親子で参戦?
謎の1名が判明!
「これが異界の馬車ですか! 乗り心地も素晴らしい! お父様!」
ディノと一緒に乗り込んできた女が子供のようにはしゃいでいる。
ミューリィが後部座席で小さくなっているディノをジト目で睨む。
警戒していないことから、知り合いだってことは理解できる。
それにしても…確か『お父様』とか言ってたな…
「…ソフィアちゃん、何しに来たのよ…」
「あ、ミュー姉、久しぶり! 元気してた?」
「相変わらず話を聞かない娘ね、そんなんだから結婚相手が見つからないのよ?」
「それは関係ないでしょ? 私はお父様に頼まれて来たんだから!」
ミューリィのディノを見る目がさらに厳しくなる。
確かソフィアって…火の神殿の神官になったんじゃなかったか?
「ソフィアって………ディノの娘さんか。運転中だから簡単ですまないが挨拶しとく。俺はロック、メルディア専属の鍵師だ」
「ふーん、あなたがね………私は火の神アグニール様を祀る神殿の神官のソフィアよ。今度プルカに出来る支部に派遣されることになったから、何かあったらよろしくね」
「すまんのう、戦力は多ければいいかと思って駄目もとで声をかけたんじゃが、まさか一緒に来るなんて思ってもいなかったんじゃよ」
行動力があるのは親譲りだと思うが、ソフィアさんは見た目十代前半くらいにしか見えない。
ディノの娘にしちゃ、やけに若くないか?
今のディノは多分80歳くらいだと思うが、そうなると60代での子供…
…頑張るな、ディノ。
「…何となく考えてることわかったから言っておくけど、ソフィアちゃんはこれでも60歳超えてるから。ディノの奥さんはエルフなのよ。だからソフィアちゃんはハーフエルフね」
どうやら俺の考えが顔に出ていたらしい。
確かエルフは凄く長命だったはず。
ハーフだとその半分くらいなのか?
「ハーフエルフも結構長命なのか?」
「それは親によるわ。一般的には、魔力の高い人間との間に生まれた子はほとんど普通のエルフと同じくらいの寿命らしいけど、魔力の低い人間との子供だと普通の人間の倍くらいしか生きられない場合もあるわ」
「うちはお父様が馬鹿みたいに魔力が高いから、寿命もかなり長いと思うわ」
「馬鹿みたいとは何じゃ! 父親に向かって!」
「そんなこと言うのなら、お母様をもうちょっと労わってあげてもいいんじゃないの? ほとんど家に寄り付かなかったくせに」
いきなり矛先を向けられて狼狽するディノ。
まぁディノの肩を持つ訳じゃないが、研究者ってのは研究に没頭すると周りが見えなくなることも少なくないから、仕方ないとは思うんだが…
「まぁディノのことはどうでもいいとして、ソフィアちゃんはどうするつもりなの? プルカには火の神殿は無かったと思うんだけど…」
「ああ、それならメルディアの空き部屋を使わせてもらおうかと思って。だって物件探しとかも専任神官の仕事だって言うのよ? そんなの出来るわけないじゃない。それならモンスター相手にしてたほうがまだマシよ!」
「空き部屋が神殿って………それでいいのか?」
「場所に拘っても信仰心が無ければ意味ないからいいのよ。本来、神様ってそんなに心の狭いものじゃないわ。欲望まみれの捧げ物よりも、心清らかな者の祈りの心のほうが大事よ」
「…まぁそのあたりはフランと交渉してくれ。俺たちが勝手に判断していいことじゃない」
ギルドの空き部屋って…俺たちが使ってる部屋のことだろ?
確かに空いてる部屋はいくつかあるが、そんなところを使っていいのか?
本人がいいって言うのなら構わないが、まるで日本で見かける中小国の大使館みたいだ。
マンションの一室とかを大使館にしてるのを見かけたことがある。
業務が遂行できれば場所は問題ないそうだ。
…変な御本尊とか置いたりしないだろうな?
怪しげな儀式されたら困るぞ…
「ねぇソフィアちゃん? 私達これからダンジョンなんだけど、準備とかしてるの?」
「え? 武器なら持ってるよ? ほら」
「ちょっと! こんな狭いところでそんなの振り回さないでよ!」
ソフィアさんが差し出したのは、頑丈そうな棒の先端に、何かの金属っぽい塊がついている。
あれはハンマー?
いや、キールの店に似たようなのがあったな。
…そうだ、確か戦棍だ。
こんなものを良く振り回せるな…
「いや、そうじゃなくて………潜る準備出来てるの? 見たところその辺の道具は無いみたいだし」
「だってお父様が『ロックが魔法の鞄を持てば大概のものは入るはずじゃから手ぶらでも心配ないぞい』って言うから…」
「ディノ? もしかしてあんたも手ぶら?」
「いや…ほら…王宮への挨拶とかで忙しかったんじゃよ」
「………まぁその辺りはディノには期待してないからいいわよ。それよりも、ソフィアちゃんはどの位置に入るの?」
「私はロックさんの直衛に回るわ。それに、色々とお父様から聞いてるから安心して」
「守ってもらうのか………世話になるよ」
ルームミラーでソフィアさんの様子をちらりと確認すると、ルークが着てるような服を着ていた。
あれは…神官服っていうのだろうか、色は薄い赤が基調のようだ。
やっぱり火だから赤ってことなのか?
武装と言えるような格好はしていないが…
その神官服が防具なんだろうか。
確かルークも鎧っぽいのは着けてなかったような…
「ロックさんて鍵開け専門なんだって? 珍しいね?」
「ま、これしか取り得が無いからな」
「いやいや、ロックはもっと自信持っていいから! ロックのレベルはもうゲンと同じくらいになってるし」
「そうか? それは嬉しいな」
やや適当に応えた俺を見て落ち込んでると思ったのか、ミューリィが慌ててフォローしてくる。
最初こそ皆とは違うことで若干…というかかなり凹んだが、そんなこと気にしてても仕方ないと開き直った。
その分、俺の土俵で絶対に負けなければいいだけだ。
しばらくは俺の表情を窺っていたミューリィだったが、暗い表情ではないことを理解したのか、安心したようにシートに背を預けた。
こいつにも色々と負担をかけてるんだろうな…
それがどうにも出来ないものである以上、俺が後ろ向きになっていても始まらない。
「そう言えば、桜花はどうしたんじゃ? まさか独りで留守番なぞさせとらんじゃろうな?」
ふとディノが思い出したかのように言う。
「後ろにいるぞ、多分寝てるから起こすなよ?」
ディノが後ろを振り返った先には、バックドア付近に掛けられた毛布がある。
その毛布の下には蜘蛛の糸が精緻に張り巡らされており、ちょっとしたベッドのようになっている。
見た目はちょっと大きめのペット用ベッドのようだ。
そこには綺麗に8本の脚を折り畳み、ベッドの側面に身体を預けるようにして眠っている桜花の姿があった。
最初は桜花を留守番させようかとも思ったんだが、ノワールからの忠告?で連れていくことにした。
『桜花はロックの従魔でしょう? 置いていってどうするの』
あまりにも尤もな一言に、俺は従うほかなかった。
当のノワールはついて来ないらしい。
留守番をするのかと思ったんだが…
『私はロックの従魔じゃないわ。色々とやることがあって忙しいの』
と、ふらりとどこかへ行ってしまった。
たぶん、子供とはいえ黒竜が他のダンジョンに入り込むというのはまずいんじゃないかというのがギルドの面々の意見だったし、確かにノワールは従魔じゃないから留守番を強制するつもりもない。
この時間を利用して母親のところにでも行って安心させてやればいい。
桜花が巣を作ったのは昨日のことだった。
四駆に色々と積み込んだり、道具のチェックをするためと、車内の日干しをするためにいつもの倉庫から出しておいた。
窓やドアを全開にしておいたんだが、その隙に入り込んで巣を作ったらしい。
『マスターのいうことでも駄目です!ここがアタシのお家なんです!』
こんな感じで珍しく我儘を言った。
どうも置いていかれるのが嫌みたいで、四駆に住みつけばいつでも一緒だと思いこんでるようだ。
置いていくなんてことあるはずないのに…
心配性だな。
「おお、寝顔も可愛いのう。ソフィアの若い頃よりも断然可愛いわい」
「ホントに可愛いわ、お父様が我を忘れるのもわかる」
「お前達が結婚して孫を作ってくれないからじゃろ! さっさと結婚せんか!」
「あーあー、聞こえませーん」
ディノの反撃に耳を塞ぐソフィアさん。
子供じゃないんだから、その返しはどうかと思うが…
そんなことより、せっかく寝てるんだからあまり騒ぐな。
「でもさ、こんな可愛かったら奪われないように気をつけないと。最近シドンで飛竜を数多く集めてるって聞いてるわ。何でも国軍が出動して弱らせたところを無理矢理従魔師が契約してるみたいだから、注意してね」
「正式登録はもう済ませてあるぞ?」
「それでも…よ。あいつらはかなり強引にやってくるから」
権力や武力で強引に奪い取るなんてこともよくある話らしい。
特に俺みたいな流浪の民はそれを防ぐ術を得るのが難しいらしく、今回協会でしっかり登録出来たのは本当に運が良かったとのことだ。
しかしまあ、国主導でそんなことやるとは…
向こうでも国や宗教が違えば考え方も全然違ってくるから仕方ないんだろうが、どこの世界でも厄介な連中はいるってことか…。
「それに、この子はアラクネでも変異種っぽいから余計に気をつけないと。変異種みたいなユニークモンスターを欲しがる奴はいくらでもいるんだから。それこそこの国にだってそういうのを生業にしている裏の連中もいるわけだし」
「でもこの国の裏の奴らはディノを恐れて手出しはしてこないと思うわよ?」
「甘いよ、ミュー姉。最近は他の国の裏と結託してる奴もいるみたいなの。うちの総本山にも変なのが入り込んでるってお母様が怒ってたから」
「………あの人を怒らせるなんて、どこの馬鹿よ」
「そうそう、そんな馬鹿はお父様だけでおなかいっぱいよ」
「…ワシはそんなにあいつを怒らせておったのか?」
ディノの顔色が急に悪くなった。
…思いっきり尻に敷かれてるじゃないか。
そんなに怖い人なんだろうか。
「ディノの奥さんはエルミナって言ってね、エルフには珍しく火の精霊との相性が凄く良くて、それどころか火の神アグニール様の加護まで得てるの。昔はディノと2人でさんざん荒らし回ったんだから。それが今や火の神殿の神官長だから、世の中ってわからないことだらけよね」
俺にとってはこっちの世界のほうがはるかにわからないんだが…
でも、俺だって世界どころか日本のことも知らないことのほうが多いしな。
それにしても、夫婦で強いってのは反則だろう。
そんな2人の子供が強いのも頷ける。
尤も、神官になるには神官戦士として修行を積まなければならないらしいから、素質の上に努力までしてるということか。
そりゃ強くて当然だな。
そんなとりとめもない話をしながら進むと、前方にやや大きめの森が見えてきた。
轍の残る道から森の方向に、新たに切り開いたであろう道があった。
まだ新しい轍がはっきり残っていることから、先発隊がここを通ったのは間違いないようだ。
「このまま進めば目的地じゃ」
ディノに言われるまま進む。
道は何とか馬車が通れるように切り開いただけってところだろうか。
まだ柔らかい路面に若干ハンドルが取られる。
こんな時に四駆で良かったって思う。
セダンタイプなら絶対に立ち往生してる。
「………見えてきたぞい。」
ディノの声がこれまでとは全く異なるものへと変わっていた。
ぴりぴりとした緊張感が肌に伝わるほどで、ミューリィもソフィアさんもその表情を強張らせている。
その理由は………森の木々越しに見える存在がそうさせてるんだろう。
本来ならばこんなところにあるはずのない存在。
「………あれのどこが『塔』なんだよ」
思わずそんなつぶやきが零れてしまった。
見えてきたのは、塔なんて生易しいものじゃなかった。
確かにその一部には塔がある。
だが、全体を見て、これを塔だと言う奴はいないだろう。
そこに存在していたのは、いくつもの塔が組み合わさったかのような巨大な建造物。
俺でもこの建造物を表現する単語くらいは知っている。
「………これは………『城』だろう」
そこにあったのは、どこかで見たような石造りの『城』だった。
ということで、増えたのはディノの娘でした。
塔ではなく城な理由は次回で。
読んでいただいてありがとうございます。