休暇のすごし方 首都へ行こう
やっと首都に…
やっと街から出ます…
「それじゃ、首都まで頼むぞい」
日本から戻った俺は、首都へと向かう準備を整えると、早々に就寝した。
首都まではそれなりに安全らしいが、何が起こるかわからない。
ディノとミューリィが同行するから、よほどのことが無い限りは安全だろうけど、万全にしておいたほうがいいだろうから。
そして翌日、ディノが開口一番にそう言った。
それはいいんだが…
「何でこいつがここにいるんだよ…」
「宝珠を盗まれるなど今まで無かったんじゃ。今回は協会に真っ向から喧嘩を売っておる。幹部の前で詳しい説明をしてもらわんとな」
そこには、ロープでぐるぐる巻きにされたモーリーが転がされていた。
「むーっ! むーっ!」
「こうでもせんと、おぬしは逃げるじゃろうが! モリスがいない以上、おぬしが説明せねばならん!」
猿ぐつわをされているので、何を言っているのかわからないが、その表情から推測するに行きたくないんだろう。
だが、盗まれたのは事実だし、今しなければいけないのは、事実の隠蔽ではなく、それを踏まえての今後の対策だ。
「お前なぁ…そんなことじゃ犯人も見つからないだろ? さっさと上層部の指示を仰げ」」
「むぐーっ! むぐーっ!」
さらに動きが激しくなり、芋虫のようにのたうつモーリー。
「ま、仕方ないわよ。怖い家族のお説教が待ってるだろうから。」
「…こいつの家族って、お偉いさんなのか?」
「昔の話だけどね。モーリーの一族はハーヴィンって言ってね、ユーフェリアではかなり名の知れた魔道士の一族だったの。でも、国内の腐敗を嫌って一族皆で国外逃亡して、その時手助けしたのが『魔道士協会』だったのよ。それ以降、ハーヴィン家は魔道士協会の幹部として働いてくれてるの。一族は皆力のある魔道士だし」
ユーフェリアって、確か関わり合いにならないほうがいい国じゃなかったか?
国内の腐敗って…権力闘争みたいなものか?
「…ロックの想像したとおりよ。ユーフェリアでは中堅貴族だったハーヴィン家は謀略によって没落したの。そしてその命を救ったのが協会と一部の探索者たちだったのよ」
「うむ、協会の本部のあるラムターの首都にはユーフェリアの関係者が入ることは難しいからのう、おそらくは最も安全な場所じゃろう」
以前聞いた話では、ユーフェリアの関係者は王族であってもラムターに無断で入ることはできないらしい。
何やら国レベルでのゴタゴタがあって、その尻拭いをしたのがラムターとペシュカだそうで、その結果、この2国には相当厳しい審査がなければ入国できないとのこと。
「でも、やばい連中なら勝手に入ってくるんじゃないのか?」
「それこそ無意味よ。ラムターにはダンジョンで鍛えられた冒険者や探索者、それに魔道士も戦士もいるのよ? ただではすまないわ」
そういえばユーフェリアにはダンジョンが無かったんだな…
「でも、姉のモリアも心配してるのよ。モリスとモーリーは勝手に突っ走る傾向があるから。特にモリスは優秀だけど、周りが見えなくなる性質だから…」
なるほどな…
モーリーがここまで嫌がるのは、報告しなかったこともあるが、一番は姉のモリスを止められなかったことを叱責されるのが嫌なんだろう。
「それはそうと、モーリーをこのままで乗せていく訳にはいかないぞ。こんな格好では間違いなく酔うからな」
「まあここまでくれば逃げようなんて考えないでしょ。後で解放するわ」
「出張所のほうは大丈夫なのか? モリスとかいうのが帰ってきたらどうするんだ?」
「そっちは大丈夫。サーシャに留守を任せてあるから」
サーシャだったら大丈夫だろう。
俺たちが戻ってくるまでの間だから、心配はいらないな。
往復で2日、色々と手続きで1日だから3日か…
「サーシャにはわしからも頼んであるから大丈夫じゃ。それよりも頼んでおいたものは買ってきてあるかの?」
「ああ、もう積んであるぞ」
「それなら出発じゃ、道はわしが教えるから心配せんでもいいぞい」
そして俺たちは、首都リシアへと旅立った。
拘束を解かれたモーリーは四駆に乗せられて興味深そうに見回している。
大人しくしてないと、酔うぞ?
首都リシアへは馬車で3日かかる道のりだが、四駆なら安全運転しても1日あればつくだろう。
相変わらずの牧歌的風景だが、仕事上都心が活動の中心だった俺にとってはいつでも新鮮だ。
『おうまさんがいるです』
「おお、そうじゃ。あれは馬じゃな」
ディノがおかしい。
これが魔道士協会のトップなんだろうか。
桜花の視線の先には、草を食んでいるバッファローのような生き物がいた。
…どう見ても牛だろ、あれは。
リルやフランの激しい愛情表現の影に隠れていたが、ディノのは凄く危険な感じがする。
子供の教育はしっかりしておかないといけない。
おじいちゃん子にさせるつもりはない。
「おい! 止まれ!」
「そこの馬車! あるもの全部おいていけ」
時折、そんなことを言ってくる貴族っぽい奴や盗賊連中がいたが、貴族っぽい奴はディノの着ていた刺繍入りのローブを見て黙った。
流石は魔道士協会のトップだけある。
盗賊はミューリィの魔法で首まで土に埋められていた。
勿論、俺達が連れていくことはできないので、通信用宝珠でプルカの騎士団に連絡をして放置した。
あまり強力なモンスターがいないので、こういう連中が幅を利かせているらしい。
やっぱり街を出ればそれなりに物騒だ。
「おえぇぇぇぇ」
「ねぇ、大丈夫?」
「だ、大丈夫です…平気で…おえぇぇぇ」
途中で休憩を入れる度、モーリーが真っ青な顔で嘔吐している。
ただ、ミューリィが背中を擦っていたので、どこか幸せそうな顔だ。
…今度、乗り物酔いの薬を買っておこうかな…
「まだまだ修行がたりんのう。そんなことじゃからモリスを抑えることが出来んのじゃよ」
「こ、こんな馬車に乗ることを…想定した修行なんて…知りません…」
「あなた、普通の馬車でもこんなじゃない」
どうも四駆のショックアブソーバーのせいで、柔らかい縦揺れがくるのが駄目らしい。
ギルドのメンバーはもう酔わなくなった。
慣れるまでが大変らしいが、何気にギルドメンバーのポテンシャルは高いので、このあたりの順応性が凄い。
「たぶん日没前には着くだろう。ところで今夜の宿はどうするんだ? もしかして野宿するのか?」
「今夜は協会の宿泊所を使うといいじゃろ。わし等がいるから無料で宿泊できる。浮いた金で美味いものでも食べて首都を満喫するんじゃな」
こういうのもたまには悪くない。
仕事絡みじゃないから、気楽に酒も飲める。
名物料理に舌鼓を打ちながら、美味い酒を一杯…どこの世界でも共通だと思う。
「それは楽しみだな。どんな美味いものが出てくるか…」
「リシアは大きな川の傍だから、魚料理が有名よ。魚好きのロックも気に入ると思うわ」
そんなミューリィの言葉を聞き、ハンドルを握る手にも力が入る。
魚料理だとすればやっぱり日本酒だな。
辛口のをきりっと冷でいきたいところだ。
そんなことを考えつつ車を走らせて小高い山を登ると、前方に川が見えてきた。
確かに川だが、問題はその大きさだ。
…向こう岸が霞んで見えない…
多分、川幅1kmくらいあるだろう。
そのまま進むと、次第に大きな壁が見えてきた。
プルカの街の壁に比べたら、高さも造りも大違いだ。
見た感じでは粗いコンクリートのようにも見えるが…
その奥には、城のような建物が…って城そのものだ。
首都なんだから、城があって当然だろう。
「そろそろ閉門の時刻も近いわ、急いだほうがいい」
ミューリィに促され、アクセルを踏み込む足に力が入る。
一際目立つその城を目印に、俺たちはリシアへの道を急ぐ。
徐々に大きくなる壁に、なんとなく威圧されてしまう。
街道をそのまま進むと巨大な門があり、今まさに閉じられようとしていた。
「待て! 止まれ!」
およそ5階建くらいの高さの巨大な門扉を数人がかりで閉めようとしていた兵士達が、近づいてくる四駆に気付いて制止してくる。
「お前達、何者だ!」
各々が槍を構えてこちらに誰何してくる。
こう見ると槍ってのは対人戦、それも刃物の戦闘では有利だな。
防犯グッズとして「さすまた」が売られるのも理解できる。
でも、実際に売られている「さすまた」は長さが3mくらいしかないので、素人には扱い辛いって聞いたことがある。
そりゃそうだよ、まともに喧嘩したこともない一般人が、刃物を持った暴漢に3mまで近づけっていうほうが非現実的だ。
「おお、お勤めごくろうさん。ちょっと本部まで用事があっての」
「そ、そのローブは…ロンバルド導師! おい! 門を開け!」
窓から顔を出したディノに、兵士達を監督しているであろう銀色の鎧を着た男が気付いて指示を出している。
すると、詰め所らしき建物から、同じような銀の鎧に身を包んだ女性が出てきた。
唯一違うのは、白いマントをつけているくらいか。
「これはロンバルド導師、このような時間に如何な用事で?」
「おお、ネウアス殿。いや、ちょっとばかり本部で調べ物があっての、急いで来たんじゃ」
「それに、魔道具の実験も兼ねて…ね。驚かせてごめんね」
「こ、これはミューリィ殿まで…ということはこの不思議な馬車がその道具ですか?」
「おお、これは結構扱いが難しくてのう、今御者をしているコイツだけしか扱えんのじゃ」
出来れば四駆のことは隠しておきたかったが、後々ばれると面倒くさいことにしかならないだろうってことで、協会が開発中の魔道具ということになった。
尤も、実験は難航中で開発が中断しているということまで付け加えた。
こうしておけば、余程の馬鹿でもないかぎり手を出してくることはないだろう。
魔道士協会のトップが開発している道具に手を出せば、どうなるかくらいすぐにわかる。
「もしどこぞの国が狙ってきたら、その国から魔道士を全員引き揚げさせればいいだけじゃ」
そんなことを堂々と言われてちょっと引いてしまった。
「そうでしたか、それではどうぞお通りください。長旅お疲れ様でした」
「うむ、ごくろうさん」
恭しく一礼するネウアスに労いの言葉をかけるディノ。
その姿をルームミラーで確認しつつ、ディノの案内で協会本部へと急いだ。
そろそろ日没が近いので、首都の街並みはオレンジに染まっている。
道を行き交う人々もその足取りは速い。
「向こうと違って、こちらは夜に外を出歩くことはあまりしないんじゃよ。ワシも向こうの夜は衝撃的じゃったからのう」
「それって、綺麗な女の人絡みじゃないの?」
「まあ…そうじゃな…あれは衝撃的じゃったからのう」
いきなりディノが遠い目をした。
もしかして贔屓のキャバ嬢でもいたのか?
「そんなことより、そろそろ本部に着くから準備せんか、ミューリィ」
「…あとでしっかりと聞かせてもらおうかしら?」
「…男なんだし、女遊びくらいは許してやれよ」
「おお、ロック! おぬしは解るのう!」
ディノからは熱い視線を、ミューリィからは極寒の視線を受ける。
「ふーん、ロックもそんなこと言うんだ? なら首都の娼婦街にいればばったりと会うかもしれないわね」
ミューリィの言葉が刺々しい。
でも、今回はそんなつもりはない。
そもそも首都に来たのは目的があってのことだし、それを蔑ろにして遊べない。
もし遊ぶなら、何もしがらみの無い状況で遊ぶ。
「そ、そろそろ見えてくるはずじゃ。お、あれじゃよ、あの建物じゃ」
ディノが指し示した場所を見ると、そこには5階建ての建物があった。
そして、その前に仁王立ちする女性の顔を見るなり、モーリーが頭を抱えて蹲った。
「姉さん…ごめんなさい…ごめんなさい…」
「…彼女がモーリーの姉のモリアよ。魔道士協会ラムター支部の支部長であり、協会本部の副本部長も兼任する凄腕よ。…私ほどじゃないけど」
モリアの凄さを伝えながらも、さりげなく自分アピールしてくる。
だが、俺は絶対にミューリィの方は向かない。
どうせあのドヤ顔をしているんだろうから…
ここで申し訳ないお知らせです。
割烹でも書きましたが、しばらく更新が不定期になります。
仕事が大変忙しい期間に入りますので…
ただ、できるだけ週1の更新を守っていきたいと思っています。
読んでいただいてありがとうございます。