惨状を見ました…
首都の夜の話です。
屋敷の中はそんなに汚れておらず、最近まで使われていたのがよくわかる。
とりあえずソファで寛いでいると、ミューリィが湯を沸かしていた。
「ねぇ、あの『赤いお茶』持ってきてる?」
「ああ、ちょっと待ってろ」
魔法の鞄から、ダンジョン休憩セットを取り出し、紅茶のパックを渡す。
今回の茶葉はアッサムを用意した。
本来ならストレートで飲む茶葉じゃないが、俺は芳醇な香りとコクが好きなのでよく飲んでいる。
ミューリィもこの香りが気に入ったらしい。
「これ、すごく美味しいのよね。香茶はいろんなところで飲んだけど、ここまで色が綺麗で香りのいいものは初めてよ」
ティーポットに茶葉を入れて、沸騰させた湯を注いで蓋をする。
茶葉をしっかりとジャンピングさせるのが美味さを引き出すコツだ。
「実はロックに会わせたい者がおるんじゃよ」
「俺に?」
首都で俺に関係のある人物って…
思いつかないのも当然だろう。
プルカから出るのも初めてなんだし。
「色々と料理を持ってきてくれるそうじゃ。親交を深めようと思ってのう」
「え? 誰が来るの?」
「それはお楽しみじゃて」
となれば、今夜の首都散策は無理だな。
どうやらディノから頼まれた買い物はこのためらしい。
…今夜は深酒しそうな気がする。
というのも、ディノから頼まれたのは日本酒の純米大吟醸だ。
やや辛口との指定まであったから、七宝の親父さんに選んでもらった。
産地は新潟と富山、あと山形だ。
ちょっと味見させてもらったが、きりりと芯の通った味が堪らない。
辺りが暗くなり、周囲の屋敷に魔法の光が灯りはじめる。
当然だが、この屋敷にも魔法の光を灯すランプのような道具があり、ミューリィがそれを起動させている。
これがかなり明るい。
もしかしたら、日本の俺の作業場の蛍光灯よりも明るいかもしれない。
しかも、長時間見ていても目が疲れない。
やさしい光が室内を照らし出す。
「本当に晩飯の用意はしなくていいんだな?」
「おお、あやつらが持ってくるじゃろうからの」
「…あやつら?」
妙な含みを持たせるディノ。
テーブルにはグラスが用意されている。
日本酒はミューリィが氷を作ったので、そこに入れてある。
辛口の大吟醸は冷酒で味わうべきだ。
やがて屋敷の玄関扉をノックする音がした。
「お、来たようじゃな」
立ち上がると扉に近づき、無造作に開けようとするディノ。
「おいおい、もう少し警戒しろよ」
「心配いらん。この屋敷の門から玄関までは幻影魔法を使ってある。許可なき者が立ち入れば、さんざん迷った挙句に外に出されるようにしてあるんじゃよ」
そう言って扉を開けると、そこにはモリアともう一人、若い女性がいた。
若いんだが…どうも不思議な違和感があった。
というのも、その耳が違う。
ミューリィと同じ、長い耳だ。
ということは、エルフだ。
となれば、年齢は見た目通りということではないはずだ。
「こんばんわ、お邪魔しますよ」
「うげ! サフィール様! 何でこんなところに!」
「あら、私がここにいてはいけない? せっかくゲンの弟子が来てくれてるというのに、会わないわけにはいかないでしょう?」
ミューリィが露骨に嫌な顔をしている。
こいつがここまで嫌がるのは珍しいかもしれない。
「あなたがゲンの御弟子さんね、私はサフィール=セリオン。セリオンの森を統治するエルフの氏族の族長の娘です。はじめまして」
「はじめまして、ジンロク=キイです。ロックと呼んでください」
物腰はとても柔らかいが、その瞳にはかなり芯が入った強さが見える。
ミューリィの嫌がり様からすると、立場は上らしい。
「私は向こうのお酒が大好きなのよ。いつもゲンが里帰りする時にはお土産に買ってきてもらってたわ」
「あなたは俺のことを…」
「ええ、ディノから聞いてるわ。あなたが向こうの世界から来たことも知ってる」
「サフィールは協会の副会長じゃ、わしの補佐と不在時の責任者をしておる。もしもの時の助けになると思って呼んだんじゃ」
サフィールはにっこりと微笑む。
全てを見透かしたようなその微笑みがちょっと怖い。
「心配しなくても大丈夫よ、私達はあなたを守る立場にある。聞けばずいぶんといい腕をしているそうね。それほどの鍵師を危険に晒すことはしないから」
「サフィール…様はエルフの氏族の中でも上位の氏族なの。魔法の腕もそこいらの魔道士が束になっても敵わないわ」
「ワシと2人で魔道書をひたすら読み漁ったりしたのう」
3人で過去の話に花を咲かせている。
師匠のことを知ってるというのは本当だろう。
というのも、今日持ってきた酒のうちの一つの銘柄は、師匠がよく飲んでた酒だからだ。
この酒を指定しているということは、師匠と一緒に飲んだことがあるんだろう。
「私は基本的にこの本部にいるわ。今日は偶々王宮に用事があったから留守にしたけど」
「ロックのような腕のいい鍵師は他の組織から見ても垂涎の的なんじゃよ。だから、できるだけロックの後ろ盾を増やしておきたかったんじゃ」
「私はこの国の王族にも顔が利くから、政治的圧力を利用する連中の相手は任せておいて。ディノがこっちの方面は役立たずだから」
「ワシは現場主義なんじゃ!」
「何言ってんの。あんたが昔、召抱えようと企んだ貴族を悉くふっ飛ばしたから、誰ひとり近寄らなくなったんでしょ! 私がどれだけ苦労したと思ってるの? 」
「う…それを今言わんでもいいじゃろうに…」
ディノにも若気の至りというか、やんちゃしてた頃があったんだな。
ていうか貴族をふっ飛ばしたって、一体何をしたんだよ。
「そんな話はどうでもいいですから、皆で食事にしましょう。そんな話は2人きりで存分になさってください。なんなら外で殴り合いしていただいてもいいんですよ?」
「…モリア、あなたはもう少し目上の人を敬いなさい」
「そうじゃぞ、失礼じゃ」
モリアが絶対零度のような凍える視線を向けている。
肩にかけた魔法の鞄から料理をどんどん出していく。
「なぁ、魔法の鞄って料理とか入れても大丈夫なのか?」
俺は不思議に思ったことをモリアに聞いてみた。
うっかり忘れたらとんでもないことになりそうだ。
「魔法の鞄はその内部の時間は停止します。そのために命あるものは入れられませんが、それ以外のものは大体入ります。料理は出来たてを入れれば、いつまでもその状態で保存出来るんです」
いつでも出来立てを味わえるのは嬉しいな。
どうでもいいことだが、汁物を入れたとき、中で零れたりしないんだろうか?
あと、匂いの強いものを入れて匂いが取れなくなったりしないのか?
消臭剤の効果はあるんだろうか?
そんなことを考えるうちに、テーブルにたくさんの料理が並んだ。
ミューリィの言った通り、魚料理が多めだ。
焼き魚みたいな…というよりも焼き魚そのものや、香草と一緒に蒸した料理が並ぶ。
あとは肉料理だな。
発展した市街地を流れる川のせいなのか、若干の臭みが残ってるんだよな…
「それじゃ、皆食卓について。ロックさん、当協会は貴方を歓迎いたします。これからも助力をお願いします」
サフィールが短めに挨拶をして会食はスタートした。
皆で大吟醸の味を楽しむ。
こちらでは特に酒の年齢制限はないらしく、モリアもちびちびと飲んでいる。
もちろん倫理的なことはあるので、基本は働いている者ならば飲酒はOKらしい。
桜花はアルコール臭に変な顔をしていたので、骨付き肉をあげたら部屋の隅のほうでばりばり食べていた。
………おい、なんでミューリィがしれっと参加してる?
「ミューリィ、しばらく禁酒するんじゃなかったのか?」
「だってダンジョン封鎖中だし、やることないんだもん」
ないんだもん…じゃないよ。
いつ解除になるかわからないのに…
また酒を抜くために走りこみする羽目になるぞ?
「それにしても、貴方はゲンに雰囲気が良く似てるわ」
「そうじゃろ? ワシも向こうで会ったときにそう思ったんじゃ」
「…そんなに似てるか?」
師匠に似てる…嬉しさもあるんだが、それ以上に嫌な気分になるのはどうしてだろう…
職人気質ってところは似てるといわれれば似てるが…
「ゲンもすごく自信に満ちた表情をしていたわ。いつも鍵を前にすると『俺の知識と経験を舐めるんじゃねぇ!』とか言ってたわ」
「懐かしいのう、ワシ等はゲンのおかげで何度も命拾いしておるからのう」
「今はロックが私達を助けてくれてるけどね」
うわ…師匠が言いそうな台詞だ…
ていうか『知識と経験』が必要なのは鍵屋として基本中の基本だろ!
そんな当たり前のことを偉そうに言うな。
「ゲンは他の鍵師の指導もしてくれていたのよ。そのおかげで一部の鍵師の実力は上がったんだけどね」
「じゃが、中途半端な実力でダンジョンに出向いて命を落とす鍵師が増えてのう」
ちょっと覚えた程度で出来る気になるのはどこも同じだな…
だが、こちらの世界、特にダンジョンではその驕りは命取りになる。
きっと師匠としてもかなり悩んだんじゃないか?
日本でも師匠のところに弟子入りしてすぐに辞めた奴等がいる。
そんな奴等の一部はピッキング犯罪に手を染めていた。
いつも酒を飲むと愚痴を言ってたのは鮮明に覚えてる。
実は警察のある部署には門外不出の『ピッキングビデオ』がある。
警察に協力している鍵屋がその技術を映像に収めたものだと言われている。
某国の窃盗団がそれを狙ってるなんて噂もあったくらいだ。
それほどに、鍵開けの技術は犯罪に深く結びついてる。
うちの連中はそんなことするようなのはいないだろう。
ついつい感慨にふけってしまうな…
「こらー、何をしんみりしとるかー」
不意に呼びかけられて、そちらを向くとそこには惨状が展開されていた。
床には既に酔い潰れたモリアが半目を開いた状態で横たわっている。
あれは………寝てるのか?
その…なんだ…口から色々なものが出てるのは見なかったことにしておこう…
テーブルではディノが2人がかりで飲まされている。
羽交い絞めにしてるのは…ミューリィだな。
まあそれは大方予想通りだが、問題は飲ませてる方だ。
何してるんだよ、サフィールさん…
「サフィール様ー、ディノがまだまだ飲み足りないみたいですよー?」
「こ、こりゃ…やめんか…ごふっ…」
「あら、やっぱりぃ~? そうだと思ったのよ~」
完全に出来上がった様子で、ディノの口に一升瓶を突っ込んでいる。
飲ませてる…というよりも流し込んでるといったほうが正しい。
「いつもいつも面倒な仕事ばかりおしつけて! たまには決裁書類を処理しなさい! 私も色々なところに行きたい! 少しはお偉いさんの相手しろ!」
サフィールの愚痴がすごい。
これは…ディノが悪いかもしれないから放っておこう。
迂闊に関わると危険だ。
しかしエルフってのは皆酒癖が悪いんだろうか?
サフィールはミューリィよりも酷いぞ?
一応、保険代わりに胃薬を買っておいたんだが、早速活躍しそうな気がする。
ちなみに桜花はいつのまにか部屋の隅に巣みたいなのを作って寝ていた。
…危機管理能力はしっかりしてるみたいで安心したよ。
決してあんな大人になってはいけない。
さて、あの酔いどれエルフ2人をどうしようか…
こちらの世界では飲酒の年齢制限はありません。
ただ、成人である15歳を一応の目安にしています。
あくまで一応ですが…
読んでいただいてありがとうございます。
新しい連載を始めました。
チートと戦うワケあり女子高生のお話です。
よろしければそちらもどうぞ。
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