ある勇者の苦悩
後ほどもう1話投稿します。
他作と内容が被っているので…
真っ暗な闇の中、少女は走る。
彼女の後ろからは、大勢の人が歩いて追ってくる。
全力疾走してるのに、どうしてか歩いて追ってくる人のほうが早い。
追ってくる人は老若男女様々だ。
皆一様に真っ白い顔をしてる。
所々赤く見えるのは…血だろうか?
その瞳には光はなく、虚ろな視線を彷徨わせている。
『どうして………なんで………』
『いやだ………たすけて………』
「やだ………やめて………来ないで!」
少女に向かって伸ばされる無数の白い手が届こうとして―――――
「やめ……………!」
彼女はベッドから飛び起きた。
シンプルだがかなり上質な寝間着は汗で肌に張り付いている。
年の頃は10代半ばあたりだろうか。
極上の美人………とは言えないが、10人中7人くらいは『可愛い』と評価するだろう容姿だ。
だが、乱れた髪と目の下にはっきりと浮き出た隈がその容姿を台無しにしている。
「………またあの夢………そうだ、着替えなきゃ………」
少女は豪奢な天蓋付きのベッドから起き上がると、横に置かれたサイドテーブルから呼び鈴を手に取り、数回鳴らす。
ちりん…と小さく鈴の音がする。
「お待たせいたしました、勇者様。御用件を申しつけください」
「ちょっと寝汗をかいたので、着替えをください」
「それでは、湯浴みの支度もいたしましょうか?」
「そうですね………お願いできますか?」
「かしこまりました」
おそらくは扉の前でずっと待機していたのだろうか、メイドが即座に対応してくれた。
この世界には珍しい部類に入る『黒髪黒目』の『勇者』と呼ばれた少女は朝陽の差し込む窓に近づき、眼下を見下ろす。
広がるのは、中世ヨーロッパのような街並み。
自分のいる場所が、かなりの高い位置にあることがわかる。
「あれからもう半年たつんだね…」
感慨深く………というよりも、溜息まじりに呟く少女。
「帰りたいよ………」
少女はいつものように、図書委員の業務をこなしていた。
彼女の名前は白井小夜子。
とある中高一貫校の高等部1年生の16歳だ。
貸出図書の返却受付作業をしながら、大好きな読書に没頭していた。
「なあなあ、今度のクエスト、超難しいんだろ?」
「でも、私達なら楽勝でしょ?」
「エリアボスだって楽勝じゃね?」
カウンターの隅では、いつもの3人が携帯ゲーム機を持って騒いでいる。
図書室なので騒ぐのは厳禁なのだが、利用者もほとんどいない状態では迷惑に思う者もいない。
彼女が我慢すればいいだけなのだ。
「白井先輩もどうですか?」
声をかけてきたのは3人のうちの1人の少年。
彼の名は赤沢健斗、中等部2年で見た目も運動神経もいいので、学校全体にファンがいる、所謂イケメンだ。
「駄目よ健斗、邪魔しちゃ迷惑でしょ?」
「先輩、困ってんじゃね?」
赤沢を窘めたのは残る2人の女子。
長い黒髪の少女は青木香苗。
中等部2年で、そこらのアイドルにも負けない容姿の持ち主だ。
もう1人は栗色の髪の少女。
やや砕けすぎた話し方の彼女は緑川友紀。
ダンスをやってる彼女は、しなやかな肢体を見せつけるように、露出が高めの制服の着こなしをしていた。
「だって先輩、暇そうだし」
「大丈夫よ、読書も楽しいから」
3人はまともに図書委員の業務をしたことはない。
だが、白井にとっては関わりあいになりたくない。
目立つ3人と関わって、いいことなんてないのだ。
やがて鳴る、下校のチャイム。
「ほら、もう閉めるから帰りなさい」
「「「 はーい 」」」
下校の支度を整えようとしたとき、いきなり周囲が閃光に包まれる。
突如起こった異変に為す術もなく、白井は意識を失った。
「よくぞいらっしゃいました、勇者様!」
白井が目を覚ましたのは、少女の声によってだった。
頭を軽く振って意識を覚醒させると、そこは石造りの豪奢な部屋だった。
まるでテレビで見た外国の大聖堂のような場所だ。
その中央にいるのは、白井と赤沢、青木、緑川の4人。
白井達が学校指定の制服なのに対して、先ほど声を発したと思われる少女は煌びやかなドレスを纏っていた。
それどころか、部屋の壁際に並ぶのは、骨董品のような鎧を着た人々。
「よくぞ参った、勇者殿」
よく響く低い声。
それは一段高い場所にある豪華な椅子に座る男性が発したものだった。
ドレスの少女がその傍らに移動する。
「余はユーフェリア王国国王、バルローム=ユーフェリアだ。そなたらを歓迎する」
「わたくしはユーフェリア王国王女、ミルファリア=ユーフェリアです。わたくしたちは勇者様にお願いがあってお越しいただきました。どうかこの国を助けてください!」
赤沢・青木・緑川はぽかんとしていたが、やがて興奮したように喋り出した。
「なあ、これって異世界召喚だよな?」
「ラノベで読んだけど、本当にあるんだね!」
「テンプレ、キタっぽくね?」
どうやら3人はこういう展開を知っているらしかったが、白井はあることに気付いた。
何やら生臭い、金属のような臭いがどこからか流れてきていた。
だがそれを確認する間もなく、王女が声をかけてきた。
「それでは勇者様方、わたくしがご案内いたします。こちらに来てください」
ミルファリア王女に促されて、部屋を出ていく4人。
白井はこれから何が起こるのかという緊張感にかられ、気付いた違和感を忘れてしまった。
「そちらの男性が赤沢様、こちらの女性が青木様、緑川様、そして白井様でよろしいですね?」
別室に通された4人は、王女より各自の確認をされた。
「それでは確認いたします。赤沢様は剣士ですね、剣術と身体強化、それに各種属性魔法が使えるはずです」
「うわ………本当だ、どういうことかわからないけど、わかる」
「青木様は魔道士ですね、属性魔法に身体強化、それから『感知』と転移が使えるはずです」
「…本当だ、どうすれば魔法が使えるのかわかるよ」
「緑川様は槍士ですね、槍術と身体強化と属性魔法が使えるはずです」
「………なんかすごいっぽくね?」
こんな感じでそれぞれの確認が行われた。
そして白井の番がきた。
「白井様は…治癒術士ですね、治癒魔法と身体強化、各種補助魔法が使えるはずです」
「…あの…どうして使える魔法とかがあなたにわかるんですか? まるでそう決まっているみたいな言い方ですけど…」
白井がふと疑問に思ったことをつい漏らすと、王女は明らかに動揺した。
こんな質問をされると思っていなかったようだ。
「え、あ、あの、こ、これは、そ、そうです! 王宮付きの占術士のよる予言があったんです!」
訝しげな視線を投げかける白井を窘めたのは赤沢だった。
「先輩、そんなことはどうでもいいじゃん。この国の人達は困ってるみたいだし、こんな力があるなら人助けくらいしてもいいんじゃねーの」
「赤沢様………そうです、わたくしたちは貴方方に縋るより他にないんです。我が国の繁栄のためにも協力してください」
「おう、俺達に任せとけ!」
「そうだよ、王女様!」
「任せてくれれば良くね?」
「では、わたくしのことはミルとお呼びください」
白井はうまく表現できないもどかしさを抱えながら、流されるようにユーフェリアの為に働くことになった。
他の3人は…言わずもがなである。
白井は思い切ってミル王女に聞いてみた。
「私達は帰れるんですか?」
「そ、それは………『大迷宮』を攻略すれば、その方法が見つかるかもしれません」
「どうしてですか?」
「大迷宮の最奥には、クリアした者の願いを叶える秘宝があると言われています。それを使えば…」
僅かばかりだが、帰るという可能性が見えて胸を撫で下ろす白井。
だが、他の3人は白井の行動に否定的だった。
その理由は、ほどなくして明らかになった。
「貴方方には精力的にダンジョンを攻略していただきます。ですが、貴方方の存在を表に出す訳にはいきませんので、先に『マーカー』を持った冒険者をダンジョンに送りますから、そこに『転移』してボスを攻略後、アイテムを入手後に再び『転移』で戻ってきてください」
「それは大丈夫なんですか? ダンジョンは攻略ルートがあると本に書いてありましたよ」
召喚されてからおよそ一月経った頃、ミル王女がそんなことを言ってきた。
書庫の本を読み漁っていた白井がそれに異議を唱える。
だが、反論は意外なところから出た。
「先輩、ボスだけ狙えて楽でしょ?」
「そうよ、いちいち雑魚を相手にするのも面倒くさい」
「ボスだけ倒せればよくね?」
他の3人はダンジョン攻略をゲームとして考えていた。
それは普段の訓練からも顕著だった。
少し離れた森での実戦訓練では、3人はモンスターどころか、盗賊も嬉々として殺していたのだ。
どれだけ殺したかを競っていたこともあった。
白井も盗賊が討伐対象なのは知っていた。
殺さなければ、被害者が増えるということも理解していた。
だが、なかなか実行に移せなかった。
初めて盗賊を殺した夜、白井は一睡もできなかった。
自分の手が血に染まって見えた。
食べ物を一切受け付けなかった。
今でもその嫌悪感は消えていない。
「それに、ダンジョン攻略が進めば、元の世界に戻る手段が早く見つかるかもしれませんよ?」
「………わかりました」
白井は渋々従った。
彼女は王女を信用していない。
もちろん王も、この国も。
だが、今は従うしかない。
日本に帰って自分の夢を叶えるためだ。
自分にその夢を語る資格があるのか………
白井はそのことから目を背けるかのように、ダンジョン攻略に没頭した。
白井は自室でマグカップの欠片を眺めていた。
あるダンジョンの隠しボスのアラクネが持っていた、とあるコンビニ限定のおまけだった。
何故あのアラクネがこれを持っていたのか、どうにも考えが纏まらない。
赤沢達が殺してしまったので、詳しいことを聞くこともできなかった。
最近は皆おかしい。
赤沢達も乱暴な行動が多くなっている。
勇者の身分を振りかざして、やりたい放題だ。
中学生とは思えないようなこともしてるらしい。
そして………あの夢だ。
他の3人も似たような夢を見るらしい。
あの豹変ぶりは夢のせいなのだろうか。
わからないことが多すぎる。
コンコン…
ドアを小さくノックする音。
「白井様、ミルファリア様がお呼びです」
メイドがそう言い残して去ってゆく。
「ブロンの大迷宮が動き始めました。招かれた者がいるようです」
王女の言葉に皆の表情が変わる。
獰猛な笑みを浮かべる赤沢達。
縋るような表情の白井。
「それで俺たちはどうすればいいんだ?」
「招かれる予定の者は迷宮都市にいる盗賊ギルド所属の鍵師だそうです。貴方達には『招待状』の奪取をお願いします」
口元に歪な笑みを浮かべながら指示を出すミルファリア。
それを聞いた白井があからさまな不信感を表す。
「迷宮都市はラムターですよね? 他国で行動するのは問題ありませんか?」
「転移を使えばいいでしょう? それから、抵抗された場合は手段を選ばなくてかまいません」
「新しい玩具が手に入るといいな!」
「あんたはそればっかりじゃない」
「好きにすればよくね?」
結局押し切られて、渋々従う白井。
「これで大迷宮をクリアできれば………帰れるんですよね?」
「ええ、望みを叶えてくれるはずです」
「…わかりました」
4人は退室し、ラムターに向かう準備をするために部屋に戻った。
一人残ったミルファリアはほくそえむ。
「大迷宮踏破の願い………そんなもの、我がユーフェリアによる世界統一しかありえません。あんな使い捨ての勇者になど使わせてやるものですか。どうせもうすぐ壊れるんです、せいぜい使いつぶしてあげましょう」
ミルファリアの呟きに応えるように、複数の人影が物影から進み出る。
眼前にて跪くその者達を見て、さらにその笑みを深くする。
「あの勇者達のためとはいえ、貴方達にも苦労をかけます。手筈通りに行動をお願いします」
その言葉が終わるや否や、その場から掻き消える。
たった1人残ったミルファリアは声をあげで憚らず笑っていた。
翌日、勇者4人は転移にてラムターに跳んだ………
ミルファリアの思惑に気付くことなく………
白井さんは戻るために必死な苦労人です。
他の3人は………
そろそろ邂逅の予感が…
後ほどもう1話更新します。
読んでいただいてありがとうございます。