一方その頃…
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ロック達が作業場で鍵開けの練習を重ねている頃、修練場ではノワールが花札に細工を続けていた。
光札を1枚ずつ手に持つと、自らの魔力を少しずつ宿らせてゆく。
「ほう、おぬしの魔力を母体とした擬似生命体…といったところかのう」
「そうかしら? この札の絵柄に合わせて組み込まれた簡易召喚陣じゃないの?」
ディノとミューリィがノワールの使う『秘術』に興味を持っていた。
それも仕方のないことだと言えた。
モンスターの中には魔法に酷似した攻撃手段や防衛手段を持つものがいる。
それらは一様にとても強力で、魔道研究を生業とする者にとっては生涯をかけて追い求める者も少なくない。
そのようなモンスターの使う技術は『秘術』と呼ばれている。
しかし、『秘術』の研究はほとんど進んでいなかった。
というのも、『秘術』を使えるモンスターは例外なく高位の存在であり、人間に敗れるような存在ではない。
ましてや、研究対象とするならば生きたままの捕獲が大前提だ。
高位のモンスターを生け捕りにするなど、自殺行為に等しい。
冒険者に依頼をしても、誰もそれを請けようとしない。
それ故、『秘術』については謎に包まれた技術だった。
それが今、目の前で展開されている。
魔道士教会のトップと幹部の2人がそれを見て、興味を抱かない訳ない。
『あなたたち、暇なの? こんなものを眺めて楽しいの?』
「うむ、『秘術』を間近で見られる時が来るとは思わなかったわい」
「本当ね、遭遇して『秘術』を使われる時は確実に殺される時になるからね」
ノワールの鬱陶しそうな表情と、毒を含んだ言葉にも全く怯むことなく、好奇心を満たそうとする2人。
『言うだけ無駄なのね…もういいわ、勝手に見て』
「うむ、そうさせてもらうかの」
「それじゃ遠慮なく見せてもらうわ」
呆れた顔で2人を見るノワールだったが、まともに相手にしても時間の無駄と悟ったようで、その存在を無視して作業を続けることにしたらしい。
再び札に魔力を宿らせる作業に没頭していった。
ノワールの作業を眺めながら、ミューリィがディノに話しかける。
視線は札に固定しながらだが、その声色からは事の重さが窺えた。
「ねぇディノ、ユーフェリアの事なんだけど、今回の封鎖の延期ってやっぱり『勇者』が絡んでるんでしょ?」
「聡いのう、確かにユーフェリアの王族から協会の支部に圧力がかかっておる。大方その間にダンジョンから引き上げさせるつもりなんじゃろう」
「相変わらず、その所在については王城で謹慎てことにしてるの?」
「そりゃ当然じゃ。どこかのダンジョンにいるとすれば、明らかな密入国じゃからのう」
ユーフェリア国内にはダンジョンが存在しない。
必然的にダンジョンを攻略するとなれば国外に出ることになるが、『勇者』が国外に出たという公式記録は残っていない。
尤も、ユーフェリアの『勇者』が国外に出ているのは魔道士協会では周知の事実となっているようだったが。
「そう言えば、ペシュカの協会で聞いたんだけど、『感知』のクラウスが行方不明らしいんだって。ディノは何か知らない?」
「クラウスがか? あやつはユーフェリアに呼ばれておったはずじゃがの。ユーフェリア国内で初めてダンジョンの気配があったとかで、あやつの『感知』で調べてほしいということじゃったが…」
『ユーフェリアに新しいダンジョンの気配なんて無いわ。あるのはここラムターに一つだけ。ダンジョンが新たに生まれるのなら、私達が一番わかるから』
ノワールの何気ない呟きに、2人は言葉を失ってしまった。
「それじゃ、クラウスは何の目的で呼ばれたの?」
「わからん…ユーフェリアの協会支部は王族の息のかかった者しかおらん。王族に都合の悪いことは全て揉消されておるよ」
「そんな…無事を祈って待つしかないってこと?」
「ワシの伝手を使って探ってはおるんじゃが…最近のユーフェリアにはいい話がないのも事実じゃ。また『勇者』が絡んでおるとは考えたくないからのう」
不安げな表情を見せるミューリィを見て、ディノはそれも致し方なしと思う。
クラウスはディノもよく知る人物で、ミューリィと同じエルフだ。
もちろん氏族も違うし育った森も違った。
だが、お互い精霊魔法の達人でもあったので、すぐに仲良くなった。
といっても、恋愛に発展することはなかったが。
クラウスは『感知』で魔力の流れを感知してサポートする後衛職だった。
攻撃を主とするミューリィとはなかなか相性もよく、共にダンジョン攻略する姿も見たことがある。
とはいえ、いくら後衛職といっても、簡単にやられるような男じゃないことも知っている。
だからこそ、行方不明という事実が不気味に思えた。
そして、ディノの脳裏に浮かんだおぞましい過去の事件。
いくら強いと言っても、手段を選ばなければどうにでもなる。
(まさかそこまで愚かではないと思いたいものじゃが…)
ディノは頭の中からその考えを拭い去ろうとしたが、完全に忘れることはできず、一抹の不安を残してしまった。
ちょうどその頃、クランコの迷宮の最深部。
ボス部屋のさらに奥に造られた部屋で、1匹のアラクネが寛いでいた。
その手には、先日ここに辿り着いた探索者のうちの1人の持ち物があった。
それは友誼の証としてその人間から譲りうけたものだ。
それは1個のマグカップ。
決して高価なものではない。
日本のとあるコンビニで先着1000名に配られたおまけだった。
だが、この世界においては、ここまで滑らかで綺麗な食器は存在していない…。
まるで愛しい我が子に触れるかのように、大事に扱いつつも、様々な方向から眺めていた。
眺めるだけでは飽き足らず、頬擦りしたり、頭に乗せたりしていた。
元々カップを使うという知識がないので、どう使ったらいいのか分からなかっただけなのだが、それでも彼女にとっては嬉しかった。
あれから毎日、彼女はこの隠し部屋でカップを愛でていた。
独特な雰囲気を持つあの人間。
何故か攻撃しようという意志を持てなかった。
まるで何かに流されるかのようだったが、それに嫌悪は無かった。
もし、あの人間があの場にいなかったら、他の人間は食べてしまっただろう。
『手を出してはいけない』
そんな思いが根底にあった。
何故そんな思いがあったのかを理解できる彼女ではなかった。
魔力を分けてもらったからだろうか。
彼女は最初こそその思いに戸惑い、悩んだ。
だが、諦めた。
自分はモンスターであり、その思いのままに振舞うことが許された存在なのだ。
ならば、今抱いている思いのままに振舞おう。
そう考え、毎日を気儘に暮らしていた。
気付くと隣の部屋で戦っているであろう音が聞こえた。
どこぞの探索者だろうか、大蜘蛛を倒したようだ。
いつものように、そこそこのアイテムを入れた宝箱を出してやればいい。
彼女はいつものように、小さな赤い球体にその手を翳す。
それはクランコの迷宮に漸く生まれたダンジョンコアだった。
彼女がここに住み着き、ダンジョンマスターとして認められた証でもあった。
いつものようにその力を使おうとした瞬間、彼女しか存在しないはずの隠し部屋に気配が生じた。
それも「4つ」だ。
「あ、やっぱり隠しボスがいたよ」
派手な鎧は聖銀だろうか、まだあどけなさを残す茶髪の少年は危機感を全く感じさせない口調だった。
「でしょ? この『感知』ってすごいのよ。魔力の流れとか全部分かっちゃう。それに『転移』も便利だし」
装飾の施された濃紺のローブを纏い、杖を片手に立つ長い黒髪の少女が得意げに言う。
「ていうか、あれダンジョンコアじゃね?」
何かのモンスターの素材を使ったであろう黒の革鎧を着た栗色の髪の少女が、その手に持った槍の先でアラクネの持つ球体を指し示す。
「…こんなことしてていいんですか? 帰る方法を探すんじゃなかったんですか?」
白い法衣を着た黒髪の少女がメイスを構えながら指摘する。
「え? こんな楽しい世界から帰りたいの? ありえないでしょ」
少年が暢気な感じで主張すると、残りの2人も首肯する。
アラクネはその様子が信じられなかった。
目の前の4人は紛れも無く子供だ。
だが、その裡に秘める力は想像を絶するものだ。
思わず数歩後退してしまうほどに…。
「とりあえず姫様との約束だけでも守らないとまずいんじゃね? さくっと殺って帰ろ」
槍を持った少女が面倒くさそうにその槍先を向けた。
アラクネは直感する。
自分はここで倒されてしまうのだろう…と。
だが、あの『証』だけは守らなければならない。
何としても。
アラクネは殺意を高めて4人と対峙する。
唯一人、法衣の少女は躊躇っていたが、残る3人は嬉々として対峙していた。
「それじゃ、さっくりいこうか」
少年が剣を構えると、4人から膨大な魔力が放たれる。
アラクネを遥かに上回る魔力量に、気圧されてしまう。
そして、戦いは始まった。
それは戦いと呼べるものでは無かった。
一方的な蹂躙。
アラクネの攻撃は全て通用しなかった。
剣で、槍で、メイスで、杖で、ひたすら殴打された。
魔法は使われなかった。
全力などではなかったのだ。
4人は遊び半分なのだろう。
だが、それでもアラクネより圧倒的に強かった。
もはやアラクネは動けなかった。
全ての足を殴り潰されていたのだから。
「ダンジョンコアいただきー! ん、何だコレ?」
少年が置いてあったマグカップに気付いた。
興味深い様子でその手にとって眺めていたのだが…
「安物じゃん、いらねー」
無造作に投げ捨てた。
床に落ちたそれは、当然のように割れてしまう。
アラクネはそれを薄れゆく意識の中、ただ見つめていた。
自身の無力さを噛み締めながら…
「一応トドメさしといた方がいいんじゃね?」
槍を持った少女がアラクネの身体にその槍を突き立てる。
「ちょ、ちょっと待って!」
法衣の少女が制止しようとするが、何度も槍を突き立てられたアラクネは光の粒子となって消えていった。
「あれ? これって経験値になってないっぽくね?」
馬鹿っぽい口調の槍少女。
掴み掛からんとばかりに詰め寄る法衣の少女。
「何してるんですか! まだ聞きたいことがあったのに!」
法衣の少女は床に散らばるマグカップの破片を集めながら、3人に抗議する。
「コレが帰る手がかりになるかもしれなかったのに! 何で殺しちゃったんですか!」
「えー、こんな安物のマグカップなんて欲しかったの?」
「姫様に言えばもっと高級なのを用意してくれるよ?」
「モンスターの触ったカップなんて、汚くね?」
他の3人は何を言っているのか理解できないようだった。
「これ、あるコンビニの特典だったんですよ? これがここにあること自体がおかしいんですよ。何で日本のコンビニの限定特典がこっちにあるんですか?」
そう言われて、ようやく事態を理解した表情を見せる3人に、法衣の少女はさらに続ける。
「きっと誰かがこれを持ち込んだんですよ! 私達と同じように召喚された人かもしれない! ひょっとして、帰る方法を知ってるかもしれない! なのにあのモンスターを殺しちゃって! 手がかりが無くなっちゃったじゃないですか!」
「ま、まぁやっちゃったものは仕方ないし、これが手に入っただけでもいいじゃない。姫様が帰る方法を探してくれるかもしれないし。ほら、早く戻らないと煩い人たちが来ちゃうから」
黒いローブの少女が杖を振ると、そこに魔法陣が生まれる。
その中に入る4人。
当然、ダンジョンコアをその手に持って。
次の瞬間、4人の姿は霞むように消えていった。
見事なまでの伏線回ですね。
馬鹿3人と真面目さんが1人…
そして何故かクラウスさんの『感知』を持つ少女…
彼らが主人公と本格的に絡むのはもう少し後です。
次回更新は12日あたりにできれば…と思っています。
読んでいただいてありがとうございます。