癒されます
まったり回です。
クランコから戻った翌日、かなり陽が高く上ったころに目が覚めた。
恐らく、朝まで酒を飲んでいたのが原因だろう。
作業場の簡易ベッドに、作業着のままで寝ていたから、ギルドの部屋に戻るのは不可能と、無意識のうちに判断したらしい。
「…そう言えば、ペトローザに報告に行くんだっけ。それにしては、ミューリィが起こしに来ないな…。いつもなら颯爽と悪戯してくるのに…」
鍵を持っている弟子2人が入ってくるのはもう諦めていたが、何故か今日は入ってこなかった。
ノワールは寝惚けて人化が解けるといけないので、作業場に結界を張って、その中で専用のベッドで眠っていた。
「…すごい格好だな。水浴びしないと…」
ふと姿見で見た俺の全身は埃だらけで、顔も泥だらけだ。よくこんな顔で酒を飲んでたな…
「ま、初めてのダンジョン仕事だったから、何だかんだ言っても嬉しかったんだな」
ふと、師匠から初めて現場を任された時のことを思い出した。
緊張しっぱなしで、どこをどう作業したのかよく覚えていないが、終わって戻ってきた俺を、滅多に行かない寿司屋に連れて行ってくれたな。
緊張してたせいで、寿司屋のカウンターに突っ伏して寝てしまったけど、師匠がおぶって帰ったらしい。後で寿司屋の大将に聞かされて、かなりびびったよ。
「そうだな…初仕事の報告しとこうか…」
そんなことを思い出しているうちに、大事なことを忘れていた。師匠の墓前に報告しとかなくては…。
仮にも師匠の跡を継いだ形になった以上、初仕事くらいはきちんと報告するのが義務だろうし…
「そうと決まれば、早速行ってこよう」
両手で頬を軽く叩いて目覚めを促すと、水浴びするためにギルドに向かった。
「子供達への土産は…クッキーでいいかな? ハンナとマリーンには…梅酒でも持っていくとするか」
買ってきた土産の中から、子供向けの土産と師匠の奥さん2人のための土産を選び出す。
「子供達に遊び道具を持っていくか………」
子供達にと買った玩具を持っていくことにした。当然だがゲームなんかじゃない。
けん玉、ベーゴマ、メンコ…昔の子供達が遊んでた玩具だけど、娯楽文化が現代日本に比べたら遥かに遅れてるこっちなら、十分楽しんでもらえるだろう。
遊び方が簡単で、もし誰かに見られても言い訳できそうなものを厳選したつもりだ。尤も、色彩やら材質やらは誤魔化してもらうしかないけど…
「あれ? ロック? どうしたの?」
玩具と睨めっこしている俺を、通りかかったアイラが目聡く見つける。
「師匠の墓に初仕事完了の報告に…と思ってな。ついでに、孤児院にも顔を出そうかと思ってる」
「それじゃ、私も行くよ!」
「駄目だよ、アイラ? あなたは今日はギルドで待機でしょ?」
「セラ! それはそうだけど…」
「ちゃんと言う事を聞きなさい? ロックはそのままペトローザに報告に行くんだから」
遅れて現れたミューリィとセラによって、アイラのサボタージュは阻止された。不満気な表情を見せるアイラに、ミューリィのトドメが入る。
「そんなことしてると、リルに怒られるわよ?」
途端にアイラの顔色が青くなり、そそくさと倉庫を後にした。言った本人のミューリィも若干顔色が悪い。
…お前がダメージ受けてどうするんだよ。というか、リルってそんなに怖いのか…
「ゲンの墓に行くんでしょ? 私も行くわ、マリーンに話もあるし」
「私は、今日はリスタ家の代理としてペトローザに行きます。お母様が多忙でダンジョン管理の報告を受けられないそうなので、私が急遽代理として伺うことになりました」
いきなり人数が増えたが、悪い報せでもない。師匠だって悪い気はしないだろう。
「それじゃ、車で行くとしよう。荷物を積み込むのを手伝ってくれ」
孤児院への土産を積み終わると、早速エンジンを始動する。
「…特に異常はないな。よし、行くか!」
孤児院へ向けて、アクセルを踏み込んだ。
街を抜け、孤児院の入り口で四駆から降りたところで、エイラが俺を見つけて駆け寄ってきた。
「あれ? ロックお兄ちゃんだ! どうしたの?」
「ちょっと師匠の墓にな。セラとミューリィはどうする?」
「私はマーリンと話してるわ」
「私は…ロックさんのお師匠様にご挨拶したいです」
ミューリィとは孤児院の入り口で別れ、エイラとセラを連れて師匠の墓に向かった。
師匠の墓は毎日手入れされてるようで、とても綺麗に保たれていた。
「あたしもお手伝いしてるんだよ!」
「そうか、ありがとうな」
「えへへへへ」
笑顔で頭を撫でてやると、嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せるエイラ。こんなに綺麗にしてくれてるってことは、師匠は愛されてたんだな…。
墓前にしゃがみ込んで手を合わせる。こちらでの流儀がどういうものか分からないから、とりあえずは日本式だ。
「師匠、おかげさまで初仕事は無事戻ってこれたよ。色々とあったけど、何とかやっていけると思う。そっちにはまだ逝きたくないから、できるだけ見守っててくれ」
しばし瞑目して、立ち上がる。
「…ロックさんはゲン=ミナヅキを尊敬してるんですね」
「ああ、まだまだ届かない、偉大な師匠だよ」
俺の様子を見て、セラが柔らかな微笑みを向けてくる。
事実、初仕事では反省点がしこたまあったから、偉そうなことは言えない。ダンジョン探索でも先達なんだから。
「よし、それじゃみんなとところに戻るか! お土産もあるし!」
「本当? やったー! みんなー! ロックお兄ちゃんがお土産あるってー!」
嬉しさを爆発させて走っていくエイラを見送りながら、歩いて孤児院に戻った。
「これがマーリンさんとハンナさんへの土産です、好みが判らなかったので、女性に人気のある果実酒にしました。それから、これは子供達に食べさせてあげてください。あと、お2人はやや御年を召されてるので、これは薬代わりになる酒です。寝る前に一口くらい飲むと身体にいいそうです」
「なんだい、こんなにしてくれなくてもいいのに…」
「そうよ? こんなにたくさん…大変でしょう?」
「いえ、師匠の墓の面倒を見てもらってるんですから…」
「何言ってんだ、ゲンは私達のダンナなんだから、ダンナの墓を世話するのは当然だろ」
「それでも…ですよ。俺の気持ちだと思ってください」
「…わかったよ、しかしお前達師弟はそっくりだよ。特にその頑固なところが」
最初は渋ってたマリーンとハンナだが、やっと受け取ってくれた。
でもそれは俺の説得だけじゃない。子供達の後押しがあってこそだ。
何しろ、早くお菓子が食べたくて全員で2人を取り囲んでいたんだから…
「ロックお兄ちゃん、それ何?」
エイラが玩具に興味を持っているようだ。
「これは俺の国に昔から伝わる玩具だよ。これはこうやって遊ぶんだ」
俺がけん玉を使ってみせると、皆が目を輝かせて見てる。
「どうだ? 誰かやってみるか?」
「「「「「 やりたい! 」」」」」
けん玉を渡すと、楽しそうに遊んでいる。でも、残った玩具にも興味を持っている子供達は多い。
「これは、このカードを叩きつけて、裏返しになったほうが負けっていうゲームだ。簡単だけど、カードによって強さが違うし、使い方でも変わってくるから面白いぞ」
そういって、メンコを実演してみせる。パチン! と音をたてて叩きつけると、隣のメンコが裏返しになる。それを見て「おおお!」と声を上げる子供達。
「それからこれは…どこかに桶はないか?」
子供達に桶を持ってこさせると、その口を布で覆って紐で固定する。
「これはベーゴマって言って、この紐で回転させて、お互いをぶつけて勝負するんだ。
いいか、見てろよ」
まずは1個目に紐を巻きつけて、桶に放る。さらにもう一つも同様に放った。
布のたわみによって、桶の中央に向かうベーゴマ。やがて回転する2つのベーゴマは固い金属音を出しながら、まるで喧嘩するようにぶつかり合う。
数回のぶつかり合いの末、片方のベーゴマが弾き出されると、子供達から歓声があがる。
「それじゃ、やり方を説明するぞ? この紐にこう瘤を作って、こう巻いていくんだ。あとは…紐の端を離さずに…手首を使って…こんな感じだ!」
俺のやり方を真剣に見てくる子供達。早速ベーゴマに挑戦しているが、やはり初めてはうまくいかないらしい。
「紐の巻き方や投げ方は自分に合った方法を見つけてもいいが、決して人には向けるなよ? 間違いなく怪我するからな」
「「「「「「 はい! 」」」」」」
そして子供達は一心不乱に玩具で遊んでいた。
そんな光景が疲れた俺の心を癒してくれる。日本ではひねくれたガキ共を見ることが多かったから、とても新鮮に映る。
「こんなに楽しそうな子供たちを見るのは久しぶりです」
「ま、子供はこうでなくちゃな」
ハンナとマリーンが無邪気に遊ぶ子供たちを見て、目を細めている。
「子供は将来の宝だからな。子供が苦しんでる国に未来なんて無いよ」
「ゲンと同じことを言いますね」
「本当にお前さんはゲンの弟子なんだね、こんなところまで良く似てるよ」
師匠は子供が大好きだった。どういう訳か独身を貫いていたが(日本で)。
そんな師匠が常に言っていたのが子供のことだ。俺も孤児院から師匠に拾われて今の自分があるから、そのありがたさは十二分に理解してる。
その恩返しというわけじゃないが、ここの子供達には何かしてやりたいと思う。この子達は師匠の子と言える。だからこそ、師匠を知る人間として、何かしてやりたい。
今はこんな上辺だけのことしかできないが、もっとこっちの世界を理解すれば、この子達に最適な道を選ばせることもできるだろう。
「俺は師匠の弟子ですから、何かあれば遠慮なく言ってください。出来る限りの協力をしますから」
「そんな…ありがとうございます…」
「…本当は撥ねつけてやりたいところだが、実情はそんなことも言ってられないんだ。何かあったら…頼んでいいかい?」
「ええ、俺もこの子達の未来が楽しみですから」
ハンナは涙ぐんでいる。マリーンもいつもとは声のトーンが違うな…
こういう展開、苦手なんだよ…。どう話していいものか…。
「あんたを見込んで、頼みがあるんだが…」
マリーンが真剣な眼差しで切り出す。
「もし、あの子達の誰かが『鍵師』になりたいって言ったら…鍛えてやってくれないか? 鍵師としての技術があれば、野垂れ死ぬなんてことはないはずだからね」
「それは構わないが………俺は鍵だけしか教えられないぞ? 斥候職の知識はどうするんだ?」
「それはハンナが教えるよ。彼女は昔、上級ダンジョン常連のパーティで斥候をやってたんだ。………今は見る影もないけどな」
「ちょ、ちょっと! 義姉さん! 酷いですよ! …まあ自覚してますけど…」
そんなやりとりをしていると、ミューリィが寄ってきた。
「また飲んだのか?」
「飲んでないわよ! でも、技術を教えていいの? ロックが困るんじゃない?」
「ロックさんは私の師匠ですから、私が言える立場じゃないですけど、魔法の技術とかは普通は絶対に他人に教えたりしませんよ? 優位性が無くなるわけですから」
「セラの言うとおりよ? 考え直したら?」
2人の言うことは理解できる。こっちの世界では、それが通常だと思う。
でも、それじゃ駄目なんだよ、俺が。
「俺の技術を囲ってどうする? そんなことすれば、俺は腕を磨かなくなる。そうなれば、いつかは同業者に追い抜かれるだろう。
技術を教えても、追いつかれなければいいだけだろ?
教えた連中が今の俺の場所まで来た時には、俺はもっと先に行ってる」
技術っていうのは、切れ味の鈍りやすい刃物みたいなものだ。
常に磨いていなければ、どんどん腕が鈍っていく。鈍った腕なんて晒したら、俺はあの世で師匠に顔向けできない。
「…ロックがそう言うならいいんだけど…」
「はあ…素敵です…」
2人も納得してくれたようだ。
でも、俺には少しだけ…いや、かなり不安が残っている。もし俺の想像通りの事態になってしまったら、俺はどうなってしまうんだろう…。
「なあ、もしも、もしものこととして聞いてくれ」
俺は少しでも不安を紛らわそうと、2人に訊いてみる。俺の様子が尋常ではないことを察したのか、2人は真剣な表情で頷く。
「もし、俺が鍵師の技術を教えるって言った時………誰も希望者がいなかったらどうしよう?」
2人は呆れた表情を隠さない。きっと2人は知らないんだ、昔、講師を頼まれて行ったら、会場に一人しかいなかったあの恥ずかしさを…
まさか50人は余裕で入る会場で、マンツーマンで講演することになるとは思わなかったよ…
講演の話は私の知人の実話です。
次回は16日の予定です。
読んでいただいてありがとうございます。