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異世界でも鍵屋さん  作者: 黒六
第9章 異世界の楽しみ方
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休暇のすごし方 準備をしておこう

前回は大変失礼いたしました。

「ロック、すまんが首都まで付き合ってくれんか?」


 ディノはギルドにくるなり、そう切り出した。

 申し訳なさそうな顔をしているので、従魔登録絡みかもしれない。


「宝珠が盗まれてしまったから、ここでは登録が出来ないんじゃよ。一番近いのは首都にあるラムター支部なんじゃ。あそこならきっと大丈夫じゃろうて」

「んー、特にしなきゃいけない仕事もないし、いいんじゃないか?」


 ダンジョン封鎖中なので、ギルドは開店休業状態だし、他のメンバーも独自に仕事を請けたりしてる。

 ちなみに受付も人数を減らしている。

 デリックは自宅待機という名目の家族サービスの真っ最中だ。

 だから今はリルとジーナだけだが、2人とも暇そうだ。


『マスター、おでかけですか?』

「もちろん桜花も一緒じゃぞ? 桜花も登録がメインじゃからのう」

「そんなの駄目よ! 桜花てんしがいない職場なんて…耐えられるわけないじゃない!」


 そこは耐えろ。

 仕事なんだから。


「仕方ないじゃろ、宝珠を盗んだ馬鹿のせいで従魔登録できんのじゃから。文句は盗んだ奴に言わんか」

「…私から天使を奪うという罪、しっかりと身体に教え込んであげるわ」」


 思わず見惚れてしまうような笑顔だが、その瞳は険しい。

 心なしか、リルの周囲が黒く澱んできてるような…

 宝珠泥棒、お前は一番してはいけないことをしてしまったようだ。

 ま、自業自得だけどな。


「泥棒のことはリルに任せるとして、首都まではどのくらいかかるんだ?」

「首都リシアへは馬車で3日ほどじゃ。ロックの『クルマ』なら1日で着くじゃろうて」

「それなら一度日本に戻ってガソリンを満タンにしておきたい。それに色々と買いたいものもあるし」

「それなら明日の朝に向こうに送るぞい。喚ぶ前に連絡を入れるから、いつもの時間に待っててくれい。それと、向こうで買ってきてもらいたいものがあるんじゃ。後でリストを渡すから、すまんが頼まれてくれ」」


 正直、ガソリンが残り2目盛りくらいになってた。

 一応携行缶は用意してあるが、さすがに危険物だから置いておくわけにはいかない。

 ただ、念のための予備はいるだろうし…


 あとは食材とか、錠前とか色々と仕入れておきたい。

 キールんとこに卸す南京錠もあるし、子供たちへのお菓子とか酒とか服とか…

 一緒に行くメンバーで揉めそうな予感がひしひしと感じる。

 魔法陣の調整にセラは確定として、あとは…明日決めればいいか。

 きっとアイラとリルで揉めるんだろうけど。



 


 結論からいくと、メンバー決めはあっさりとアイラになった。

 だが、そこに辿り着くまでが大変だった。


『やですー! マスターといっしょがいいですー!』

「お前は向こうだと実体を維持できないんだぞ? こっちで留守番してなさい」

『やだやだやだー!』


 駄々っ子のように桜花がぐずった。

 でも、向こうでは魔力を実体化させられないから、連れていくわけにはいかない。

 かわいそうだけど、我慢してもらうしかないんだ。


「なぁ桜花、俺が向こうに帰らないと、お前の大好きなお菓子も無いんだぞ?」

『おかし…おかし…おかし…』


 まるで一生に一度の選択を迫られてるかのようだが、悩んでるのがお菓子だってのが何とも…

 

『おかしがいーです…おるすばんするです…』

「それじゃ、私と一緒に遊びましょ!」


 桜花がしょんぼりとした表情なのとは対照的に、リルは極上の笑顔だ。

 だが、俺よりお菓子が勝つんだ…

 留守番しててくれるのはありがたいが、地味に凹む…









「しかし、こういうのを見ると久しぶりだと実感するな」


 日本に戻った俺がまず見たのは、新聞受けに大量に放り込まれたチラシ。

 ちなみに向こうと行き来するようになって、新聞は解約した。

 流石にライフラインはまで契約したままだ。

 いつどうなるかわからないし、口座引き落としにしてあるから心配はない。

 こっちに戻った時に宝石を換金して口座に入れてあるからしばらくは大丈夫だろう。


「俺は仕入れの注文書を送るから、自由に寛いでてくれ」

「それじゃ、私は魔法陣の点検をします」

「わたしは道具のチェックをするね」


 2人も慣れたもので、自分のやることを理解している。

 セラは魔法陣のチェックと修復を、アイラは向こうで使った消耗品を補充している。


「ロック、道具のチェック終わったよ。こっちから持っていくものはあるの?」

「そうだな…そっちの南京錠をいくつか積んでおいてくれ」


 キールんとこに卸すのは、最初だから少なめでいいだろう。

 後は…南京錠があるなら鎖もいるだろう。

 

「材質は…ステンレスとチタンでいいか。径も各種持っていこう」


 向こうの鎖はほとんどが青銅や鉄だった。

 結構腐食が進んでいるものもあったから、腐食しにくいステンやチタンは有効なはずだ。

 あとは…念のために殺虫剤関連も買っておこうか。

 もちろん、ギルドでは使わないが、ダンジョン…というよりも、蟲系モンスターの出やすい場所なら使い道があるだろう。


 それと、今回はちょっと変わったものを持ちこんでみるつもりだ。

 それは、太陽光発電パネルだ。

 ディノが携帯電話を使えるようにしてくれた(通話だけだが)ので、こっちで充電できる手段が欲しかった。

 それに、今回は実験的に2台くらい携帯を購入しようと思う。

 もちろん俺が契約するんだけど。


 多少の電気工事なら、2級電気工事の資格もあるから問題ない。

 パネルはギルドの屋上に設置させてもらうつもりだし、そこからのケーブルはディノの部屋まで持って行く。

 ディノの部屋に厳重な結界を張り、そこに保管するらしいから、そこで充電もできるようにしたほうがいいだろう。


 ちなみに、いくら通信用の宝珠を使ったとしても、ネットには繋がらなかった。

 そこまでだとデータ量が多すぎるらしく、転移魔法陣では対処しきれないらしい。

 まあ向こうで日本のネット情報を知っても意味ないし。


 スマホにしようとも思ったけど、実際に使うときは皆素手じゃないから、画面をタッチできないので、敢えてガラケーにした。

 しかも折り畳みできるタイプ。

 使えれば連携とるのにかなり楽になるし、駄目なら日本に来た時に使って貰えばいい。


「とりあえず注文は出しておいたから…そろそろ食事にするか?」


 後は明日買出しに行くものばかりだ。

 注文したものも明日の夕方には届く予定だ。

 

「肉がいい!」

「私も…その…肉がいいです」


 それなら焼肉でも…と思ったが、2人は箸の使い方がまだ上手くない。

 ラーメン程度ならフォークで何とかなるが、焼肉だと辛いかもしれない。

 

 となると、ナイフとフォークが使える肉料理…


「よし、ハンバーグにしよう。お気に入りの店があるんだ」


 俺たちは揃って近所のハンバーグ店に向かった。

 そこは見た目は地味な店構えだが、その味は折り紙つきの隠れた名店だ。

 

 2人にはとても好評だったが、量が少ないと愚痴られたので、帰りにケーキ屋に寄ってケーキを買うことにした。

 まさか1人1ホール買うとは思わなかった。

 しかも、夜食で完食した。

 俺は胸焼けが止まらなかったよ…

 胃薬はどこにあったかな…










「それでは2台ご契約でよろしいですか?」

「はい、それでいいです」


 翌日、俺たちは某携帯メーカーのショップにて、2台の携帯を購入した。

 もちろん、いつものように宝石を換金した後で。

 

「ありがとうございました」


 店員の大げさなお辞儀に見送られながら、2つの紙袋を手にショップを出る。


「これでよし、あとは必要なものを買い揃えるだけだな」

「これが『遠話』の道具ですね」

「使うの難しそう…」


 セラはこういう道具に興味があるようで、帰りの車内でもずっと説明書を読んでいた。

 アイラは説明書の厚さを見て、早々にリタイヤした。

 アイラの言語魔法はあまり性能が良くないらしく、難しい漢字に必ず戸惑うのが嫌みたいだ。


 向こうにも遠距離で会話する『遠話』という魔法が存在するらしい。

 でも、個人の素質にかなり左右されるのと、魔力を常に安定供給させないと魔法が解除されてしまうので、今は使う者はいないらしい。

 通信用の宝珠が開発されてから、その技術を伝える者がいなくなったそうだ。

 便利なものが出来れば、古い技術は駆逐されていくんだろう。

 これが世の常とはいえ、ちょっと世知辛い。



 色々と買い込んでから「七宝」に顔を出すと、親父さんと鈴花が話をしているところに遭遇した。

 アイラとセラは眠っていたので、俺一人で店に入ったところだった。

 

「おや、久しぶりじゃないか。元気にやってるか」

「ああ、おかげさまでな」


 酒を見繕っているところに声をかけられた。

 こいつがここにいるのは珍しいかもしれない。


「私だって偶には出歩くさ、引き篭もり扱いするんじゃない」


 俺の顔に考えが出ていたようで、先手を打たれてしまった。

 昔からこういうところがやけに鋭い。


「そっちはどうだ? 海外の仕事なんてそうそうないだろう?」

「ああ、楽しませてもらってるよ。いい経験になってる」

「そうか…ところで、私が贈った煙草の味はどうだ?」

「まだそんなに吸ってないが…ちょっと味が変わったんじゃないのか?」

「それはあんたがしばらく禁煙してたからだろ。あれはゲンと一緒の銘柄だ」

「そうか…そうだよな…」


 妙に体に馴染むというか…かなりリラックスできる味だった。

 …まさか…


「違法なんじゃないのか?」

「馬鹿いうな! そんなものお前に渡すわけないだろう! お前は警察の依頼も受けるんだから!」


 それもそうだ。

 そんな危ない橋を渡らせる意味もない。


「言われたものは積んでおいたよ」

「手伝えなくて悪いな」

「何言ってんの、お客さんに手伝ってもらってたら商売にならないよ」


 酒を積み込んで戻ってきた親父さんを労うと、会計を済ませて店を後にする。

 四駆に乗ろうとしたとき、不意に鈴花に呼び止められた。


「本当に大丈夫かい? 何か不安なことがあったら、何時でも頼りなよ?」

「そうだよ、ロックちゃんは俺たちにとって家族同然なんだからさ」


 こう言ってもらえるのは凄く嬉しい。

 俺のいた孤児院は資金難ですでに閉鎖していて、当時の関係者とは連絡もとれていない。

 師匠に引き取られた俺の面倒を見てくれたのは間違いなくこの2人だ。


「ありがとう、もしもの時は頼らせてもらうよ」


 それだけ言って、車を出す。

 バックミラー越しに見える鈴花の表情が少し心に残った。

 向こうでの仕事が落ち着いたら、みんなで飲みにでもいこう。











 自宅に着くと、ちょうど発注した品物が届いていた。

 それを積み込んでから、ふと思い出して作業場を漁った。


「何をしているんですか?」


 そんな俺に気づいたセラが声をかけてくる。


「ああ、実は一昨日のことが気になってな…」

「…すみません、モーリーさんが迷惑かけて…」


 あのときの一悶着の顛末をディノから聞いたセラは、とても申し訳なさそうな表情だった。


「モーリーさんは私と同時期に協会に入ったんですが、どうにも…」

「それをセラが謝るのは筋違いだ。そんなの気にしてたら食事が不味くなるぞ」

「…ありがとうございます。それで、何が気になるんですか?」

「ああ、ちょっとな。…お、あった」


 見つけたのは鍵の資料。

 古くは江戸時代の鍵や中世ヨーロッパの鍵、それから近代、現代の鍵の資料だ。

 最近は読み返すことも少なくなったが、大きめのダンボールに2箱はあろう俺の秘蔵資料だ。

 なぜ秘蔵なのか、それは…とても高価だったからだ。

 なんせ一冊数万円する。

 だから、大事に?しまっておいた。


「あの時にモーリーが出してきた最後の宝箱、あれは向こうで見たことのないレベルのものだった。まだまだ俺が梃子摺るほどじゃないが、今後色々なダンジョンであれ以上のものが出てくるとも限らないから、しっかりと知識を蓄えなおす必要がある」

「…流石ですね、ロックさんの技術はこういう下地があるからなんですね」

「ああ、お前たちにもしっかりと教え込むから、覚悟しておけよ?」

「はい!」


 セラが笑顔で返事してくる。

 アイラがいない…と思ったら、ソファに寝転んで居眠りしていた。

 休憩にしようと思ったんだが、アイラの分のお菓子はお預けだな…










 ロック達が「七宝」を後にして暫く、店内には無言の時間が訪れた。

 まるで何者も存在しないかのような静寂が店内はおろか、店の外まで包んでいた。


「で、どうなの? 大丈夫そう?」

「たぶん、まだばれてないよ。坊や達も必死に隠してるみたいだから、あの2人は全然知らないね。あの2人は甚六に気があるみたいだから、知ったら絶対に反対するだろうし」


 全くの無音になった店内で、親父さんと鈴花だけの声が響く。

 

「今更だけど、何とかならないの?」

「そのためにアレを渡したんだろう? アレは僅かだけど、効果はあるんだから」

「でも、それじゃ追いつかないくらいのことがあったら? あいつらはまた同じ轍を踏もうとしてるんでしょ?」

「その時は…多少強引な手段をとるさ。…協力しろよ?」

「…もちろんですよ。私はあなたの『守護騎士』ですから」


 今までの口調から全く違うものに変わった親父さんの笑顔を見て、鈴花は小さく息を吐くと、手に持った湯のみの中身を一気にあおった。


「ディノ坊やが電話に細工したおかげでこっちも情報をとりやすくなった。何かあったらすぐに連絡するよ」


 鈴花がそう言った途端、周囲に音が戻った。

 店内に流れていたラジオのパーソナリティの声はもちろん、店外の喧噪もだ。

 気が付けば、そこに鈴花の姿はない。

 親父さんは自分も湯のみをあおると、前掛けを締めなおす。


「相変わらずというか…力は衰えていませんね。準備だけはしておきましょう」


 そう言って店の奥の一点を見つめる。

 そこには布に包まれた長い何かがおいてあった。


「さ、それよりも今は仕事に戻りますか。配達も…って今酒飲んじゃったな…これはしっかり手入れしておけってメッセージか…」


 親父さんは苦笑いすると、前掛けを外す。

 ちょうど入ってきた客にだけ応対すると、すぐにシャッターを下ろしてしまった。


 店の奥に籠った親父さんの目の前には先ほどの布包みがある。

 それを懐かしそうに撫でると、静かに声をかけた。


「久しぶりに出番みたいだよ…『守護の剣エクエス』」

ちょっとした伏線回?


次回は2月1日あたりを予定しています。

読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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