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異世界でも鍵屋さん  作者: 黒六
第10章 動き出す迷宮
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受け取りませんでした

 招待状ねぇ…この手紙が…

 正直なところ、全くピンとこない。

 なにしろダンジョンに挑戦したことなんかないんだからな。


「で、俺はこれを受けとってどうすればいいんだ? とりあえずダンジョンに挑むつもりはないんだが…」


 全く…相手を選ばないにも程があるだろう。

 謎だらけのダンジョンなんて無理にきまってる。

 初級ダンジョンに数回潜っただけの『ほぼ素人』に何を期待してるんだよ。

 それよりも、ずっと追いかけてるディノのところに送ってやれよ。

 

「勿論、攻略じゃろう? それ以外にないじゃろうて」

「いや、だから。挑むつもりは無いって言ってるだろう? 俺はダンジョンのことなんて対して知らないんだぞ?」

「何でじゃ! こんなチャンスは一生に一度あるかどうかもわからんのじゃぞ!」

「…それならディノにやるよ。ディノが代わりに攻略してくれ」

「それが出来れば苦労せんわい! これは受け取った本人でなければ何の意味も持たん!」

「…ロックにそんな危険な橋を渡らせられないでしょ? もう少し落ち着いて」


 まさに掴み掛からん勢いのディノをミューリィが宥める。

 こんな招待状がそんなにすごいものなのか?

 俺にしか使えないんだし、そんなに大騒ぎするようなものでもないんじゃ…


「俺にしか使えないのなら、放っておいてもいいんじゃないか?」

「何を言ってるんですか? あなたしか使えないということは、あなたさえいれば・・・・・・・・誰にでも大迷宮を探索できてしまうんですよ? それだけあなたへの干渉が激しくなるんですよ?」

「そうよ? 手段を選ばずに無理矢理なんてのはごく普通にあるわ。だからその招待状は一時封印しておくべきだと思う。まだ時期尚早なのよ、ロックにとっても、私達にとっても」

「…確かにそうじゃのう。まだまだロックはダンジョンの経験が浅い。何の目論見があって招待状が送られてきたのかはわからんが、これが物騒な連中に知られる前に封印してしまったほうがいいじゃろう」


 あれほど取り乱していたディノが渋々応じている。

 一体誰の差し金だか知らないが、そんなに危険極まりないものを送り付けないで欲しい。

 日本ではただの一市民でしかない鍵屋に何を求める? 

 こんなトラブルの種でしかない物は芽がでないように封印しておいてもらおう。

 もしかすると、詐欺商法とか怪しい宗教かもしれないからな。


「皆さん、くれぐれもこの場で起きた事は他言無用でお願いします。それから、その招待状は当協会で責任を持って封印処理を施します。ディノ、ミューリィ、手伝ってください」

「おお、そうと決まれば早速封印してしまった方がいいじゃろう」

「封印具は…この宝箱を流用すればいいわね」


 サフィールさんの真剣極まりない表情が事の重大さを物語っている。

 どうやらこの場で招待状の封印をしてしまうようだ。







 ディノとサフィールさんが準備を始めている。

 その様子を遠目で見ていると、ミューリィが話しかけてくる。


「ねぇ、いつもロックが使ってるあの『鍵』をかけられないかな?」

「いつものって…あの『南京錠』か?」


 確かに車にはいくつか積み込んだままになってるが…

 あの宝箱には………掛け金を取り付ければ大丈夫か。

 工具も手持ちのもので何とかなるはずだ。


「それはかまわないが、少し宝箱を弄る必要があるぞ?」

「大丈夫よ、宝箱にはもう魔力は感じられないから」

「…道具を用意するから、ちょっと待っててくれ」


 まさかここまで来て錠前の取り付けをすることになるとは…

 まぁ取り付け作業は楽しいから構わないけどな。








 3人とモリアが少し離れた場所から俺の作業を眺めている。

 モリアがここにいる理由だが、車に道具を取りに戻った際、封印をするために鍵をつけると言ったら見学したいと言ってきた。

 周囲に怪しい気配は無いようなので、入り口に簡易な結界を張ることにしたようだ。

 もちろん、封印作業の時は入り口の監視に戻るようだが。


「蓋の召し合わせは………となると掛け金の位置はここだな。もくビスだけだと引っ張りに弱いかもしれないから、貫通させてボルト固定したほうがいいな」

「…相変わらず細かいわね。感覚でやればいいんじゃないの?」

「そんなこと出来るか! きちんと寸法出さないと取り付けできないだろ?」


 よく知らない奴はこういうことを言うから困る。

 取り付けてから「駄目でした」は通用しない。

 そのための位置出しは絶対に欠かせない作業だ。


 

 

 宝箱にドリルで穴を開け、掛け金をボルトとナットで固定する。

 きちんとナットにはワッシャーを挟んでおく。

 当然だが、緩み止めを塗るのも忘れない。


 

「相変わらずの手際じゃのう…」

「今までこれで飯食ってきたからな、それなりに自信はあるぞ?」

「…なるほど、確かにゲンと同様の技術を持っているようですね。ディノの目に狂いは無かったということでしょうか」

「でも、いつも使ってるアレとは形が違うんじゃない?」

「ああ、これはいつものよりももっと頑丈な錠前だ」



 今回、俺が使ったのは、南京錠のうちでも頑強な『バーロック』タイプだ。

 一般的な南京錠では強度に不安があるような場所で使われる。

 よく自動販売機の補助錠として使われている。

 構造上、切断という破壊行為に強いからだ。

 さらに、掛け金に通す『芯棒』も太く、強度はかなりある。

 掛け金も分厚いステンレス製だから強度はより高くなる。

 一般的に使われるものではないが、偶然車に残っていた。

 …決して不良在庫を使い切った訳じゃない。




「蓋の開閉具合も問題ないな。鍵のかかり具合も異常なし、掛け金の強度も…これなら大丈夫だろ」


 しっかりと動きを確認してから、サフィールさんに鍵を渡す。

 

「鍵穴はこの横の部分にある。動きを確認してくれ」

「…はい、きちんと動きます」


 鍵を回して確認するサフィールさんに、注意事項を伝える。


「鍵穴には決して油を差さないでくれ」

「でも、油を塗らないと錆びてしまうんじゃ…」

「これは錆びに非常に強い金属だから平気だ。むしろ油は固まる可能性があるから絶対にやめてくれ」

「わかりました。この鍵を私が管理します」



 サフィールさんは招待状を中に入れて鍵をかけた。

 やけに真新しいステンレスの輝きが若干浮いているが、そこは勘弁してほしい。

 さて、俺に出来るのはここまでだ。

 







 

 宝箱を部屋の中央に置く。

 ちなみに一緒に入ってた指輪は貰っておくことにした。

 何かしらの術が籠められているらしいが、特に悪影響も無いだろうということで俺が持つことになった。


 でも、正直なところ、扱いに困るんだが…

 というのも、仕事中は指輪類のアクセサリーは着けないことにしてる。

 これは人それぞれだが、俺の場合は指先の動きを阻害するような感覚があるからだ。

 繊細な動きこそ鍵師に求められるもの。

 

 ただ単純に、俺が指輪をはめた経験がないということもあるが…



「準備はいいかの? 始めるぞい」


 ディノの音頭に従うように、サフィールさんとミューリィが魔力を高める。

 3人の魔力が目に見えるくらいにまで高まってくる。


 ディノの魔力は燃えるような赤。

 サフィールさんは深い森のような濃緑。

 ミューリィは若葉のようなライトグリーン。


 色鮮やかな魔力に思わず見惚れてしまう。

 夜の街のネオンのような、どこか退廃的な色とは違う。

 これは例えるなら…オーロラのような感じだ。

 オーロラは太陽のエネルギーが可視化されたもの。

 今、目の前で繰り広げられてるのは3人の命のエネルギーの饗宴と言っても過言じゃない。


『綺麗ですね、マスター』

「ああ、そうだな…」


 この光景を言い表す言葉は無数にあるんだろうが、間の抜けた相槌程度しか出てこない。

 俺の日本での常識を跡形も無く粉砕する光景に身震いする。

 


 これが『魔法』というものか…

 ダンジョンに潜った時にミューリィが使っているのを見たが、それはほんの一部でしかなかったってことだ。


 特にディノだ。

 ディノがここまで真剣に魔法を使う場面に遭遇したことがない。

 普段のちょっとお茶目で怒りっぽい爺さんという一面しか知らない。

 鬼気迫る…というのだろうか、ちりちりとした緊張感が肌を焼く。

 


 これがこの世界の魔道士の頂点の底力か…


 背中に冷たい汗が流れるのを感じる。

 まるで命を得たように蠢く炎の色。

 全てを焼き尽くさんとする業火。



 一方、対照的なのはサフィールさんとミューリィだ。


 サフィールさんの鬱蒼とした深い森を思わせる、静かだけれども力強い緑の色。

 森と共に生きるエルフの生涯を象徴するかのような色。

 どんな暴風にも揺らぐことのない大樹のような存在感。


 ミューリィは木立を抜ける爽やかな風のような、清々しい明るい緑色。

 厳しい冬を耐えて芽吹く新芽の活力に満ちた、新しい何かを生み出すような希望を感じさせる色。

 凍てついた心を優しく溶かす、春の木漏れ陽のような温かさ。



 三者三様の魔力が建物の中に満ちる。

 それは複雑に絡み合い、色合いを目まぐるしく変化させながら宝箱を包み込む。

 室内に充満する魔力がその密度を高めながら宝箱に集まる。

 高密度の魔力が宝箱をコーティングしていく。

 

 あれほど充満していた魔力が全て宝箱と同化していった。

 今、目の前にあるのは元の通りに何の変哲もない宝箱だ。


 だが、先ほどまでのような魅かれる感覚は………やっぱりまだ残ってるな…


 しかし無視出来ない程でもない。

 これはやはり…封印されたと考えていいんだろう。

 まだ魅かれているということは…あの3人の全力の封印でも完全に封じきれていないのか?


「…まだ少し魅かれる感じがするんだが…」

「…やはりワシ等3人だけではこの程度しかできんか…。さすが『ブロンの大迷宮』といったところじゃの」

「そうですね…これ以上となると、精霊達の力を集める祭壇を準備するところから始まります。となれば秘密裏に事を運ぶことは難しくなるでしょう。………念のために準備を進めておいたほうが良いでしょうか?」

「そうじゃの、変な連中に嗅ぎ付かれる可能性は捨てきれんが、このままにしておく訳にはいかんからのう。頼めるか、サフィール?」

「こういう時のためにあるのが『協会』ですよ? 早速手配します」


 俺の都合を無視して話を進めないでほしい…などと思っていたんだが…


「これ以上の封印はかなり大掛かりになるから、今すぐには無理なんじゃよ。それに簡易封印は出来ておるから、あとはお主がいる必要もないんじゃ」


 どのみち俺がいたところで封印には何の手助けも出来ないしな…

 てっきり力を貸せと言われると思っていたが、そうでもないらしい。


「さっきの『招待状』がロック宛てだということを隠しておきたいのよ。『魔力探知』という方法を使えば魔力を辿られる可能性があるから」


 ミューリィの説明に納得した。

 それほどまでに危険な代物だということか…



 大量のダミー宝箱に紛れ込ませて、皆で建物を出る。


「モリア、入り口の封印を」


 封印の間、外を見張っていたモリアにサフィールさんが声をかける。

 モリアが何やら呟くと、建物があっという間に蔦に覆われて見えなくなった。

 これなら相当注視しないと建物に気付かないだろう。



「私は封印に造詣の深い者を招集します。もちろんディノも残りますよね?」

「…も、もちろんじゃ! こんな大事なことを任せっぱなしになどできん!」


 屋敷に戻る車の中、サフィールさんが今後について説明してくれた。

 封印するには専門の魔道士でないと無理らしい。

 封印に携わる魔道士が多ければ多いほど封印術が複雑になり、より解けにくくなるんだそうだ。

 でもこれでディノは首都での居残りが決定だな。

 俺たちは先に戻らせてもらうとしよう。










「…どうしてこうなった」


 闇の中、ぼんやりと照らす灯りの下、人影が動く。

 どうやら頭を抱えているようだ。


 注視してみると、その人影は椅子に座り、黒いローブのフードを目深に被っていた。

 暗さも相まって、その顔を窺い知ることはできない。


「なんで招待状を受け取らない…」


 どうやらこの存在こそ、ロックに招待状を送った張本人のようだ。


 だが、この存在は知らない。

 ロックのいた日本において、差出人不明の招待状を受け取るような者は少ないということを。

 一般にはそういうものは詐欺商法や怪しい宗教の勧誘くらいしか使っていないことを。


「…しかも封印するなんて………あの方・・・に怒られてしまう…」


 頭を抱えて身をよじる黒ローブ。


「何か次の手段を考えないと………またあんなこと・・・・・・・になったら…」


 やおら椅子から立ち上がり、辺りをうろうろしだす。

 その歩みはどこか足早で、とても焦っていることが誰の目から見ても明らかだ。


「どうしたらここに来てくれるか………彼女に相談してみようか…」


 そう呟くと、黒ローブは周囲の闇に溶けるように消えていった。

 

まさかの招待状スルーです。


読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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[一言] 『知らない人について行ってはいけません』 『何かくれると言っても駄目です』 『お父さん、お母さんの知り合いと名乗ったら、まずお家や職場に確認をしましょう』 物心つく前から叩き込まれてるしな…
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