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異世界でも鍵屋さん  作者: 黒六
第7章 通常営業開始
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勇者ですか?

厄介な人たちだと思います。

 しばしの沈黙の後、ミューリィが口を開いた。


「…そんなに素行が悪いの? 今回の勇者は」

「はい、王国側が必死に揉み消しているようですが」

「でも、勇者になるくらいだから、実力はしっかりしてるんでしょ? いくら素行が悪いと言っても…」

「…その出自が一切不明だとしても…ですか?」


 絞り出すような、か細い声で何とか話すリーゼロッテ。

 ミューリィは絶句しており、俺でも相当に重大な事件だということくらいは判る。


「どうして! 何で今頃!」

「それはわかりません。ただ、王国と帝国の国境付近がきな臭くなっているのは事実です。そのための対策かもしれません」


 重苦しい空気が部屋に満ちていく。

 誰も口を開かない。否、ミューリィとリーゼロッテの放つ雰囲気に口を開くことができない。


「何で…どうして…そんな…」


 ミューリィは茫然自失といった表情で、うわ言のように同じ言葉を繰り返す。


「とりあえず、王城にて謹慎中とのことなので、さしあたっての危険度は低いです。ただ、勇者という肩書に甘えて好き放題していたようです」


 リーゼロッテは何とか話を続けるが、ミューリィがそれを許さない。


「リーゼロッテ! あんた、知らない訳じゃないでしょう? 一体どれほどの人間が…」

「はい、それは重々承知しています。ただ、今回はそれだけではないのです」


 リーゼロッテは苦虫を噛み潰したような表情で続けた。


「今回の勇者は4人なんです」







「な! 4人! なんて事を…!」

「こちらで掴んだ情報では、『剣士』『槍士』『魔道士』『賢者』となっています」


 思考が追い付いていかないミューリィを他所に、リーゼロッテは情報を開示していく。


「なあ、『勇者』ってのはそんなに面倒臭い奴なのか?」

「いえ、私も詳しくは知りませんが…中にはそういう方もいらっしゃるかと…」


 セラでも解らないということは、ダンジョンに関わる存在というわけではなさそうだ。

 俺のイメージだと、はした金と木の棒だけで城を放り出される不憫な奴というイメージしかないんだが…

 異世界の勇者はどこか違うのかもしれない。


「まさか『魔道士』に『賢者』までいるなんて…まさか、そいつらが?」

「はい、『魔道士』の転移魔法でダンジョンの最深部に入っています」


 なるほど、ノワールの母親に怪我させたのもそいつらだってことか…

 よくそんな奴等が『勇者』なんてやってるな。

 周りは止めないのかよ…


「そこでリスタ家と…ミューリィさんにお願いがあります。ウィクルで転移陣を封印したと聞きました。リスタ家の管轄のダンジョンを封印してください」


 ちょっと待て、それは探索者にとっては不利益しかないだろう。

 勿論、俺達もだけど。


「でも、転移魔法なら…そうか、マーカーか…」

「はい、王族のお抱え冒険者が各地のダンジョンで見かけられています。おそらくはそうかと思います」


 ウィクルのマーカーアレか…

 ということは、リーゼロッテの封鎖依頼は、被害者を出さないためか…


「そこでリスタ家にはダンジョン封鎖の許可をいただきたいんです。ミューリィさんには封印をお願いします。入り口の封印と、もしマーカーがあった場合はそちらの封印もです」

「ダンジョン封鎖については、私の一存では判断しかねます。母の指示を仰ぎます」

「封印については…仕方ないわね。巻き込まれる被害者を増やさない為には、ダンジョンに侵入させないのが一番確実だから。でも、一応仲間と相談させて。場合によってはディノの力が必要かもしれないから」

「ディノ様の御力を借りる…それは心強いです」


 リーゼロッテとしても、一番の稼ぎであるダンジョン絡みが失われるのは厳しいものがあるだろう。

 俺達だって、案内役としての仕事が無くなるのは辛い。

 それだけじゃない、下手すれば、この街の印象も悪くなる。

 

 俺は来たばかりだが、それでも親しい人は増えた。

 その人達が辛い思いをするような状況は避けたい。


 最初に勇者と聞いた時には嫌な予感しかしなかったが、こんな予感は本当に当たるんだよな…






 リーゼロッテから衝撃的な話を聞いた俺達は、その足でセラの実家に向かうことにした。

 本来ならば忙しいリスタ男爵夫人だが、セラが一緒であればすぐに会ってくれるかもしれないというミューリィの意見だった。


「只今戻りました。お母様は在宅ですか?」


 屋敷に入るなり、セラはメイドに確認する。

 どうやら執務室に籠っているようで、俺達は執務室に通されることになった。


「お母様、セラです。御報告したいことがあります」

「…入りなさい」


 執務室の扉を開けると、そこには書類の山に埋もれそうな夫人が必死に書類と格闘している姿があった。

 

「…お母様、大丈夫ですか?」

「書類仕事は苦手なんだけど…仕方ないわ、あの馬鹿ダンナは謹慎させておかないと危険だから」

 

 見れば目の下の隈が酷い。

 少しは休憩してほしいが、そういう話なら仕方ないのかもしれない。


「そんなに根つめなくてもいいんじゃないの? ちょっと休憩しましょうよ、デル?」


 あまりの疲弊ぶりに、見かねたミューリィが助け舟を出した。

 流石に俺もここまでへろへろな人に鞭打つような真似はしたくない。

 どのみち、これからもっと衝撃的なことを言わなきゃいけないんだから、その前にほんのちょっとでも気分を休めてほしい。


「茶菓子を用意するから、お茶にしよう。少しは気分転換になるだろう」


 クッキーの詰め合わせ缶を取り出してメイドに渡す。

 色鮮やかに印刷された缶に目を見張っているので、遠い国の菓子ということにしておく。







「ふう、やっと一息つけたわ…それにしても美味しいお茶ね、それにこの焼菓子も」


 リスタ男爵夫人デルフィナはソファで寛ぎながら、紅茶とクッキーを愉しんでいた。

 こころなしか表情も柔らかいものになってきている。

 尤も、これからさらに険しくなるような報告をしなきゃいけないんだが。


「それで、話というのは…『勇者』のことでしょう?」

「お母様! どうしてそれを!」

「私も男爵家を任されている身よ? 手足となる人間くらいいるの。特にダンジョン絡みとなれば当然でしょ」


 セラは驚きの表情を隠せないが、デルフィナは何処吹く風といった顔で紅茶の香りを愉しんでいる。

 さすがは貴族社会で生きている女傑といったところか。


「そのことについては私から説明するわ。色々と対策を立てる必要があるから」


 ミューリィが紅茶を飲みながらも真剣な眼差しを向ける。

 それを見たデルフィナは、その真意を汲み取ったようで、メイドに指示を出す。


「これからしばらくの間、ここには誰も通してはなりません。いいですね」


 メイド達は何か言いたそうだったが、強い口調に渋々退室していった。


「事情を知らない彼女達にとっては『勇者』というのは特別な存在なのよ。だから気になるんでしょうけど、事態はそんな優しい状況ではないでしょうから…」


 




「そうですか、今の『勇者』はそんなに素行が悪いのね…」


 半ば呆れたような口調だが、それ以上に表情は酷い。

 まるでゴミでも見ているかのような表情だ。

 気が小さい奴なら腰抜かして泣いてしまうかもしれない。


「とりあえず、探索者が巻き込まれるのを防ぐのが最優先になると思う。転移陣については…はっきりとわかる場所にあるもの以外は放置しておくつもりよ」

「それがいいわ。貴方達まで巻き込まれてしまっては、こちらとしても大打撃だから」


 

 デルフィナの表情は固い。

 ダンジョンの恩恵を多分に受けているこの街において、ダンジョン封鎖は命取りになりかねない。

 聞けば、ダンジョンが街から1~3日くらいのところに多数存在しているこの街は探索者にとってもかなり重要な街のようだ。

 他の有名なダンジョンは皆、街や村から10日くらいかかったりするので、余程重装備でかからないと生還すら危ういそうで、ダンジョン付近まで馬車による定期便を出しているのはこの街くらいしかないらしい。


 だからこそ、街としては信頼のおける貴族に管理を任せているんだとか。


 尤も、古くからの貴族連中は、ダンジョン管理は下賎の仕事だといって全く関わらないらしい。

 そのくせ、ダンジョンのレアアイテムを欲しがったり、利権に絡んでこようとしたりと結構えげつないことをしてくるらしく、そのことを話すデルフィナの殺気に皆が怯えた。


「それにしても、王国もどこから『勇者』を探してきたのかしら。ここ最近の近隣諸国でも、それほどの逸材が出たなんて話は聞かないわ。しかも4人同時になんて」


 デルフィナの何気ない言葉に、ミューリィが一瞬だが表情を強張らせた。

 何か思い当たる節でもあるんだろうか?


「なあ、『勇者』が4人って、そんなに異常なことなのか?」

「『勇者』っていうのが、超人的な実力の持ち主だっていうのは知ってるでしょ? でも、普通は数十年から数百年に一人出てくるようなものなのよ。それも、世界の危機とかに瀕した場合にね」

「なるほど、それほどの戦力が一気に4人も固まって現れたのが不自然だってことか」

「そうよ。しかも、それほどの実力者なら、以前からその筋で話題になっていなきゃおかしいでしょう?」


 そうだな、いきなりぽっと出の奴が強いなんて漫画じゃあるまいし、現実的じゃない。

 それほどに強ければ、何らかの噂が流れていても不思議じゃない。

 いくらこっちの世界の情報伝達が遅れてるとはいえ、それは確かに異常だ。


「しかも今回は『賢者』がいるのよ? 『賢者』っていうのはその特性上、治癒魔法に造詣が深いんだけど、上級治癒魔法は神殿の神官くらいしか使えないの。なのに、神殿は『賢者』がいることを一切公表していないわ」

「隠しておきたかったんじゃないのか?」

「それこそ意味がないわ。神殿は信者からお布施をもらって成り立っているんだけど、『賢者』ほどの治癒魔法の使い手ならもっとあちこちに売り込んでいても不思議じゃないわ」


 宗教団体にとっては格好の広告塔のはずなのに、一切そんな動きを見せていないってところだろう。

 とすると、確かに不自然だ。

 そいつらは一体どこから来たのか…。

 







「封印についてはディノとも相談してみるわ。こっちにとっても、ダンジョンが使えないのは痛いから」

「頼んだわよ、ミューリィ。それからセラ」

「はい、何でしょうか?」

「あなたも気をつけなさい。それから………どこまで進みましたか?」

「な、なななななななにを言ってるんですか! …まだそんな関係には…」

「あら、どんな関係なのかしら? 教えて欲しいわね」

「もう! お母様、酷いです!」


 何をしてるんだか…

 確信犯だろう、この母親は…

 まだまだそんなことにかまけている時間も無いんだ。

 こちらの世界にことも、まだまだ知らないことのほうが遙かに多いから、俺はもっと学ばなければいけない。

 その代わりというわけではないが、セラのこともきっちりと鍛え上げてみせる。


「ごめんなさい、あまりにも見違えたからつい…。 ロックさん、セラをお願いします。しっかり鍛えてやってください」

「もちろんそのつもりだ」


 流石は元上級冒険者、俺の考えを見抜いているらしい。

 どうやら腹に一物あるようだが、俺程度に看破されるような人じゃないだろう。

 だとすれば、考えるだけ無駄だから、考えないようにしておこう。


 そして俺達はリスタ男爵の屋敷から帰路についた。

 その車中、ミューリィがやけに険しい表情をしていて、ギルドに着くまでその表情を崩さなかった。


 どうやら『勇者』にはいい思い出が無いっていうのは以前聞いたことがあったが、今回のはかなり深刻なのかもしれない。

 果たしてそこに俺が役に立てるのかは分からないが、嫌な胸騒ぎが収まらない。

 


 何も起こらなければいいんだが…




勇者についての印象は様々です。

メイドさんたちは好印象ですが、ミューリィは違います。


次回は23日の予定です。

読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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