ロックのお勉強 教えるのも勉強です
新年1回目の更新です。
3が日のPVがすごいことに…
作業場に置かれた大きめのテーブルに、数種類の鍵穴が置いてある。
それぞれ、分解してあるものとそのままの形状のものを用意した。
そして、そのテーブルを囲む俺を含めた5人…5人?
見回せば、そこには普段はこの作業場に来ることのない薄桃色の髪をした魔道士の女が、何食わぬ顔で座っていた。
「何してるんだ? サーシャ?」
「私も暇になったんだけど、面白そうなことしてるなーって。それに、こういう知識は覚えておいて損はないと思うから」
確かにその通りだ。
出来ることなら全員に覚えておいてもらいたいが、手先の器用さとか細かい作業に向いてる性格とかにも左右されるから一概には難しい。
ただ、サーシャみたいに色々な魔法を臨機応変に使いこなす魔道士は、どちらかというと向いている部類に入るんじゃないかと思う。
ま、本人が覚えたいというのであれば、俺は止めるつもりもない。
基本さえ覚えればいくらでも応用がきくし。
「覚えたいなら構わない。ただ、基本からになるぞ」
「それは当然でしょ? 私は何も知らないんだから」
となると、サーシャはジーナと一緒に構造を覚えてもらおう。
「それじゃ、サーシャとジーナにはこれから鍵の仕組みから教える。アイラとセラはこの錠前をピッキングで開けてみろ」
アイラ達に用意したのは、ドイツ製のとあるメーカーの錠前だ。
この錠前…というか鍵穴にはちょっと変わった特性がある。
まずはそれを体験してもらおう。
「速さを競うわけじゃない。勿論、だらだらと時間をかけるのはまずいが、今は確実に開けることを優先するように」
俺の言葉を合図に、2人はピッキングツールを使って作業を始める。
『速さ』を重視しないという言葉の意味をどれだけ理解したかで対処が違ってくる。
それを2人が認識しているかどうかだな…
「さて、それじゃこっちは基本的な鍵穴の構造から説明する。まずは手元にある鍵穴を手に取ってみてくれ」
その鍵穴には鍵が挿してあり、鍵が回る状態だ。
その反対側にはカムという板状の金属があり、その部分が引っかかって留め金や内部機構を回転させる。
「鍵を回す時に裏側の金属板も回るだろう? それが鍵を開ける時の動作の基本だ。次に鍵穴の内部構造について説明する」
次に、以前日本で講習を受けたときに使ったテキストにあった鍵穴の断面図のコピーをサーシャとジーナに渡す。
2人は食い入るようにその断面図に見入っている。
鍵穴の断面図なんて見たことないだろうから、この反応も当然だろう。
「綺麗な絵だね」
「本当、どんな絵描きが描いたらここまで精密に描けるのかしら」
食い入る場所が違ってた。
たしかにこっちの印刷技術はまだまだ遅れてる。
活版印刷どころか、ガリ版ですらまだ使われていないと思う。
というのも、ペトローザの屋敷やリスタ家で見た書類は皆、羊皮紙とかいう動物の皮をなめして作った紙に顔料みたいなもので書かれたものだった。
となれば、絵画に使われている道具も推して知るべしだ。
「それは置いといて、その絵に描かれているのがその鍵穴の内部構造だ。鍵を挿した時に、鍵の凹凸で内部にあるピンと呼ばれるものを動かすんだ。結果、そのピンの高さが一定になって鍵穴が回る」
「へー、すごいね」
「なるほどね、これを魔法で解除するのは無理だわ」
「それについては実際に見てもらったほうがいいな。ちょっと待ってろ」
胸ポケットから小さな錐を取り出すと、鍵穴の留め金を外して内筒と呼ばれるピン構造部分を取り出す。
さらに留め金を外して内部ピンが見える状態にする。
「この内部に並んでる小さな部品が『ピン』だ。これを鍵の凹凸で動かすんだ」
その状態で鍵を挿すと、はっきりとピンが動く様子が見える。
今使ってるのは30年くらい前の鍵穴で、ピッキングに弱いと言われてるタイプだが、ピンの動きを見るにはこれが一番わかりやすい。
このピンの位置を変えて違う鍵に対応させるなんてことも出来るんだが、それは今見せる必要もないので置いておこう。
「こんなに細かい動きしてるんだ…」
「実際に見てみるとすごいわね…」
「何言ってるんだ? このタイプは簡単な部類に入る…というか初心者向けだな」
「え…」
「嘘でしょ…」
2人は固まってしまった。
でも、事実なんだから受け入れてもらうしかない。
「とりあえず今日の所はその分解した鍵穴を好きに弄ってみてくれ。廃棄する予定のヤツだから遠慮しなくていいぞ」
漸く再起動したサーシャとジーナは、手渡された工具で鍵穴を弄っている。
これでしばらくは静かになるだろう。
さて、問題はこっちの方だが…
「ロックさん…鍵穴が動きません…」
「ロック…何かおかしいよ…」
やっぱりこうなってたか…
ヒントは与えたつもりだったんだが、難易度高かったようだ。
「見事なまでにこっちの思い通りにトラップにやられたみたいだな」
「トラップ…ですか?」
「ひどいよ! そんなの聞いてない!」
「あのな…実際の現場で『トラップあります』なんて教えてくれる錠がどこにある? 俺は最初に言ったぞ? 急ぐわけじゃないから時間をかけてかまわないって。慎重に探れば違和感に気付くはずだがな」
俺の言葉に2人は黙り込んでしまう。
2人に渡した鍵穴は対ピッキング用のダミーピンが仕込んである。
そのピンを作動させると、他のピンがロックがかかってピッキングでは対処できなくなってしまう。
そうなったら最後、正式な鍵でなければ開かない。
無理に開けるとなれば、ドリルで破壊する以外に方法はない。
この機構は海外の鍵によく見られるもので、日本製にはない。
このあたりは考え方の違いが如実に現れてる。
海外の錠前は鍵穴が共通規格になっているものが多く、違うメーカーの錠前でも鍵穴を流用することができる。
これをユーロ・プロファイルという。
時には引越しの時、入居者は鍵穴を取り外して新居に持っていく。
こうして新しい家でもこれまでの鍵が使える。
日本では考えられない慣習だろう。
「ま、初めて見るタイプの鍵穴に不用意にピッキングしたのが失敗の原因だ。初見の鍵を対処しなければならない時は、時間の許す限り探って情報をつかめ。ピッキングの際もいきなりピンを押し込むんじゃなく、ピンの頭を舐めるように探るんだ」
この探り方は俺がこっちでの鍵開けの際に必ずやってることだ。
出来ることなら、それをしっかりと見ていてほしかった。
「それって、いつもロックさんがしてるあの動作ですか?」
「セラ、何か知ってるの?」
おや? セラは覚えてたのか?
アイラよりも俺の作業を見ていた回数は少ないはずだが…
「ペトローザのお屋敷の地下で見せてもらいました。すごく真剣な表情で作業していたので、それが重要なんだと思って見てました」
「私、そんなの見てないよ!」
「どうして見てないんだよ。一緒に現場に入ったのなら全部見ておくべきだろう?」
「むー!」
アイラが頬を膨らませて不貞腐れている。
こいつは少々感情的になりやすいんだよな…
どうやらこれは種族特性のようなものらしい。
アイラのような獣人種で、尚且つ希少種でもある狐人族は様々な感覚に長けているそうで、斥候の時に使う『索敵』はその最たる技能だそうだ。
もっと歳を重ねると『幻術』も使えるようになるらしい。
しかしその反面、感情に左右されやすい部分もあって、まだ成人したての若者はうまく自分を制御できないこともあるとのことだ。
それとは対照的に、セラは理詰めで動くタイプみたいだ。
恐らく魔道士という職業上、魔法の研究で理論的に考える癖がついてるんだろう。
だから、俺が実質的な作業と同等かそれ以上に気を配って探っていたのを見て違和感を感じたんだろう。
その違和感の原因を辿ったところ、俺の『探り』が重要なんじゃないかと結論付けたってことか。
ただ、残念なことに技術が追いついていないから、探りの途中でトラップを作動させたってところだろう。
この2人、タイプは全く正反対だ。
むしろ、2人で組んで動いた方がいいかもしれない。
アイラは師匠が見込んだだけあって、細かい作業の正確さは俺も認めてる。
アイラが探って情報を引き出し、セラがそれを分析して方法を考え、アイラが実行していく。
今度訓練でダンジョンに潜るときには、2人一緒に入れるように提案してみよう。
といっても、明日からしばらくはダンジョンに入れなくなるんだが…
その間は2人にはひたすら鍵開けの勉強をしてもらおう。
鍵開けなんてのは常に経験がものを言う。
どれだけたくさんの鍵に触れてきたかがそのまま腕前の上達に繋がる。
こうやって勉強してるうちならいくら失敗してもかまわない。
「とにかく2人に言えることは、できるだけ多くの鍵に触れてみることだ。そしてどんな些細なことでもいいから、その情報を自分の頭に叩き込んでおくんだ」
「でも、忘れちゃうよ?」
「そうですよ、流石にこれだけの情報は難しいです」
2人は作業場に持ち込まれている錠前の箱を見て、力なく答える。
作業場には、四駆に積み込めるだけ錠前を持ち込んである。
需要があればこっちでも錠前の取り付けの仕事を請けられないかと思って持ち込んだが、給料として貰った宝石の換金額に比べたら微々たるもんだ。
「別に全てを完璧に覚えておく必要はない。だが、人間の頭ってのは意外と便利でな、忘れても必ずどこかに残ってる。何か対処に困った時、そういう残った知識がふと表に出てきて役に立つ場合もあるんだよ」
俺も現場で困った時、わずかに記憶に残った程度の情報で助かったことは何度もある。
まさかこんな情報が役に立つのか? なんて思った時もあったが、もしもの時を考えると覚えておいた方がいいんだ。
「俺達の仕事は気楽な鍵開けの時もあれば、誰かの命が関わってることもあるんだ。そんな一大事に『知らないから出来ません』なんて言えるのか? そうならない為にも、無駄かもしれないけど情報と経験は出来るだけ多く取り込んでおかなきゃいけないんだよ」
「「 はい! 」」
うん、いい返事だ。
実を言うと、俺だって情報がほとんどない緊急の仕事は今でも緊張する。
緊急の仕事ってのは、時折物凄くヤバイ仕事があったりするんだ。
子供を物置に閉じ込めて鍵を閉めたら開かなくなったとか、一人暮らしの老人が倒れて、かろうじて電話で助けを求めてきたりとか、ちょっと変わったところでは強制執行のための鍵開けなんてものもある。
そんな時に、『すみません、駄目でした』なんて言えるわけがない。
だからこそ、確実に対処するための手立てのための引き出しは多いほどいいんだ。
その引き出しを増やすためには、知識と経験が欠かせない。
こっちの世界の錠前のレベルは、はっきり言って低い。
向こうでの初歩的なレベルにも劣るかもしれない。
だからといって、いつまでもそのままと考えるのは楽観視しすぎだろう。
向こうのある程度のレベルに対応できれば、それは大きなアドバンテージになるのは間違いない。
作業場には、かつて師匠が持ち込んだであろう錠前がたくさん置いてあった。
俺にとっては初歩も初歩だが、アイラ達はこれで必死に覚えていたんだろう。
だが、いつまでも師匠の『遺産』に頼っていてはここで止まってしまう。
なら、俺がこいつらを次のステップへと引き上げてやらなきゃいけない。
「心配するな、お前達は俺がきちんと独り立ちできるまで鍛えるから」
真剣な表情で錠前を弄る2人を見て、ついそんな独り言が漏れてしまう。
あまりにもクサい台詞に視線を泳がせていると、作業台に頬杖をついてニヤニヤとこちらを見ているサーシャがいた。
ジーナはアイラとセラに混じって錠前を弄っている。
「何だよ、その目は」
「いや、案外きちんと考えてるんだなーって思って」
「そりゃ、頼まれたからな。それに、こうやって教えているうちに自分も気付かされるなんてこともある」
「それは私も理解してる。視点が変わることで見えてくるものもあるから」
いつのまにかサーシャが真剣な表情に戻っている。
「たぶん、ディノ様やミューリィに言われたかもしれないけど、改めて私からも言わせてもらうわ。ロックは自分が力になれていないって思っているかもしれないけど、貴方は私達に良い影響を与えてくれている。だから、自分を卑下したりしないで」
「良い影響? それはどういう意味だ?」
「…今はまだそれには応えられない。でも、貴方は決して無力じゃない。ただ力を振るうだけが『力になる』ということではないわ。それを忘れないで」
そう言うと、サーシャは席を立つ。
「今日の話は凄く勉強になったわ。また時間が合えば教えてくれる?」
「ああ、もちろん。仲間の頼みは無碍に断れない」
「…ありがとう」
サーシャはそのまま作業場を出て行った。
本当は無属性魔法について色々と教えてほしかったんだが、サーシャの表情が僅かに陰りがあったから躊躇ってしまった。
ディノも使えない無属性を使うサーシャに聞けば、何かヒントをもらえるかもしれない。
だが、魔法にかまけて鍵のほうが疎かになっては本末転倒だ。
弟子達に恥ずかしいところを見せないように、腕を磨き続けないとな。
ロックは確実にメルディアに影響を与えています。
本人に自覚はありませんが…
感想にて指摘をいただきましたが、世界観については敢えて明確にしていません。
ロックの活動範囲が今拠点にしている街とその周辺なので、活動範囲が広がるとともに徐々に明らかにしていきます。
3が日のPVが10万を超えました…
こんなマニアックな主人公の作品なのに…
もしかしてこれがドッキリというやつでは?
次回更新は8日あたりを予定していますが、仕事が立て込んでいるので少し遅れるかもしれません。
本年も鍵屋さんをよろしくおねがいします。