弟子達の休暇
弟子2人の休暇中?のひと時です。
アイラside
ロックが首都に向かった後、やることの無くなったメンバー達はそれぞれに突如降って湧いた休暇を過ごしていた。
一応、ギルドは開いていたが、当然ダンジョン絡みの客はいない。
カウンターではリルとアイラが暇そうにしていた。
「あーあ、何でこんな日にカウンター開けてるの? 探索メンバーは皆休みじゃない」
「仕方ないよ、フランがどうしても開けろって言うんだから…」
リルのぼやきにアイラも退屈そうに返す。
今朝から誰も来ていない。
「で、そのフランはどこに行ったのよ?」
「デリックと一緒に各所への支払いだって」
「そっか…ところでアイラはいいの? 孤児院に戻らなくて?」
「そっちはエイラとジーナがいるからいいの」
実は閑古鳥が鳴いているのはメルディアだけではない。
プルカという街自体がダンジョンで成り立っているため、ダンジョン封鎖の処置がとられている現在は探索者が活動していないのだ。
では探索者達がどこに行くのかというと、皆日銭を稼ぐために街の外に出ているのだ。
探索者達の本業は、ダンジョンで発見したお宝を売って稼ぐことにある。
だが、今はそれが出来ないため、一般の冒険者と同じように街の外で野獣やモンスターを狩って冒険者ギルドに買い取ってもらって日銭を稼いでいる。
とはいえ、ダンジョンのお宝ほどに稼げるはずもなく、豪遊などもできない。
おかげで『銀の羽亭』でも一番安い定食すら売れず、仕方なくサンドイッチを作り置きして売っている。
そんな状況で給仕の仕事があるはずもないので、タニアがギルドのソファに寝転がっていた。
「ねー、アイラ? ロックとはどこまでいったの?」
「な、ななな、何を言ってんの?」
にまにまと笑顔を作って顔を真っ赤にしたアイラを眺めるタニア。
と、そこにリルが助け舟を出す。
「ロックは仕事に対して真剣だから、アイラが一人前になるまで無理よ」
「でも、そんなに暢気に構えてていいの? うちのお客さんでもロックの噂をしてるし」
「そうね、時々ロックを紹介してくれって客もいるから」
リルは時折来る客を思い出す。
魔法の鍵はある程度の魔道士なら解除の魔法を使えるが、物理的な鍵については純粋に鍵師の腕で解除の成功率が上下する。
当然ながら、腕のいい鍵師というのは引っ張りだこだ。
「噂では他の国からもスカウトが来てるみたいよ? でも、リスタ家が情報を隠してるから個人の特定が出来てないみたい」
タニアが酒場の給仕らしく、探索者からの情報を収集していた。
「そういう情報はありがたいわ。うちもロックが抜けたらやっていけなくなるから」
「ロックはどこにもいかないよ!」
「だけどね、アイラ、大きな権力が相手になったらそうも言ってられないのよ?」
アイラが胸を張るが、タニアは不安を隠していない。
タニアにとってはメルディアはお得意様であり、ギルドマスターのフランは言わば大家だ。
それに、過去に色々と世話になっているので、こうして定期的に情報を持ってきている。
「そのあたりはディノ様が色々手を回しているわ。それにリスタ家も黙っていないでしょ」
「確かにその手の攻防はあたし達には無理かも………ところで、そのリスタのお嬢さんはどうしたの? 姿が見えないみたいだけど?」
タニアはいつもアイラと一緒にいる、どこか大人しい感じの少女の姿を探す。
リルとアイラは顔を見合わせると、疑いの目を向けているタニアに笑いかける。
「大丈夫よ、タニア。あなたがアイラを応援してるのはわかるけど、彼女はロックとは別行動よ。今は実家から呼び出されて戻ってるの」
「タニア、わたしはセラときちんと話をしたから大丈夫だよ。2人で色々と争ってロックに嫌われたらどうしようもないから」
アイラが冷静に応えるのを聞いて、2人は驚きを隠せない。
以前のアイラなら、すぐに攻撃的になっていたはずだ。
実際にタニアはそうやって激昂したアイラをからかって遊ぶつもりでここに来ていたのだが………
「随分と大人な返しをするようになったのね………恋ってやつはこうまで成長させるのかしら」
「いつまでたっても子供じゃダンジョン探索に支障が出るから、こっちとしてはちょうどいいんだけどね」
「もう! 2人とも馬鹿にしないでよ!」
真っ赤な顔で可愛らしく怒るアイラ。
その様子からは大人な部分を見出すことは出来ない。
「その膨れっ面を見る限り、まだまだ大人って認めることはできないんじゃない? リルさん?」
「確かにね………もっとレディとしての淑やかさを持たないと駄目ね」
呆れ顔で笑う2人。
子供のように頬を膨らませるアイラ。
だが、誰一人として真剣に怒るようなことはない。
ここは迷宮都市だ。
ダンジョン探索は荒事全般を請け負う冒険者と比べれば、平時における危険度は低いが、いざダンジョンに潜れば生命の危険と隣り合わせになる。
タニアも常連客がダンジョンで命を落としたなんて事はよく聞く話だ。
過去には探索メンバーが一人を残して全滅し、残された一人が泣きながら酒を煽る姿なども見てきた彼女だからこそ、今の平穏な状況がかけがえのないものだと身に沁みている。
メルディアで働いているリルやアイラにとっては言わずもがなだ。
誰もが、皆の無事を願っている。
このまま平穏が続けばいいと思っている。
だが、ダンジョンが存在する限り、その平穏が一時的な幻想であるということも……心の片隅で理解しているのだ。
その矛盾を隠すように、皆は平和な時間を楽しんでいた。
セラside
玄関前に横付けされた馬車から、簡素ではあるが、とても質のいい生地で仕立てられたであろう異国風のドレスに身を包んだ少女が降り立つ。
その可憐な容姿とそのドレスがとても似合っていた。
「ここに戻るのも久しぶりですね…」
セラは懐かしい玄関扉の模様を見てそんなことを思う。
全てが変わったのは、あの夜にロックと出会ってからだった。
箱入り娘として過保護に育てられ、まともに屋敷の外に出ることすらなかった。
それが今はどうだろう。
まだ成人すらしていないにもかかわらず、屋敷を出て異性も暮らす建物で共同生活。
こうしてたった一人で街を移動することだってある。
極めつけはダンジョン探索だ。
母親から冒険譚を聞くたびに、自分も魔道士としての力を向上させようと思った。
だが、過保護を極める父親のせいで、常に足枷を嵌められていたのだ。
まさに翼をもがれた籠の鳥であった自分が解放されてくれるきっかけを作ってくれた人。
その人は決して御伽話の主人公などではなかった。
ただの『鍵師』だった。
「お母様、セラフィナ、戻りました」
「入りなさい」
重厚な扉を開けて中に入ると、執務机で書類の山と格闘している母、デルフィナ=リスタ男爵夫人がいた。
セラの姿を一目見ると、書類の山を腕の一振りで部屋の片隅にふっとばす。
次の瞬間には軽やかな動きで机を飛び越えると、セラの身体を強く抱きしめた。
「随分と逞しくなったわね、昔なら私の動きに怯えていたのに」
「それなりに経験を積みましたから。私ももう子供ではありません、お母様」
抱き締められながら、母の言葉に返すセラ。
確かに今までは母の挙動に怯えていた。
これもダンジョン探索の恩恵だろうか、多少のことでは動じなくなったのは自分でも成長したと実感していた。
「それにしても………随分と変わったドレスね? これもあの人の?」
「…はい、彼の故郷のドレスだそうです」
一瞬言い淀むセラ。
セラが着ているのは薄いスカイブルーのベトナム風民族衣装のアオザイだ。
実はこれはロックに買ってもらったもの………ではなく、流山鈴花の店に行った時、鈴花がおまけとしてアイラの分と合わせてくれたものだ。
採寸されていないのに身体にとてもフィットするのには少々恐怖を感じてしまったが…
「こんなドレス見たことないわ、あの人はかなりの遠方の国出身なのかしら」
「そ、そうですね、とても遠い国の出身だそうです」
(間違ったことは言っていませんよね? 簡単に行ける場所ではありませんから)
セラは実の母親に嘘をつくことに罪悪感を感じながらも、何とか自分なりの理由を見つけて納得した。
ロックの出自については遠い国からの流浪の鍵師ということで統一している。
異世界から来た人間ということはギルドメンバーの極秘事項だ。
「立ち話をするつもりもないのでしょう? それに、今日は『探索者のセラ』としてではなく、セラフィナ=リスタとしての訪問と聞いています。少しは実家で寛ぎなさい」
「はい、お母様」
ソファに腰掛けて体の力を抜く2人。
デルフィナは書類仕事で肩が凝ったようで、しきりに腕を回している。
本来ならばこういう仕事は父の領分なのだが、デルフィナの逆鱗に触れてしまい、現在は領地の隅にある別荘で軟禁という名のお仕置きの最中だ。
「お母様………あまり無理なされないようお願いします」
「大丈夫よ、こうなることも予想の範疇だから。それよりも、あなたに言っておくことがあります。ダンジョン封鎖は近々解除されます。あなたたちの仕事も再開しますよ」
「ほ、本当ですか?」
ダンジョン封鎖はこの街でダンジョン管理を行うリスタ家においても重大な事件だ。
だが、それを上回る衝撃的な事が告げられる。
「新しいダンジョンの第一陣探索パーティにメルディアを指名することになりました。鍵と罠の解除においてここ最近の成功率は群を抜いています。…おそらくあの人のおかげでしょうけど、もちろんそれだけが選考基準じゃありませんよ? 戦力バランスもとても良いですし、基本攻撃力も高いパーティを擁しているギルドは希少ですから」
あまりの衝撃に思考が停止しかけてしまった。
新規ダンジョンの第一陣の探索と言えば、手付かずのアイテムを取り放題だ。
負傷などのトラブルが無ければ、それこそ根こそぎ手に入れることも可能なのだ。
迷宮盗賊としてはまさに宝の山だ。
「それは…正式決定なのですか?」
「ええ、マスターのフランチェシカ嬢には正式に書面で通達するから安心しなさい。そんなことよりも重要なことがあるわ」
身体を大きく乗り出して、セラの顔を覗きこむような体勢になるデルフィナ。
セラは思わず身体を仰け反らす。
「あの鍵師、もうものにしちゃった?」
「ふえぇ?」
実の母親とは思えない発言に思考が追いつかない。
確かにロックのことは好きだが、まだ一線を越える勇気が出ない。
アイラとは協定を結んでいるため、お互いに抜け駆けはしないことにした。
そういう関係になることを望んではいるのだが、まさか母親から言われるとは思わなかった。
「あ、あの………その………まだそういうことは………」
「え? まだやってないの? さっさと篭絡しちゃいなさい。あれほどの腕の鍵師をプルカに繋ぎとめておくチャンスなのよ? 他国に取られでもしたら重大な損失よ?」
それとも嫌いなの? と言われれば、セラとしてもこう言うしかない。
「そんなことお母様に言われるまでもありません! 私はロックさん以外の男性のものになる予定はありませんから!」
「あらあら、こんな姿をあの人が見たら発狂するかもしれないわね」
満面の笑みで恐ろしいことを言うデルフィナ。
しかし、その目は一切笑っていない。
それだけデルフィナは本気でロックを重要視しているということだ。
母の本気度を知ったセラは、その目を真っ直ぐに見つめて言う。
「私はまだ半人前です。ロックさんは半人前の私には興味がないようなので、一人前になって私からアプローチします。お母様は私がロックさんを連れて帰るのを待っててくださればいいんです!」
今までの大人しい娘とは思えない強い口調に、初めは戸惑っていたが、やがてその顔は優しげな笑顔に包まれる。
「親の知らない間に子供は大人になっていくのね…。家のことは心配しなくて大丈夫だから、あなたは自分の決めた道を進みなさい。お見合いの話は全部断っておくから安心しなさい」
「…はい、ありがとうございます、お母様」
屋敷を出て行く馬車を窓から見送りながら、デルフィナは我が子の成長を感慨深く思い出す。
今まで過保護にしていたせいか、自分の意思を主張することなど一度もなかった。
だが、先ほどのセラは確かな意思をその目に宿していた。
デルフィナは小さく溜息をつく。
「さて、お見合いの断り状を考えないといけないわ。場合によっては陛下にお力を貸してもらわないと駄目かも…」
リスタ家は男爵位なので、上位の貴族からの縁談を断ることは難しい。
だが、リスタ家はラムターでも数少ない『迷宮管理』を生業としている。
実は『迷宮管理』を任される貴族は通常の貴族とは違う権利が認められている。
そのうちの1つが『政略結婚の拒否』だ。
ラムターとしては、利益を齎すダンジョンの管理を行える貴族というのは他よりも優先して保護している。
だが、色々と隙を突いて、利権を狙って様々な貴族連中が見合いを勧めてくる。
過去には強引に攫って婚姻を結んだという史実も残っているほどだ。
そんな欲まみれの貴族にダンジョンの利権を渡さないように、王家の認証のない見合いや縁談は拒否してもお咎めがない。
もちろん、王家が他国との政略に使うこともない。
ダンジョンは管理を間違えれば災厄の種になる。
それ故に、管理できる人材というものの流出は防がなければならない。
強引なやり方で愛想を尽かされるわけにはいかないのだ。
デルフィナは、その制度を利用することも辞さない思いだった。
「私にはわかる。彼はダンジョンに愛されている。彼がいてくれれば、この街は安泰だわ」
そんな母親の思惑も知らず、セラの乗る馬車は屋敷を出て行くのだった。
次回は勇者側の閑話になる予定です。
読んでいただいてありがとうございます。