの食堂のような部屋よりも大きかった。たぶん学校の体育館くらいの広さはあると思う。そして壁いっぱいに燭台があり、全ての蝋燭に火が灯っている。あんな高い場所、どうやって点火するんだろう。
床は綺麗に磨き上げられた石造りで、よく見れば壁には華やかな装飾がされている。調度品もかなり手の込んだものばかりで、テーブルクロスやカーテンなど、布という布が深紅だ。
これは……以前映画で見た中世ヨーロッパの舞踏会の会場みたいだ。となると、あの奥のテラスみたいなところから一番偉い奴が出てくるんだろう。ここで一番偉い奴……きっとダンジョンマスターなんだろうが、個人的にはあのメイドのほうが立場が上のような気もする。
「気をつけい! 来よるぞ!」
ディノの短いがはっきりと状況を伝える声が響く。それとほぼ同時に、全ての蝋燭の炎が大きくなった。まるで火柱のように燃え盛る燭台。それにより陰影の濃くなった柱の陰やカーテンの裏から、さっきのメイド少女と同年代と思われるメイド達が姿を現す。皆その手には複数の鎖を持ち、陰から数体の食人鬼を引っ張り出す。だが、さっきのメイド少女の姿は無い。
「なるほどね、ここで決着をつけようってこと?」
「そのようじゃのう、後悔させてやるとするか」
「この床、全力でやってもブチ抜けないだろうな?」
皆武器を構えて物騒な話をしている。
「ねぇねぇ、ミュー姉。燃やしちゃっていいんだよね? ね?」
「何言ってんの、全部燃やしたら駄目でしょ、半分くらいにしときなさい」
ソフィアもまた物騒な物言いだ。流石ディノの娘だな、親父と話の内容が大差ない。
俺達鍵開け組は皆に護られるように輪の中心にいる。もちろん魔法で集中攻撃されないように、ルークがすぐそばに待機してくれている。あとは戦いが始まるのを待つばかりだ。
と思ったんだが、いつまでたってもメイド達が動く様子がない。それどころか、次第に不安そうな表情を浮かべる者まで現れる始末だ。かといって罠かもしれないからこちらから仕掛けるのも危険だ。それを知ってか、皆もこの状況を不思議に思い始めている。
「ねぇディノ? これはどういうことなんだろ?」
「……ワシもわからん。どうして攻撃してこないんじゃ?」
「何か事情があるんじゃないのか?」
「どんな事情があるっていうの?」
そんな声が上がり始める。もう既にメイド達が現れてから三十分くらいは経過してる。その間、俺達はただ立ち尽くしているだけだ。何が起こっているのか、敵味方双方とも把握できてない。
『……そんなのいきなり言われても困るわよ!』
『いい加減に本腰入れてください! 趣味の延長じゃないんですよ!』
『わかってるわよ! だけどいきなり連れてくること無いでしょ! 支度する時間くらい頂戴!』
『そんなことよりも早くドレスを……ってもしかして太りましたか? コルセットが締まりませんよ』
『嫌あぁぁ! そんなの信じないんだから!』
バルコニーの奥からそんな話し声……というか怒鳴りあいが聞こえてくる。片方はさっきのメイドの声……とすると、もう片方はこの城の主、つまりはダンジョンマスターか。でも、今のやりとりを聞くとどうも威厳というものが感じられない。周囲に立つメイド達を見ると数人と目が合うが、皆諦め顔で首を横に振る。
「どうなってるんだよ、一体」
「一つだけ言えるのは、あのメイドの考えをダンジョンマスターが知らなかったってことね。あの様子だと、出迎える準備が全然出来てないみたいだし」
「全く……どこが『やれば出来る子』なんだよ」
「やれば出来るってことは、普段はやらないんじゃない? それで無理矢理仕事させようとしてるんじゃないの?」
それって……駄目なんじゃないのか? 一応は仕事してるみたいだが、切羽詰まる状況になるまでやらないってことかもしれない。確かに仕事してるといえばしてるが、好ましい状態じゃないだろう。それとも、何か絶対の自信のある策略でもあるのか?
と、不意にテラスの奥のカーテンが開かれ、その奥にあった扉がゆっくりと開け放たれた。と扉の丁番が錆び付いているせいか、【ぎぎぎぎぎ……】軋んだ音が響く。その音がどうにもチープに聞こえてしまう。どれだけ手入れしてないんだ?
『何よ、今の音は。あんな音してたかしら?』
『この扉を使うのは久しぶりですからね』
そんな会話を交わしながら、ついにそいつは姿を現した。年の頃はセラと同じくらいか? 華奢に見える身体を深紅のイブニングドレスのような露出の高いドレスを纏っている。
ややウェーブのかかった金髪は床にとても長く、その顔色は完全に血の気がない。ドレスと同じ深紅の瞳がやけに目立って見える。
先ほどのメイドとメイド少女を両脇に従え、優雅な所作でバルコニーの手すりに近寄ろうとして……
ずべしッ
『あ痛ッ!』
『いつもいつも引きこもっているからですよ。まだ筋肉痛が抜けてないんですか?』
『う、ううう、うるさいわね! いいから早く助けなさい』
いきなりつまずいて転んだ。あの体勢だと間違いなく顔面から行ってるな。起き上がった顔には鼻から赤い筋が見えたから、きっと鼻血が出てるだろう。メイドに支えられてよろよろと立ち上がるその姿は老人みたいにも見える。
それにしても筋肉痛って……吸血鬼にも筋肉痛ってあるんだな。それに引き籠もりって……確かにダンジョンマスターならダンジョンに引き籠っていても不思議じゃないが、まさか吸血鬼が運動不足だなんて初耳だぞ?
「吸血鬼にも運動不足ってあるのか?」
「さあ……私にもわからないわ。吸血鬼になったことないし」
確かにそうなんだが……ここまで人間臭いものなのか? 引き籠もりですぐに筋肉痛になるって……それはニートに片足突っ込んでる状態じゃないか。
『……まぁいいわ。貴方達、よくここまで来たわね。でも、ここが貴方達の命の終焉よ。この奥の扉はこれまで入り込んできた連中の誰も開けることのできなかった鍵よ。せいぜい絶望を味わってね』
『ここまで連れてきたのは私ですが』
『あなた、こういうのはその場のノリが大事でしょ? 当たり前のことばかり言っててもつまらないじゃない!』
そこはメイドの言う通りだろ。無理矢理連れてこられたんだし、それで命を奪うとかどんな詐欺だよ。
しかし誰も開けたことのない鍵か……まるで俺に対する挑戦状みたいじゃないか。そこまで言うなら受けてやろう。ダンジョンマスターが自信を持つ鍵、どんなものか見ものだ。
「ロック、おぬしは鍵開けに専念するんじゃ! 道は開く!」
「アイラとセラはロックから離れないで! あたしとアルバートで絶対に護るから!」
ダンジョンマスターの少女の一声に周囲のメイド達が動きを見せる。皆一斉に食人鬼を鎖から解き放つと、懐から大ぶりなナイフを取り出して襲いかかってくる。
「聖炎弾!」
「火炎散弾!」
ソフィアとサーシャの魔法により、無数の炎の珠が周囲に展開される。食人鬼たちは目の前に現れた炎にたじろぎ、うまく動けないようだ。
他の食人鬼は前方に集まろうとしているが……
「こっちは行かせないよ!」
「なめんじゃねーぞ! おらぁ!」
ロニーの剣閃とガーラントの斧の衝撃が食人鬼を吹き飛ばす。やはり再生を始めているが、四肢ばらばらにされた状態からの再生はかなり時間がかかるようだ。手足を失った食人鬼がもぞもぞともがいている。
「今だ、行くぞ!」
「「 はい! 」」
相変わらず桜花を背中に貼り付けた俺はアイラとセラを促して奥の扉に向けて走る。遠くから見る限り、そんな複雑な鍵がついているようには見えないんだが、油断は禁物だ。
襲いかかってくる食人鬼が次々に炎に巻かれて動きを止めると、その間を縫うように走り抜けた俺達は、ようやく奥の扉の前へと辿り着いた。即座に追いついてきたミューリィとルークが協力して結界を作りあげ、アルバートが盾を構えて無防備になる俺の背中を護る。これで準備は完了だ。
腰袋からLEDライトを取り出してスイッチを入れ、扉についてい錠の鍵穴を照らす。これで内部の状態を探り……何だこれは?
おかしい。何だこれは?
なるほど、全部理解したよ。あのダンジョンマスターがあれほど勝ち誇る理由も、今まで開けた者がいないことも。
こんなの詐欺だ。普通の奴じゃ絶対に開けられない。それどころか、本物の合いカギを使ったって開くはずがない。これは誰にも開けられない鍵だ。たとえあのダンジョンマスターが合いカギを持っていたとしても、絶対に開けられない。
そう考えると、段々と怒りが湧いてきた。命がけでここまで来て、最後の最後がこれかと思うと無性に腹が立つ。相手がダンジョンマスターだろうがなんだろうが関係ない。ここまでふざけた扱いをされて怒らないほうがおかしい。俺は自分の中で沸騰する感情に身を任せ、溜まった鬱憤を吐きだした。
「こんなの開くわけないだろ! 馬鹿野郎!」
いきなり叫んだ俺の声に驚いたのか、そこにいた全員が思わず動きを止めた。もちろんそれはダンジョンマスターの少女も例外ではなく、一体何が起こったのかを理解することができずにきょとんとしていた。
ロックが怒った理由とは……
読んでいただいてありがとうございます。