服を用意しました。
まだ続くあらくねちゃん。
「おい、フラン! リル! しっかりしろよ!」
「うう、こんなところに天使がいたなんて…」
「あの子は私の妹になるために降臨したのよ…」
2人は何とか目を覚ましたが、流れ出る鼻血は止まる気配を全く見せない。
まだ横たわったまま、虚ろな目で身悶えている。
妹になるためにって何だよ、フラン…
「悪いけどアイラ、ジーナ、セラ、カウンターで受付やって頂戴。リルとフランはこうなったらしばらく使い物にならないから」
「…はーい」
「ちゃんと手当てつけてよね?」
ジーナはしょんぼりとしながら、アイラは抜け目ない言葉を残しながらも渋々受付に向かった。
セラは何も言わず、仕方ないといった表情だった。
リルがそっちの気があるのは薄らとわかっていたんだが、まさかフランもだとは思わなかった。
「フランは一人っ子だったからね…こんなにかわいい娘がいきなり現れたら暴走するのも納得でしょ?」
「まあそれは理解できるが…ギルドマスターがこれってどうなんだよ」
そんな会話を続ける間も、2人は悶え続けてる。
ちなみに桜花はノワールに庇われながら、遠くからリルとフランを見ている。
若干表情が引き攣っているのと、蜘蛛部分の足が小刻みに震えているから、桜花の想像を遥かに超えた衝撃だったんだろう。
『マスター…こわいです…』
ノワールにしがみつく桜花を視界に収めたらしい2人は、一気に覚醒した。
「やっぱり! 私の天使が今ここに降臨したわ! ロック、大人しくその天使をこちらに渡しなさい!」
「何言ってるの、リル? その子は私の妹になるために現れたのよ? さあ、私の妹を返して!」
全く問題が解決されてなかった…
俺の後ろに隠れて震えている桜花に迫る2人。
「何しとるんじゃ、お前達は!」
「痛い!」
「何するのよ!」
ディノが2人の頭に杖を振り下ろした。
結構鈍い音がしたけど…手加減無用だな…
「見てみい! すっかり怯えてしまておるじゃろうが! それにこの子はわしの孫になるんじゃ! お前達には渡さん!」
まさかの参戦表明。
ディノの目は既に初孫を馬鹿みたいに可愛がる爺ちゃんの目だ。
「何言ってるのよ! そんな横暴は認められないわ!」
「そうよフラン! ここは断固戦うべきよ! それにこんな可愛い娘にこんな服しか着せないような連中になんて任せられないわ!」
ちなみにだが、今桜花が巻いている手ぬぐいは2枚目だ。
1枚目はさっき巨大化したときに破けてしまった。
それはもう見事に、どこぞの一子相伝の暗殺拳の伝承者みたいに。
「服装については仕方ないだろ? 体の大きさを変えると破けるんだから」
「それなら私達がたくさん買ってあげる! 受付の看板娘にするのよ!」
「そうねリル! きっとどんな服でも似合うわ!」
『どうでもいいけど、彼女はロックの従魔なのよ? ロックと一緒にいるに決まってるじゃない』
「そ、そんな…私の天使が…」
「わ、私の妹が…」
「わしの孫が…」
まるでこの世の終わりでも見てるような、明らかにがっかりした表情のリル、フラン、ディノの3人。
「魔道士協会のトップがまさかこの様とはね…これは次の会合のいいネタになりそうな予感がするわ」
ミューリィが邪悪な笑みを浮かべている。
いっそのこと動画でも撮影してやろうか…
動画サイトにアップしたらえらいことになりそうだ。
『それはそうと、桜花の服はどうするつもりなの? 人間用の服なんて脆くて着られないと思うんだけれど』
「でもなぁ…アラクネ用の服なんて売ってる訳ないだろ?」
「それについてなんだけど、私にちょっと考えがあるんだ」
ミューリィがそう言ってウィンクしてくる。
一体どうするつもりなんだ?
「ねぇ桜花? あなたの糸ってどのくらい出せる?」
『マスターからちからもらったから、いっぱいだせるです』
「それじゃ、その糸をいっぱい出してくれるかな?」
何となくだけど想像できた。
桜花の糸で布を織って服を作るつもりなんだろう。
でも、そうなるとただの糸じゃ駄目だな。
「桜花、出す糸は粘らない糸にしてくれ」
『わかったです、マスター』
「何? 粘らない糸なんてあるの?」
「巣を作る蜘蛛は獲物をとるための粘る糸と、移動の為の粘らない糸を出し分けられるんだ。粘らない糸のほうがいいんだろ?」
「そうだけど…よくわかったわね」
「まあな、それでどれだけあればいいんだよ」
「もちろん…取れるだけよ」
『いーとーまきまきいーとーまきまき♪』
「調子のほうはどうだ? 辛くなったら言えよ?」
『まだまだだいじょぶです。マスターといっしょでたのしいです』
俺がつい口ずさんだ歌が気に入ったのか、楽しそうに歌いながらこちらに蜘蛛の尻を向けて糸を出している。
俺はその糸を両手に巻き取っていく。
この糸、なかなかに手触りがいい。
昔一度、上物の絹糸を触ったことがあるが、この糸はそれに勝る。
しなやかだけど強靭、こんな糸が存在するとは…
「アラクネの糸って凄く高価なのよ? それに普通はアラクネの巣に張られた糸を採取するくらいしか入手できる方法が無いからってのもあるわ。だから、こんなに上質の糸を買い取ってもらったら幾らになるか判らないわ」
興奮を隠せないミューリィ。
俺にはそのへんがよく分からないが…
「確かにアラクネの糸は超高級品じゃ。採取するのにかなり危険が伴うからこそ高価なんじゃ。じゃがこんな質の良い糸は初めて見るわい。通常は巣に使われた後の糸を採取するくらいしか入手できんからのう」
考えてみればそれも当然か。
仮にもモンスターなんだし。
それに、確か蜘蛛は体内にある時は液状だって聞いたことがある。
ということは、もしアラクネを倒してしまったら、糸の状態での入手は出来ないってことになるのか…
そんなものが今、俺の両腕にみっちり巻かれている。
いったい幾らになるんだか…
「これを売るって訳じゃないわよ? ほらフラン、あなたの出番だからしゃきっとしなさい」
「へ? あ、ああ、もちろんよ! 任せておいて!」
うっとりとした顔で糸に頬擦りしていたフランが我に帰る。
「どうしてフランの出番なんだ?」
何でここでフランが出てくるのかが良くわからない。
「フランは『手芸』の技能持ちだから、この糸を布に仕立ててもらうのよ。こんな上質な糸を他人の目に晒すのは危険だから」
「そんなに上質か?」
「そうよ、ロックが桜花に糸の指示を出してたでしょ? 普通はもっとべたついてるから、それを処理する必要があるんだけど、それをやると質がぐんと落ちるの」
そうか…それなら納得だ。
あまりに上質だと出所を追及されるからな。
俺としても、桜花を糸の製造機みたいに扱うつもりは毛頭ない。
今回のは桜花の服を作るために、特別に糸を貰ってるんだから。
「それじゃ、リルはデザインを考えておいて。染色とかはフランと相談してね」
「わかったわ! 任せて!」
どんなデザインになるのか一抹の不安はあるが、リルの服の見立てはなかなかいいセンスをしてるのは間違いない。
ここは任せておくしかないか。
俺には女の子の服のデザインなんてまず無理だから。
「これだけあれば大丈夫でしょ。少なくとも2、3着は作れるはずだから」
『マスター、なにができるですか?』
「桜花の服だよ。お前の糸で作った服なら破けないんじゃないかってな」
『アタシはふくをきたことないからわからないです…』
桜花がやや沈んだ表情を見せる。
どうやら服を着た状態でどうなるのかが分からないから不安なんだろう。
今まで服を着たことも無かったみたいだし。
「大丈夫だから、そんなに心配そうな顔をするな。お前はもっと自由にしてればいいんだよ。もし駄目でも、また色々と考えればいいんだ。これから時間はたくさんあるんだから」
『マスター…ありがとうです…』
桜花が俺の足に擦り寄ってくる。
「それはそうと、疲れてないのか?」
『マスターのちからもらってるからへーきです』
「え? そうなん? いつの間に?」
『それはそうでしょ、契約してパスを繋いだんだから。ロックの魔力は常に桜花に流れているから、桜花は特に食事の必要もないはずよ』
『アタシはおかしがほしーです!』
その割にはほとんど疲れを感じないんだが、これも無駄に多い魔力の賜物か。
「魔力は使えば使うほど総量は増えるんじゃ。おぬしは使い方が分からない分、無駄遣いも多かったからその分魔力総量も増えているんじゃろう。ほんとに無駄な魔力じゃのう」
無駄遣い…
確かにそうなんだけど、改めて他人から言われると少々傷付く。
『マスター、だいじょーぶですか?』
「桜花…お前は優しい子だな…」
『えへへへ』
思わず膝をついて落ち込んだ俺を、心配そうな顔をしながら覗き込んでくる桜花。
その頭を撫でてやると、ふわふわの薄桃色の髪の毛の柔らかい感触が気持ち良い。
桜花も嫌ではないようで、撫でられながらもその目を細めて喜んでいる。
「とりあえず今日はこのくらいにしておいて、もう休むといいわ。どうせ服が出来るまでに数日はかかるはずだから」
「そうだな、慣れないことしたから精神的に疲れたよ。今日は作業場で寝る」
『アタシもいくです』
作業場に入ると、向こうから持ち込んだパイプベッドに横になる。
ちなみにノワール用のはやや大きめのソファベッドだ。
意外に疲れていたせいか、そのままうとうととしていたら熟睡してしまった。
翌朝、目を覚ましたら、天井にいた桜花にびっくりした。
『あれ、マスターおきたですか?』
『ここで眠るように言ったんだけど、そこが一番護りやすいって聞かなくて…』
桜花は俺が眠った後、天井に巣を作ってそこで眠っていたそうだ。
俺が目を覚ますと、糸を伝って降りてきた。
天井の一角が大量の糸で覆われていた。
形で言えば寝袋のような形だな。
俺のベッドの周囲に糸をつけて、異常な震動とか魔力を検知できるらしい。
…これを使って何かシステムを組めるかもしれない。
「ちょっと顔を洗ってくる。お前達はどうする?」
『アタシはいっしょです!』
『私はもう少し眠るわ』
というわけで、俺と桜花はギルドに向かった。
「待ってたわ! 私達の天使!」
「服が出来上がったわよ!」
俺たちを待ち受けていたのは、目の下にはっきりとした隈を作り、寝不足で充血した目を爛々と輝かせるリルとフランだった。
どうやら彼女達は一睡もせずに服を仕上げたらしい。
「ロックは顔を洗ってきなさい。桜花はこっちにおいで」
『マスター、なんかこわいです』
「あー、たぶん喰われることはないと思うから2人と一緒にいてくれ。服を着せてもらえるはずだから」
『…わかったです』
桜花を残して水場へ行き、顔を洗って気分を入れ替える。
受付の方では黄色い声が上がっている。
結構いい出来の服のようだな。
手ぬぐいで顔を拭き、受付に戻るとそこには服を着せてもらった桜花がいた。
そこには見慣れた服装の桜花が笑顔を振り撒いていた。
『マスター、おそろいです!』
こちらに飛びついてくる桜花の上半身には、無地のシャツに濃紺の作業着。
つまり、今俺が着ている作業着とほぼお揃いだ。
細かい部分は違うが、大体一緒だ。
「おお! よく似合ってるじゃないか!」
「ロックの従魔ってことはロックの新しい弟子みたいなものかと思ってね」
「いくら弟子扱いって言っても、泣かしたりしたら許さないわよ?」
弟子…何人増えるんだ、一体…
と、その前に確認しておかなきゃいけないことがある。
「桜花、それを着たままで大きくなってみろ」
『ハイ! おおきくなるです!』
「昨日みたいに大きくならなくてもいからな」
桜花がその身体を徐々に大きくしていく。
大体2メートルを超えたくらいになったあたりで止まったが、服は破けることなく、その身体に合わせて大きくなった。
「やっぱり桜花自身の糸で作られた服だから、桜花の身体の一部として認識されたな」
ミューリィが狙ってたのはこれだ。
しかし、俺と同じデザインの作業着がこんなに大きくなってるのはちょっと壮観だ。
「これで服については問題ないでしょ? さあ、その笑顔を私達に!」
とリルが真っ赤な目で笑う。
怖い。
「大丈夫よ、お姉ちゃんに任せておけば心配ないから」
とフランが満面の笑みで話しかける。
真っ赤な目で。
お前が全然大丈夫じゃない。
『マスター…こわいです…』
「あぶない人に近づいちゃいけません」
「「 ぐはっ 」」
ついに力尽きた2人がその場に倒れこむ。
徹夜した反動が出てるな…
でも、2人のおかげで俺の精神が保護されたのも事実だ。
「2人のおかげでお揃いの作業着が出来たんだ。ちゃんとお礼を言っておけよ?」
『はい! おねえちゃんたち、ありがとうです!』
桜花が2人に向かってぺこりと頭を下げる。
「もっと可愛い服を作ってあげるわ!」
「お姉ちゃんにまかせなさい!」
「お前達はもう寝ろ…」
そんな充血した目で見られたら桜花が怯えるだろう。
「それに、徹夜はお肌の大敵だからな」
その一言がトドメになったようで、リルは仮眠室に、フランは自室に消えていった。
今度向こうに戻った時には、化粧品でも買ってきてやるか…
「あら、ずいぶんちゃんとしたのが出来たんじゃない?」
ミューリィがロビーに入ってきた。
ダンジョン封鎖の情報のせいで、受付は閑古鳥が大合唱しているような有様だ。
「私もさっき端切れを貰ったんだけど、あの布はとんでもない逸品よ。その筋に売ったらそれだけで食べていけるわよ?」
「そうなのか…すごいな、桜花は」
『アタシがマスターをたべさせるです。やしなうです』
…桜花にそんな言葉を教えたのは誰だ。
桜花、それはただの「ヒモ」というんだ。
それにな、お前みたいな小さな女の子に養われる俺の姿なんて想像したくない。
経済力でも護ってもらったら、俺は立ち直れないかもしれない…
とりあえずお揃いの作業着ができました。
この章はこれで終わりです。
次回は19日を予定しています。
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