屋敷の鍵を開けよう
何とか仕上がりました。
「貴方がロックさんですね? 私はモリア=ハーヴィンです。この度はうちの愚弟が御迷惑をおかけしました。貴方の腕前はディノ様より聞き及んでおります。色々と助力を願うこともあるかもしれませんので、これからも宜しくおねがいします」
流暢な挨拶をしてくるモリア。
年齢は…モーリーと大差ないだろう。
とにかく顔がそっくりだ。
「私達は3つ子なんです」
俺の疑問に即座に返してくるあたり、侮れん…
「さて、モーリー? まだ報告がないのはどういうことかしら? もう私に会ってからかなり経つというのに、全く報告することがないんですか?」
モーリーよりも赤みのない金髪を後ろで束ねただけの素気ない格好だが、地がいいのか、かなり他人の目を引き付ける。
「いえ…あの…姉さん? これには深い訳が…」
「あなたの理由が浅かろうが深かろうが関係ありません。そんなことだからモリスの使いっぱしりから卒業できないんです」
かなり厳しい言葉だが、宝珠を盗まれるという失態はまずい。
かなりの高級品らしいからな。
「ふう…とりあえずモーリーの件は後回しにしましょう。幹部も揃っていませんし…。それよりもまずは従魔登録してしまいましょう。そのために態々来ていただいたのですから」
「わかった、桜花、こっちにおいで」
『はい、マスター…』
さっきまで寝てたので、まだ眠そうな顔をしている。
「この子ですか…なるほど…」
モリアが桜花を見て唸る。
「どうじゃ、珍しいじゃろう?」
「確かに珍しいですね。でも、こんな幼女に骨抜きになるディノ様のほうがはるかに珍しいです。幹部を集めますので、存分にその醜態を晒してください。」
ここにまともな意見の持ち主がいた。
是非とも味方につけておきたい存在だ。
「それでは中にどうぞ。足元に気をつけてください」
モリアは先導するように建物の中に入っていった。
俺達もそれに続いて中に入る。
中は…至って普通な感じだ。
色々な本やら標本みたいなものが所狭しと置いてある。
何というか…『理科準備室』って感じがする。
「それにしても、中は普通だな。てっきりあんな人形だらけになってるのかと思ったよ」
「もしかして…モリスの悪い癖が出てるんですね」
「そうじゃ、いくら言っても聞かんのじゃ」
そんなことを言いながら、モリスが持ってきたのは小玉スイカくらいの大きさの水晶っぽい玉で、若干緑色がかっている。
素人の俺から見ても、かなり高価そうなものだとわかる。
「それじゃ、ロックさんはまず登録証を発行しておくべきですね。この宝珠に手を触れてみてください」
俺は言われるまま、宝珠に手を翳す。
すると、宝珠が白い光を放ち、その表面には何やら文字が浮かんでいる。
「…ディノ様の言った通りですね。すでにパスは出来ていますから、お互いの関係は問題ないと言ってもいいでしょう」
モリアがそう言ってほほ笑む。
それを見た桜花がつられて笑顔を見せている。
そして、1枚の金属製のカードを渡された。
鈍く光る銀色が格好いい。
「はい、これで登録終了です。もし何か言われた場合、このカードを見せてください。よほどの馬鹿でもないかぎり、手をだそうとは思いませんから。でも万が一に従魔が攫われた場合は、すぐに私達に連絡してください」
「うむ、そんな不届き者は地の果てまで追い詰めてやるわい」
「…そんなことをする前に、決裁書類を1枚でも多く処理してください」
「わ、わかっとるわい!」
ディノが不貞腐れた顔をしている。
爺さんのそんな顔を見ても誰も嬉しくはない…
「それから、ロックさんには協会員証も発行しておきます。メルディアと魔道士協会の関係は御存知ですね?」
「ああ、協力関係にあるんだろ?」
「はい、ですのでロックさんも当協会の関係者ということになります。厳密に言えば、傘下組織の一員ということになりますが。ギルドの身分証もあると思いますが、そちらは主に国内での身分証明となります。協会員証は国外での活動の際の身分証にもなりますので、国外に行った際は必ず最初にそこの支部にて入国の受付をしてください。そうすれば、何かあった場合でも最大限の助力をいたします」
なるほど、パスポート代わりといった感じだろうか。
となると、協会の支部は大使館みたいな感じだな。
「ただし、紛失した場合はすぐに連絡してください。この協会員証はかなり貴重なものですので、盗難にも注意してください」
「大丈夫じゃよ、何かあったらワシが面倒みるからのう」
「そんなこと言って、つい先日も員証を失くしたのは誰でしたか?」
「ワ、ワシはこのローブが証明代わりじゃ!」
「それはディノ様だけでしょう。他の方々と一緒にしないでください」
…ディノがやり込められてる。
ていうか、員証失くしたのかよ…
「それから、協会員には非常時にこちらから依頼をすることがあります。ロックさんは鍵師ということですから、鍵関連の緊急依頼を優先的に受けていただくこともあるので、そのつもりでお願いします」
「もしも他の仕事を受けていた場合はどうなる?」
「その時は先に請けた仕事を優先してください。ただ、場合によってはこちらを優先していただくこともあります。その際は協会が責任を持って依頼主を説得いたします」
なるほど…非常時には招集するからってことか。
先行の仕事を優先していいってのはありがたい。
臨時の調整もしてくれるのは嬉しい。
「ロックの基本はダンジョンでの鍵開けだから、単独で依頼が入ることはないと思うわ。もしあるとすれば、メルディアとしての仕事になるでしょ」
「はい、ダンジョン内ではパーティの連携が必須ですから、いきなり部外者を参加させるメリットがありません。それに…言いにくいことですが、あなたのような専門職を快く思わない者もおりますので…」
俺が戦闘力として勘定に入れられないということはディノから伝わっているようだ。
戦闘要員として考えられても困る。
はっきり言って、鍵開けに専念してたら戦闘なんてできない。
それほどに繊細な作業だってことを理解してくれればいいが、そうでなかった場合は軋轢しか生じない。
「わかった、出来る限りの協力をさせてもらうよ」
「ありがとうございます。…そこで、早速なんですが…」
おいおい、このパターンはもしかして…
「どうしても開けていただきたい『鍵』があります。力を貸していただけませんか?」
「なんじゃ? 何か問題でも起こったんか?」
「はい、協会が所有する宿泊用の屋敷なんですが、誰かが細工したようで、鍵が開かないんです」
「それって、もしかして…私たちが泊まる予定の?」
「はい、そのために掃除をしようと職員を派遣したんですが、鍵が開かないんです」
「…前からじゃないの? 手入れをサボってたんじゃない?」
「それはありません。一昨日まで両親が使っていましたから」
どうやら今夜泊まる場所のことらしい。
一昨日まで使ってたってことは、人為的な要因かもしれない。
「そういえば、あの2人はどうしたの?」
「父はペシュカの協会に、母はシドンの迷宮の調査に行っています。昨日の早朝に出発しました」
「久しぶりに色々と話ができると思ったんだけど…仕事なら仕方ないわね」
「それでどうするんじゃ? 今からじゃと宿も厳しいじゃろうて」
「そんなに大掛かりな作業は難しいかもしれないが、手持ちの道具で何とかできるか見るくらいならかまわないぞ?」
「本当ですか? それでは早速お願いします。場所は御存知ですよね、ディノ様?」
「当然じゃ、昔ワシが使っていた屋敷じゃからのう」
「決まったなら早く行きましょう。いい加減疲れたわ」
ミューリィの呆れ声に促されるように協会の建物を出る。
モリアに見送られながら、ゆっくりと四駆を進ませる。
「結構整備されてるな、道もプルカよりも凹凸が少ない」
段差の少ない石畳を走っているので、いつもよりも滑らかな乗り心地だ。
街並み自体はプルカと大差ないが、やはり城の存在が大きく違う。
「やっぱり城の存在感は凄いな…」
「ロックはプルカ以外の街は初めてだったわね。プルカは城を持つような領主がいないから」
「え? そうなのか?」
「それが迷宮都市の特殊なところよ。ダンジョンの管理は複数の貴族家が共同で当たってるんだけど、いがみ合いというのがないの。皆がダンジョンの危険性を十分に理解しているからこそ、しっかりした協力体制をとってる。そのおかげでラムターも発展してるしね」
城は権力の象徴としての存在ってことか…
ダンジョン管理に携わらない貴族達はいがみ合いがあるらしい。
面倒くさい話だ…。
「そろそろ見えてくるはず…あ! あの屋敷よ」
協会本部から…この速度と時間だと、だいたい徒歩10分といったところか。
商業地区に程近い、貴族居住地区の入り口付近にその屋敷はあった。
落ち着いた色あいのレンガ造りの屋敷で、結構でかい。
「まさか…こんなところに…」
車を敷地内に入れて、屋敷の玄関に向かったところで、俺は思わず言葉を失った。
扉についていたのは、俺がよく知る外国製の錠前だった。
「これをつけたのはゲンじゃよ。当時は大事なものも結構あったんじゃ。見かねたゲンがつけてくれたんじゃよ」
ディノが懐かしむように話す。
俺も懐かしい思いが込み上げてきた。
取り付け方も丁寧で、削り面のケバ立ちも全て滑らかに処理されている。
切り欠いた線も曲りなど見られない、俺が目指す高みの仕事だ。
「そうか…師匠はここにも来てたんだな…」
思わず感慨に耽りそうになったが、今は鍵開けが先決だ。
「ちょっと鍵をかりるぞ」
見慣れた鍵を鍵穴に挿す。
ちょっと重い…それに妙な感触がある。
これは…基礎知識がなければ仕方ないんだろうが…
「どう? 開く?」
「ああ、ちょっと待っててくれ」
四駆に戻って道具箱からスプレー缶を持ってくる。
ノズルをつけて鍵穴に強めに吹き込む。
そして鍵の表面にも軽く吹き付けてから、鍵穴に鍵を出し入れする。
鍵に付着してくる澱のようなものを布で拭き取りながら、再度スプレーを吹き込む。
これを数回繰り返すと、鍵から伝わる感触が正常なものに戻った。
鍵穴まわりと鍵を布で綺麗にしてから、ディノに鍵を返す。
「これで開くはずだ。やってみてくれ」
ディノが鍵を挿してシリンダーを回す。
「これは…確か2回転させるんじゃったな…おお、開いたぞい」
シリンダーは難なく回転し、鍵はすんなりと開いた。
この程度で済んでよかった。
「でも、どうして鍵が開かなくなったのかしら」
「ふむ、屋敷の管理はしっかりと為されておるようだしのう」
「あー、それは鍵穴の管理のやり方が間違っていたんだよ」
鍵穴の内部には、かなりのゴミが入っていた。
ゴミと言っても、細かな塵の集合体のようなものだ。
だが、それを厄介な状態に変えたものがあった。
「恐らく、鍵を回りやすいようにしようと『油』を注したんだろう」
「油だったら問題ないんじゃない?」
「それが普通の『油』だと問題なんだよ。普通の油だと、注した当初はスムーズに動くんだが、後で油に塵がくっついて塊になるんだ。それが硬化したのがさっきの現象だ」
素人がよく起こすトラブルだ。
市販されている潤滑油では粘度が高く、シリンダー内部に留まってしまう。
そこに塵や埃がついて油を吸収して固くなる。
それが鍵穴内部で邪魔をしてしまう。
「さっき俺が使ったのは、粘り気のない特殊な油だ。それを使って、鍵の動作で削り取りながら洗い流したんだ」
「ふーん、鍵って難しいのね…」
「これでモリアも安心するじゃろうて」
「別にこの程度、どうってことないよ」
師匠の仕事を見せ付けられて、そんな大層なことは言えない。
まだ俺は腕を磨かなきゃいけない。
もしかしたら、ここで鍵が開かなくなったのは、師匠が俺を試したのかもしれない。
鍵屋にとっての一人前は、鍵開けだけじゃなく鍵の『取付け』も出来てこそだ。
師匠の数十年かけて磨き上げた腕には、俺の十数年の経験なんて子供みたいなものだ。
明らかな実力の差を見せつけられて、少し落ち込んでしまった。
俺はまだまだだな…
屋敷に入っていくディノとミューリィの背中を見ながら、そんな思いに浸っていると、ズボンの裾を桜花が引っ張る。
『マスター、すごかったです』
きらきらと目を輝かせながら俺を見上げてくる。
「それほどじゃない。まだまだ上はいるから頑張らないと。もしもの時は助けてくれよ?」
『はい! がんばるです!』
桜花を肩に登らせてから、俺も屋敷に入る。
こんな初歩のトラブルを解消しただけで喜んでいてはいけない。
もっともっとこの世界の鍵を知らなくては。
皆の期待に応えるためにも、もっと上を目指さなくては…
主人公は師匠がかつて通った道を進み始めています。
読んでいただいてありがとうございます。
新しい連載を始めました。
チートと戦うワケあり女子高生のお話です。
よろしければどうぞ
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