フォレストキャッスル 1階 その1
ついにダンジョンアタック開始!
空の隅が白みはじめ、鳥たちがさえずりだす。
未だ太陽は顔を出していないが、ダンジョン前の広場にはメルディアのメンバーは既に動き出していた。
当然、俺も準備は完了して皆の所にいた。
ただちょっとだけ気になることが…
「桜花、早くしろ」
『……………』
桜花の機嫌が良くない。
昨夜、お菓子をねだったのを我慢させたからぐずってるのか?
一応言う事は聞くが、ほとんど会話がない。
でも、他のメンバーにはいつもと変わらない笑顔を見せている。
一体何がどうしたのか…
今はそれを追及している時間はない…
一応、花札の状態に戻すことも考えたが、何かあったときの対応が遅れると困るから止めておくことにした。
ちらちらとこっちを見てくるから、完全に無視している訳でもなさそうだ。
後で時間があったらきちんと話をしてみよう。
「みんな集まってるわね? 最終確認するわよ。前衛チームが出発してから10分後に中衛、その5分後に後衛が出発よ。チーム同士の連携はロックが用意してくれた道具を使ってね。使い方と道具についての説明は昨夜の打ち合わせの通りだから気をつけて」
フランが小声で注意する。
本来ならチームどうしの連携は通信用の宝珠を使ったり、一部の魔道士は『念話』という魔法を使うところだが、それだとどうしても魔道士の魔力を消費してしまう。
というわけで、何かいいものはないかと相談されたんだが、正直なところ携帯は上手く機能するかどうか怪しかった。
というのも、携帯電話は中継アンテナがなければ意味がなく、ギルドの建物内に限ってはディノが何らかの魔法の処理をしたから何とか使えている状況だからだ。
流石に初めてのダンジョンでそんな余裕はないだろう………ということで、他の手段をとる必要があった。
そこで、俺が用意したのは「トランシーバー」だ。
たかがトランシーバーと侮るなかれ、ビルの地下などでは絶大な威力を発揮する。
トランシーバーどうしで直接電波のやりとりが出来、その電波も独自の周波数帯を設定できるから、携帯電話が圏外になるような場所でも使えることが多いからだ。
商業施設に常駐している警備員がパトロール時にトランシーバーを持っているのは、地下での連絡を確実にするためだ。
本部用にフランが、前衛ではディノが、後衛ではサーシャが、そして中衛では俺がそれぞれ持っている。
レスポンスの速さや、情報を所持者で共有できるところも探索向けだと思う。
ちなみに、本部で使うのは指揮用の天幕の中だけに限定してある。
見つかると色々と煩い連中がいるので、見つからないようにするためだ。
本部の天幕内はフランとリルとデリックだけの予定だ。
流石に臨時雇いの2人にも知られるのはまずいからな。
「それじゃ、前衛チームは準備して。これより、メルディアが新ダンジョン『フォレストキャッスル』の探索を始めます」
フランの号令に応じて、前衛チームが城の扉を開けて入っていく。
どうやらここは「フォレストキャッスル」という名前に決まったらしい。
ダンジョンの名前には、発見者の名前がつけられることが多いらしいが、今回は匿名情報での発見のため、一般的な名前に決まったそうだ。
リスタ家から派遣されたであろう文官らしき人たちが羊皮紙に色々と書き込んでいる。
恐らく探索にかかった時間とかも調べるつもりなんだろう。
両開きの大きな木製扉は開け放たれているが、漸く明るくなり始めたにも拘らず、その内部が暗くて見えない。
ミューリィが言っていた「ダンジョン内部は別空間」という言葉の意味が何となく理解できた。
というのも、前衛チームの姿がいきなり消えたからだ。
「………おい、いきなり消えたぞ?」
「大丈夫、あれはダンジョンと外の世界を隔てる見えない壁のようなものの内側に入ったってことだから。それより私達も準備しましょ、もうすぐ10分経つわ」
俺たち4人と1匹は改めて扉の前に立った。
確かに、扉のすぐ前にいるのに全く内部の様子がつかめない。
今までにもダンジョンは潜ったが、ここはどこよりも違う雰囲気がある。
「大丈夫ですよ、メルディアの戦力はかなりのものだと思いますから。私達は自分の仕事に集中しましょう」
俺の緊張を知ったセラが声をかけてきた。
全く………弟子に心配されるなんて情けない。
確かにセラの言う通りだ。
俺は俺の仕事をするだけだ。
「それじゃ中衛チーム、探索を開始して! ルートは前衛チームが残した道標を正確に辿ること。分岐点では必ず全チームが合流してから行動に移ること!」
フランの指示を受けて俺たちは城の内部に足を踏み入れた。
扉を抜ける瞬間、どことなく変な感じがした。
これが「別空間」に入ったってことだろう。
内部はある程度先までは見通せる明るさがあった。
壁は滑らかに仕上げられており、しかもその材質は大理石のような感じだ。
一定間隔で燈されているのは魔法の明かりだろうか。
そこそこの明るさだが、鍵開けするにはちょっと暗い。
ヘッドライトを持ってきておいて正解だったな。
【中衛チーム、聞こえますか?】
「こちら中衛チーム、何か異常があったか?」
入って5分ほど経過したとき、トランシーバーから声がした。
この声は………ルークだな。
【こちらは先ほどモンスターに遭遇しました。ジャイアントバットにダークウルフとダークリーチです。吸血系のモンスターですから、接近戦を極力避けてください】
「了解した。そっちは負傷者はいるか?」
【いえ、ロニーがほとんど倒しました。念のためにモンスターの死骸は確保しておいてください】
それだけ言うと通信が切れた。
まだまだあっちは余裕みたいだな。
「前衛チームがモンスターに遭遇したって?」
「ああ、でもロニーが皆倒したそうだ。死骸の確保をしておいてくれだと」
「バットにダークウルフ、ダークリーチか………吸血系なのはバットとリーチだけど、厄介なのはリーチかもね。くっつかれると血を吸われるから気をつけて」
モンスターの種類を聞いたミューリィが即座に注意を促す。
リーチって………蛭だったな。
蛭ってくっつかれるとなかなか取れない。
下手に取ると口だけちぎれて残ったりする。
まぁ簡単に取る方法もあるんだが………それがここの蛭に通用するかどうかは疑問だ。
俺たちが入ってから10分ほど経っただろうか、後方から爆発音が聞こえる。
爆風の余波なのか、何かが焼ける匂いが緩い風に乗って漂ってくる。
方向からすると、後衛チームか…
「あー、あの爆発音はソフィアちゃんだねー」
「…随分派手な音させてるな」
「そう? このくらいまだ序の口だと思うけど?」
これで序の口かよ…。
本気になったところが想像できない。
そんなことを考えてる間も、発破作業みたいな爆破音が続く。
「こんな状態でダンジョンが崩れたりしないのか?」
「それが意外と大丈夫なのよ。間仕切りみたいのは崩れることもあるけど、外殻に当たる部分は相当な強度を誇るの。それくらい強くなければモンスター達の巣窟になったりしないわ」
それはそうだな。
ダンジョンが崩れてモンスター全滅………そんなことになったら、ダンジョンマスターとしても面目丸つぶれだろうし。
たぶん、そういった面の管理もしっかり出来ているダンジョンマスターはかなり強いモンスターなんだろう。
となると、ここのマスターもかなり上位の存在じゃないだろうか。
実は、壁には一定間隔で絵画が飾ってあるんだが、全部罠だった。
額縁の端には細い糸が張ってあり、さらに絵画の裏側にはマッチ箱くらいの大きさのものがあった。
きっと持ち出そうとして糸を引っ張ったら罠が作動するはずだ。
そしておそらく、糸を緩めても作動すると思う。
さらにあの小さな箱だ。
あれはたぶん、傾きを感知するものじゃないか?
美術館では一定の角度以上に動かすと警報がなるシステムがよく組まれている。
それにしてもこの絵、一体どうやって入手したんだ?
まさかここのモンスターが描いたのか?
だとすると、もしかしたらすごい絵なのかもしれない。
ただ、描かれている内容は………全く理解できなかった。
子供の落書きよりも酷い。
何が題材なのか皆目見当がつかん。
サイケな色のうずまきとか、潰れたトマトみたいな絵とか…
こんなのを部屋に飾ったらきっと呪われる。
夜中に何か出てきそうだ。
これを描いたやつの顔を見てみたい。
通路は相変わらずまっすぐに進んでる。
どう考えても、建物の外観からは想像できないくらいに直線が続く。
たぶん2kmくらい進んだんじゃないか?
【こちらルーク、聞こえますか?】
「こちらロック、問題ない」
【こちらサーシャ、聞こえてるわ】
前衛チームからの連絡だ。
何かあったのか?
【分岐に到着しました。ここで後続の合流を待ちます】
【こちらフラン、了解したわ。少しの間休憩してて】
計画通り、分岐では仕切りなおしをするようだ。
少し進むと、前衛チームの姿が見えてきた。
アイラが俺を見つけて大きく手を振ってくる。
それ以上に、尻尾がちぎれそうな勢いで振られているのが微笑ましい。
「ロック! 無事だった?」
「入ってそんなに経ってないだろ? そんなに興奮してると早々にバテるぞ?」
「そんなに急がなくても大丈夫だよ、アイラ。むしろ時間をかけてじっくり探索するのが今回の目的だから」
ロニーが剣を拭きながらアイラに言う。
今回の探索はお宝目当てなのもあるが、詳細な情報をどれだけ多く持って帰るかがキモだ。
そのための道具類はしっかりと用意してある。
その気になれば半月くらい籠っていられるだろう。
「ディノ、そっちはどうだった?」
「まだ1階じゃから手応えないのう」
「ロニーとディノの独壇場でしたね」
ルークがやや疲れた様子だ。
生え際は………とりあえず現状維持か。
「2人のおかげでこっちは全然やることなかったわ」
「何もないのはいいことですよ?」
ミューリィがやや不満げな様相を見せれば、セラが窘める。
こいつは自分がいいところを見せられないのが悔しいようだ。
「おう、待たせたな!」
「ミュー姉、お待たせ!」
やけにすっきりした顔のガーラントとソフィアが合流した。
少々遅れて、疲れた顔のサーシャが続く。
「この戦闘馬鹿2人の面倒見るのがこんなに大変だとは思わなかった」
首から提げたトランシーバーを弄りながら、大きく溜息をつく。
あの爆音の元凶だからなぁ…
「後ろから蟲系のモンスターが追いかけてきたんだけど、どういうわけか一定の距離から近づこうとしなかったのよ。勿論全部やっつけたけど」
不思議そうな顔をするソフィア。
そんな彼女にサーシャが愚痴る。
「何言ってるの? 全部黒こげにするから素材の確保ができないでしょ? 素材だって持ち帰るんだから、もっと綺麗に倒してよ」
「えー、だってちまちまやるのはアグニ―ル様には似合わないし」
似合う似合わないの問題じゃなくて………
燃えカス持って帰っても何の役にもたたないだろ。
このあたりは流石にディノの娘だな。
「ここから先はどうするんだ?」
「まずは右の通路からじゃろうな」
目の前には左右に分かれた通路。
注意深く覗きこんでみれば、その先が全く見えない。
ただ何となくだが………右は嫌な感じがする。
確定とまでは言えないが、背筋がざわつく。
「右側の通路からは嫌な感じがする。できるだけ注意してくれ」
「わかったよ、ロック」
アイラに注意を促しておく。
俺の嫌な予感は結構当たる。
何もなければそれでいいが、万が一ということもある。
もし何もなければ、後で俺がアイラの機嫌取りをすればいいだけだ。
「こちらルーク、フラン、聞こえますか?」
【こちらフラン、どうしたの?】
「最初の分岐に着きました。2方向の分岐です。まずは右方向に向かいます。ここまではおよそ3kmといったところです」
【了解、打ち合わせ通りにお願い】
短いやり取りの後、前衛チームが分岐を右に進む。
嫌な感じはまだ消えない。
もしかすると………そろそろ出番が来るかもしれない。
ダンジョンの名前が決まりました。
ベタすぎる名前ですが…
読んでいただいてありがとうございます。