魅了されました?
徐々に物語が動いていきます。
ディノとサフィールの話し合いが一向に終わらないので、皆で休憩することにした。
「ロック、朝渡したポットを出して」
「ああ、ちょっと待ってろ………あちちち」
ミューリィに言われて魔法の鞄から熱々の紅茶のポットを取り出す。
人数分のカップとソーサー、それに砂糖やミルクを用意する。
お茶受けには…今回はパウンドケーキを出した。
『甘ーい! 美味しー! ありがとう、マスター!』
お菓子の匂いを敏感に嗅ぎ取った桜花が真っ先に食べ始めた。
紅茶にもカフェインがあるから、桜花はお菓子だけだ。
「私達をのけ者にしてお茶なんて…ずいぶんと酷い話ですね」
サフィールさんがジト目でこちらを睨みつけてくる。
「そろそろ喉が渇くんじゃないかと思って。それよりもディノは?」
「あら、どこに行ったのかしら」
見回すと、桜花のそばでがっくりと肩を落としている…のかと思ったら、何やら身体を震わせていた。
「これは…まだこの場所は死んではおらんということじゃのう。まだまだ隠居するわけにはいかん!」
妙に興奮していた。
どうやらこの不可思議な現象がディノの探究心に火をつけてしまったらしい。
「ディノは『ブロンの大迷宮』をずっと追いかけていましたから…」
「そのせいで奥さんに愛想つかされたんだけどね」
「それは…駄目だろう」
独身の俺には今一理解できないが、もう少し家庭を顧みるべきなんじゃないのか?
孤児だった俺にとっては家族というのはどうしても手に入れられなかったものだから。
「何を言うか、家族とは仲良くしとるわい。ただ、少し引け目があるだけじゃ」
「それをごく一般的には不仲と言うんじゃないか?」
「ディノの家族ならペシュカにいるわよ? 奥さんは火の神殿の神官長だし、娘さんは2人とも火の神殿の神官騎士だから」
それはまた凄いな。
神官騎士というのがどれ程のものかはよく分からないが、神官長というのは一番偉いということだろう?
まさに魔道一家だな。
ディノの家族について皆でイジりながら紅茶を楽しんでいると、ふと何やら変な感じがした。
じーっと見られてる感じというか、後ろ髪を引かれる感じというか…
とにかく何とも言えないけど気になる感じがする。
それはさっき桜花がいた場所から感じられた。
その感じはどんどん強くなって、まるでそちらに吸い寄せられるようにふらふらと近づいてしまう。
「…ロック? どうしたの?」
「…何しとるんじゃ! しっかりせい!」
周りで騒いでいるが、何故かそんなものは全く耳に入らない。
何かが気になる。
それをどうしても知りたい。
俺はそれを知らなければいけない。
それを知らずにここを離れてはいけない。
そんな思いが頭の中を駆け巡る。
まるで熱にうなされている時みたいに、それ以外のことが頭から消えていく。
自分の足で歩いているのかどうかすら理解できていない。
でも、確実にその『何か』に近づいている。
皆の声が全く聞こえないような状況で、ようやく目的の場所に辿り着いた。
距離で言えばほんの数メートルだが、ものすごく遠く感じた。
しかし、今ここには、俺を惹きつけていたものが存在している。
それはまるで、俺を待ち焦がれていたかのように存在感を主張する。
そこには小さな宝箱があった。
大きさで言えば電子レンジくらいで、特に派手な装飾があるわけでもない。
しかし、強烈なまでに俺を惹き付ける。
明らかに、俺を誘ってる。
「ロック! しっかりするんじゃ!」
「それに手を出してはいけません!」
気がつけば、ディノとサフィールさんが俺に抱きつくようにして止めていた。
どうやら俺が2人を引き摺ってここまで来たらしい。
だが、俺にはそんなことをしたという実感はない。
「あの宝箱からは異質な魔力を感じるんじゃ。これまでここに現れた宝箱とは比べ物にならん!」
「そうです! これは然るべき処置を施した上で封印を…」
「いいじゃない、開けちゃいなさいよ」
宝箱から俺を引き離そうとする2人に対して、別段気にしていない様子でミューリィが遮った。
「この宝箱はロックを呼んでるわ。ならロックが開けるのが筋よ」
『そんなに危険じゃないと思いますよ?』
桜花も不思議そうな表情で2人を見てる。
俺はというと、ものすごくこの宝箱を開けたい衝動に駆られていた。
何でディノたちは俺に開けさせてくれなんだろう。
これは俺にしか開けられない。
俺以外に開けさせるなんて考えられない。
そんな思いが頭の中を支配していく。
つい腰道具に手が伸びてしまう。
もう駄目だ、こうなったら自分でも止められない。
そして宝箱の鍵穴を見た瞬間に……………ふと思った。
俺は何をしてるんだ?
こんなに冷静さを欠いた状態で鍵開けが出来るのか?
それでどれだけ師匠に蹴り飛ばされてきた?
すると、あれほど熱くなっていた思考が急激に冷めてきた。
だが、宝箱を開けない訳じゃない。
決して熱くなりすぎない、それが鉄則。
柔軟な思考に冷静な判断力、そして繊細かつ確実な所作。
それのどれが欠けても鍵開けは成功しない。
難易度の高い鍵ならばそれは顕著に現れる。
「…取り乱して悪かったな、もう大丈夫だ」
桜花の頭を撫でながら、3人に向けて言う。
きっとあのまま勢いに任せて開けようとしたら間違いなく失敗しただろう。
いつもの俺じゃなかった。
どうしてこんな状態になってしまったんだろうか?
「…あの宝箱を見た瞬間に、無性に開けたくなったんだ。いや、あの時点で我に返らなければ、そのまま手を出して確実に失敗していた」
「…よくそこで踏み留まったわね」
ミューリィが感心している。
ディノとサフィールさんは心底安心したような顔で座り込んでいる。
どうやら腰が抜けているらしい。
「…全く…ひやひやさせおって…」
「…でも、こんなことは今まで無かったですが…」
2人はこんな風な言い方だが、俺には全くその自覚はない。
そんなにやばいものだったんだろうか。
「これまでのものとは明らかに一線を画しておった。上級ダンジョンでも感じたことのない魔力じゃった」
「ええ、こんなに背筋の凍る思いをしたのは何百年ぶりかしら」
「モリアが外にいてくれて助かったわい、全体に結界を張っておいてもらったから、さっきの魔力が漏れることはないじゃろ」
「ええ、その手の輩に感付かれては危険です」
そう言えばモリアの姿が見えないが、そういったことだったのか。
その手の輩ってどういうことだろう?
「こいつが知られるとまずいことでもあるのか?」
「まずいなんてもんじゃないわよ! ダンジョンのお宝専門で動いてる探索者達にとっては未知の宝箱なんて垂涎の的よ? 手段を問わずに手に入れようとする連中がうじゃうじゃ来るわよ」
「それならどうすればいい? まさかこのままにしておく訳にもいかないだろ?」
変な連中が押し寄せてくるのはまずい。
節度ある交渉をしてくれる相手ばかりだなんて考えないほうがいいに決まってる。
場合によっては直接力でねじ伏せようとしてくるかもしれない。
もっと厄介なのは、搦め手を使ってくる連中だ。
政治的圧力に誘拐、脅迫。
そういう話は向こうの世界だけということはないはずだ。
どこにだって面倒な連中はいる。
その矛先が俺たちやその関係者に向くことだけは絶対にあってはならない。
俺が思案していると、ミューリィは全く気にせずに言い放った。
「簡単よ、開けちゃえばいいんだから」
「な、何を言っているの、ミューリィ? こんなものを開けようなんて!」
「そうじゃ! もっと色々と調べる必要があるじゃろう!」
早速反応したのはディノとサフィールさんだ。
正体不明の宝箱なんぞいきなり開けたら危険だという2人の意見は尤もだと思う。
開けた結果がどのようなものになるのかは全くの未知数だ。
何かが起こってからでは遅い。
だが、ミューリィも負けてはいない。
「後生大事に保管しておいても無意味でしょ? それに、こういう情報はいつどこで漏れるかわからないじゃない。でも、ここで開けてしまえばその時点で隠す必要も無いでしょ」
ミューリィの言う事にも一理ある。
こういう秘匿されるべき情報というのは、どういうわけか情報が漏れることが多い。
ならば秘匿しなければいい…というのは極論かもしれないが、隠そうとすればするほど知りたくなるのは人間の心理として十分考えられることだからな。
さらにミューリィは続ける。
「それに、あの宝箱はロックを呼んでいたわ。その証拠に、あれだけの魔力を放つ宝箱を私達3人がいても全く気付かなかった。なのに、一番早く反応したのはロックだった。それが意味することなんてもう決まりきってるでしょ?」
「それはそうじゃが…」
「では…ここで開けさせるつもりなの?」
「勿論よ、それがこの宝箱の意志でしょうから」
…つまるところ、この宝箱は俺に開けてもらいたくて俺を呼んだのか?
そんなことが本当にあるのかと思ってしまうが、実際に自分を見失うほどに執着していたんだから、きっとそうなんだろう。
ま、開けてみればわかることだし、俺はただ開けるだけだ。
皆が少し距離をとったのを確認して、宝箱の解錠にとりかかる。
改めて鍵穴を覗き込んで吃驚した。
俺が正気に戻ったのもこのおかげだと思う。
一体何に吃驚したかというと、その内部構造の複雑さにだ。
勿論、俺が常日頃から扱っている最新の錠前に比べれば遥かに原始的なんだが、これまで見てきた宝箱とは一線を画す。
だが、これと似たようなものを最近見たような気がする。
ちょっとの間考えを巡らすと、思い出した。
これはプルカの協会でモーリーが持ってきた宝箱と同じタイプだ。
モーリーはきっとここの宝箱の構造を真似したんだろうが、残念なことにこっちの鍵のほうが難易度ははるかに高い。
「どう? 何とかなりそう?」
「ああ、結構複雑な構造だが、この程度を開けられないようじゃ師匠の弟子を名乗ることなんて出来ない」
やや不安げに覗き込んでくるミューリィを安心させるべく応える。
大丈夫だから、そんなに心配そうな顔をするなよ。
ゆっくりと鍵穴に針金を差し込んで探っていく。
探りの幅は大きすぎず、けれども小さすぎず。
探っていくのには手先の器用さが求められる。
強大な力なんてものは必要ない。
ほんの僅かにピンを動かせるだけの力があればいい。
0コンマ1ミリの違いも判別できるくらいには腕を磨いてきたつもりだ。
その俺の自信を打ち砕くことができない以上、この宝箱の鍵は俺の敵たりえない。
鍵開けを開始してから数分たった時、小さな解除音が聞こえた。
恐らく鎌状の閂が外れた音だ。
かなりはっきりした音だったので、コレを聞き逃す奴はいないだろう。
そして、ゆっくりとフタを開けていく。
「これは…手紙? それにこれは…指輪か」
そこに入っていたのは、シンプルだが飽きの来ないデザインの銀色の指輪と、合わせ目を蜜蝋でふさいである手紙だった。
「ま、まさかこんな所でこの紋章を見ることが出来ようとは…」
ディノが体の震えを抑えきれていない。
それに代わるように、サフィールさんが説明をしてくれた。
「この手紙は大迷宮から貴方へと送られたものです。つまり…」
サフィールさんはまるで信じたくないものから目を逸らすかのように、俺に視線を飛ばしてくる。
「貴方への大迷宮からの招待状ですよ、ロックさん」
少々リアルのほうで仕事が忙しくなっておりまして、4月くらいまでは更新が遅れ気味になるかもしれません。
読んでいただいてありがとうございます。