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異世界でも鍵屋さん  作者: 黒六
第9章 異世界の楽しみ方
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休暇のすごし方 釣りに行こう

何とか間に合いました!

残業が…


今回は完全に作者の趣味回です!

 こっちの世界に来るようになって、色々とカルチャーショックを受けながらも、充実した毎日を送っている。

 そう思っていた。

 だが、そんな俺には一つだけ、どうしても納得いかないことがあった。

 他人からすれば、どうってことないことだと思う。

 だが、俺には我慢できなかった。

 それは、俺が日本人だからなのかもしれない。

 


 この街では、新鮮な魚が食べられない。



 売っているのは、干して乾燥した「棒たら」のようなものか、塩の塊かと思えるほどに塩漬けされたものばかりだ。

 

「この街の近くに川はあるけど、魚はすぐに痛むから…」


 一度だけタニアに聞いたのだが、返って来た言葉はこんな感じだった。

 つまりは街に持ってくる頃には魚が痛んでしまうため、皆獲れたその場で塩漬けにしたり干したりして長持ちさせてから売りに来るそうだ。


 痛んだ魚なんて誰も食べないから、当然儲からない。

 だから、魚を獲る人間がいなくなる。

 これを聞いた時、俺は愕然となった。

 

 でも、考え方次第でどうにかなるのではと思った。

 魚を獲る人がいなければ、自分で釣ればいいじゃないか…と。

 そう考え、2回目に戻った時に、倉庫から昔使っていた大型クーラーボックスと釣り道具一式を積んでおいた。

 

 実は俺は一時期釣りに嵌っていたことがある。

 知り合いの鍵職人に釣り好きがいて、よくブラックバスとかを釣りに行っていた。

 そして明日、ついに異世界での釣りデビューをすることにした。

 楽しみで眠れなくなってきた…

 俺は子供か!










「で、何でこんなに人数が増えてるんだ?」


 俺が水場で顔を洗い、身支度を整えて受付に向かうと、そこには俺の想像していたよりも多い人数がいた。

 確か、道案内役としてアイラとセラに声をかけただけだと思ったんだが、何故かそこには想定外の人物が…。


「こんな面白そうなことに誘ってくれないなんて、ひどいなぁ」


 ロニーは確か、サーシャと一緒にダンジョンに行ったはずだと思ったんだが…


「ロニー、ダンジョンはどうしたんだよ」

「あっちはもう終わったよ? サーシャの手際の良さはすごいからね。ダンジョンに着いてものの数分で終わっちゃったんだ」

「あのくらいなら大したことじゃないし…それにしても何? この子は?」


 当のサーシャは桜花を興味深そうに見ている。


「ふーん、アラクネの変異種ね…つくづくロックの縁って変わってるわ。それはそうと、私も行くわよ。たまにはこんな遊びもしてみたいし」


 まぁこういうのは人が多ければ楽しいからいいけど…

 車に乗りきれるか?


『魚を食べるのは久しぶりだわ』


 四駆の前にはノワールが既に待っていた。

 俺を含めて6人か。

 桜花は小さいから誰かの膝の上に乗ってもらうとしよう。


「僕はまた上に乗るよ」

「いや、たまには中に乗ってくれると嬉しいんだが…」

「上は風が気持ちいいんだ」

「それならいいんだが…」


 全員が乗ったことを確認して、エンジンを始動させる。

 と、そこにタニアがやってきた。


「本当に新鮮な魚が手に入るの?」

「ああ、釣れればだがな」

「たくさん釣ってきてね。はい、これ途中で食べて」


 タニアがくれたのはサンドイッチ。

 黒パンを薄く切って、ゆで卵のマヨネーズ和えを挟んだ簡素なものだ。


 実はこっちの世界でも、卵は庶民的価格で食べることができる。

 尤も、その卵は鳥じゃなく、リザードと呼ばれるでっかいトカゲみたいなモンスターの卵で、街の周辺にはうようよいる。

 で、たくさんいればそれだけたくさん卵を産むわけで…


 ちなみに鳥の卵は高価だ。

 鶏みたいな鳥がいないので、巣を探すところから始まるという手間の分だけ採取が難しく、その分高価なんだとか。


 また、リザードの卵が安価なのは、放っておくとすぐに孵化してしまうことも原因の一つになっている。

 リザードは常温で孵化するため、少し古い卵を割ると仲には小さなリザードがいることも多いらしい。

 ただ、低温保存すれば孵化は止められるそうだが、その道具がかなり高価なので皆その日の分を買っているそうだ。

 タニアは俺が頼んで作ってもらったこの「卵サンド」を店の持ち帰り品にしている。

 ゆで卵にするため、仕入先に売れ残った卵をいつもより安く仕入れてるそうだ。

 ちなみに、卵の採取は狩人ハンターギルドで行っているそうで、肉と併せて飲食店に卸している。


「ありがとう、皆喜ぶよ」

『おいしそーです』


 サンドイッチを受け取ると、欲しそうな顔をしている桜花に一切れ渡し、四駆を走らせる。


「南門から出て街道をしばらく進むと大きな橋があるんだ。その川を少し上流に進めば釣りの穴場があるよ」


 ロニーがキャリアから頭を下げて窓を覗き込みながら教えてくれた。

 南門に向かうと門番に止められそうになったが、ロニーの顔パスですんなり通れた。

 若い門番だったが、ロニーを見てかなり緊張してるようだった。

 


 今日は特に急ぐわけでもないので、時速40キロくらいで走る。

 それでも馬車よりはるかに速いが。

 気温は暑からず寒からずで、窓から入る風が心地いい。


「あれが目印の橋だよ。右にいけば上流だからね。この道は馬車も通るから、これでも十分走れると思うよ」

「了解。落ちるなよ」


 ロニーの指示で橋の手前を右折する。

 左手に川を見ながら上流へと向かう。

 道は馬車が通るだけあって、それなりに踏みしめられているが、下草はかなり多い。

 多分四駆じゃなければ通れなかったんじゃないか?


「もうそろそろ目的地だよ。ここは隊商の馬車が夜を明かすのに使われるんだ。水浴びも出来るからね」

「わかった。そっちも気をつけてな」


 ロニーが目的地が近いことを教えてくれる。

 確かに少し遠くにやや開けた場所がある。

 結構大きな一本の木の下に広がる空き地は、上に枝が張り出していて少しの雨なら凌げるだろう。

 木の傍に四駆を停めて外に出ると、川のせせらぎが耳に心地いい。

 水面を渡る風が運ぶ涼しさは、陽が高くなり少し汗ばむ体を程よく冷やしてくれる。


「ここは結構穴場でね、木の上から周囲の警戒もできるんだよ」


 聞けば、隊商の護衛とかで野営しなければならない時はここを使うんだそうだ。

 でも、それだけ使用されるということは、ここは安全なんだろう。

 まぁ今日は日帰りするつもりだけど。


「よし、着いたから皆降りろ。手の空いてる奴は手伝ってくれ」


 魔法の鞄からテーブルと椅子を取り出して下草のない場所に置く。

 卓上コンロと香茶のセットを取り出して、茶菓子と一緒にテーブルに出しておく。


「寛ぎたい奴は自由にしてていいぞ。俺たちは釣りをする」


 俺はトランクから釣竿を数本出すと、準備を始めた。

 出したのはリール付きの竿と、リールなしの竿を数本だ。

 川を改めて見れば、浅瀬もあれば深い場所もある。

 さらに小さな滝のようになっている場所もあれば、大きな岩が水面から顔を出している。

 時折、良型の魚影が見える。


「これは…凄くいいポイントじゃないか…」


 日本でもマス釣りを何度かやったことがあるが、こんなにいい釣り場はなかった。

 おまけに、川岸で結構騒いでいるが、魚が怯える様子もない。

 魚が擦れていない証拠だ。


「ロック、私も釣りしたい」

「僕もやってみたい」


 アイラとロニーが釣りをするようだ。

 サーシャはテーブルで寛いでいる。

 ノワールと桜花は茶菓子に夢中になっており、セラはお茶の支度と桜花の世話で手一杯のようだ。


「それじゃ、仕掛を用意するから、エサを調達してくれ。浅瀬の手頃な石の裏側にいる虫を集めてくれ」

「ふーん、そんなのがエサになるんだ?」

「わかった、まかせて」


 ロニーとアイラにエサ集めを任せて仕掛を作る。

 カーボンの竿にラインを結び、浮きと錘と鈎を結ぶ。


「ほら、これにエサを刺して釣ってくれ。狙うのは…あの岩の陰だな」


 中ほどにそこそこの岩があり、その岩陰はちょうどよく流れが緩やかだ。

 

「わかったよ、やってみる」

「いっぱい釣るからね」


 やる気を見せている2人に竿を預け、俺は大物狙いに専念する。

 シーバスロッドにラインを通し、ルアーをつける。

 俺が愛用している必殺ルアーの一つだ。

 これを使ってボウズだったことは一度もない。

 狙うは小さな滝の下、水深が深くなってる場所だ。

 

「やったー! 釣れた!」

「こっちも釣れた!」


 2人は順調に釣り上げているようだ。

 釣れたのはニジマスのような魚だ。


(さて、こっちに集中するか…)


 皆の歓声に背を向けるように、狙ったポイントにキャストする。

 最近はほとんど道具に触っていなかったが、腕は落ちていないようだ。

 時折アクションを加えながら、リールを巻いていく。

 そして俺の精神は無に近づいていく…。


「ロック、こっちはたくさん釣れたよ」

「いっぱい釣れて疲れちゃった」


 2人の声も耳に入らない。

 俺はラインを伝うルアーの動きを感じ取りながら、細やかに探っていく。

 一体何回キャストしただろうか。

 気を抜きかけたその時、ルアーに違和感を感じた。

 そして続く強烈なアタリ。


「来た!」


 いきなりの強烈な一撃に、俺は確信した。


(こいつは…でかい!)


 何度も繰り出される凄まじい抵抗をロッドの弾力でいなしながら、相手の動きを誘導する。

 完全な引っ張り合いになれば間違いなくラインが切れる。

 だから、細心の注意をしつつやりとりをする。


「ロック!頑張って!」

「あともう少しだよ!」


 皆の声援が心地いい。

 少しずつではあるが、魚は岸に近づいている。

 リールを巻く腕が悲鳴をあげているが、ここで負けるわけにはいかない。

 何とか巻こうとするが、手が動かない。

 相手は浅瀬に入ってもがいているが、そのサイズが尋常ではない。

 3mくらいありそうだ。

 最後の力を振り絞って、体全体を使い、倒れこむようにして引っ張り上げる。

 相手もかなり疲弊していたんだろう、大した抵抗もなく岸に上がった。


「…やった…ついに…釣り上げたぞ…」


 思わず小さく拳を握り締める。

 ここまで梃子摺らせてくれた相手の顔を見てやろうとして、俺は言葉が出なかった。

 そこにいたのは、魚などではなかった。

 あえて表現するならば…そう、まるで蛇のようだった。


『お願い、食べないで』


 怯えの色をあからさまに宿したその深青の瞳から大粒の涙を流しながら、その蛇のような生物はひたすら繰り返していた。


「食べるわけないだろ…さっさと帰れ…」


 俺は完全に脱力してしまい、それだけ言うのが精一杯だった。

 








「本当に良かったの? アレ逃がしちゃって?」


 クーラーボックスに処理した魚をしまいながら、ロニーがそんなことを言ってきた。


「だってアレ、こっちの言葉理解してたぞ? まさかそんなのを食べるつもりはないさ」

「でも、それなりに高位のモンスターだったんじゃないの?」

『あれは水竜の子供よ。もし何かあったら一族で総攻撃しかけてくるわ』

「それ…本当?」

『ええ、過去にそれで滅んだ国がいくつもあるから』


 どうやら、俺の選択は間違っていなかったらしい。

 そんなことを考えつつ、魚を処理していく。

 ひたすら鱗を落とし、鰓を切り取り内臓を取り除く。

 サーシャとセラに魔法で氷を作ってもらい、魚と一緒にクーラーボックスにしまう。

 こうしておけば、鮮度が落ちることもないだろう。










 何とか全部の魚を処理して、片付けの準備を始めた。

 どうやら俺と水竜(子供)のバトルは皆の好奇心を満たすことができたようで、皆満足そうだった。


「これだけあれば腹いっぱい食べても問題ないな。タニアの喜ぶ顔が目に浮かぶよ」

「それじゃ、美味しい料理を作ってもらえるね。酒の進む料理がいいな」


 もはや俺一人じゃ持ち上がらないほどに重くなったクーラーボックスを軽々と持ち上げながら、ロニーが嬉しそうに言う。

 これだけあれば、ムニエルにフライ、てんぷらもいいな。確か一本だけ酢もあったはずだから、酢締めにしてもいいかな。


「じゃあ帰るぞ、皆乗ってくれ」


 全員が乗ったのを確認して、エンジンをスタートさせる。

 ちなみにロニーは相変わらずキャリアに座っている。

 行きと違うところは、桜花も一緒にいるところか。


『ここはたのしーです!』


 …楽しいならいいんだ、楽しいなら…

 糸で体を固定してるみたいなので、落ちる心配はないだろうし。

 帰り道も特に何事もなく戻ることができた。


 そして、俺たちの目の前には、テーブルいっぱいの魚料理が並んでいる。


「まさかこんなに釣ってきてくれるなんて…いっぱいあるからたくさん食べてね」


 タニアが魚の塩漬けを作りながら、カウンターから声をかけてくる。

 結局、全員が戻ってきたので、魚料理で慰労会となった。

 

「ほう、水竜の子供とは…おぬしはどうしてこうも面白いことばかり起こすんじゃ」

「俺だって好きでやってるわけじゃない。俺が理由を知りたいよ」


 俺はやや不機嫌に酒を煽った。

 どうして不機嫌なのかって?

 俺は戻ってきて初めて気付いた。


 俺は結局、ボウズだったってことに…

 あれだけ偉そうなことを言っておいて、まさかボウズだなんて…

 

実は鍵屋で釣りが趣味な人って多いんです。

次回更新は24日くらいの予定です。

時間は…たぶん遅いと思います。

読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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