探索初日の夜
探索1日目が終わります。
ダンジョンから外に出て、フラン達のいる天幕に向かった。
天幕には大きめの台が置かれていた。
屋根だけの天幕を遠巻きに騎士達が眺めている。
「ダンジョン内で見つけたアイテムはこっち、ドロップアイテムはそっち、モンスターの素材はこっちに出して」
「ああ、ちょっと待っててくれ」
「ちょっと待って、念のために、ね」
フランの指示に従って魔法の鞄から色々と出そうとしたらミューリィに止められた。
俺が不思議に思って見ていると、天幕の周りを覆うように布で隠してしまった。
「ロック、本来は魔法の鞄ってそんなに容量がないのよ。ロックの場合は無駄に多い魔力のせいで馬鹿みたいな容量だけど」
馬鹿はないだろ、馬鹿は。
俺だって好きでこんなに魔力が多い訳じゃない。
「でも、それって普通の人から見れば異常なのよ、そこで変な勘繰りされる危険があるの。だから大きいものや大量にあるものを取り出すところはできるだけ見られたくないの」
なるほど、ミューリィの言う通りだ。
日本であれば企業秘密の一言で済むようなことも、こちらでは力ずくで知ろうとする奴もいるんだろう。
情報だってどこから漏れるかわからない……といってもギルドメンバーを疑うわけじゃない。
例えば周りを囲む騎士達だって、もしかしたら情報を流す奴がいるかもしれない。
俺にはどの情報が大事かなんて判断できないが、もしかしたら大事件に発展しかねない情報があるかもしれない。
「よっ……と、これでいいわ。はい、中身を出して」
「おう、まずはダンジョン内のアイテムだな」
まずは大広間にあった絵画と食器類を台に置いた。
やっぱり何度見てもこの絵の良さがわからない。
食器は綺麗な白磁っぽいやつだ。
日本に持ち帰って鑑定番組に出してみたい。
まさか異世界のダンジョンで見つけましたなんて、誰も信じないだろう。
次にドロップアイテムだが、小さなナイフしかなかった。
しかも2本だけ。
何故2本だけかというと、前衛2人がほとんど使い切ったからだ。
主にロニーらしいが、見つけたナイフを投げナイフにしてモンスターを倒していたそうだ。しかもどういうわけか、使ったナイフは消えるらしい。
どうして使っちゃうんだよ……
それから最後はモンスター素材だ。
一見しただけじゃよくわからない部位もあってかなりグロい。
あまり直視したくない光景だ。
「それじゃ鑑定師を呼ぶわね」
フランが天幕から出ていくと、しばらくしてエプロンを着けた女性と一緒に戻ってきた。
どうやら彼女が鑑定師らしい。
そこで改めて周囲を囲んでいた布が取り払われる。
「それにしても随分持ちだしてきましたね。では鑑定してしまいましょう」
改めてみるとかなりの量だ。
どうりで騎士たちがざわざわしてるはずだ。
主にその視線はあの絵に集中してるみたいだが。
「これは不思議な感じのする絵ですね、若干の魔力も感じます。なかなかの値打ちものだと思います。たぶんマジックアイテムです」
そんなに値打ちがあるものだったのか?
3歳児レベルの絵が?
比べられた3歳児が泣くぞ?
「これは普通のナイフですね。何の効果もないただのナイフです」
まあそうだろうな。
ロニーがぽいぽい投げてたくらいだから。
「この素材は……中級ダンジョンクラスですね。加工すればそれなりの武具になると思います。1階でこのレベルですから、先が楽しみですね」
とりあえずここでは簡単な鑑定しかできないので、後はプルカで詳しく調べるらしい。
ここで簡易的にだが鑑定するのは理由があって、街に持ち帰るとどこで採取したものかわからなくなるのを防ぐためらしい。
今ここで行った鑑定の結果は今日の探索結果と一緒にこのフォレストキャッスルの情報として管理されるということだ。
空の色が次第に暗くなって、辺りの森から鳥のさえずりが聞こえなくなってきた。
それに変わるように、虫たちの大合唱が始まった。
俺たちは自分達の天幕で夕食を食べている。
流石にここで調理するわけにもいかないので、今晩のディナーは缶詰だ。
サバ缶、焼き鳥缶、桃缶、みかん缶とデザートまで用意した豪勢な?食事だ。
「明日も夜明けと同時にアタックだから、スタミナつけておかないとな」
「これは魚ですか?」
「なかなか美味しいね!」
『甘くて美味しいです』
普段からこんなものを食べてる訳じゃない、今回だけは特別だ。
流石にこんなところで調理するわけにもいかず、かといって干し肉は味気ない。
最初は干し肉と聞いてビーフジャーキーみたいなものを想像したんだが、現実は違った。
ただの乾いた肉で、味も塩の味しかしなかった。
いくら保存食だからといっても、この味はないだろうとつくづく思ったものだ。
しかも、何の肉かを聞いても、誰も知らないという。
よくそんなものを食べられるな。
そんなわけで、非常食としての缶詰や乾パン、それにインスタントラーメンやパスタの類は常に四駆の一角に積んである。
ちなみにだが、缶詰の空き缶はしっかりと持ち帰ってる。
一度こちらの鍛冶屋に持っていったところ、金属としての質がかなりのものだと驚かれた。
買い取らせてほしいと言われたが、流石にそれは了承できなかった。
やっぱりゴミは元の世界で捨てるべきだからな。
「ずいぶん美味しそうなものを食べてるのね」
「あー!ずるい! 私にも何か頂戴!」
ミューリィとソフィアが俺達の天幕に入ってきた。
まさか酔ってるんじゃないかと心配したが、ミューリィもソフィアも素面だった。
「ダンジョンに入る時は飲まないわよ、死にたくないし」
とはソフィアの話だ。
酔えば当然判断力が鈍る。
そんな状態でダンジョンに潜ることがどれほど危険かは誰でもわかることだ。
この辺は親父譲りの探索者魂と言えるな。
「心配するな、まだ買い置きはある」
「じゃあ私はそっちの果物がいいな。ソフィアちゃんは何にする?」
「私は魚で」
鞄の中からサバ缶とパイン缶を出して投げて渡す。
ソフィアは物珍しそうにじろじろと眺めている。
いつまでもそんなことじゃ埒があかないので、ソフィアのサバ缶を開けてやる。
とは言っても、プルトップを引いて開けるだけだが。
「ふむ……シンプルな味付けだけど美味しいわ。骨が軟らかいのが不思議ね」
とりあえずお気に召したようで何よりだ。
ていうかエルフって魚も大丈夫なんだな。
「ねーロック、これどうやって開けるの?」
「あー、それは缶切りがいるヤツだったか」
出来るだけ缶切り不要のタイプを選んだつもりだったが、知らない間に混じっていたらしい。
仕方ないので、缶切り不要なタイプに交換してやった。
流石に缶切りは持ち合わせてはいない。
まさかドリルで穴開ける訳にもいかないからな。
「何これ! プルプルしてて変な感じ! でも甘くて美味しい!」
あ……あれは俺が内緒で食べようと思ったみつ豆缶じゃないか。
くそ! どうして渡す前に確認しなかったんだ、俺は!
まぁ渡してしまったものは仕方ない、少しわけてもらうか。
「みんな! これ面白いよ!」
ミューリィが楽しげに笑いながら言うから、女性陣が集まってあっという間になくなった。
……楽しんでもらえたのなら何よりだ。
俺の分はまた買えばいい。
「ロック、明日は例の隠し扉から始めるからね」
「そうだな……一応一通りの道具は持って行くつもりだ」
まだきちんと調べた訳じゃないから、どんな構造かを判別できる段階じゃない。だからどんなことがあっても対応できるようにしておこう。
日本では内容もわからずに現地に向かうことなんてよくある話だ。
予想してたよりも酷い内容だったことも少なくない。
それでも何とかしなければならないのが鍵屋だ。
時と場合によっては命に関わることだってある。
それはダンジョンの鍵開けだって同じだろう。
一歩間違えれば最悪の状況になるのは同じだと考えれば、自然と気合が入ってくる。
と、そこに珍しい顔が天幕に入ってきた。
「休んでるところすまんが……ちょっといいか?」
「ああ、かまわないが……」
俺を呼び出したのはガーラントだった。
天幕を出ると、俺達は連れだって中央で燃えている焚火に向かう。
そこにいたのは、普段ギルドでは中々会うことのないアルバートがいた。
それにロニー、ルーク、サーシャといういつもの面々だ。
「すまんな、休んでるところを。ちょっとコイツが話があるみたいなんでな……」
ガーラントが視線を送る先には、炎を見つめるアルバートがいた。
アルバートはメルディアに所属してるが、盾役として仕事をすることがあまりないので、冒険者も兼任してる。
特にここ最近はダンジョン封鎖もあり、ほとんどギルドで顔を合わせることもなかった。
なので……正直なところ間がもたない。
どう話を繋げようか考えていると、突然アルバートが頭を下げてきた。
「ロック、すまん!」
「え? 俺が何かしたのか?」
いくら思い返してみても、俺がアルバートに何かされたという記憶はない。
俺が何かをしてしまった可能性もあるが、それらしい記憶もない。
いきなり謝られてこっちが恐縮してしまう。
何かあったんだろうか?
「俺、ロックのこと胡散臭いヤツだって思ってた。ダンジョン探索の護衛を受けることもあって、そこで『自称・ゲン=ミナヅキの弟子』をうんざりするほど見てきたんだよ。そいつらは腕前も無いくせにゲンの名を騙ってたから、てっきりロックもそれと同類だと思ってたんだ」
「おいおい、そりゃないだろ」
ちょっと、というよりかなりショックな内容だが、よくよく考えてみれば俺が師匠の弟子だって証明するものは何もない。
師匠の名前が知られているのは弟子として誇らしいが、そのぶん名前が独り歩きしてるんだろう。
「ディノが連れてきたんだから、そこそこ腕が立つんだろうとは思っていたんだが、全然信用してなかったんだよ。でも、今日1日一緒に潜って確信した、ゲンと並ぶほどの腕だって」
「そんな大したことしてないと思うが……」
「ロックの持つ雰囲気がゲンにそっくりだったんだ。鍵に向かった時に醸し出す雰囲気はゲンと一緒にいるみたいに安心出来た。だから疑ってたことをどうしても謝りたかったんだ」
別にその程度のことで気を悪くするつもりはない。
腕前なんて実際に見てみないと判断できないし、その機会が無かったんだから仕方ないことだ。
だが、態々それを謝ってくれるということは、それだけ師匠が持っていた鍵屋としての誇りを重く受け止めてくれてるんだろう。
俺がずっと追い続けた背中は途轍もなく大きい。
こちらに来てそれを何度も思い知らされた。
まだまだ俺にはそこまでの風格はない。
いつかは俺の背中をアイラ達が追いかけてくるんだ、つまらないミスしないように、常に万全の状態で臨もう。
「明日もしっかり護るから、鍵開けは頼んだよ」
「ああ、任せておいてくれ。そのために万全の準備をしておく」
このギルドの連中って、本当にいい奴ばかりだ。
師匠が最期の仕事場に選んだのは間違いじゃない。
アルバートだって、思ってたことを外に漏らしたわけじゃないんだし、黙っていれば誰にもわからない。
でも、後にしこりを残したくないっていうアルバートの気持ちにはしっかりと応えるべきだ。
それは言葉ではなく、俺の仕事で応えるべきだろう。
アルバートとガーラントに軽く挨拶して四駆に向かう。
車内から考え得るだけの道具を用意する。
バールにドリルにサンダー、充電バッテリーを数個。ピッキングツールも十分余裕を持たせる。何が起こるか分からないので、腰袋に色々詰め込んでおこう。
魔法の鞄でもいいんだが、やはりいざという時に慣れた道具であれば視認しなくても道具を取り出せる。
これでも対処できないことであれば、また戻って対策を練ろう。
「……ん? 何だあいつら?」
道具の準備を終えて天幕に戻る途中、入口付近をうろうろしてる二人組がいた。
あれは確か、ランガーとベルハルトだっけ?
ダンジョンの入口はディノの魔法で封印してあるから、勝手に入ることができないはずだ。
お宝を掠め取ろうとする奴等を防ぐための処置らしいが、もしかしてこいつらもそうなのか?
「おい、そこで何してるんだ?」
「……何だ、驚かさないでくれよ」
「我々も『城』のようなダンジョンは見たことがありませんから、後学のために色々と見ておこうと思いましてね」
「入口は封印されてるぞ?」
「ははは、そうみたいだな」
「入口だけでも見られたのは幸いですよ」
2人はそう言って離れていった。
その言い分は俺にも理解できる。
俺達が潜っている最中は、入口は厳重に警備されている。
近くに寄れるのはメルディアのメンバーだけだ。あの2人は臨時雇いだからその対象にはならない。
でも、何で今なんだ?
男爵家からの人員だから、あの夫人が認めた奴等なんだろうが……
いかん、変なことを考えてたら眠気が醒めてきそうだ。
明日の朝も早いんだし、さっさと戻って睡眠をとらないと明日に響くかもしれない。
何があるか分からないから、明朝潜る前にデリックに伝えておこう。
既に活動報告で書きましたが、おかげさまで「なろうコン」最終を突破いたしました。
他の方々の作品はとても面白い作品ばかりで、拙作がこんなところにいていいのか?と恐々としております。
決して派手な活躍をしない主人公の話がここまで来れたのは、皆様の応援のおかげだと思っております。
これからも更新ペースを落とさないように頑張っていきますので、よろしくお願いします。
読んでいただいてありがとうございます。