早速のトラブル対応?
ダンジョンの中は真っ暗って訳じゃなかった。広さは横幅3メートル、高さ3メートルくらいの石造りの通路が続いてる。一定間隔で光る珠みたいのが置いてあるから大丈夫なんだろう。中はじめじめしてると思ったら、意外と乾燥してた。
「ここは初心者向けのダンジョンじゃから、出てくるモンスターは大したことはない。通路も危険な罠はほとんど無い。ただひとつ、どこのダンジョンにも共通の注意点がある。それはダンジョンが作り出した『鍵』を破壊してはならんということじゃ。宝箱の鍵開けが出来ないからと言って、無理矢理壊して開けるとダンジョンの怒りを買うんじゃ」
「怒りを買う? どうなるんだ?」
俺が爺さんに色々と聞いていると、ロニーが横から割り込んできた。
「ダンジョンマスターが怒るんだ。すると、中にいるモンスターのレベルが上がる。酷いときには倍以上レベルが上がる。そうなると並みの冒険者じゃ歯が立たない。だから鍵師が必要なんだよ。それだけ鍵開けできる人材ってのは貴重なんだ」
ふーん、無理矢理壊して開けるのはNGってことだな。どこまでが「破壊」に入るのかをチェックしたいところだが、今はそれどころじゃ無いな。
「わかった。ところで、加勢しなくていいのか?」
いつの間にか、アイラがモンスターと戦っていた。大玉スイカくらいのサイズの蜘蛛を相手に小振りの剣を振っている。
「あの程度なら問題ないじゃろ。アイラは斥候としても優秀じゃからのう」
確かに動きはいい。サクサクと倒してる。と思ったら、いつの間にか俺のすぐ傍に1匹の蜘蛛がいた。でかい蜘蛛ってちょっとびびるよな。
「うわ! 気持ち悪い!」
つい蹴っ飛ばしてしまった。安全靴履いてて良かったと今ほど思ったことはない。柔らかいかと思ったら、岩を蹴ったような感触だった。鉄板入りだから安心だな。俺に蹴飛ばされた蜘蛛はロニーが剣を突き刺してトドメだ。
「いやー、ロックって面白いな。大蜘蛛を蹴ったやつなんて初めて見たよ? コイツ、意外と硬いから、足怪我してない?」
「ああ、この靴は爪先に鉄板が入ってるから大丈夫だ」
「へー、そんな靴があるんだ。やっぱりロックは面白いよ!」
妙なところで食いつかれたな。アイラは心配そうな顔で俺を見てる。俺は手を小さく振って問題なかったことを伝えると、ほっとした表情を見せるアイラ。まあ一応は師匠になったんだし、こんな所で怪我なんてしてたら情けなくて師匠面できないよ、本当。
その後は現れるモンスターも少なく、アイラがほとんど始末していった。初心者向けっていうだけはある。モンスターも虫系が多い。殺虫剤が効くかもしれないから、帰ったら仕入れておこう。
「みえたぞ、あの部屋からフランの魔力の気配がしとる」
正面に重厚な扉が見える。変わったところは鍵穴が3つあるところだろうな。
構造は難しくはなさそうだが、3つってところがミソだな。おおよその動きは想像できるが、アイラがそれに気付くかどうかだな。
「フラン! アイラだよ! 助けに来たよ!」
「アイラなの? 良かった! この扉、鍵が上手く開かないのよ。ジーナじゃ手に負えなくって」
「わかったわ! すぐに開けるから!」
アイラはすぐに解錠にかかる。まずは一つ目、構造は簡単だからすぐに開くだろう。問題はここからだ。
アイラが道具を抜き、次の鍵に取り掛かる。二つ目もすぐに開いたが、そこでアイラの表情が変わる。最初に開けた鍵が再び施錠した。もう一度一つ目の鍵を開けると今度は二つ目の鍵が施錠してしまった。困惑の表情を浮かべるアイラ。
「そろそろ助け舟を出してやるか…」
俺は扉に近づくと、アイラを手で制する。一つ目の鍵には道具が挿さったままだ。それを無視して、自分の道具で二つ目の鍵を開ける。当然、道具が邪魔で鍵はかからないので予備の道具で三つ目も開ける。
「これでよし。ゆっくり扉を開けろ」
ロニーが頷き、ゆっくりと扉を開ける。そこには3人の少女と4人の男性がいた。
「アイラ! ありがとう!」
目に涙を浮かべながらアイラに抱きつく赤い髪の少女。ショートボブの可愛らしい女の子だ。たぶんこの娘がフランだな。ってことは傍で泣いてる少女がジーナか。あとは鎧とかを着た野郎共、こいつらがペトローザの冒険者だろう。
残る一人は…年齢はアイラより少し上か? まさかの金髪縦ロールってどこの宝塚だよ。シンプルなドレスまで着てやがる。でもよく見ると、丈夫そうな生地に飾りなんてどこにもない。ダンジョンに潜ること前提の服装だろう。ってことはこいつが…
「フラン! 随分と無様な姿を晒してくれましたわね。初心者向けのクランコでこんな様じゃ回せる仕事なんてありませんよ」
「リーゼロッテさん…これには…理由が…」
「どんな理由があるのか、聞かせてもらいましょうか?」
ディノ爺さんが一歩前に出る。
「愉しんでもらえましたかな? リーゼロッテ嬢」
「あら、ロンバルド様。これはどういう事でしょう。説明していただけますか?」
「もちろん、そのつもりじゃ。それはこの者が説明する」
爺さんは俺に目で合図をしてくる。アイラはフランに耳打ちしている。状況を説明してくれてるようだ。ロニーは腕を組んでにやけながら状況を見守っている。さて、ここからは俺の役目だ。
「初めまして、リーゼロッテさん。俺はメルディア所属の鍵師でロックと言います。今回、我々が企画したダンジョンプランは如何でしょうか?」
「企画? プラン? これは仕組まれてたってことなのかしら?」
「はい、そのためにうちの代表に身をもって体験してもらいました。抜き打ちダンジョンテストプランです。
聞いた話によると、ベテランの冒険者の中にはその経験に胡坐をかいて、まともに装備や準備も整えない者もいると聞きます。そういう弛んだ性根の冒険者をわざと窮地に陥らせて、その対応を試したりするんです。勿論、その内容は依頼者と相談して決めますし、万が一に備えて待機要員もつけます。貴族様の私兵の練度のチェックや、軍の方々の訓練の仕上げなどにも使えるのではないかと思います」
俺が考えたのは、「フラン達が窮地に陥ったのは俺たちの計画通り」という体で話を進めて、その計画を企画として売り込もうという案だ。都合のいいことに、ペトローザは貴族や国との取引をしたいらしい。それならば売り込めるプランを作ってしまえばいい。こういう趣向は元の世界ではよくある話なので、はなから駄目ってことはないと思うが、さて…
「成る程、こういう油断が命取りになるという教訓を教え込むという訳ですか…」
「はい、いくら難易度は低いとはいえダンジョンですから、常に危険がすぐ傍にあるということを再認識して貰えればと思っています」
「でも、この案を他のギルドに持っていくかもしれませんよ?」
「その点は特に心配していません。他のギルドのメンバーはそれなりの年齢だと聞きます。このプランはお客様の意向に柔軟に対応できることが重要です。我がメルディアは若いメンバーが多いので…」
「一理ありますわね。顧客の要望に合わせて内容を変えるなんて、頭の固い冒険者達には無理でしょうから…」
リーゼロッテはちらりと自分のお抱え冒険者を見る。すぐにこちらに向き直ると、満面の笑みで言う。
「大変面白い内容でした。このプランは我が商会で取り扱いさせていただいても?」
「はい、その為にご用意しましたから。他の業者に持ちかけることもありません」
リーゼロッテは俺の顔を繁々と眺めると、ディノ爺さんに向かって一礼する。
「流石はロンバルド様、このような斬新な企画を考えていただいてありがとうございます。
これならば貴族や王族の私兵のレベルアップという課題も解消できるでしょう。今後も是非お取引願えますか?」
「うむ、こちらもそう願っておる。今後もよろしく頼む」
俺たちにも深く一礼すると、優雅な足取りでその場を後にした。俺たちはそれを見送ると、その場を後にして外へと向かった。
クランコの迷宮から町に戻る馬車の中にリーゼロッテの姿があった。その顔は優雅…というよりも、もうけ話を目にして必死に黒い笑いを堪えているようだった。
「これはいい拾い物ですわね。それにあのロックとかいう男、あの扉のトラップを瞬時に見抜いたようですし、ほかの紹介屋に取られる前に繋がりを持てて僥倖でしたわ」
すっかり商人の顔に戻ったリーゼロッテがこのプランを売り出し、メルディアが忙しくなるのはそう遠くはなかった。
私は仕事でこういうのをやられたことがあります…
読んでいただいた方、誠にありがとうございます。