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異世界でも鍵屋さん  作者: 黒六
第11章 新たなダンジョンの探索調査
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フォレストキャッスル 3階 その5

 何とか宥めて泣き止んだメイドだが、正直なところ理由が理由だけに非常に気まずい雰囲気になった。何故なら、勝手に他人の下着を持ちだそうとしたんだ。そこだけ見ればただの下着泥棒じゃないか。

 メイドの方も何か思うところがあるのか、先ほどのような敵意を向けてくることは無くなった。だが、未だに警戒されてるのは仕方ないことだろう。


「持ち出したものは返却するから、この場は退いてもらえんじゃろうか。わし等も今回は調査目的じゃ、深入りするつもりは無い」

『……私はここで退く。でも主人がどう判断するかは分からない』


 そう言い残すと、メイドの姿がぶれ始めた。そしてぶれが大きくなると共にその全身が黒く染まり、黒くなったメイドの姿が無数の蝙蝠に変化して通路の奥へと飛び去っていった。それを見ていたディノが神妙な顔で話しかけてくる。


「あのメイドは『主人』と言っておった。これが何を意味しているのかわかるな?」

「ええ、ここのマスターは高位の吸血鬼……ですよね?」


 後方の確認を終えたサーシャが戻ると同時に口を開く。それを聞いた皆が真剣な表情を浮かべる。


「だとすると、このまま探索を続けるのは危険だと思いますけど、ディノ様はどうお考えですか?」

「うむ、浄化を使えるのがワシとルークとソフィアだけでは不安というのが本音じゃな。今回は調査が目的なんじゃから、ここで無理することに意味は無い。それよりも、モグリの連中が勝手に入り込んでいたことが問題じゃ」


 ディノに説明してもらったんだが、管理されていないダンジョンへの侵入は色々と問題になるそうだ。

 お宝狙いの連中ならまだしも、野盗のアジトになったり、さっきのメイドが被害に遭ったような強引に誘拐を繰り返す非合法な奴隷商人の拠点になったりすることもあるらしい。


 そして、奴隷を使った玉砕攻略。

 ダンジョンを持つ国々では絶対の禁忌とされている攻略方法。


 何故禁忌とされているのか、その理由は色々あるらしいが、一番有力なのはその時に撒き散らされた負の感情、つまりは怒り、悲しみ、苦痛、絶望、そういった悪い感情によってダンジョン自体が汚染されてしまうという説らしい。


 正規のルートを外れるとダンジョンのレベルが上がるということは以前聞いていたが、汚染されてしまうともっと酷いことになるという。


「ルート外れやトラップ解除失敗でのレベルアップはしばらくすれば元に戻ることが多いの。でも、汚染された場合、レベルアップなんて比じゃないわ。負の感情の影響を受けて、侵入者を確実に・・・殺しにくるようになるの。その為に実力のある貴族に管理を任せているのよ」


 ダンジョン探索のベテランであるミューリィが大きく溜息をつきながら教えてくれた。今回の事態は迷宮都市プルカだけじゃなく、下手すればラムターという国家としての対応が必要になるくらいのことらしい。


「ここはひとまず中止にして、国の指示を仰いだほうがいいかもしれん。国直属の精鋭を派遣してもらって協力して探索したほうが良いじゃろう」

「そうね、どれほど汚染されているのかは解らないけど、流石にこれはちょっとね……」


 ミューリィが置きっぱなしになっている大量のメイド服を見ながら、疲れたようにぼやく。


「たぶんさっきのメイドは使い潰された奴隷がここのマスターの恩情で眷属化したのだとしたら、一体どれほどの奴隷がここで無駄に死んだのかわからないわ。うまくマスターが制御してくれていればいいんだけど」


 ダンジョンマスターがそういう負の感情をうまく捌いてくれていれば、汚染されることも少ないらしい。そういった澱んだものを溜めないようにするのもマスターの仕事なのか。


『はい、お嬢様は性格と趣味はアレですが、管理はしっかりできています。やれば出来る子ですから』


 にっこりと微笑むメイド。さっきのメイドに比べれば、落ち着き払った態度といい、柔らかな物腰といい、まさに古き良き時代のメイドそのものだ。


 ちょっと待て。このメイド、どこから現れた?


「えーと、どちら様で?」

『はい、私はこの城の主に仕えるメイドでございます』


 いきなり俺達の中心に現れたメイドに皆が一斉に戦闘態勢になる。だが、そんな俺達を見ても全く動じることなく、メイドはディノへと近づく。


『ディノ=ロンバルド様、【あのお方】よりお噂は聞き及んでおります』

「……【あのお方】か。ふん、あやつの配下ならここまで入り込まれるのも納得じゃな」


 ディノに向けて深々と一礼するメイドに向けて、複雑な感情がこもったような視線を向けるディノ。メイドはディノのことを知ってるらしい。魔道士協会のトップなんだし、知ってる奴が多いのは理解できるんだが、このメイドってモンスターだろ?モンスターにまで顔を知られているってのは凄いな。


「ロックに【招待状】を渡すのはあやつの考えか?」

『いいえ、【あのお方】も詳しくは知らされていないようです』

「なるほどのう、【魔王】すら詳細を知らされておらんとは……やはり完全に【大迷宮】が目覚めたと判断していいんじゃな?」

『さあ……どうなんでしょうか?』


 にっこりと微笑みながら答えをはぐらかすメイド。だがその所作があまりにも優雅で澱みないせいか、それほど嫌な印象を与えない。

 ところでこのメイド、ここのマスターの配下じゃないのか?今の話しぶりだと本当の主人は別にいるようだが。しかも【魔王】とか言ってるし……


「ということは、あんたはここのマスターの配下じゃないのか?」

『あなたは……あの【招待状】の受取人に認定された方ですか。そうですね、御嬢様との関係は配下というよりも、世話焼きのお姉さんといった感じでしょうか。彼女のことは小さいころから色々と面倒見てきましたから』


 モンスターの世界にも色々あるらしい。世話焼きのお姉さんってどういうことなんだよ。それに【魔王】ってどういうことだ? RPGだとラストに出てくる最後の敵だろ? どうしてそんな奴が俺に用事があるんだ? 

 それにどうして【大迷宮】が俺を招待したがる? 俺はこっちの世界に来て間も無いんだぞ? 普通に考えれば、ディノあたりが招かれるのが筋だろう? 実際に強いんだし。


「なぁ、どうして【招待状】を受け取るのが俺なんだ? 俺なんかよりも強い奴はたくさんいるだろう?」

『それは私程度が理解できることではありませんが……ただ言えるのは、【招待状】は必ず理由があって送られます。その理由に最も合致したのが貴方だということです。その理由は貴方が招待に応じた時に自ずと理解できるでしょう』


 あまりにも理解不能だったので、はっきりと聞いてみたが漠然とした答えしか返ってこなかった。その点については実はあまり期待はしてなかったが。

 先ほどのディノとのやり取りを聞けば、ここのマスターはおろか【魔王】すら使い走りにするような相手だ。詳しい内容を知らされていないのも当然だ。

 それにしても【大迷宮】か。たしか【堕ちた女神】がいる場所だったな。そんな存在が一体俺に何の用なんだろう。


「どうしても受け取らないといけないのか?」

『今お断りになっても、他の者がお届けにあがるだけです』

「他の奴じゃ駄目なのか?」

『それは難しいとは思いませんか?』


 厄介事のニオイしかしないから何とかして断りたいんだが、今ここで断ってもどうにもならないのか……。だけど、今の俺は単なるダンジョン初心者だからなぁ。


「それを受け取ったらすぐに招待されるのか?」

『いいえ、そのようなことはありません。しっかりと準備を整えてからでも大丈夫かと。むしろ問題は別にあります』


 メイドが顔を若干曇らせた。別な問題があるってどれほどのものだろうか。


「……同じ探索者の問題ね」

『はい、その通りです』


 なるほど、そういうことか。【大迷宮】は招かれた者しか挑むことのできないダンジョンだという。となれば、必然的にほとんど荒らされていないということになる。お宝目当てに狙われることをしっかりと考慮しておく必要がある。


「わかった、とりあえずはここを攻略してから受け取るかどうかを考える。まずは今請けてる仕事を片付けてからじゃないと」

「そうじゃのう、今ここで厄介事を増やすことはできん。まずは目先の仕事を片付けるべきじゃの」


 色々と聞きたいことは山ほどあるが、まずはここの探索調査を優先すべきだ。請けた仕事はしっかりと完遂するのは当然だろう。


『そう……ですか。では、探索が早々に終了すればいいんですね』

「ん? まぁそういうことになるかしら」

「そうだね、そうすればゆっくりと対応を考えられるし」

『では、早速探索を終了させていただきましょうか』


 ミューリィとロニーがつい零した言葉に反応したメイドがその顔の笑みをより一層深くする。その笑顔に何か嫌な感じがする。うまく表現できないが、何か良からぬことを考えてるヤツが醸し出す雰囲気によく似てる。


「おい、何をする気じゃ!」

『……ですから早々に探索を終わらせていただこうかと思いまして』

「まさか……ここで全員始末するつもりなの?」


 ミューリィの焦った声が事態の深刻さを表している。それもそうだろう、このメイドは俺達の誰にも気付かれずにここに現れたんだ。ディノやミューリィの魔力感知にも引っ掛からず、アイラの索敵にも反応しない。それがどれほどの力量を必要とするものなのかは素人同然の俺にも理解できる。


『おかしなことを仰いますね? ここで始末などしたら私がお叱りを受けてしまうじゃないですか』

「ならどうするつもりよ!」

「駄目です、トランシーバーに応答しません!」


 ルークが必死にトランシーバーで発信しているが、全く応答がない。バッテリーランプは緑だから電源不足ということではないはずだ。ルークからトランシーバーを受け取って発信してみるが、動作してない訳じゃない。むしろ電波が届いていない感じだ。


「これは……何かで遮断されてる?」

『ええ、外部に連絡されては困りますから』

「何をするつもりじゃ!」

「全員集まって! 離れないで!」


 俺がつい零した呟きに、メイドは感心したように微笑む。外部との連絡手段を断つことに何の目的がある? ディノとソフィアが何かを感じ取ったようで、全員に警告するとそれに従い、全員がメイドから距離を取り部屋の中央に集まった。だが、それが裏目に出てしまった。


『探索を終了すればいいのでしょう? これからこの城の主が御用意させていただいたお部屋にお招きいたします。死なないように頑張ってくださいませ』


 メイドはそう言い残し、まるで幻のように消えてしまった。次の瞬間、部屋全体を覆う魔法陣のようなものが床に浮かび上がった。一見ディノがいつも使う転移魔法陣のようにも見えるが、細かい部分は全く違う。

 しかも、あのメイドはこいつを発動させるための詠唱を全くしていなかった。さらには発動の兆候を誰にも察知させなかった。一体どれほどの実力者だろうか。


「……魔族」


 ぼそりと呟いたのはサーシャだ。色白な顔をさらに蒼白にしている。


「ここまで強力な魔法を詠唱なしで使う。しかもこの魔力は一部の者にしか気付かれなかった。ねぇロック、あのメイドから何か変な感じがしなかった?」

「ああ、一瞬だけど凄く嫌な雰囲気がした」


 さっき笑顔を見せた時のことだろう。確かにすごく嫌な感じがした。だがどうしてそれをサーシャが気がつくんだ?


「あの感覚は魔族特有の魔法を使う際によく味わうのよ。でも、それをほとんど感じさせない時点でかなりの高位の魔族だわ」

「魔族……そうじゃのう、【魔王】に関わりのある者となると、必然的にそうなるじゃろう」

「そんなことより、この魔法陣そろそろ起動するよ」


 楽天家のロニーですら、その顔に冷や汗を浮かべている。まさかこんな状況に陥るとは思いもしなかったんだろう。逃げ場のないこの状態では緊張するのも無理はない。

 床を見れば魔法陣は次第に強い明滅を繰り返すようになっている。ディノの転移魔法陣とは全く動きが違う。


「来るよ! 皆離れないで!」


 ミューリィの叫びにも似た警告に、皆が近くにいる者を無我夢中で掴む。俺はしがみついてくるアイラとセラ、そして桜花を抱き締めると、何とか周囲の状況を確認しようとした。だが時既に遅く、俺達の視界はいつもの転移魔法とは全く異なる状態に包まれた。

 それはほんの僅かな光すらも見えない、深い深い闇色だった。 

読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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