異世界に来ました
その光は確かに眩しかったが、苦痛を伴うほどじゃなかった。
「ほれ、着いたぞ」
爺さんの言葉に目を開けるが、すぐに視力が戻った。閃光ライトみたいな痛い光じゃなくて良かった。あの光を見た後は暫く細かい作業が出来ないからな。
辺りを見回すと、リヤカーみたいなのがいくつかあった。あとは映画で見たような馬車とかもある。暗いからどこかの倉庫かもしれない。俺は爺さんとアイラを促して車を降りた。
軋む木製のドアを開けると、そこは完全に俺の理解を超えた世界だった。
まず、太陽が二つあった。それに、空にはやけにでかい鳥が飛んでいた。たぶん戦闘機くらいの大きさはあるんじゃないか? 街並みはほぼ石造りで、所々木製の家がある。ヨーロッパの古い街並みといった感じだな。道は粗方が石畳で、道から外れると土になってる。
少し離れたところに一際大きい石造りの建物は…城か? 外国の城なんて知識には無いけど、多分そうなんだろう。道行く人たちは、アイラみたいに獣耳の人もいれば普通の人もいる。本当に獣っぽい人もいる。今すれ違った人なんて顔は犬そのものだし。でも体がごついのに顔はチワワってのは勘弁してほしかった。
「何か…すごいな、これは」
「じゃろう? ゲンも最初はこうじゃった」
上機嫌で前を歩く爺さんに、まわりをきょろきょろしながら付いて行くと、すぐに目的の場所についた。そこで、ふと思ったことを聞いてみた。
「なあ、言葉とかどうするんだ? 爺さんやアイラの言葉はわかるが、俺にはさっきから目に入ってくる文字やら何やらが全然解らないが」
「おお、そうじゃ。忘れておったわ。ちょっと手を出してくれんか?」
俺は右手を出すと、爺さんが俺の手に一枚の紙を置いた。するとその紙が俺の手に吸い込まれていった。俺の手には何やら不思議な紋様だけ残った。
「それは言語を共通認識させる紋様じゃ。おぬしの言葉はこちらの言葉に自動翻訳される。その逆も然りじゃ。さあこっちじゃ」
爺さんが一軒の家…というか雑居ビルみたいな建物を指差した。入り口はそこそこ大きな木製扉だ。錠前は…無いな。セキュリティは大丈夫なのか?
いざ入ろうとすると、やけに中が騒々しい。喧嘩…というわけではなさそうだ。かなり慌ててる様子だ。
「おい、中が騒々しいけど、何かあったのか? まさかもう金が尽きて潰れたなんて洒落にならないぞ」
「いや、そういうことはないはずじゃが…」
すると、扉が勢いよく開かれて、中から狐耳の少女が飛び出してきた。
「エイラ! どうしたの?」
「あ! お姉ちゃん! いい所に来てくれたわ! 大変なのよ!」
この少女はアイラの妹らしい。確かに顔は似てる。アイラより3つくらい年下だろう。
でも、大変らしい。こんな状況で「新入りです」とか言い出し辛い。何とかしてくれよ、爺さん。
「どうしたんじゃ? 何があったんじゃ?」
「ディノ様! 大変なんです!」
彼女は息を切らせながら、悲愴な表情で言った。
「潜ってるフランからの連絡が途絶えたの!」
驚愕の表情を見せる爺さんとアイラ。俺だけぽかーんとした間抜け面を晒してる。フランって誰だ?
「すまんのう、こんな状況でなければきちんと紹介できたんじゃが…」
「こっちのことはいい、緊急事態なんだろ?」
とりあえず今の状況を爺さんが説明してくれた。フランって言うのはこのギルド「メルディア」の代表で、お客と一緒にダンジョンに潜っているところで連絡が途絶えた。
「緊急脱出用の魔法陣が作動していないから、命の危険はないんじゃろう。恐らくはどこかの罠部屋に入って出られなくなったんじゃ。連れて行ったのが見習いの鍵師じゃからな」
成る程、うっかり扉を閉めて施錠しちまったってとこか? よくホテルで鍵を置いたまま締め出しくらうアレみたいなものだろう。
「でもその位なら大して騒ぐほどでもないんじゃないか?」
「それがのう、同行しておる人間が厄介なんじゃ…」
同行してる? 客じゃないのか? どういうことだ?
「紹介屋と一緒なんじゃよ。それも一番面倒な奴じゃ」
「それはそうと、とりあえず現地に向かったほうがいいんじゃないか?」
「うむ、今フランがいるのはクランコの迷宮じゃ。難易度は初心者向けというところじゃがトラップが多いことで知られておる。馬車でほぼ1日はかかるんじゃが、どうやら馬車が手配できないんじゃよ。馬車が出払ってしまっておるようじゃ」
「馬車って、あの倉庫みたいな所にあった大きさか?」
「あれよりも大きいのう。あれは4人乗りの馬車じゃからな」
俺は大体の大きさを思い出す。これなら…
「俺の車ならもっと早く着くんじゃないか?」
その場の皆の視線が俺に集中した。
クランコの迷宮までの道を俺の四駆が疾走している。馬車は速くて時速20キロくらいって聞いたことがあるから、断然こっちの方が速いはずだ。ちなみに同乗してるのはディノ爺さん、アイラ、そしてロニーという金髪イケメンの剣士だ。俺がダンジョン初心者って言ったら護衛として付いてきた。所謂細マッチョって感じに引き締まった体してる。こいつ、中々強いと思う。たぶん。
「それで、「紹介屋」ってのはどういう奴なんだ?」
ハンドルを握りながら、脇目もふらずに問いかける。ちなみにディノ爺さんは平然と助手席で寛いでいる。ロニーはスピードに目を輝かせてる。アイラは…早々に酔っていた。後部座席で横になってる。おかげでロニーが凄く窮屈そうだぞ。
「わしらはダンジョンの案内役じゃ。斥候が危機感知したり、罠を解除して進む。お客は安心してモンスターと戦って素材や宝箱のアイテムを得る。当然、鍵開けもわしらの仕事じゃ。じゃが、盗賊職というのは技術職でな、知識と経験がものを言うんじゃ。そのあたりはおぬしもわかるじゃろ?」
確かに共感できる。鍵開けもその構造と動きを理解できなきゃ高度な錠前には対抗できない。脳筋じゃまず無理だな。
「たしかにそうだな。それで?」
「紹介屋というのは、ダンジョンに潜りたい連中に様々な技術職を紹介するんじゃ。わしらに対しては仕事の斡旋じゃな。普通ならそんなに慌てることのない連中じゃが、今回の相手は格が違うんじゃ」
成る程、俺たちの認識でいくと元請、孫請みたいなもんか。お客がオーナーで紹介屋が元請、メルディアが孫請。なんとなくわかった。
「リーゼロッテ=ペトローザ、紹介屋としての信頼がかなり厚いペトローザ商会の代表じゃ。女がてらに商会のトップを張るだけはある女傑じゃ。ペトローザはお客を大事にしておっての、実際に案内役がお客を満足させる仕事をしておるかを時折調べておるんじゃよ」
…つまりは抜き打ちテストだろう。お客を大事にって言うならその考えは理解できる。もしトラブルでもあったら信用ガタ落ちだからな。そうやって業者を篩いにかけてるのか。
だとすると、今回のような単純なミスは致命傷だな。そこまで信頼の厚い紹介屋に切られたって分かったら、誰もメルディアに頼まなくなる。…でも、もし抜き打ちをよくやるような相手なら、もしかすると…
「なあ爺さん、俺に考えがあるんだが、聞いてみる気はあるか?」
「何! 何とかできそうなのか?」
「ああ、そのリーゼロッテってのが俺の予想通りの相手なら…食いついてくるはずだ」
「それはどんな方法じゃ?」
「それはな…」
「成る程、それは面白いのう。あやつも興味を示すはずじゃ」
「それじゃ、ダンジョンに入る前に打ち合わせだ! 爺さん、あれがクランコの迷宮で間違いないか?」
「おお! もう着いたか! そうじゃ、此処じゃ」
俺の目の前には、石造りの小さな小屋があった。小さな入り口があって、階段が地下に続いてる。俺たちは入り口の前で打ち合わせを行った。
「なるほどねえ、流石はゲンの弟子だな。考えることが斜め上行ってる」
それは褒め言葉か? ロニー。
「まあ、爺さんの予想が正しければってところだが…もし違っても少しくらいならこっちで何とかするよ。お客への細かい説明は慣れてるし、いざとなったら爺さんに合図するから、適当に何とかしてくれ」
俺は爺さんを見る。苦笑いしながらも頷いてくれた。
「それじゃ、行くよ。ロックもしっかり付いてきてよ」
アイラが心配して声をかけてくる。まさか人生初ダンジョンをいきなり経験するとは、流石異世界、一味違う。っていうかアイラ、お前そんなに流暢に話してたっけ? きっと言語の魔法のおかげだな。魔法すげえな。
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