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異世界でも鍵屋さん  作者: 黒六
第9章 異世界の楽しみ方
70/150

一夜明けて

惨劇の夜が明けて…

「うーん、まだ少し残ってるみたいだな…」


 水面に映った自分の顔の浮腫み具合からそんなことを思ってしまう。

 結局、昨夜は酒が無くなったことでお開きとなった。

 俺は二日酔い予防のためにかなりの水を飲んでおいたんだが、他の連中はきっときついんじゃないか?


「うう、気持ち悪いです………頭痛もします……」


 起きてきたのはモリアだ。

 明らかに顔色が悪い。


「あのお酒はとても飲みやすかったですが、その分悪酔いしますね。治癒魔法をつかっておきましょう」


 まだふらふらとした足取りで、見ていて心配になってしまうが、何やら呪文らしきものを唱えると、青白い光の粒子がモリアを包みこむ。


「…これですっきりしました。おはようございます、ロックさん」

「ああ、おはよう」


 すっきりしたのはいいんだが、寝癖がすごい…

 どこのキャバ嬢かと思うくらいに盛った髪型になってる。

 どうやって眠ったらそんな寝癖がつくのか教えてほしい。


「寝癖…すごいぞ?」

「え? あ? いえ、これは…知りません!」


 真っ赤な顔をして奥に入ってしまった。

 …さすがに今のはまずかったな。

 あんな姿を見られて嬉しい女の子はいないと思うから。

 あとできちんと謝っておこう。



 居間に入ると、既にミューリィとサフィールさんが朝食を摂っていた。

 紅茶とパンと、あとは果物が少し。

 俺も何か食べたいところだが…実は俺は朝食にパンをあまり食べない。

 食べられない訳じゃないが、どうも朝っぱらからあのモソモソした食感が1日のやる気を消し去るような気がする。

 だから、いつもはコンビニでおにぎりでも買って食うのがほとんどだった。

 時折、立ち食い蕎麦で済ませることもあった…ん? 確か車の荷物の中に…


 急いで車に戻り、トランクの作業道具スペースを探す。

 確か道具スペースに以前箱買いしたのがそのまま残ってたはずだ。

 立ち食い蕎麦で思い出したんだ。

 俺の記憶が間違ってなければ…あるはずだ。


 そしてついに、座席のシート下に入り込んだダンボール箱を見つけた。

 思わず拳を握り締める。

 決して大袈裟なことじゃない。

 だが、俺にとっては何よりも重要だ。


「あら、それは何?」


 ダンボール箱を抱えて、ほくほく顔で屋敷に戻った俺を目聡く見つけたミューリィが聞いてくる。

 

「朝からにやにやして気持ち悪いわよ? 一体どうしたのよ」

「これから朝食を食べるんだよ」


 ダンボール箱を開けて中身を確認する。

 そこには、ビニール包装された物体があった。

 そう、俺が持ってきたのは『インスタントラーメン』だった。

 厳密に言えば、これは『天ぷら蕎麦』なのでラーメンではないが。


「ミューリィ、悪いけど湯を沸かしてくれないか?」

「いいわよ、そのくらいなら。…それって食べ物なの? そんな飼葉のカスみたいなの」


 飼葉のカス…これから食べるのに想像するだろうが!

 そんな悪態を心の中で吐き捨てながら、包装を外してフタを半分はがす。

 フリーズドライの具を入れていると、ミューリィが湯を持ってきてくれた。


「このお湯をどうするの?」

「この中に入れるんだよ」

「面白いですね」


 お湯を注いでフタをすると、サフィールさんまで興味深そうに寄ってきた。

 見世物にするほど大したものじゃないんだが。


「でも、ロックの育った世界って、本当に美味しいものが多いよね」

「そうですね、昨夜のお酒もとても美味しかったです」

「味の追求には余念のない国だったからな。食べ物の安全性についても厳しいし」

「安全って…腐ってる以外にもあるの?」

「腐ってるのを食べてしまっても、治癒魔法で何とかすればいいんじゃないんですか?」

「あのな…向こうには『魔法』というものがないんだよ」


 古くから伝わる民間療法や、ある種の呪いまじないなんかをどう判断するかは難しいが、少なくとも世間一般に魔法を実用化したという話は聞いたことがない。

 もし治癒魔法が使えたら、医者は仕事が無くなってしまうだろう。


 食べ物の安全性に少々ルーズなのもそのせいかもしれない。

 ウィルスとか細菌といった概念があるのかどうかすら怪しい。

 

「身体を怪我しても、皆時間をかけて治すんだ。あとは薬を飲んだりしてな」

「それってポーションみたいなもの?」

「…でも、ゲンに聞いた話ではちょっと意味合いが違いましたが…」

「あんなふうに一気に治すような薬は存在しないんだよ。自身の自然治癒能力に働きかけるための薬ばかりだから」


 そんなことを話しているうちに時間がきた。

 

「ふああ…ちょっと変わってるけど…いい香り」

「これは…魚のスープでしょうか?」


 だしつゆの香りが鼻に抜ける。

 インスタントだが、久しぶりに食べる蕎麦だ。

 一緒に持ってきた割り箸を割る手間すらもどかしい。

 だが、それ以上に…


「そんなに顔を近づけられたら食べられないだろう?」


 ほぼかぶりつきに近い状態でこちらを…というか蕎麦を凝視しているミューリィとサフィール。

 見た目は可憐な(あくまでも見た目だけだが)女性がこんな至近距離にいるこはそうそう無いから役得なのかもしれないが、このままでは食べられない。

 汁とか飛んだりすると危ないからな。

 七味唐辛子の入っただしつゆの飛沫なんて催涙スプレーと同じくらい危険だと思う。


 自分でやってみたいとは思わないが…


 2人が少し離れたので遠慮なく食う。

 こちらの世界で食う純和食というのは感慨深いものがあるな。

 本格的な蕎麦に比べれば、蕎麦粉の比率も圧倒的に少ない。

 正直なところ、俺的には『蕎麦風味の饂飩』と考えるべきものだと思ってるが、蕎麦の風味を味わえるだけでも良しとしよう。

 

 

 く~



 妙に可愛らしい音がした。

 音のした方に顔を向けると、そこには顔を真っ赤にしたモリアがいた。

 俯いて体全体をぷるぷると震わせている。


 どうやら食欲に身体…というか胃袋が反応してしまったようだ。

 こればかりは俺も馬鹿にする気は一切ない。

 空腹時にこの匂いはある種の暴力だと思う。

 すると…



 ぐぎゅるごろごろ~



 異形の怪物の唸り声のような音がした。

 


 恐る恐る音のした方を見ると、サフィールさんが顔に真っ赤なペンキでも塗ったかのように顔を赤くしていた。

 それまで笑いを堪えていたと思われるミューリィが、ついに限界を迎えて噴き出した。


「ぶふっ…あはははははは! 何それ、サフィール様! お腹にドラゴンでも飼ってるの?

いえ、今のはドラゴンも尻尾巻いて逃げるようなモンスターね!」

「ちょっ、ミューリィ! 私だってばらさなくても…」


 それはちょっと無理があるんじゃないか?

 ここにいるのは4人だけだからな。

 

「いいじゃない、これだけいい匂いがしてたらお腹もすくのは当然でしょ? というわけだから、私達にも頂戴、ロック」

「…まあいいけどな。それじゃそこの箱の中に入ってるから好きに作ってくれ。…って作り方が解らないか」


 良く考えてみれば、こんなものを使ったこともないだろうから。


「さっきロックがやってたみたいにすればいいんでしょ?」

「ああ、フタは全部はがしちゃ駄目『べりっ!』…駄目なんだが…」

「え? ええ? ど、どうしたのかしら?」


 サフィールさんが必死に平静を保とうとしているが、その目は思いっきり泳いでいる。

 その手元には、見事なまでに綺麗に分離したフタと器がある。

 俺でもここまで綺麗に剥がせたことは無い。

 ある意味では天才なのかもしれない。

 凄まじく無駄な才能ではあるが。


「まぁそれは何か別のものでフタをすればいいから安心してくれ。袋の中身を器に入れたらお湯を注いで3分待つだけだ」


 

 出来上がりまでの3分間、何故か無言になってしまった。

 というのも、3人がカップ蕎麦を凝視してるからだ。

 いや、そこまで夢中になるほどのものではないと思うんだが…



「まさかお湯だけでこんな料理が出来るなんてねー」

「味のほうもなかなかですし…これは便利ですね。支部の備品としていくつか保管しておいてもいいかもしれません」

「ほうへふ! ほっほはへはいへふ!」


 モリアが現実的なことを言えば、サフィールさんは口の中に詰め込みすぎて何を言っているのかわからない。

 

 まあ3人は置いといて、問題は…まだ起きてこないディノなんだよな。

 もしかして寝てる間に…なんて怖い想像をしてしまう。

 

「なあ、ディノがまだ起きてこないんだが…」

「何言ってんの? ディノなら夜明け前に出かけたわよ?」


 夜明け前…

 年寄りが早起きなのは解るが、いくら何でも早すぎじゃないのか?


「ちょっと大事な用事があってね。今回ロックにも一緒に来て欲しかった場所なんだけど、事前にやらなきゃいけないことがあって、それをディノにやってもらってるのよ」

「俺に来て欲しい場所?」

「ロックさんならその意味が解ります」


 サフィールさんが意味深なことを言ってくる。

 俺なら意味が解るって…どういうことだ?

 あまり哲学的なことを言われても、俺はただの鍵屋なんだから…









 

 朝食後、俺は3人に連れられてとある建物に向かった。

 それは町の外の森の奥にあった。


『マスター、こっちがとおれるです』


 桜花にモンスターの気配を探ってもらいつつ移動する。


「お願いね、桜花。できるだけ静かにしてディノの集中を乱したくないの。無駄な戦闘をしないにこしたことはないから」


 ミューリィが桜花に指示を出している。

 もしモンスターが襲ってきてもこの3人なら瞬殺しそうだが、戦闘しないのはこっちも助かる。

 

 建物の傍まで近づくと、ディノが建物の前で何かしていた。

 何か…というのは、俺にはディノがやってることの意味が全く解らなかったからだ。


「…今、ディノはこの建物の封印を解いているんです。ここにはディノが厳重に封印処理をしないといけないものがあるんです」

 

 おいおい、ここは首都のすぐ近くだろう?

 そんな危険なものを保管して大丈夫なのか?


「ああ、危険とかそういう理由じゃないのよ。でも、一部の者にはとても重要なものがあるの。たぶん…いえ、きっとロックにも重要な意味があるモノよ」

「ここにあるモノは、私とディノがいくつものダンジョンを踏破して集めたものなんですが、ある理由があってここに保管しているんです」


 危険じゃないけど重要で、俺にとっても重要。

 で、それはダンジョンの中にあったもの。

 

「ふう、やっと封印を解除したぞい。すまんのう、皆には道案内なぞさせてしまって」

「いいのよ、この分はしっかりと貸しにしておくから」

「これで余生の全てを使っても返せないほどに借りが出来ましたよ?」


 サフィールさんとモリアがディノの言葉に毒で返す。

 ミューリィは慣れたもので、3人のやり取りを邪魔しないように建物に入っていった。


「ロック、あの3人にはこのまま入り口の守護を任せて中に入りましょ。あなたが来ないと話にならないんだから」

「あ、ああ、桜花、いくぞ」

『はい、マスター』


 いつものように桜花を背中に貼り付けてから建物の中に入る。

 建物は…3階建ての小さなビルのような形だ。

 しかし、こんな場所に入れて封印までするモノって何だろう。



 建物の内部はそんなに広くない。

 中は天井が異様に高く、そこに何かがうず高く積まれていた。

 ただ、窓が全くないので、入り口から入り込む光でしか周囲の確認ができない。


「ちょっと待ってて、今灯りを点けるから」


 ミューリィが魔法の灯りを展開すると、建物の内部がはっきりと見えるようになる。

 そこに積み重ねられているものを見て、俺は小さく息を呑む。


「これは…宝箱?」


 そこに積まれていたのは、ダンジョンで見かけたのと同じような宝箱だった。

まさかのカップ蕎麦メイン。

実はカップラーメンは現場作業員の強い味方です。


読んでいただいてありがとうございます。



新しい連載やってます。

ワケあり女子高生の異世界トリップものです。


http://ncode.syosetu.com/n8972cm/


よろしければ暇つぶしにどうぞ。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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