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異世界でも鍵屋さん  作者: 黒六
第11章 新たなダンジョンの探索調査
90/150

フォレストキャッスル 3階その3

 巨大な漆黒の狼が俺たちに襲い掛かる。

 狙いをつけたかのように跳躍した狼の着地点は……たぶん俺だ。その真っ赤な双眸はこれから味わうであろう人肉の味を期待しているかのようにギラギラと輝いている。


 武器はその牙か、はたまた前足の先端から伸びた鋭い爪か。見るも凶悪なその武器が俺に向かって振るわれる……








 ことは無かった。


 思わず立ち竦んでしまった俺のすぐ横を何かが通り抜けた。

 その『何か』が一体何なのかを理解することが出来なかった。

 ただ、通り過ぎたという事実だけが何とか認識できただけだった。


 そして次に俺の視界に映ったのは、腹の辺りで上下に分断された狼の姿。さらには、分断された身体が瞬時に炎に包まれ、灰すら残さずに焼き尽くされていく光景だった。

 漆黒の狼は断末魔の叫びを上げることすら許されずに消えていった。もしかすると自分が殺されたことにも気付かなかったかもしれない……。


 そして狼の現れた場所に立っていたのは、抜き身の剣をぶら下げていつもの笑みを浮かべているロニーだった。


「うーん、大したことないね」

「手応えが無いのう」


 ロニーの感想にディノも同調する。そこで初めて、俺の横を通り過ぎていったのがロニーだと気付いた。

 はっきり言って何も見えなかった。そのくらい速い踏み込みで振るわれた剣を俺如きが視認できるはずもない。


 そしてディノの魔法。炎ってあんなに燃焼速度が速いものなのか?しかもほとんど灰が残ってないってのが俺の理解を超えてる。一体どのくらいの温度なのか想像できない。

 魔道士協会のトップというのは伊達じゃないというところだろう。


「燃やし尽くしたら駄目でしょ、お父様!」

「きっと黒魔狼ヘルウルフの亜種よ、いい研究材料になりそうだったのに……」

「ワシが勝ったのにこの言われ様とは……」


 ソフィアとミューリィからの非難にディノが落ち込みかけてる。まぁこの件に限っては擁護するつもりはない。

 わざと仕掛けを発動させるなんて、このメンバーだから出来ることだぞ?決してお手本にはならない。


「まぁいいわい、後の部屋はどうするんじゃ?」

「それよりも、まずはこの部屋を見るべきじゃないか?」


 ディノが何とか話の流れを変えようとしている。だが、せっかく開けられるものを開けずに行くのもちょっと勿体無い気がする。もしかしたら何かお宝があるかもしれない。


「おお、そうじゃ。では開けてくれ」

「了解した。すぐに開くぞ」


 もう正解は掴んでる。ここまでくれば見なくても出来る……と言いたいところだが、そんなことして失敗したら洒落にならないのできちんと対処する。


 当りのカムをツールで回す。この感触はしっかりと掛け金を動作させるパターンだ。


――――― かちん ―――――


 小気味良い金属音と共に、掛け金が外れる。それを確認すると、俺は扉から距離を取る。いきなり何かが飛び出してくるという可能性は捨てきれないからな。


「解錠したぞ、中の確認は任せる」

「了解、お宝はあるかしら」

「期待してもいいじゃろうて」


 ミューリィが風の精霊に頼んで中の状況を確認している。特に危険は無さそうとのことで、ディノ、ロニー、ミューリィの順に部屋に入る。


「入ってきても大丈夫よ!」


 流石に少々緊張する。

 洞窟のようなダンジョンは何度か潜ったからいいんだが、こんなしっかりした建物のようなダンジョンは初めてだからかもしれない。

 室内は……ちょっと豪華なホテルのスイートのような感じだ。生活感もそんなに感じられない。

 室内はだいたい二十畳くらいの広さだが、窓がない。あることはあるんだが、レンガのようなもので塞いである。一体何の意味があるのかよくわからない。

 家具はクローゼットのようなものとベッドしかない。何故か金属の頑丈な柱があるが、これも意味がわからない。


「あ、メイド服見っけ」


 クローゼットを漁っていたミューリィがほくほく顔で数着のメイド服を持ってきた。しかもそのメイド服は全部デザインが違うようだ。ロングスカートにミニスカート、長袖、半袖、ノースリーブ……どうするんだ、こんなの。


「お前なぁ、こんなの持ち帰ってどうするんだよ」

「もちろんタニアに着せるのよ。これで給仕をしてもらうのよ」

「それに何の意味があるんだ?」


 渋々ながら魔法の鞄マジックポーチにメイド服をしまいながら、ミューリィに聞く。タニアがターゲットかよ。


「このメイド服、かなり上質よ?これを着ればタニアもいいとこのお屋敷の専属メイドっぽく見えるでしょ?そんなメイドが作る料理、これは売れるわよ?」

「それはごく一部にしか需要がないと思うぞ?」


 日本ではごく一部にそういう需要があるのは確かだが、こちらの世界でも同じかどうかはわからない。それに、俺もメイドはセラのお付きの人達やペトローザの屋敷の使用人くらいしか見たことない。


「そう?ディノがロックの世界に行った時にメイドが働いてるお店に行ったことがあるって言ってたから、人気が出るかなーって」

「そんなところに行ってたのかよ……」


 確か夜の繁華街にも繰り出したようなことを言ってたし、一体何をしてるんだか。







 

「結局メイド服だけかよ……」


 鍵の仕掛けがわかった以上、無理矢理モンスターと戦う意味もないので、他の部屋は普通に解除したんだが、これと言ってお宝は無かった。

 ただ、それぞれの部屋のクローゼットにメイド服があり、やはりミューリィがほくほく顔だった。意外だったのが、セラがそれに食いついていたことくらいか。


「これ、相当上質な生地ですよ。この生地に使われている糸ですが、きっと魔銀絹ミスリルシルクですよ。装飾品としても、武具としても最上級の素材です。魔法を減衰させたり、物理防御力を上げたりします」

「ふふん、どう?これなら売ってもそれなりの値段になるはずよ?それとも私に着てほしい?」

「俺はそっちの趣味はないから」


 コスプレとかそっち系に興味はない。

 むしろ普段の生活の中で零れるそこはかとない色気が……って何を考えてる。そんなことを考えてる場合じゃないだろう。

 

 だが、それなりに高価なものが手に入ったのは喜ばしいことだ。手間ばかりかかって実入りが少ないなんてことは避けたい。

 半ば博打にも近いダンジョン探索だが、それを生業にする以上は確実に利益に繋がるものを持ち帰らなければならない。

 俺達の仕事は探索のガイドだから、依頼主に確実に手土産を持たせないと機嫌を損ねてしまう。そうなれば信用ガタ落ちだ。


 そう考えると、ミューリィの行動は正しいのか。

 確実に金目のものを入手する……なんて聞くと泥棒のようにも聞こえるが、これがDMダンジョンマスターと探索者との関係だという。

 身の程を知り、且つ自分達の力を存分に誇示する探索者と、それを見届けるDM。その報酬がダンジョン内のお宝ということだな。


「ロックの鍵開けのおかげで順調にお宝が手に入ってるわ。この調子でいけばかなり利益が出そうよ」

「そうじゃのう、予想してたものとは違うが、これもダンジョン探索の醍醐味じゃ」

「普通は武器や防具、マジックアイテムとかが多いんだけど、まさか服が手に入るとは思わないよね」


 ミューリィが手にしたメイド服を確かめながら、ディノとロニーが楽しそうに話している。確かにあの二人の戦闘力を以ってすれば、並大抵のモンスターは相手にならないと思うが……勝負は水モノとも言うし、油断は禁物だ。


 




 3階右側の通路探索を終えた俺達は、引き続き左側の通路の探索に入る。左の通路は明らかに右とは違う構造だった。

 途中までは同じように、両側に部屋が並ぶ構造だが、それが唐突に終わる。目の前にあるのは重厚な雰囲気の扉だ。大きさは高さ3メートルほどで、幅は5メートルはあろうかという両開きの扉だ。材質は木製のようだが、その大きさは一人では到底開けることができない重さであることは容易に想像できた。



「待って、この先に何かいる!離れて!」


 アイラが叫ぶ。警告というよりも悲鳴に近い。即座に俺達が扉から距離を取り、打ち合わせ通りの配置につく。

 内部の構造から、部屋が多いということは挟撃も十分考えられると判断したフランからの指示で、ここではチームを纏めて対処することになった。


 前方を担当するのはディノとロニー。後方はソフィアとガーラント、中央には俺とルーク、セラ、アイラを中心に他の全員が取り囲む。


 ぎぎぎぎぎ……


 軋む音がまるで苦しんでいるようにも聞こえる。ゆっくりと、だが力強く開く扉の奥には、行く手を塞がんとする敵モンスターの姿。


「気をつけて!あんな扉を一人で開けるほどの力の持ち主よ!」


 まだその姿をはっきりと捉えることはできない。しかし、扉の奥から流れ出てくる威圧感はさっきの狼の比じゃない。びりびりと肌が焼けるような感覚は、俺が今まで感じたことのないものだ。


『……許さない』


 扉の奥に存在するモノが呟いた言葉が妙に耳に残った。誰にもわかる明らかな敵意。紅く光るのは憤怒に燃える瞳だろうか。

 未だに全貌を現さない敵を前に、俺達は身構えることしかできなかった。




 ******





「あれ?一人足りないわね」


 少女は絵具で汚れたドレスのまま、メイドの差し出す飲み物を手に取る。メイドの後ろには、やや質素なメイド服を着た少女達が横一列に並ぶ。彼女が気付いたのは、その少女のうちの一人の姿が見えないことだ。


「はい、どうもあの探索者に急用が出来たとかで……」

「ふーん、まぁいいわ。極端な邪魔さえしないでくれれば」

「それはきつく申し付けてありますが、どうもかなり怒っているようでした」

「まさか、あの探索者達に恨みがあるとか?」

「さあ、そこまでは私にも……」


 グラスを一息に空にすると、メイドの差し出すトレイに乗せて再び絵筆を持つ。キャンパスに向かうその顔には、既に興味が失せているようだった。


「あの娘に敵わないようであれば、ここまで来る資格すらなかったってことかしら。でも、来て貰わなければ私が大変なことになるし……最悪、強制的に呼び戻せばいいわね」


 彼女にとって、眷属に強制力を働かせるのは造作もないことだ。それ故に、その娘の勝手な行動も大したこととは考えていない。ならばあの探索者達の実力を推し量るのに丁度いいとも考えていた。


「さあ、お手並み拝見といきましょうか」


 少女はその顔に楽しげな笑みを浮かべ、キャンバスに絵筆を走らせる。その娘の怒りの真相を知らぬままに……。

 


ディノは魔道士の頂点なので強いのは当然ですが、ロニーも実はとても強いです。

何故メルディアにいるのかは今後明らかになっていきます。


読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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