休暇のすごし方 ちゃんと登録しよう
初レビューいただきました!
ありがとうございます!
1/25 一部差し替えしました。
本編の流れには影響ありません。
昨日久しぶりの釣りを満喫した俺は、ミューリィとディノと一緒に魔道士協会のプルカ出張所に向かっていた。
昨日の釣りでは、結果こそ不満足だが、あの水竜とのファイトは久々に滾るものがあった。
横を見れば、ディノがにこにこしながら桜花と手をつないでいる。
『おさんぽですか?』
「そうじゃよ、桜花には後でお菓子をあげよう」
『やったです!』
まさに孫と爺の会話だ。
俺とミューリィはその光景を見せ付けられている。
「全く…この姿を他の支部の連中が見たらどう思うか…」
「ディノの気持ちは分からないでもないが…」
俺たちが協会に向かってるのは、桜花を俺の従魔として正式登録するためのものらしい。
俺と桜花の間では契約は完了しているが、それはあくまで本人同士のことだ。
社会的な圧力をかけられれば、場合によっては危険なこともある。
そのため、魔道士協会に正式登録して従魔認定してもらい、社会的な後ろ盾を得る。
超国家的組織であれば、国からの命令でも対抗できるらしい。
なので、今は登録に向かう最中だ。
尤も、登録を勧めたのはディノなんだが、ミューリィによれば、桜花と離れたくないディノがほんの僅かな危険性をも排除するつもりらしい。
本当に爺馬鹿になってきてる。
まさかもうボケが始まったか?
「なあディノ、今朝何食べたか覚えてるか?」
「何言っておるか。今朝はパンとスープじゃったろう?」
失敗した。
いつも似たようなものしか食べてないんだった。
これじゃボケが始まってるかどうかわからない。
「ほれ、もう着いたぞい。さっさと中に入らんか」
「大丈夫よ、ちょっと怪しいけど」
思わず俺は足を止めてしまった。
一言で表すなら『不気味』
それ以外に表現できる形容詞を俺は知らない。
こんなんだったら、もっと勉強しておくんだった。
建物はごく普通の3階建ての民家だが、入り口に不気味な人形がぶら下がっている。
南米の奥地の部族が儀式に使っていそうな人形だ。
しかも、何体もある。
…なんで全部片目がないんだよ…
「なぁ…これが『魔道士協会』なのか?」
「え? そんなわけないでしょ! これはここの責任者の趣味よ。そいつは変な趣味があるから…」
「いいからさっさと入らんか!」
ディノに促されて建物の中に入ると…
うん、普通だな…
中はごく普通の事務所みたいになってる。
「おーい、誰もおらんのか? モーリー!」
「あ! ミューリィさん! 今降ります!」
「…相変わらず引き篭もってるのね…」
ディノの声に応じて階段を降りてきたのは、灰色のローブに身を包んだ少年だ。
やや赤みの強い金髪を肩まで伸ばしてる。
セラやアイラと同じくらいの年齢みたいだ。
「モーリー、こいつがロックじゃ。あのゲンの弟子じゃが、鍵開けの腕前は超一流じゃよ」
「本当にすごいんだから。ゲンを超えるのも時間の問題よ」
いや、それは持ち上げすぎだろう。
「ふーん、何だか胡散臭いなぁ…」
訝しげな顔を隠さないモーリー。
どうやら俺のことを警戒してるらしい。
「どこぞの回し者じゃないんですか? ゲンの弟子って触れ込みの奴がどれだけいると思ってるんですか?」
「ロックはわしがスカウトしてきたんじゃ、そんなことはないわ!」
『マスターをばかにしたらだめなのです!』
「こ、これは…アラクネの変異種ですか? 可愛いですね!」
モーリーが俺を庇った桜花に興味を示した。
その目が尋常じゃなく輝いている気がする。
「ミューリィさん! 何ですか、この可愛いのは! 欲しいなぁ…」
「桜花はロックの召喚した従魔じゃ。今日は正式な登録に来たんじゃよ。早く手続きしてくれんか?」
「それで、そっちの人が…このアラクネの主人ですか…あなた、ミューリィさんとどんな関係なんですか?」
「…っ!」
モーリーの目が鋭くなる。
俺を値踏みするような視線…こいつ、もしや…
「お前、もしかして…」
「う、ううううるさい! ミューリィさん! こんな奴と一緒にいちゃだめだ!」
「モーリー…おぬし、何をいっとるんだ?」
喚きちらすモーリーをディノが不思議そうな目で見る。
モーリーの歯軋りする音が聞こえる。
奥歯を噛み割りそうな勢いだ。
「そういえばモリスはまだ戻ってないの? モーリーじゃ登録できないでしょ?」
ちょっと落胆したミューリィを見てモーリーがつぶやく。
「ミューリィさんは…何でこんな奴を…」
「…付き合ってられん」
こういう対応は日本で何度も経験してる。
3流以下の業者が蔓延っていた頃、お客に腕を疑われることが多かった。
ふざけた鍵屋が錠前を滅茶苦茶にしたあげく、鍵開けも出来ていないという事例が多数発生して、業界の信頼度が低下した頃だった。
当然ながら、俺はそんなことはしない。
鍵開けで出来ないものは早々に壊すという結論を出すが、その旨は必ず事前に説明する。
でも、出来ると判断したものは出来ると説明するが、それを信用してくれないお客もいるのが現状だ。
ま、そういう時は俺のほうから手を引くけど。
俺の仕事は基本的には紹介だ。
俺を信用しないってことは、俺を紹介してくれた人も信用してない。
ディノやミューリィが紹介してくれた俺を信用しないのは、2人の目が節穴だって言ってるのと変わらない。
「俺をどうこう言うのは勝手だが、ディノやミューリィを馬鹿にするような奴とは話をするつもりはない。従魔登録はここじゃなくても出来るんだろ?」
「何で僕が師匠やミューリィさんを馬鹿にしてるんだよ!」
「俺を信用しないってのは、俺を認めてくれた2人のことも信用してないんだろ? それが馬鹿にしてなくて何なんだ?」
俺のことはいいんだ。
でも、俺のことで他の誰かが馬鹿にされるなんて我慢できない。
「ロック…おぬし…」
「あ、ありがとう、ロック…」
2人が何か言いたそうな表情でこっちを見ている。
モーリーとか言う奴は自分のしたことの重さがわからないらしい。
「そ、それなら実力を見せてみろよ! 僕が用意した宝箱を開けて見せろ!」
モーリーは部屋の奥から3つの宝箱を持ってきた。
面倒だけど、ここで引いたら2人が馬鹿にされたままになる。
だったら、この喧嘩は買いの一手しかないだろう。
「いいだろう、しっかりと開けてやるよ」
念のために腰道具を持ってきておいて良かった。
さて、面子を守るための鍵開けだ、本気でいかせてもらおう。
目の前の宝箱を見ながら、思わず感慨にふけってしまう。
俺がこっちに来るきっかけも宝箱だったっけ…
「どうしたの、ロック?」
「大丈夫かの?」
『マスター、どうかしたですか?』
「いや、懐かしいなと思って…」
俺の言葉の意味を理解したディノとミューリィは大きく頷く。
桜花は当然意味が分からないが、モーリーは何となくだが理解したようだ。
「これは俺が作った特別製だ。物理の鍵をここまで複雑にしたのは見たことないだろう!」
とりあえず3つの宝箱を見てみる。
…なるほど、言うだけのことはあるな…
最初の宝箱は、よくある和錠の仕組みに近い。
鍵穴に鍵を挿しても、全部回すとハズレになる。
途中で止めてやればいいだけだが、意外な盲点だ。
鍵の仕組みを熟知してれば問題ないが。
「ほら、まずは1つ目だ」
「な…なんだと…こんなにあっさりと…」
はっきり言ってこんなの、ちょっと気付けば誰でも開けられる。
そんなに威張るほどのものでもない。
次の宝箱は、鍵穴はあるが、覗きこんでダミーだとすぐにわかった。
ダミーの作りが甘い。
トラップに引っ掛けたいんだろうが、一番近い部分のトラップが見えてる。
トラップを組み込むなら、せめて一番奥にしろよ。
俺は宝箱の周囲を軽く叩いていく。
すると、右側にはめこんである板の一枚が音が鈍い。
一枚板ではない感触だ。
その板の周囲を見ると、接している枠との隙間が若干大きい。
つまり、ここが動く可能性が高いってことだ。
マイナスドライバーを差し込んで慎重に枠を外して板を動かすと、その板がずれて鍵穴が現れた。
この鍵穴は何の仕掛もしてないから、すぐに開けられた。
「これで2つ目だ。箱根細工の応用っぽいが、大したことないな」
「くっ! でも最後のは僕のとっておきだ! これならどうだ!」
3つ目の宝箱は…外側には細工はされていなかった。
となると、問題は鍵穴か…
気分を落ち着けるために、一度深呼吸して集中する。
針金を新しいものに交換して、内部を探っていく。
…ちょっと待て、こいつは…
一度作業を止めて、モーリーを見る。
「お前、この仕組みを何処で覚えた?」
「ふふん、どうだ、これは無理だろ?」
「いや、楽勝だけど?」
「は?」
モーリーの呆けた顔を見ながら、さくっと鍵を開ける。
俺にとってはこの程度どうってことない。
ただ、少し気になったことがある。
「この仕組みは今までの鍵とはレベルが違う。構造が複雑になってるんだ。これまでの鍵にはここまでのものは無かった」
この宝箱の鍵の難易度といえば、アイラでも開けられる程度だ。
だが、それは俺や師匠から手解きを受けたアイラだからであって、こっちの鍵師ではまず無理だと思う。
というのも、こっちの鍵のレベルは初期のピンタンブラー程度だろう。
それも、かなり大雑把なつくりで、ピンの数も多くて3本だった。
でも、この宝箱のピンは明らかにそれよりも多く、尚且つ精密さも段違いだ。
「…これはとあるダンジョンにあったとされる鍵の機構を流用したんだ。まさかこんなにあっさりと開けられるなんて…」
「そんなことはともかく、お前の指定した宝箱を開けたんだ。さっさと従魔登録してもらおうか」
「くっ…今は…できない…」
「何を言っとるんじゃ、おぬしは?」
「どうして出来ないのよ!」
ディノとミューリィがモーリーに詰め寄る。
「じ、実は…登録の宝珠を…盗まれちゃって…」
あまりの衝撃に、誰も言葉を発することができなかった。
桜花はずっとディノがあげたお菓子を食べていた。
そして、今日ここで登録ができないことが確定した瞬間だった。
そして俺たちの前には、正座させられたモーリーがいる。
さっきまでの勢いはどこに行ったのか、とても物静かな少年になっている。
「それで、モリスが追いかけていった…と?」
「そういうのはすぐに報告しなさいよ!」
「で、でも、そうすると怒られるから…自分が取り返してくるから黙ってろって…姉さんが…」
「まったく、モリスだから不覚をとることはないだろうけど…」
呆れ顔のミューリィ。
どうやらモーリーの姉のモリスっていうのが盗んだ奴を追いかけているらしい。
ミューリィが言うには、かなりの実力者だそうだ。
歳は若いが、この出張所の責任者を任されるくらいだからな。
「だ、だって姉さんが…」
「おぬしはまだモリスに頭があがらんのか?」
「そんなことでどうするの? もうちょっとしっかりしなさいよ?」
ミューリィが顔を近づけてモーリーの目を見る。
モーリーは顔を真っ赤にして目を逸らした。
「ほら! 話をしてるんだから、ちゃんとこっちを見なさい!」
「ううう…」
ミューリィ、それはないよ…
もし気付いてやってるのなら、そこらへんで勘弁してやれ。
こっちが見てられない。
「ところでモーリー? あんた桜花を気に入ったみたいだけど、桜花はリルのお気に入りだからね? そこらへん理解してる?」
「……………」
ミューリィの耳打ちにモーリーが絶句する。
何故こいつがリルを恐れる?
「ロック、悪いが先に戻ってくれんか?」
「私たちは盗まれたことの報告を聞かないといけないから」
2人は満面の笑みだが、その瞳は一切笑っていなかった。
協会に盗みに入るなんて、堂々と喧嘩売られたようなものなんだろう。
その雰囲気に呑まれた俺と桜花は、そそくさとギルドに戻った。
「ということがあったんだよ」
『へんなやつだったです』
俺達はカウンターでリルに事の顛末を話していた。
リルは桜花を抱きながら、冷静に俺の話を聞いていた。
だが、その顔は笑顔だ。
「…ふーん、モーリーがね…」
リルはその笑顔を全く崩さずに頷く。
すると、いきなり身支度を始めた。
「デリック、私今日は用事があるから先に上がるわ。あとをよろしくね」
それだけ言うと、彼女はギルドを後にした。
あまりにも流れるような動きだったので、誰も声をかけることができなかった。
手持ち無沙汰になった俺たちは、タニアのところで夕食を食べると、自室に戻り、そのままベッドで寝てしまった。
翌朝、ギルドの受付に顔を出すと、モーリーがカウンターを一心不乱に磨いていた。
「おはようございます、ロックさん!」
俺を見るなり、その瞳を輝かせながら挨拶してきた。
正直、気持ち悪かった。
しかし、一番注目すべきなのはモーリーの首に巻かれた首輪と、そこに繋がるロープの先端を持って仁王立ちしっているリルだ。
「私の天使を困らせる悪い子にはお仕置きが必要よ」
一体どうすればここまで従順に出来るんだろうか。
また一つリルの疑問が深まってしまった。
…積極的に知りたいとは思わないが。
新たな馬鹿登場?
モーリー君は今後も端役でちょいちょい出すかもしれません。
彼はただの研究馬鹿です。
次回更新は28日あたりを予定しています。
仕事の都合上、日程がずれるかもしれません。
読んでいただいてありがとうございます。