ロックのお勉強 試すのも大事です
あまりのアラクネさん人気にびっくりしました。
俺達4人は作業場での練習を終えて、修練場まで戻ってきた。
結局アイラもセラもピッキングで開けることはできなかった。
なので、それぞれに課題を出しておいた。
アイラには、どのピンがトラップなのかを探し出してもらう。
トラップピンは解錠のピンとも、そうでないピンとも違う感触がある。
それをどれだけ確実に把握できるかの第一歩となる課題だ。
ピッキングの動作は正確性も高いんだが、やや大雑把な性格が出てるのか、動作の幅が大きい。
もっと精緻な動きを覚えこませる必要がある。
セラには、初歩の鍵から徐々にレベルアップさせながら、ひたすらピッキングしてもらう。
彼女は理論はしっかりと把握してるが、ピッキングという作業自体慣れてない。
そのせいか、時折ミスをしてしまう。
どうも普段はしない動きをするために筋肉が強張っているようなので、それを克服するためにも、数をこなして鍛える。
ジーナもセラと同じことをやってもらう。
2人で協力してもかまわないと伝えてある。
セラとジーナでは克服する点も似ているようで異なる。
お互いに教えあうことで、今まで気付かなかったことにも気付ける。
それに、実力の近いライバルがいたほうが、やりがいもあるだろう。
そういう俺は、ひたすら錠前の分解と再組み立てを繰り返した。
細かな機構を分解、組み立てすることで、その動きを理解できる。
細部の動きを頭に叩き込んでおけば、現場で苦しむこともない。
高度な錠前になればなるほど、機構は精密さが高まる。
新しい錠前が開発されると、俺は必ず自腹で購入して分解する。
常に新しい情報を持っておくのは基本だ。
「アイラはあの錠前のトラップピンの場所を探せたら次のステップだ。セラとジーナは用意した10台の錠前を順番に開けること。それが終われば次の課題を出す」
「難しいけど、頑張るよ」
アイラが両手をわきわきと動かしている。
感情豊かなのはいいんだが、それに技術が左右されちゃ駄目だってわかってるのか?
常に冷静な判断が必要だ。
「頑張ろうね、ジーナ」
「うん、セラ姉」
2人は同じ作業をしてることで、上手い具合に連帯感が出てきた。
ま、セラには魔法というアドバンテージがあるが、ここまでは敢えて使わせていない。
実際に自分の腕だけで開ける経験を積ませることで、魔法を利用する場合にも細部のコントロールがつけやすくなるはずだ。
俺には羨ましい限りだけどな…
ちなみにセラはジーナのことを妹のように可愛がっている。
彼女は一人っ子だから、妹が欲しかったそうだ。
ジーナも特に嫌がることもなく、セラを姉として見てる。
魔法についても色々と教えてもらってるらしいから、2人の成長速度も上がってくるだろう。
「課題が終わったら教えろよ? きちんと出来てるか確認するから」
俺がそう言うと、露骨に顔を顰める3人。
いや、出来てるか確認しないと課題にならないだろ。
全問不正解の課題を提出したら、怒られるに決まってる。
「今日の練習は終わりだから、皆で休憩しよう。根詰めすぎても逆効果だからな」
どんな練習も度を超せば害悪でしかない。
むしろ無理しすぎて失敗する。
特に彼女達はまだまだ育ち盛りだし、こんなところで躓かせるわけにもいかないからな。
『ちょうどいいところに来たわ、ちょっと試してほしいんだけど』
ノワールが1枚の光札を手にして座っていた。
どうやら細工が終わって、俺を待っててくれたようだ。
「それはいいんだが、なんでディノとミューリィまで残ってるんだ?」
「面白そうなことをしておるからのう」
「そうそう、どんな面白い結果になるか楽しみよ」
『2人には万が一のことを考えて残ってもらったのよ』
ということは…それなりに危険が伴う作業になるということか…
だが、この2人がいてくれるなら特に問題はないと思う。
ディノは勿論信頼しているが、ミューリィだって実力は知られているし、魔法に関してはこの2人に敵う者はメルディアにはいないだろう。
サーシャはディノの弟子だし。
「そっちは疲れてないのか? 休憩してからでもいいんだが…」
『集中を切らしたくないから、すぐに試してみて』
「そうじゃな、休憩して流れを切りたくはないのう」
「私も賛成よ。それに、どんな効果なのかを今すぐ見たい!」
最後にかなり自分勝手な理由が聞こえた気がするが、他のメンバーに怪我なんてさせられないし、ここは素直に従っておこう。
それに、俺自身もすごく興味があるのは事実だ。
ノワールが施してくれたのは、何かの存在を呼び出すものらしい。
これはゲームでいうところの「召喚」だ。
最近のゲームはわからないが、少し前のRPGではカッコよくてよく使ってた。
孤児院ではみんなでわいわい遊んでたな…。
『それじゃ、真ん中に立って』
「わしは建物を強化しておくぞい」
「私は風と水と土の精霊に頼んでおくわ。何かあったら結界を張ってもらえるように」
たかが確認と思う無かれ。
この厳重な準備は、実は俺はまだ魔法具を自在に使えないからだ。
『浄化』の魔法具を自室で使った時は、両隣の建物まで綺麗にしてしまった。
『水』の魔法具を使った時は、でっかいバケツをひっくり返したような水を頭からかぶった。
これは無駄にでかい俺の魔力の弊害らしい。
だから、俺は魔力操作の訓練をずっとしている。
誰かが付きっきりでサポートしてくれないと、うまく制御できない。
言うなれば俺は魔力のダムみたいなもので、小出しにする方法を知らない。
魔力のない世界から来たのだから当然といえば当然だろう。
で、俺が無理矢理魔力を使おうとすると、一気に魔力が流れてしまうらしい。
例えるなら、水道の蛇口を捻る感覚でダムを放水したり、携帯を充電するのに発電所を稼動させるようなものだと思う。
なので、攻撃用の魔法具には触らせてくれない。
でも、それをしっかりと説明してくれたから、俺も納得できた。
俺の思考と体がまだ独りで魔力を使える状態じゃないってことだ。
言い換えれば、地道に頑張れば、それなりに使えるようになるかもしれないということ。
努力するのは嫌いじゃない。
何事も積み重ねが大事なんて、鍵の仕事で散々思い知らされてる。
頑張ればきっと応えてくれるはずだ。
俺がノワールから受け取ったのは、光札のうちの1枚、『桜』の札だ。
それを手に持って修練場の中心に立つと、何故かノワールの表情が暗い。
誰もが彼女の異変に気付き、訝しげな視線を向けると、彼女は少し躊躇った後、口を開いて言葉を紡ぎだした。
『クランコのダンジョンマスターが…倒されたみたい…』
俺は言葉を失った。
「ちょ、ちょっと待ってよ! それって、何かの間違いじゃないの? 確かにクランコにはアラクネがいたけど、どうしてクランコなのよ! アラクネがいるって知ってるのはまだごく一部だけよ?」
『貴方達が戻ってきた頃、クランコにコアが発生したわ。きっとそれを求めて攻略されたんじゃないかしら』
「…ダンジョンコアはどうなったの?」
『既に持ち出されているわ。もうこの国には無い』
ミューリィがかなりの剣幕でまくしたてているが、耳に入ってこなかった。
あのアラクネ、倒されちゃったのか…
面白いヤツだったのに…
「ロック…そんなに気落ちしないで。いくら仲良くなったとはいえ、アラクネはモンスターなの。私達が襲われなかったことのほうが不思議なくらいよ。だから、これが当たり前なのよ。これがこの世界の常識なのよ」
「…ああ、わかった」
ミューリィの慰めに生返事を返したが、あんなに楽しかったのは久しぶりだった。
もしかしたら、誰かに攻撃してやり返されたのか?
それとも、強い相手と戦いたくなったのか?
周りを見ると、ディノもミューリィも、セラもダンジョンコアが持ち出されたことを話し合ってる。
ま、それは当然なんだが、俺としてはコアよりもアラクネのほうが気になった。
苦しい思いしなかったのか…とか、満足する戦いができたのか…とか、殺虫剤で苦しめた俺が言えた義理じゃないが、それでも気になった。
昔ヤンチャしてたころ、仲間が他のグループにボコられた時もこんな気持ちだった。
いや、この気持ちを発散できないとわかってる今のほうが酷いかもしれない。
俺があのアラクネと仲が良かったなんて一部の関係者しか知らない。
もし、俺がこのことで暴れたら、確実にこちらが悪者だ。
モンスターに味方する不届者として、ギルドの皆にも迷惑がかかってしまう。
だから…ここは抑えないといけない…そんなのはわかってる。
「なあ、これに魔力を通せばいいんだろ?」
俺は作業の続きを促した。
今はあまり物事を考えたくない。
何かにひたすら没頭していたい。
だから…何も考えずに魔力を流した。
いや、何も考えないなんて高等技術、鍵開け以外で俺が出来るわけなかった。
思い出していた。
アラクネのあの手触り、興味深そうにこちらを見つめてくる目、俺たちが帰ろうとしたときのあの寂しそうな視線…
ほんの少しの間とはいえ、楽しく茶を飲んだ間柄だ。
気にするなというほうが無理だ。
『そんなに魔力を流したら…』
「ロック! もう少し抑えるんじゃ!」
「駄目よ! 聞こえてないみたい!」
敵討ちなんて出来るわけない。
だけど、このまま誰の心からも忘れられるなんてあんまりだ。
せめて、俺だけは心に残しておこう。
思い留めておこう。
そんなことを考えながら、札に魔力を流し続けていく。
馬鹿みたいって言われるかもしれないけど、馬鹿でいい。
友人のことを思うくらいはいいだろう。
忘れずにいることくらいは…
意識が飛びそうになるのを何とか堪えながら札を見ると、いつの間にか札は俺の手を離れて空中に静止していた。
札からは強烈な光が放たれている。
何かの存在感がある。
大きさはそれほどでもないが、強い存在の意志だ。
一際眩い光を放った札は、その形を何かに変えた。
そしてそれは一直線に俺に向かってくる。
避ける間なんてない。
誰にも止めることはできなかった。
それははっきりとした言葉を放ちながら飛び込んできた。
『あいたかったですよ、マスター!』
光によって奪われていた視力が回復していくと、俺に向かってきた存在が明らかになった。
それは誰の目にも異様な存在だった。
まるでぬいぐるみのようにデフォルメされた、パステルカラーの紫と赤の縞模様の身体。
その身体の手触りはとてもふわふわで心地よかった。
その蜘蛛の身体は。
その頭部には、何故か5歳くらいだろう女の子の上半身が乗っていた。
柔らかそうなパステルピンクの髪、そして何かを訴えかける真紅の瞳。
『マスター、アタシこわかったです。いっぱいぶたれていたかったです。マスターにあいたかったです』
何がなんだかわからない。
俺にはこんな幼女の知り合いはいない。
助けを求めて皆を見るが、皆も唖然としている。
『本当はもっと違うモノを呼ぶ予定だったんだけど…これもロックの持つ何かなのかしら』
最初に我に返ったノワールがようやく言葉を零す。
その間も蜘蛛幼女? は俺から離れない。
『マスター、アタシのことわすれたですか…?』
上目づかいで心配そうな表情を見せてくる。
何だこのかわいい生き物。
…待て、何か引っかかる…
「もしかして、お前クランコのアラクネか?」
『はい!アタシはマスターにあいにきたです!』
どうやらこの蜘蛛幼女は、クランコのアラクネ…らしい。
『つまり、クランコのコアから切り離されたせいで、魂が自由に動けるようになったってこと。そしてその魂がロックの魔力に吸い寄せられて、札に宿らせた私の魔力と融合して実体化したってところかしら』
「そんなこともあるとは…『秘術』というのは測り知れん」
「でも、何でこんな姿なのかしら」
ノワールが冷静に解説してくれている。
『それはロックの思考のせいね。どんなこと考えてたの?』
「どんなことって…アラクネのことと、札のことと、あとは手触りとか、表情が昔飼ってたペットみたいだったとか…」
『なるほどね…無意識のうちに愛されるような姿に変えたってところね』
そんな説明は最早俺には聞こえていない。
俺の膝の上でぬいぐるみのような蜘蛛幼女は寛いでいる。
これは…成功といっていいんだろうか…
細かい確認は後でするとして、今俺に出来ることは一つしかない。
まずはこのかわいい生き物と戯れておこう。
蜘蛛妖女アラクネさんは、くも幼女あらくねちゃんに進化?しました。
あらくねちゃんのスペックは次回にて検証します。
まさかの週間ランキング2位!
プレッシャーで膝が笑いまくりです。
次回更新は14日頃を予定しています。
読んでいただいてありがとうございます。