フォレストキャッスル 2階 その1
2階に上がると、これまでとは違う構造になっていた。
内部の装飾とか調度品は変わっていないが、階段の出口が広いホールのようになっていた。
奥のほうには3階に登るであろう螺旋階段があり、左右には大きな木製の両開き扉が並んでいた。
「ここは………特に問題はなさそうじゃの」
「うん、モンスターの反応もない」
危険はなさそうと判断し、階段の側に俺たち中衛・後衛組を残して前衛組が色々と調べている。
室内は結構明るい。
というのも、天井から吊るされているシャンデリアがキラキラと光を振り撒いているからだ。
かといって下品な眩しさじゃない。
「ここの扉は鍵がついてませんね」
「こっちもだね」
左右に分かれて調べていたルークとロニーが調べた結果を報告してくる。
錠前がついてないということは、あまり重要なものがないのかもしれない。
「中は調度品の保管庫のようでした。といっても、皆同じような絵しかありませんでしたが」
「こっちは食器類がほとんどだね。ここは食堂だったんじゃないの?」
確かに中央にでかいテーブルがあれば、ファンタジー映画で見たような晩餐会のシーンが再現できそうだ。
特に危険はなさそうなので、俺たちも部屋を見て回る。
「相変わらずこの絵か………」
食堂の壁にはもちろんだが、問題は調度品の保管庫だった。
あった………しかも大量に………
3歳児の落書きのほうがまだ上手いんじゃないかというレベルの絵が………
もう少し風景画とか人物画とかあってもいいんじゃないのか?
「何? 気になるものでもあった?」
俺の動きが気になったのか、ミューリィが声をかけてくる。
何枚か皿を抱えてるが………まさかそれ持って帰らないよな?
「いや、さっきからこんな絵ばっかりだと思って………」
「これ、いいよね。ここにあるのは罠もないし、1枚くらい持って帰ってもわからないわよね?」
「………これが?」
審美眼ってのは人それぞれだからとやかく言うつもりはないが、これは………
俺の芸術センスが悪いのか?
それ以前に、この絵を抱えて探索できないだろう。
「ねぇねぇ、魔法の鞄に何枚か入れておいて」
「こんなの持ち帰るつもりなのか? どこに飾るんだ?」
「違うわよ! 調査資料として持ち帰るの!」
「ああ、そういうことか」
そうだよな、まさかこんな絵を個人的に欲しがる奴はいないよな。
この絵を持ち帰るのはいいが、こんなのがいっぱいあるなんて知れたら悪い評判流れないか?
「でも自分用に1枚持って帰ろうかな」
「………正気か?」
まさか本気で持って帰ろうとするとは………
呪われそうな気がするが………
「こんなところで何しとるんじゃ?」
「あ、ディノ。この絵どうかしら? 部屋に飾ろうかと思って」
「おお、なかなかいい絵じゃのう。ワシも1枚持って帰って部屋に飾るとするか」
「マジか………」
どうやら俺の審美眼はこの世界では通用しないらしい。
前衛芸術だと言われれば確かにそんな感じもするが…
個人的には額縁のほうが価値がありそうなんだが…
結局この部屋の収穫は食器(皿)がいくつかと例の絵を数枚。
鍵のかかったものがないので、俺は特にやることがない。
何かが仕掛けてあるような感じもしない。
なので、皆が探索をしてる間、セラとアイラに色々と説明することにした。
城なんて実物を見たこともないから、安全な場所で情報を確認しておく必要がある。
「やっぱり内開きばかりだな」
「そうですね。どうしてなんでしょう?」
「確か………ロックのいた国は外側に開くんだよね?」
「ああ、俺の国には室内には靴を脱いで入るという習慣があるからな。それに、他にも理由がある」
欧州の住宅には内開きの玄関扉が多いのは知っていたが、まさか城までとは思わなかった。
でも、理解できない訳じゃない。
例えば城門だ。
緊急時に門扉を閉める時、引っ張って閉めるのと押して閉めるのでは違う。
内開きなら、内側から外側に押して閉める。
人間は押すときのほうが力が入りやすいから、扉そのものを押して閉められる。
もし外側に開くタイプだと、閉めるときに引っ張る必要がある。
そんな時は大抵、ドアノブとかを持って引っ張るが、ここで問題が生じる。
ドアノブは通常一つ。
となれば必然的に、扉を閉められるのは一人ということになる。
数人がかりで閉める扉と一人しか閉められない扉。
どっちが便利かは誰にでもわかるはずだ。
「そんな理由が………確かに言われてみればその通りです」
「やっぱり鍵も違うの?」
「鍵の概念が違うから何とも言えないが、閂を使う場合はそう大差ないはずだ」
首都の城門も見たが、閂で固定してる扉は閂に使われている材質がキモになる。
あれも鍵の一種と考えてもいいんだが、正直なところあのレベルのものは技術も何もない。
戦国時代にも丸太をぶつけて閂を折って突入してたし、確か『攻城槌』だっけ? そんなのもあったはずだ。
「それにしても、どうして扉の知識が必要なんですか?」
「鍵がつくのは扉だからな。鍵の構造を知るには扉の構造も知識として覚えておく必要がある」
「そう言えばゲンもそんなこと言ってた」
「アイラ…お前、それ重要なことだぞ?」
鍵の知識だけあれば何とかなるなんて甘いものじゃない。
錠前が組み込まれるものの知識も無くちゃ完全じゃない。
こういうところは師匠に感謝してる。
これといった決まった形がない以上、現場に出て教えてもらわなきゃ身につかないことだ。
鍵を教える学校もあるが、こればかりは講義で教えることができない。
「ま、まぁ扉の構造はともかくとして、鍵の構造は知識として絶対に覚えておけよ? それを知ってるかどうかで成功率は全然違う」
「そのためにいつも鍵を分解してるんですね」
「覚えることが多くて大変だよ!」
究極形はツールで情報を探りながら、鍵の構造を脳内で再現することだ。
そのためには知識というのは重要になってくる。
いくら情報を得ても、それを理解するだけの知識がなけりゃ情報も全くの無意味だ。
「いきなり覚えられてたまるか。俺の知識は10年以上現場に出てた積み重ねだ。焦らずに少しずつ覚えていけばいい。俺が教えているうちはいくらでも失敗しろ。失敗して初めて身に着く技術もある」
「ロックさん…」
「ロック…」
失敗は成功の元という諺があるが、鍵についてはまさにその通りだと思う。
ミリ以下の単位での繊細さが要求される。
それはこの世界では異質な領域じゃないかと思ってる。
俺が見ている世界の片鱗でも2人が見ることができれば、2人は飛躍的に成長するはずだ。
「そろそろ次の部屋に移ろうかの。あの階段しか道は無さそうじゃ」
「階段には異常ないよ。強度も心配なさそう」
螺旋階段を調べていたアイラからゴーサインが出る。
俺達は広間の入口で様子を見ている。
「前衛チーム、2階の広間を通過して3階に向かいます」
【了解、くれぐれも気をつけて。決して無理しないように】
アイラを先頭に、4人が階段を昇っていく………
「あれ? どういうこと?」
「どうしたんじゃ?」
アイラとディノのやりとりがはっきりと聞こえる。
というよりも………その姿がはっきりと見える。
2人は螺旋階段を昇ったバルコニーのような場所で色々と調べているが、右に左に行ったりきたりしている。
「ここから出る扉がないよ」
「ふむ、おかしいのう。ということは、この部屋は上階にはつながっていないということかのう」
どうもここにはそれらしい通路はないらしい。
となれば、どこに上階への通路があるんだろう。
そんなことを考えているうちに、4人が戻ってきた。
…ずいぶん早いな。
「こういう時に色々と調べすぎて分断されるケースもあるからね。未知のダンジョンである以上、戦力を分散させられるのはよろしくないよ」
「フランに連絡を入れましょう。フラン、こちらルーク、聞こえますか?」
【こちらフラン。どうしたの?】
「2階の広間から上階に抜ける道がありません。一度1階に戻って調べる必要がありそうです」
【了解。何か認識阻害が働いてる可能性は?】
「ディノ様の見立てではそのような魔力は感じないそうです」
認識阻害………ねぇ。
それがどういうものかは全くわからないが、判断力を低下させる何かってことなのか?
今まで通った場所にあったはずの通路に気付いてなかったのか?
【わかったわ、できるだけ注意深く調べて。それから、その場所が安全なら少し休憩して。こちらも今までの情報を纏めるから】
「了解しました。それでは小休止します」
というわけで、2階の広間で休憩することになった。
中央のシャンデリアが落ちるという、アクション映画でよくあるシーンが再現されても困るので、さっき昇ってきた階段付近で車座になって座っている。
いつもの通り、カセットコンロで湯を沸かして紅茶を淹れる。
桜花にはカフェインがまずいかもしれないので、特別にミルクを人肌に温めたものだ。
さすがにあの時のような失敗を繰り返させるつもりはない。
「ほら、桜花。ミルクだぞ」
『…………………』
相変わらず機嫌が悪い。
ミルクは受け取ったが、完全に無言だ。
一体何があったんだろう、若干苛ついてきた。
「桜花、お前俺の何が気に入らないんだ?」
『………ぐすっ……マスターは……わたしのことがきらいなんです………うわぁーん!』
大きな瞳からぽろぽろと大粒の涙を零したかと思うと、号泣しはじめた。
いきなりの状況に戸惑っていると、俺の背後に気配があった。
「ロック………桜花を泣かせるとは随分じゃのう………」
ディノが恐ろしい目つきで立っていた。
心なしか、周囲の空間が陽炎のように歪んでいるような……
「ちょっとまて! 俺には全然身に覚えがないぞ!」
「何言っておる! 桜花がこんなに泣いておるのが証拠じゃ!」
「だから何の証拠なんだよ!」
身に覚えのないことで責められるつもりはない。
一体何があったのか、俺も知りたい。
「ねぇ桜花? 何があったの?」
「そうだよ、泣いてたらわからないよ?」
セラとアイラが必死に宥めている。
そうだ、その通りだ。
一番俺が状況がわからない。
桜花は俺の方を縋るような目で見ながら、やや逡巡してから口を開いた。
皆が注目する中、桜花の言葉は俺に想像を絶する衝撃を与えた。
『マスター、臭いです』
一瞬、皆がフリーズした中、最初に再起動したのはミューリィだった。
「ロック………もしかして………加齢臭?」
「んな訳ないだろ!俺はまだ27だ!」
『マスター………あの宝箱の時から変なにおいがします。でも、昨日からもっと変な臭いがします』
俺ってそんなに臭いのか?
宝箱の時って………首都のアレか?
それに昨日からって………もしかして………
「なぁ桜花、昨日からの臭いのって………これか?」
『やー! 臭いのやー!』
「ロック! 桜花を虐めるでない!」
「別に虐めてない! 原因の一つが分かったんだよ」
俺は桜花に嗅がせたものを皆に見せる。
それは天然ハーブを原料にした虫よけスプレーだった。
「うっかりしてたよ。最近虫がすごくて眠れなかったから。これにはミント抽出成分が入ってたんだ」
「そっか、そのせいで不機嫌だったんだね」
「嫌われたと思っちゃったんでしょうね」
最近桜花が人間くさくなったので、蜘蛛ベースのモンスターだって忘れてた。
そりゃいきなり臭くなったら嫌だよな。
だが、断じて言いたい。
俺は桜花を嫌ってはいない。
そして、加齢臭はまだ出ていない………はず。
結局、虫よけスプレーの成分は浄化の魔道具に包まったら何とか取れた。
ただ、ちょっと気になることを言ってたような…
首都からずっと嫌な臭いが残ってるって…
「なぁ桜花、これで大丈夫か?」
『………まだ残ってます。他のモンスターの臭いがします』
「モンスターの?」
最近モンスターに接した記憶はない。
ノワールのことは桜花も知ってるから除外するとして、他に誰が…
「もしかすると、あの『招待状』絡みかもしれんのう」
「あれがどうして関係あるんだ?」
「どうしてもあの『招待状』をロックに渡したいんじゃろ。大方、臭いを残すことで後からでも追跡できるようにしておるんじゃろう」
「…いい迷惑だ」
つまり、大迷宮の招待状を渡したい奴が俺を見失わないように臭いをつけられたってことで、桜花は自分が守護する主人に違うモンスターの臭いがついてるから、そっちに鞍替えされたのかと思ってたらしい。
俺が桜花を捨てるわけないだろう?
「安心しろ、お前は俺が召喚した初めての従魔だ。他の誰にもやらん。嫁にも出さん」
『マスター…大丈夫です。もう気になりません』
不安が負の感情を増幅させたんだろう。
そうなると、ほんの僅かな残り香だけでも嫌われたと思ってしまったんだろう。
ただ、原因がおぼろげに見えてきたことで安心したようだ。
その顔からは今まで見え隠れしていた暗い雰囲気が消えている。
全く…余計なことをしてくれる。
おかげで桜花に嫌われるとこだったぞ。
どこのどいつか知らないが、そんな招待状なんぞ叩き返してやる!
桜花の機嫌が悪い理由の一部が判明!
読んでいただいてありがとうございます。