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異世界でも鍵屋さん  作者: 黒六
第10章 動き出す迷宮
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燻る火種

結局のところ、問題先延ばしのような…

『如何なる者もこの領域への関与を許さず………遮断結界!』


 

 ディノの声が響き渡る。

 

 俺たちは遠巻きに、今行われている作業を眺めていた。

 ここは例の宝箱のあった建物の中。

 一体何を行っているのかというと、例の『招待状』を封印している真っ最中だ。


 遠くからでは肉眼で見えないくらいに精密に描かれた魔法陣の中央に、例の宝箱が置かれている。

 凄まじく細かく描かれているのは、何らかの模様だと思うが、俺の視力では細かい部分が見えない。

 俺の2.0の視力をもってしても見えない。

 マサイ族の戦士くらいになれば見えるのかもしれないが。


 光を帯び始めた魔法陣の傍に立つディノ。

 それを取り巻く十数人の魔道士達。

 その中にはサフィールさんやモリアの姿もある。



「へー、相変わらず凄いわね」

「…随分と他人事だな…」

「だって私は封印処理苦手だし…」


 俺の質問に咄嗟に目を泳がせるミューリィ。

 

「ウィクルで俺に封印のサポートさせたのは誰だ?」

「あのときは黒竜が補助してくれたから出来たのよ。私は地味な魔法は趣味じゃないの」


 地味って言ったな、こいつ。

 目立たない作業ってのは大変なんだぞ?

 絶対にミスが許されない、大事な役割だってことを理解してるのか?



「ふぅ、終わったぞい。これで下手に手出しは出来んはずじゃ。おぬし等もこのことは他言無用じゃ。もし口外すればワシが敵に回ると思うがいい」


 そんなことを言いながら、ディノが汗を拭いながらこちらにやってくる。

 まだ僅かに光を放っている宝箱に何人かの魔道士が群がっている。

 他の連中は数人がこちらをちらちら見てくる以外は、そのまま建物の外へと出て行った。


 ディノに続いて、サフィールさんとモリアもやってきた。


「でもいいんですか? 我々も完全な一枚岩というわけではありませんよ?」

「いずれ情報は漏れる…じゃろう?」

「ええ、不穏な動きをしている者も…いない訳じゃありませんし…」


 サフィールさんが入り口を睨みつける。

 遠くから様子を見ていた数人が慌てて離れていくのが見えた。

 それを見て露骨に顔を顰める。

 おかげで綺麗な顔が台無しだ。


「その点はしっかりと『保険』をかけておるから安心せい。いくら持ち出したところでワシ等がいなければ封印を解除できんよ」

「それならいいんですが………私のほうでもできるだけ情報統制しましょう。特に不穏な動きのユーフェリアとシドンには詳細情報を出さないようにします。今回の作業にはユーフェリア出身の者もシドン出身の者もおりますから」


 

 サフィールさんの心配も理解できる。

 だが、情報漏洩だけはどうしようもない。

 どんなにしっかりと管理していても、意外なところから情報は漏れる。

 特に多いのは内部の人間だ。

 

 よくニュースで顧客情報の漏洩なんてのが流れるが、ああいうのは大概、関係者から漏れる。

 顧客情報はその筋の情報を欲しがるブローカーが良い値段で買い取ってくれる。

 ダンジョン絡みの情報なんて、ミューリィの話を聞く限りでは他国だけじゃなく、やばい組織なんかも絡んでくるんだろう。

 そんな連中は手段を選ばない。

 関係者が巻き込まれることは十分に考えられることだろう。 


魔道士協会ウチに堂々と手を出してくる奴はおらんじゃろうが、裏の奴等はちと厄介かもしれん。そっちのほうはワシが対応するとしよう」

「他国の息がかかった者はどうしますか?」

「表立って何かしているのであれば除名も出来るが、あ奴等もそういう小狡い考えだけは大したものじゃからのう。多少の情報の漏れは想定内じゃ。そのための『保険』じゃよ」

「…それはどういうものですか?」

「それは言えん。これだけは漏らす訳にはいかんからの。ただ、然るべき立場の者に任せてあるということだけは言える」



 妙に自信満々で応えるディノ。

 然るべき立場の者って…どういうことだ?

 おそらくだが、こういう場合は国とかではないはずだ。

 政治絡みになると、一般人のことなどどうでもよくなるからな。


 

「…あの方ですか?」

「そうじゃ、ワシが最も信頼しておる」

「…確かにあの方であれば、そう簡単に手出しできるとは思えませんね。それならば一安心ですね」

「うむ、あ奴も今回の件についてはかなり気にしておった」



 ディノの知り合いに頼むらしい。

 ここまで信用してるとは、一体どんな人なんだろうか。

 きっとすごい魔道士だろう。

 

「あの人なら心配はいらないか。そう簡単に手出しできる立場の人じゃないし」

「ミューリィ、知ってるのか?」


 心から納得したような表情のミューリィ。

 こいつがここまで安心するとは…






「ディノ、奥様に頼むのもいいですが、愛想つかされないようにしてくださいね」


 サフィールさんからのまさかの真相暴露。

 カミさんかよ!…と思ったが、火の神殿の神官長だったよな。

 日本では基本的には政教分離が原則だったが…


「火の神殿は各国との関係はどうなんだ?」

「政治的圧力というのはまず無理ね。火の精霊神を祀ってるから、火属性の魔法に対する干渉力がすごいの。その気になれば、国中の火属性魔法を使えなくすることもできるらしいわ」


 それは怖いな。

 属性魔法が一種類使えなくなるなんて、武器を使えなくされたと同じじゃないか。

 そこまでのリスクを冒すだけの見返りがあればの話だが、迷宮の招待状だってもしかしたら探索しても大した成果が上がらないかもしれない。

 もし俺がその立場なら、手をつけたいとは思わないが…


「それに、娘さん達もかなりの強さの神殿騎士だから、相当覚悟決めないと返り討ちに遭うわ」

「…それは心強いな」



 こっちに来てから思ったんだが、こっちの女性は強い人が多い。

 女性は家を守るべき、なんて考え方はこっちじゃ異質なんだろう。


 まあ向こうでは魔法なんてものがないからな。

 こっちじゃ『身体強化』なんてもので男女ほぼ変わらない力を出せるからかもしれない。

 








「これで一通りの作業は終わったぞい。ワシは王城に顔を出してくるから、お前達は屋敷でゆっくり休んでおくがいい」


 そう言って、ディノとサフィールさんは俺達と別れた。

 さっき輪の中にいた1人が遠巻きにこっちを見てる。


「目を合わせちゃ駄目よ。それから、絶対に『本当の名前』を喋っちゃ駄目だから」

「どうせ本当の名前は皆覚えてないだろ?」

「そんなことあるわけないでしょ! えーと…」


 途端に目を泳がせるミューリィ。

 こいつも俺の名前を覚えてないクチだな?



「えっと………ユージだっけ?」

「………全然違う」



 誰だよ、ユージって。

 どこから出てきたんだよ、ユージは。

 今までの俺との生活のどこにユージの要素があったんだ?


 でも、本当の名前を教えちゃいけないってのはどういうことだ?

 確かに個人情報は迂闊に流しちゃまずいが…


「『本当の名前』がどうかしたのか?」


 俺のその言葉を聞いて、さっきまでこちらの様子を窺っていた奴が慌てて離れていった。

 

「そのことは後で説明するわ。とりあえずここを離れましょ」


 ミューリィに手を引かれるようにして、俺たちは屋敷に戻った。








「で、さっきの話の続きなんだが、どうして『本当の名前』を言ってはいけないんだ?」

「うーん…ここは結界が張られているから大丈夫か」


 応接間で椅子に座りながら、周囲を見回すミューリィ。

 安全なことを確認できたのか、小声で話し始めた。


「特殊な魔法の部類に入るんだけど、相手の『本当の名前』を知ることで、相手の精神状態を支配できるの。ちなみに私の『ミューリィ』も本当の名前じゃないわ。普通の人には発音できないから平気だけど」

「…皆2つの名前を持ってるってことか?」

「本当は…ね。でも、普通に暮らしている人達はそれを使わないまま一生を終えることが多いわ。精霊みたいな高位の存在と契約することがある人達はまず理解してるはず。高位の存在との契約は『本当の名前』で契約を結ぶから。一度契約すれば、後は俗称でも平気だけど」



 なるほど…

 名前…ということは、俺の場合は紀伊甚六が本当の名前で、ロックが俗称ってことになるのか?

 いまいち複雑すぎてよくわからん。

 個人情報はしっかりと管理しろってことか?








 屋敷で茶を飲みながら寛いでいると、陽も暮れる頃になってディノが戻ってきた。

 その表情は複雑だった。

 嬉しさと悲しさが混ざったような表情だ。


「…今戻ったぞい…」

「おかえり………どうしたのよ、その顔は?」

「…情報を仕入れてきたんじゃが、いいものと悪いものがあってのう…」


 

 どうやらディノは王宮で色々と情報収集してきたらしい。

 このあたりはさすが大魔道士としての肩書が物を言う。

 きっと俺たちだけじゃ一生かかっても入り込めないだろう。

 それにしても、ずいぶんとベタな展開だな。

 きっとどっちが聞きたいかを訊いてくるんだろう?


「まずは悪い方なんじゃが…」


 いきなり悪い方からかよ。

 もう順番決まってるじゃないか。


「プルカの街にも『火の神殿』が出来るんじゃ………そこに派遣される神官が………ソフィアなんじゃよ…」

「えー! ソフィアちゃん神官に昇格したんだ! すごいじゃない!」

「ふざけるでない! 動きにくくてかなわんわい!」

「…ソフィアって誰だ?」


 どうも2人に共通の知り合いらしいが…


「ソフィアちゃんはディノの2番目の娘さんよ。小さいころはおしめ取り替えたり、一緒にお風呂に入ったりしたわ。そっかー、神官になれたんだ」

「身近に身内がいるとやりづらくて困るんじゃが…」

「お目付け役みたいなもんだな」


 確かに身内がいるところで羽目を外すわけにもいかないからな。

 

「でも、神殿との繋がりを持てるのはいいことでしょ? メルディアうちもルーク一人に頼りっきりじゃ困るし」

「それはそうなんじゃが…」


 

 ギルドのことについては俺が口出しすることじゃないからな…

 ただ、ルークの負担が減るのはいいことだろう。

 あいつはすごく良い奴だし。

 どうも会った当初より髪の生え際が後退してるような…。



「ところで、良い情報ってのは何だ?」

「そうよ、つまらないことだったら怒るわよ?」


 胡散臭そうな目を向けるミューリィ。

 だが、そんなことは全く意に介さず、ディノは続ける。


「何を言っておるか! ようやくダンジョンの封鎖が解除されるぞい、これでギルドも仕事を再開できる」

「それ本当? 早くみんなにしらせないと!」



 やっと仕事ができるようになったか…

 皆、暇そうにしてたからな…


 俺とミューリイが喜んでいると、ディノは悪戯を企む子供のような笑顔を見せる。

 どうやら、まだ情報があるらしい。


「何を喜んでおるか…これからが最大の『良い情報』じゃ」


 その口ぶりに、思わず顔を見合わせてしまった。

 仕事再開以上に良い情報って…



「新規に発見されたダンジョンが…ついに解禁されるぞい! メルディアは第一陣の探索パーティに正式に選ばれたんじゃ!」

「…それ、ガセじゃないでしょうね?」



 ミューリィの顔が真剣なものに変わる。

 まるで獲物を見つけた獣のようだ。


「それはすごいことなのか?」

「何言ってんの? 第一陣ってことは、ダンジョン内部は手付かずなのよ? お宝取り放題よ! ロックの出番もたくさんあるから、気合入れてよ?」

「そうじゃのう、ワシも今から滾りをおさえきれんわい」

「お、おう。任せておけ」



 正直なところ、勢いに圧されて返事をしてしまったが、どれくらいすごいことなのかピンとこない。

 この2人がここまで興奮するんだから、きっと俺の想像をはるかに超えてすごいんだろう。


 まあ俺はいつも通りに鍵開けに専念するだけだ。


閑話を数話挟んで次章に入ります。

本格的にダンジョン探索します。


閑話は…勇者視点と仲間視点になる予定です。


読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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