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異世界でも鍵屋さん  作者: 黒六
第11章 新たなダンジョンの探索調査
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フォレストキャッスル3階 その4

「おい、すごく怒ってないか?」

「知らないわよ。どうして怒られなきゃいけないのよ」


 まだ姿を確認できないが、扉の奥から滲み出る独特な雰囲気は激しい怒りの感情をしっかりと伝えてくる。

 だが、一体何に対して怒っているのかが分からない。


 隣にいたミューリィに聞いても知らないとのことだが、明らかに俺達の前を塞ぐように出てきたんだから、間違いなく俺達の誰かが何かやらかしてしまったのだろう。


「とにかく配置につくんじゃ!先手を取られるでないぞ!」

「任せて!」


 ディノの叱咤にロニーが軽く応える。それと同じくして、扉の奥から怒りの気配の主が姿を現した。


 それは一人のメイドだった。その顔色は死人のように白い。年のころは十代前半だろうか、アイラやセラと同年代のように見える。


 だが、特筆すべきはその手に持ったものだろう。

 一本の鎖が枝分かれし、その分かれた先に繋がっているのは首輪だ。そしてその首輪が嵌められているのは……


「あれは……人間?」


 思わず呟きが漏れてしまった。

 メイドの持つ鎖に繋がっているのは人間だった。だが、その様子がおかしい。

 襤褸布を申し訳程度に纏ったそいつらは、成人した男女だ。しかしそれに対しての羞恥心のようなものを持ち合わせてはいないように見える。何故なら、そいつらの中の女性は、色々な・・・部分が見えているにも拘わらず、全く恥じらいを見せない。


 さらに、だ。そいつらは何故か「うー」だの「あー」だのしか喋らない。口から涎を垂らしてこちらを見ている。


「あれは【元・人間】よ」

「……元?」


 俺の様子を見かねたソフィアが答えてくれた。


「あのメイドは【吸血鬼】よ。あいつらはたぶんあのメイドに血を吸いつくされて食人鬼グールにされたのよ」

「吸血鬼!」


 見た目は可愛らしい少女メイドだが、紅く光る瞳とその口から時折見える牙が既に彼女が人ではないことを証明している。


『許さない』


 メイド少女の口から、再度怒りの言葉が紡がれる。その手をこちらに向けた瞬間――


「聖炎結界」


 よく響く綺麗な声とともに、俺達中衛組を取り囲むように炎が取り囲んだ。

 すぐそばで燃えているにも拘わらず、全く熱くない。どういう仕組みなのかは理解不能だが。


 俺のすぐ傍の炎が一瞬だけ弾けた。だが炎はすぐに元の勢いを取り戻し、炎の壁を構築した。


「不浄なる不死者アンデッドの攻撃など通さないわ!」


 俺の前に立ったのはソフィアだ。やはり神官だけあって、アンデッドには強いのか?

 ちなみに炎の壁は俺達を包んでいるが、ディノとロニーは壁の外……いいのか?それは?


「あの二人はあれでいいのよ。攻撃の妨げになるより自由に動いて貰ったほうがいいのよ」

「ミュー姉もきちんと結界張ってよね」

「ちゃんとやってるわよ。風の結界だから見えないだけよ」


 言ってることは格好いいんだが、行動がそれに伴っていないのがこいつなんだよな。今は偉そうなことを言いながら、ゲットした衣類を俺が持つ魔法の鞄に詰め込んでいる。


「はあぁっ!」

「ほれ」


 ロニーの剣閃が煌く度に、ディノの魔法が炸裂する度に食人鬼グールが倒れていく。だが、あまり効いていないのか、再び立ち上がってくる。


「やっぱり普通の剣だと難しいね」

「もうちょっと火力を上げたいんじゃが、流石に室内では使うのを躊躇ってしまうのう。ソフィア、結界で何とかできんか?」

「お父様、自分に都合のいいことばかり言ってるんじゃありません。もう少しお考えになってください!」


 不穏な会話をしてる人たちのことなど、俺の頭の中にはなかった。というのも、食人鬼が再生していく姿がトラウマになりそうなほど気持ち悪かったからだ。


 俺は人間の死体を何度か見たことがある。

 というのも、鍵屋は警察から頼まれて家の鍵開けをすることがあるからだ。事件性があると判断された場合、室内に入るために鍵開けが必要だからだ。

 強引に侵入した場合、現場の状況保全ができない可能性がある。例えば窓ガラスを割ったり、ドアを破ったりした場合、破片が散ってしまうと、それだけで事件現場の保全ができない。

 それはすなわち、犯罪だった場合、犯人に結び付く大事な情報を喪失することに直結する。だから鍵屋が呼ばれる。


 俺も数回依頼を受けたことがあるが、大体は一人暮らしの老人が音信不通になり、警察立ち会いのもと、生存確認のために開ける。

 もちろん生きていれば問題ないが、中には既にお亡くなりになっている方もいるわけで、さらには警官が入る時に偶然中が見えてしまったりするわけで……。


 一度でも見たことがあるというのは、こんなに精神の安定に役立つのかということを今ほど痛感したことはない。でなければ、あの姿に腰が抜けてしまっていても不思議じゃない。


「そろそろペースアップしようか」

「いい加減に鬱陶しくなってきたわい」


 ロニーが剣を大上段に構えて何かを呟く。するとロニーの剣が淡い光に包まれる。どこか温かみを感じるその光は次第に刀身に集まり、光の刃となった。


「これで終わりだよ」


 振り下ろされた光の刃は食人鬼を容易く縦に分割した。すると不思議なことに、断面から光が浸食していき、やがて光の粒子になって消えていった。さらに……


「炎蛇縛」


 ディノの唱えた呪文に応えるように、ディノの周りに炎が生まれる。炎は次第に集まり、長細い何かを形作っていく。やがて現れたのは、炎の如き朱色にその身を染めた大蛇だった。

 大蛇はその身体を器用にくねらせながら、食人鬼たちに巻きついていく。巻きつかれて動きの取れない食人鬼は悉く大蛇の顎に飲み込まれ、燃え尽きていった。


「さあ、雑魚は片付いたよ」

「観念するんじゃのう」

『くっ……せめてお前だけでも』


 吸血鬼メイドがその怒りの標的を俺に絞ったらしい。俺をじっと睨みつけてくる。俺が一体何をしたっていうんだ。

 俺はただ鍵開けしただけだぞ?もしかして部屋に入られたくなかったとか?

 メイドの殺気塗れの視線が痛い。


『どうして魅了されない!お前は何者だ!』

「何者って言われても……」

「そうよ、ロックはただの鍵師なんだから!」

「そうじゃ、鍵開けしかできんただの鍵師じゃ!」


 何気に酷いこと言われているような気がする。確かに俺は戦闘力ないし、鍵開けくらいしか貢献できていないが。


『お前……やっぱりお前が……絶対に許さない!』

「ちょ、ちょっと待て!俺が何をした?」


 明らかに俺に敵意を向けている。どうして俺が吸血鬼の怒りを買うんだ?

 メイドは俺に向かってその身を翻らせる。全く重力を感じさせないその跳躍は、まっすぐに俺へと向かってくる。だが……


「そうはさせないよ」

『くっ!』


 いつの間にか俺の傍に寄っていたロニーの剣がメイドの行く手を阻む。だが、その剣もメイド服を斬り裂くだけに終わった。何とか攻撃をかわしたメイドだが、胸元を大きく斬り裂かれて異様なまでに白い肌が露わになる。


『み、見るな!』


 メイドは必死に肌を隠そうとするが、俺は見てしまった。

 彼女の白い肌に、何か紋様のようなものが描かれていた。彼女が必死に隠そうとしたのは、その紋様なのだろう。

 攻撃の手を止めてまで隠そうとするということは、彼女にとってそれほどに重要ということだろう。


「あれは……奴隷紋?」

「何だよ、それは!」


 この状況下で何を言い出すのか……と思ったんだが、どうやらそれはこの場の流れを止めるほどの重要なことだったらしい。その証拠に、メイドはその動きを止めてこちらを睨みつけているが、その目には涙が浮かんでいる。


「どうして奴隷が吸血鬼なのよ」

『うるさい!それをお前達が知る必要はない!』

「大方、ここに無断で入り込んだモグリの探索者が連れていた奴隷じゃろう。罠を作動させるためだけに連れてこられたんじゃな?」


 確か、以前聞いたことがある。

 奴隷に罠を解除させて探索する連中がいることを。となればあの食人鬼は……


「その食人鬼はお主の主人だった連中じゃな?」

『こんな奴等は主人じゃない! 無理矢理奴隷にされたのよ!』

「それについては……御愁傷様としか言えんが、どうして俺を狙うんだ?」


 彼女は明らかに俺に敵意を向けていた。それも相当なものを。こちらとしても簡単にやられる訳にはいかないが、かといって理由もわからずに攻撃されるのも納得いかない。


『その中にあるものを……返して』

「この中?」


 彼女が指さしたのは俺の腰に付けられた魔法の鞄マジックポーチだ。ということは……


「ミューリィ、お前何を突っ込んだ?」

「何よ、メイド服しか入れてないわよ」

「本当か?」


 周囲を見れば、皆警戒をしながらも、さっきまでの殺伐とした雰囲気は消えている。彼女が返してほしいものが一体何なのかが気になるようだ。どこか期待が籠った視線を一身に受けながら、ゆっくりと魔法の鞄に手を入れる。


「さっきミューリィが突っ込んだ服……ん、これか?メイド服にしてはだいぶ小さいな」


 それらしきものを掴み、ゆっくりと手を抜く。手触りはかなり上質な布地らしく、肌に吸いつくような肌触りが心地いい。細かい刺繍のような感触もあり、かなり手の込んだものだろう。だが、メイド服に比べればやけに小さい。

 その大きさに微かにに嫌な予感もするが、もう今さら後には引けない。覚悟を決めてそれを取りだした。


「うわ……過激……」

「しかも黒……凄いわ」


 女性陣のそんな呟きが聞こえてくる。皆顔を赤らめて、やや顔を伏せがちにしている。


「ほほう、見かけによらんのう」

「うわー、こんなのが趣味なんだ」


 男性陣の興味深げな呟きも聞こえてくる。こちらは皆表情が明るい。


 それもそのはずだろう。俺が取りだしたものは、おそらくこんなものを持ち出されれば、間違いなく怒りに震えるであろうものだからだ。こんなものを魔法の鞄に入れていれば、標的にされるのも必然と言える。とはいえ、どうして俺なんだ。これを持ってきたのは何やらこちらを窺ってソフィアとひそひそ話してる馬鹿エルフだ。

 俺が手に持っているもの、それは黒のレースのような刺繍の入った下着だったからだ。




『嫌あぁぁぁっ!』


 両手で顔を覆ってその場に蹲ってしまった吸血鬼メイド。おそらくどうしたらいいのか分からなくなったんだろうが、それは俺が知りたい。今の俺の姿を客観的に見たら、知らない奴はどう思うだろうか。


 半ば破れた服を着たメイド少女が蹲って泣いている。その前で下着を手に仁王立ちする男。どうみても怪しさ爆発だ。むしろ犯罪者と見られてもおかしくはない。


「あー、その、なんだ……とりあえず返すから」


 泣きながらそれをひったくるメイド少女。だが、それがまた何かに触れたのか、再び蹲って泣きだしてしまった。


「おい、ミューリィ。お前が持ってきたモノが原因なんだから何とかしろよ。こんなのは専門外だ」

「そんなことこっちだって無理よ!下着盗られて泣く吸血鬼なんて会ったこともないし。放置でいいんじゃないの?」

「お前なぁ……」


 確かにそれが一番良さそうな気もするが、流石にそれはまずいような気がする。悪いのはこっちなんだし、あまりにも無責任極まりない。皆の顔を見回しても、一様に関わりあいになりたくなさそうな微妙な表情を浮かべている。


 結局、吸血鬼メイドが泣き止むまで小一時間、俺とミューリィが必死に宥める羽目になった。こんなのは鍵屋の仕事じゃないぞ、全く。


 

個人の所有物を持ち出してはいけません。

ちなみに飾ってあった『絵』は配布用です。


読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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