折角なので観光でも…
結局こんな流れになりました。
結局、招待状の完全な封印処理が終わるまで、俺たちは首都に留まることになった。
まだダンジョン封鎖は続いているから、プルカに戻ってもギルドの仕事は無い。
それに、首都観光だってしてない。
桜花の従魔登録は済んだが、折角だから羽根を伸ばしてみたい。
3日目の朝にそんなことをつい口にしてしまった。
ほんの小さな呟きだったが、敏感に反応する者がいた。
「それなら私が案内してあげるわ」
「…封印処理に借り出されるんじゃないのか、ミューリィ?」
「平気平気、私は封印術は少し苦手なのよ。だから呼ばれるはずないし」
苦手なことを胸張って言うことじゃ無いと思うんだが…
でも、正直なことを言えば、案内してくれるのはとてもありがたい。
ガイドブックなんてものはないし、GPSなんて意味ないだろうから迷子にでもなったら困る。
電話を使ったら平気じゃないかと考えていたんだが、それは皆から却下された。
というのも、首都のほうが珍しい魔道具の類は少ないらしく、見つかると色々と煩わしいことになるらしい。
「プルカみたいに迷宮が近い街では魔道具がよく出回るから、何とか誤魔化すことはできるんだけど、ここだと魔道具は悪目立ちするのよ」
「なるほどな…」
ミューリィと2人で首都のメイン通りを歩いていると、通行人や露店の主人が物珍しそうに見ている。
中には話しかけてくる奴もいる。
「そこの人、その服はどこで手に入れたんだ?」
「そのベルトはどこの店で買ったんだ?」
こんな感じだ。
俺はいつもの作業服に腰道具という格好だが、もうこの時点で悪目立ちしていた。
これで電話など使ったらどうなるか想像すらできない。
「なぁ、どこかで着替えたほうがいいか?」
「別にいいんじゃない? 協会のカードは持ってるでしょ? それを見せれば納得するわよ。協会って変わり者が多いから」
それは暗に俺が変わり者だと言うことだろうか。
ちなみに、桜花は屋敷で留守番だ。
出がけにかなりぐずったが、お土産を約束させられてしまった。
首都は従魔の扱いはしっかりとしたルールがあるようで、登録してある従魔でも一定の大きさを超えるものは専用の施設に預けなければいけないらしい。
「その施設があまり良くないのよ。そんなところに桜花を預けたら、ディノが怒り狂って焼き払うわよ」
ミューリィにそう言われてもいまいちピンとこなかったが…
「ほら、あれが従魔専用獣舎よ」
指さされた方向を見て、即座に納得した。
あれは駄目だ。
言うなれば、あまり掃除していない牛小屋だろうか。
小屋というのもおこがましい、ただ屋根があるだけの建物に檻があるだけだった。
こんなところにうちの子を任せられない。
「留守番させて正解だったな。よくあれで従魔がおとなしくしてるな」
「檻に魔力を遮断する術式が組まれてるの。触れると痛みが走るみたい」
尚更じゃないか。
従魔といえば家族も同然じゃないのか?
「そんな扱いしていいのか?」
「その辺は考え方次第だと思うわ。単なる道具としか考えない人もいれば、ロックみたいに仲間として大事にする人もいる。ああいうところに預ける人たちはほとんどが前者だけど、大型の従魔を連れている人は仕方なく預けることもあるのよ」
「何でそんなに厳しいんだ?」
「そりゃ首都だからよ。王族や高位の貴族が街中を行き交うこともある場所で大型の従魔が暴れたりしたら大変でしょ?」
「…理解はしたが…」
何となく理由はわかってた。
迷宮で出会った蟷螂や緑子鬼なんかは意思の疎通が出来るような相手じゃなかった。
敵意しか持ち合わせていないその目の危険な光は少なからず身体を竦ませた。
あれがモンスターの本性なのだとしたら、もし街中で従魔が突然本性をむき出しにしてしまったら…
そんなのは子供でも想像がつく。
そう考えると、俺のまわりは常識では考えられないな。
桜花はアラクネで、そのへんにいていいモンスターじゃないし、ノワールは…従魔じゃないな。
従魔扱いしたらどんな目に遭うか分からない。
やっぱり留守番させておいて正解かもしれない。
「大きな従魔や強い従魔は街の外の森とかで自由にさせることもあるわ。もちろん、正式に登録した従魔を盗むのは犯罪だから、手を出す奴も少ないわ」
「少ないということは…少しはいるんだろ?」
「ええ、従魔契約を解除する魔法も存在してる。使い手は相当少ないけど、勝手に解除して盗んでいくらしいわ」
協会でもその行方を追っているんだけど、なかなか尻尾出さないのよね…なんてミューリィが愚痴る。
そんな奴がそう簡単に捕まるはずないだろう。
きっと組織ぐるみで動いてるだろうし。
「あーもう、面白くない話はここまで! とにかく今日は首都を楽しみましょ!」
「そうだな、それじゃ案内を頼む」
「任せておいて! すっごく面白いところを案内してあげるから!」
どうしよう…
頼んだのはいいが、こいつが選ぶ場所にまともな所があるとは思えない…
とはいえ見知らぬ街で一人きりってのも勘弁してほしい。
しかたない、こいつにもある程度の常識が残ってると信じてみよう。
今は酒も飲んでないし…
「それでね、ここが首都でも有名な武器の店よ。そこそこいい品物を扱ってるわ」
そこそこなのかよ…
ていうか、こういうときはすごい品物を扱ってる店を紹介するんじゃないのか?
有名なのにそこそこってどうなんだ?
それとも「そこそこ」の品物を売ることで有名なのか?
「ここはまあまあの品物を売るので有名な魔法具屋よ」
今度はまあまあなのかよ…
そこそこの次はまあまあだから、徐々にレベルアップしてるんだな。
次は…なかなかの品揃えの店ってところか。
「ここは…な…」
よし、思った通りだ。
そうそうお前の思い通りにいくと思うなよ? ミューリィ。
「なあなあの商売してる酒場よ」
なあなあの商売って何だよ!
どの辺りが「なあなあ」なんだよ!
まさか客となあなあなのか?
それともお上か?
「…まともな店は無いのか?」
「首都なんてこんなものよ? 特にこの辺りは『平民街』だから、高価な品を扱ってる店が少ないのよ」
「それは…いいのか?」
「スラムに近い場所では盗みなんかよくあることだし、高価なものを盗まれたら大損じゃない。高価な品なら『貴族街』に行けばそれなりの品物は買えるけど、はっきり言ってぼったくりみたいに高いわ。おまけに装飾だけ綺麗で実用性は皆無だし」
実用性が無いってどういうことだよ。
所謂、儀式用って奴か?
それにしても…貴族街か…
金持ちには面倒臭い奴もいるから、あまり近づきたくないな。
「そんな訳で、掘り出し物なんてものは期待しないほうがいいわよ? 特に実戦向きの品物なんてキールの店のほうが数倍、いや数十倍はマシだから」
「あまり嫌な前情報を出すなよ、折角色々と店を回ろうと思ってたのに…」
「まぁマトモなのは食べ物くらいだから。そっちのほうは『平民街』のほうが安くて美味しい店が多いから安心して」
「…そうだな、魚が美味いみたいだから、そっちを期待するか」
【ぐうぅぅぅ~】
魚料理を思い浮べた途端、俺の腹が鳴った。
朝食を軽く済ませたのがいけなかったらしい。
「あはははは! そんなに急かさなくてもちゃんと案内するわよ!」
「う、うるさい! 偶々鳴っただけだろ! それよりも早く連れてけ!」
けらけらと笑うミューリィに先導してもらいながら、人通りの少ない路地を歩いていった。
「おうおう、兄ちゃん。悪いがその女と身包みいただいていくぜ」
寂れた裏通りに差し掛かった途端、俺たちの前に立ち塞がった男達がそんなことを言ってきた。
前にいるのは3人、薄汚れた革鎧を身に纏った連中だ。
無精髭…というよりも、いつから剃ってないのかを問い質したくなるほどに汚い髭を蓄えた男と、それに付き従うチンピラみたいな男。
立ち止まると、背後からも足音が聞こえた。
ちらりと見ると、後ろにも3人いた。
こっちは皆チンピラみたいな奴だ。
「面倒臭いわね…」
ミューリィが小声で愚痴る。
その手は所在なさげに腰のあたりを彷徨っている。
そうか、首都だから武装してないのか。
いつも腰に提げている細剣が見当たらなかった。
てことは、丸腰じゃないか。
「…得物はあるのか?」
「…投擲用の短剣ならあるけど…そっちは?」
「…スタンガンと催涙スプレーくらいだな。鉈は置いてきちまった」
「…魔法は使えないし…どうしようか…」
街中での魔法はご法度だったな。
髭の男は俺たちが顔を寄せて話しているのを怯えていると思ったようだ。
汚い髭を触りながら、にやにやと嫌らしい笑みを浮かべていた。
「おう、兄ちゃん。出すもの出してさっさと消えな。そっちは…エルフじゃねぇか! たっぷりと楽しんだ後に高く売るとするか」
随分とふざけたことを言ってくれる。
何を考えているんだ、こいつらは。
だが、こっちはほぼ丸腰だしな…
他に目ぼしいものは………
腰道具に手をやると、あるものが触れた。
これは…何とかできるか? これで?
「ミューリィ、これ使え。使い方は…解るよな?」
「…これは…うん、わかった」
ミューリィに催涙スプレーを渡す。
俺は見つけたものを右ポケットにしまい、手を突っ込んで準備しておく。
もちろん、左手にもある「モノ」を準備している。
男達は見る限りでは大した武装はしてない。
きっとナイフくらいしか持ってないはずだ。
(後ろの奴が触ったら…動くわよ。私は前のをやるから)
(…わかった)
素手喧嘩ならそれなりに経験はあるが、相手が全員得物持ちとはな…
ミューリィに頼るのはちょっとばかり情けないが、実戦経験では俺よりもはるかに多いはずだ。
だからこそ、動くタイミングはミューリィに任せた。
催涙スプレーの威力は知ってるはず。
戦い方の組み立ては出来てるだろう。
「おい、聞いてんのかよ!」
後ろのチンピラAが痺れを切らしたのか、ミューリィの肩を掴んだ。
その瞬間、ミューリィは全く振り返ることなく後ろ蹴りを繰り出した。
全力で放たれた踵は、見事なまでの正確さでチンピラAの股間を直撃した。
思わず俺の背筋に冷たい汗が流れる。
地面に突っ伏して悶絶するAを放置して、俺はBのほうに向かった。
作業着の上着のボタンを外しながら、ナイフを出そうとするBに近づく。
Bがナイフを抜くよりも早く、俺は左ポケットから一つ目の手札を出した。
それをBの顔の前に出して、ボタンを押した。
「うわ! 何だこりゃ!」
間抜けな声をあげて怯むBを引き摺り倒し、右手に準備しておいたものをBの顔に巻きつける。
とりあえず、視界が奪えればそれでいい。
「目が、目が見えねぇ!」
じたばたともがくBを放置して、俺はチンピラCに向き直る。
Cは既にナイフを手にしている。
今のBの様子を見ていたのか、一定の距離を保ってる。
ナイフ対策じゃないが、脱いだ上着を右手に巻きつけて保護しておく。
「あれ? もしかしてそのカード…」
Cは俺が首から提げているカードに気付いたようだ。
すると、いきなりがたがたと振るえ出した。
いきなりどうしたんだ、こいつは?
「うぎゃあぁぁぁぁぁ!」
背後で野太い絶叫が聞こえた。
何が起こったのかとそちらを見やると、髭の男が催涙スプレーの直撃を受けてのたうちまわっていた。
チンピラDとEは何が起こったのかわからないといった様子だ。
だが、ミューリィは容赦しない。
2人の顔面めがけてスプレーを発射した。
あれ、凄まじく目に沁みるらしいんだよな…
熊でさえ逃げるらしいけど、人間だとああなるのか…
哀れ、チンピラDとEは髭と同じ運命を辿ることとなった。
「あ、あんた…そのカード…『魔道士協会』のモンか?」
「…それがどうかしたか?」
一体このカードが何だって言うんだ?
「あ、兄貴ぃっ! こいつらやべぇよ!『魔道士協会』の奴等だ!」
「な、ななな何だとぉ! わ、悪い! あんたらをどうこうするつもりは無かったんだ! だから、命だけは!」
まだ目が見えないせいか、若干違う方向に向けてそんなことを言っている。
俺には判断できないから、ミューリィに視線で問いかける。
「あんたたち、今になってそれはないんじゃないの?」
まるで氷のような冷たい口調のミューリィ。
そりゃそうだろう、これは犯罪だからな。
ちなみに、俺がさっきBを怯ませたのは、デジカメのフラッシュだ。
いつも腰道具にはデジカメを入れている。
お客によっては、作業の前に写真を残してくれなんていう人もいるからな。
それから、Bの顔に巻きつけたのは絶縁用のビニールテープだ。
意外とこいつで拘束されると簡単に脱出できない。
ましてやこんな材質で粘着するようなものを見たことがないだろうからな。
「ロック、そいつも含めて、拘束しておいてくれる?」
「ああ、わかった」
俺はビニールテープで、男達の手足を拘束していった。
意外なことに、全員が大人しく拘束されていった。
中には、がたがたと震えて明らかに怯えの色を顔に出している奴もいる。
こいつは…チンピラCだな。
「それで、私達のことを襲ったのはどうして?」
「そ、それが…偶然見かけたんだよ…」
「誰かからの依頼じゃないの?」
「そ、そんなことするかよ! あんたら相手に喧嘩売るなんて馬鹿げたことするはずないだろ!」
ミューリィの尋問タイムが絶賛継続中だ。
どうやら偶然見かけて襲ったというのは本当らしい。
でも、何でこいつらは急に怯えだしたんだろう?
「おい、どうして『魔道士協会』の人間の俺たちが『やばい』んだ?」
ストレートに疑問をぶつけてみた。
そんなに危険な組織なのか?
「そ、それが…『魔道士協会』に楯突いた裏の連中は生きたまま魔法実験の的にされるとか、実験用のモンスターのエサにされるとか…そんな噂が…」
「何よ、失礼ね。そんな野蛮なことするわけないでしょ? いい加減なこと言わないで! あんたたちみたいなのがいるから、私達の肩身が狭くなるんでしょ! あんたたちは騎士に引き渡すからそのつもりでいなさい」
遠くから金属のぶつかる音が近づいてきた。
どうやら騒ぎを聞きつけた騎士が向かっているらしい。
少し待っていると、5人の騎士がこちらに走ってきた。
「誰だ! 騒いでいるのは………おや、ミューリィさんじゃないですか!」
「あら、久しぶりね。こいつらが私達に襲い掛かってきたのよ。くれぐれも取り調べを手抜きなんてしないようにね」
「こいつらはここ最近、『平民街』でおのぼりの若者を狙って身包み剥いだり、女は奴隷商に売ったりしてる奴等ですよ。もちろん、しっかりと取調べします」
「頼んだわよ」
それだけ言って、男共を全員騎士に預けた。
色々と話を聞かれそうだったので、ミューリィの機転でさっさとその場を離れた。
それにしてもやっぱりミューリィは強いな。
あっという間に3人制圧かよ…
「それにしても、変な噂が立ってるんじゃないのか?」
「本当、信じられないわよね。まぁダンジョンの利権絡みで嫌がらせされてるのよ。直接仕掛けてくる度胸も無い癖に」
子供のように頬を膨らませている。
ちょっと可愛いかもしれない。
でも数百年生きてるんだよな…
それにしても、嫌がらせとはまた面倒くさい真似をする。
直接手を出してこない奴はなかなか尻尾をつかませない。
振り込め詐欺の黒幕みたいな奴だ。
「大体その正体は判ってるんだけど、相手がちょっとばかり厄介なのよ。理由あって真っ向からやり合うこともできないし…」
ミューリィが珍しくその顔に怒りの表情を見せている。
余程苛立っているんだろう…
「あーあ、面倒くさい奴等のせいでお腹ぺこぺこよ。早く美味しいものたべましょ!」
「ああ、そうだな」
ちょうど昼飯時にさしかかったようで、どこからか美味そうな匂いが漂ってくる。
かなり気が滅入ったが、美味いものを腹一杯食べて忘れるとしようか…
テンプレ展開はちょっと苦手です…
ミューリィさんはロックよりもはるかに強いです。
読んでいただいてありがとうございます。