フォレストキャッスル 3階その2
『臭いのが無くなりました』
桜花のそんな言葉が俺達の行動を止める。ということは、さっきの部屋に閉じ込められた何かがいなくなったということか?
「そんなことが有り得るのか?」
「無くはないわね。ダンジョンマスターによっては頻繁にモンスターを移動させてくるのもいるし。ロックに見破られて慌てて移動させたんじゃないの?」
ミューリィが桜花の頭を撫でながら答える。
俺の実感からすると、ダンジョン攻略ってのは戦略ゲームのようにも思える。こちらにも相手にとっても。
こちらは如何にして中のお宝をゲットするか、相手にとっては、如何にして侵入者を排除するか……そんな感じだ。
となれば、一度見破られた仕掛けにはもう意味が無いということなのか。
確かに二番煎じの策は効き目が薄いが、それでも完全に効果が無い訳じゃない。要はその仕掛けをどういう形で使うかってところがミソだ。
試しに俺だったらどうするかを話してみたら、ミューリィが信じられないようなものを見る目をした。
「そんな複雑な使い方できるの?あ、うん、でもそれは一理あるか……」
「これが複雑?案外単純なダンジョンマスターなのかもな」
「それを思いつくロックが異常なのよ!」
まぁ確かに俺でもこれをやられたら鬼かと思う。でも、しっかりと基本を守ればどうってことない。
「どうする?開けるか?」
「そうね……ディノに相談しましょ」
トランシーバーでディノに確認を取る。結局前衛組が一度戻ってから、安全が確認できた1ヶ所だけを開けてみることになった。
「桜花はニオイで判るのか、すごいな」
『えへへへへ』
「アイラの索敵とは違うんでしょうね。モンスターだから解る何かがあるのかも」
御褒美というわけじゃないが、大事な情報をくれたので手持ちの飴玉を一つ渡してやる。
『甘いですー』
嬉しそうに口に入れるが、実は凄いことに気付いた。その口には鋭い歯がずらりと並んでいて、犬歯にあたる歯は鋭い牙だった。道理でいつも飴を平然と噛み砕くわけだ。
「なぁ、その牙で噛みつくなよ?」
『マスターと一緒の時はしまってます』
どうやら収納可能らしい。隣ではセラがメモ取りに忙しそうだ。
「アラクネの歯がそんな構造になってるなんて……モンスター研究をしてる友人に教えてあげます」
「お、おう、頑張れ」
そんなことを話しながら、皆が合流してくるまで時間をつぶした。
『只今戻りました』
病的に色白なメイド達が部屋に入ってくる。その瞳からは生命の光を感じることはできない。メイド達はそれぞれに数本の鎖を手にしており、その先には嘗て人間だったモノが繋がれていた。
それらの瞳には最早理知的な輝きは失せており、本能を満たすことしか考えていないかのように、だらしなく涎を垂らしている。
「御苦労さま、食人鬼共はいつもの檻に入れておいて。貴女達は少し休憩なさい」
『畏まりました、お嬢様』
食人鬼の鎖を引き、メイド達は部屋の奥の扉へと入っていく。扉の隙間からちらりと見えたのは、猛獣を入れるような大きな檻と、並べられた棺の数々。
その姿を見送りながら、主である少女は溜息を吐く。
「本当はこんな処置しちゃいけないんでしょうけど……でも仕方ないのよ」
まるで苦渋の決断をしたかのような口ぶりの少女。だが、いつのまにか傍に現れたメイドが冷たく言い放つ。
「何が仕方ないんですか?犠牲になった無関係な者を眷属にするのは構いません。で・す・が、あの過剰なまでの化粧は何なんですか?一体どれほど厚塗りすれば気が済むんですか?」
「あの子達は私の美を創作するためのキャンバスなのよ?色鮮やかに彩ることで、新たな喜びに目覚めるの!」
少女は立ち上がると、陶酔したかのようにふらふらとした足取りで自らの化粧鏡へと移動する。そこには様々な化粧品が所狭しと置いてあった。
うっとりとする少女に対して、メイドはばっさりと切り捨てる。
「何がキャンバスですか!この際はっきり言わせてもらいますけど、皆化粧臭いんです!ただでさえ迷宮化して外気が入らないのに、そんなに臭くしてどうするんですか!」
「彼女達だって綺麗になるのは嬉しいはずよ!」
「限度があります、限度が。彼女達の顔を見ましたか?あんなに白粉を塗り重ねられて、まるで仮面じゃないですか!白粉が多すぎて表情が無くなってます!」
メイドはまるで汚物を見るような眼で主でもある少女を見下ろす。その視線は主に対して放つものではない。
「あ、あなたは私の専属メイドでしょう?」
「ならばもっと主人らしくしてください。あまり品位を落とすようなことを続けられたら、本当に実家に帰らせていただきますよ」
「わ、わかったわよ。真面目にやるわよ。そのかわり【絵】は描いてもいいでしょ?」
「本業に差し支えなければかまいません」
少女は力なく椅子に座ると、傍らの宝珠を手に取る。やがて怪しい光を放ち出した宝珠からいくつもの光の珠が生み出される。
「各階の関門、任せたわよ」
光の珠は暫く少女の周りを飛んでいたが、少女の声に従うように室外へと消えていく。それを見ていたメイドは漸く胸をなでおろす。それを見た少女がメイドに笑いかける。
「貴女も綺麗にしてあげ……」
「間に合っています!」
笑顔でメイドに拒絶され、引き攣った笑顔を見せながらもようやくダンジョン管理に本腰を入れた。それはロック達の探索がの難易度が上がることを意味していた。
「どうじゃ、中の様子は?」
『モンスターのニオイはしないです』
「精霊も騒いでないから、もう中にはいないと思うわ」
「よし、開けるか」
皆からの安全のお墨付きを貰えたので、早速鍵開けにとりかかる。
付いてるのは結構ごつい南京錠タイプだ。見る限りは中央にある鍵穴にも特に仕掛けは無い。
ただし、かなり頑丈そうな感触がある。
「簡単そうですね」
「ロックなら楽勝でしょ?」
「本当にそう思うか?そんな観察力じゃすぐに失敗するぞ」
アイラとセラが暢気なことを言うので、しっかりと釘をさしておく。確かに鍵穴自体には何の仕掛けもないから、差し込んでも大丈夫だ。だが大丈夫なのは当然だ。
この錠前は何かを閉じ込める為のものだった。ということは、そいつを出す時に鍵を開けなきゃいけない。鍵穴自体に細工がしてあったら、それを解除するのに時間がかかってしまうだろう。
こういうことは使用目的を考えれば、ある程度は読み解くことができる。問題はそこから先だ。
正式な鍵ではきちんと開くが、鍵開けをさせないような仕掛けを施す、そんな複雑な要望を単純な仕組みで実現するにはどうするか?
それを解き明かせば、解錠のルートはすぐに見つかる。
「そんなに難しいんですか?」
「そうは見えないけど……」
「この錠前を付けた目的を考えれば、【どう鍵開けさせたいか】まで探れる。それさえ判れば後は簡単だ」
俺がこの錠前を見て気付いたのは、本体の厚みだ。掛け金と呼ばれる金具の位置は厚みの中心だが、鍵穴はそれよりも深かった。
テグスを使って少しずつ内部情報を探りつつ、気になることをメモ帳に書き出していく。
やはりと言うべきか、カムが二枚あった。しかも、そのどちらも動きが違った。
構造と感触から言って、手前のカムが正解なのは間違いないんだが、だとすると奥のカムは何だろう?
「なぁディノ、この錠前には何か仕込んである。それが何かはわからないが、知らない奴は間違いなく引っ掛かるだろう」
「何と……どんな仕掛けじゃ?」
「こいつは一番奥まで差し込むとハズレを引く。しっかりと中心の位置で止めないと駄目だってことだ。多分一番奥は何らかの信号を送るんじゃないか?」
俺がそう気付いたのは手で触れた時だ。
ほんの僅かだが、魔力?の感触があった。きっと魔法で無理矢理壊そうとしたり、うっかり奥まで差し込んだ時に信号が出るんだろう。
「ほんの僅かだが魔力の感じがした。ものすごく微量だが」
「つまり、大がかりな仕掛けを作動させるほどの魔力は無いということか……どうなるか試してみたいもんじゃがのう」
ディノが興味深げに提案してくる。だが、俺としてはお勧めできないんだが……。
「いいね!ちょっと身体を動かしたいと思ってたんだ!」
「おうよ、温い連中ばかりで退屈してたぜ」
「久しぶりに思い切り暴れられるわ」
ロニーとガーラントの肉体派コンビはわかるとして、ソフィアが何故同意する?そしてディノは何故そんなに嬉しそうなんだ?
「ならこっちは結界を張っておくわ。思う存分やっていいわよ」
そしてミューリィが火に油を注ぐ。既に臨戦態勢の連中はもう止められないらしい。
「私も結界を張ります」
『マスターを守るです』
セラと桜花が傍に控えてくれている。アイラとルークも戦う気満々のようだ。ってほぼ全員かよ。
「というわけでロック、仕掛けを作動させてみてくれんか」
「……全く、どうなっても知らんぞ」
ディノに促されて、渋々鍵穴の一番奥を反応させる。奥のカムを回すと、やはり明らかに通常とは異なる手応えがある。
掛け金を外すにしてはやけに軽い感触に自然と表情が険しくなっていくのを感じる。
「―――――――!」
「うわっ!」
アイラが叫び声をあげて耳を抑えて蹲る。他の皆は何が起こったのか理解できていないようだ。
一瞬だけだが耳触りな音が聞こえたような気がした。やはり警報発報の類だったか。
だとするとここに居続けるのは得策じゃないと思うんだが……
「ほう、来よったか」
「準備は出来てるよ」
ディノとロニーが楽しそうにある一点を見ている。よく見ればそこには黒い靄のようなものがあった。それは次第に密度を増し、やがてはっきりと判別できるほどになった。
それは狼だろうか。昔動物図鑑で見たことがある。
漆黒の体毛に覆われ、鮮血のように紅い眼とだらりと垂れた舌が体毛の黒と禍々しいコントラストを醸し出す。
問題はその大きさだ。まるで2トントラックくらいの大きさがある。
こちらを睥睨しながら、腹の底まで響くような重低音の唸り声でこちらを威嚇している。
押し寄せる重圧はその巨体から発せられる威圧感だけじゃない。まるで闇を纏ったかのようなどす黒い魔力が俺の心を逆撫でする。
――― コイツはやばい ―――
そう考える間もなく、そいつは床を蹴った。
その巨体に似合わない軽やかな動き。俺達に絶望を齎すための研ぎ澄まされた動きは躍動感に溢れている。
はるか高みへの跳躍、それは俺たちに死を運ぼうと舞う死神のようにも見えた。
桜花が臭いと言ったのは、まさかの化粧のニオイでした。
読んでいただいてありがとうございます。