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異世界でも鍵屋さん  作者: 黒六
第7章 通常営業開始
52/150

癒されます

まったり回です。

 クランコから戻った翌日、かなり陽が高く上ったころに目が覚めた。

 恐らく、朝まで酒を飲んでいたのが原因だろう。

 作業場の簡易ベッドに、作業着のままで寝ていたから、ギルドの部屋に戻るのは不可能と、無意識のうちに判断したらしい。


「…そう言えば、ペトローザに報告に行くんだっけ。それにしては、ミューリィが起こしに来ないな…。いつもなら颯爽と悪戯してくるのに…」


鍵を持っている弟子2人が入ってくるのはもう諦めていたが、何故か今日は入ってこなかった。

 ノワールは寝惚けて人化が解けるといけないので、作業場に結界を張って、その中で専用のベッドで眠っていた。


「…すごい格好だな。水浴びしないと…」


 ふと姿見で見た俺の全身は埃だらけで、顔も泥だらけだ。よくこんな顔で酒を飲んでたな…


「ま、初めてのダンジョン仕事だったから、何だかんだ言っても嬉しかったんだな」


 ふと、師匠から初めて現場を任された時のことを思い出した。


 緊張しっぱなしで、どこをどう作業したのかよく覚えていないが、終わって戻ってきた俺を、滅多に行かない寿司屋に連れて行ってくれたな。


 緊張してたせいで、寿司屋のカウンターに突っ伏して寝てしまったけど、師匠がおぶって帰ったらしい。後で寿司屋の大将に聞かされて、かなりびびったよ。


「そうだな…初仕事の報告しとこうか…」


 そんなことを思い出しているうちに、大事なことを忘れていた。師匠の墓前に報告しとかなくては…。


 仮にも師匠の跡を継いだ形になった以上、初仕事くらいはきちんと報告するのが義務だろうし…


「そうと決まれば、早速行ってこよう」


 両手で頬を軽く叩いて目覚めを促すと、水浴びするためにギルドに向かった。



 


「子供達への土産は…クッキーでいいかな? ハンナとマリーンには…梅酒でも持っていくとするか」


 買ってきた土産の中から、子供向けの土産と師匠の奥さん2人のための土産を選び出す。


「子供達に遊び道具を持っていくか………」


 子供達にと買った玩具を持っていくことにした。当然だがゲームなんかじゃない。


 けん玉、ベーゴマ、メンコ…昔の子供達が遊んでた玩具だけど、娯楽文化が現代日本に比べたら遥かに遅れてるこっちなら、十分楽しんでもらえるだろう。


 遊び方が簡単で、もし誰かに見られても言い訳できそうなものを厳選したつもりだ。尤も、色彩やら材質やらは誤魔化してもらうしかないけど…


「あれ? ロック? どうしたの?」


 玩具と睨めっこしている俺を、通りかかったアイラが目聡く見つける。


「師匠の墓に初仕事完了の報告に…と思ってな。ついでに、孤児院にも顔を出そうかと思ってる」

「それじゃ、私も行くよ!」

「駄目だよ、アイラ? あなたは今日はギルドで待機でしょ?」

「セラ! それはそうだけど…」

「ちゃんと言う事を聞きなさい? ロックはそのままペトローザに報告に行くんだから」


 遅れて現れたミューリィとセラによって、アイラのサボタージュは阻止された。不満気な表情を見せるアイラに、ミューリィのトドメが入る。


「そんなことしてると、リルに怒られるわよ?」


 途端にアイラの顔色が青くなり、そそくさと倉庫を後にした。言った本人のミューリィも若干顔色が悪い。


 …お前がダメージ受けてどうするんだよ。というか、リルってそんなに怖いのか…


「ゲンの墓に行くんでしょ? 私も行くわ、マリーンに話もあるし」

「私は、今日はリスタ家の代理としてペトローザに行きます。お母様が多忙でダンジョン管理の報告を受けられないそうなので、私が急遽代理として伺うことになりました」


 いきなり人数が増えたが、悪い報せでもない。師匠だって悪い気はしないだろう。


「それじゃ、車で行くとしよう。荷物を積み込むのを手伝ってくれ」


 孤児院への土産を積み終わると、早速エンジンを始動する。


「…特に異常はないな。よし、行くか!」


 孤児院へ向けて、アクセルを踏み込んだ。







 街を抜け、孤児院の入り口で四駆から降りたところで、エイラが俺を見つけて駆け寄ってきた。


「あれ? ロックお兄ちゃんだ! どうしたの?」

「ちょっと師匠の墓にな。セラとミューリィはどうする?」

「私はマーリンと話してるわ」

「私は…ロックさんのお師匠様にご挨拶したいです」


 ミューリィとは孤児院の入り口で別れ、エイラとセラを連れて師匠の墓に向かった。


 師匠の墓は毎日手入れされてるようで、とても綺麗に保たれていた。


「あたしもお手伝いしてるんだよ!」

「そうか、ありがとうな」

「えへへへへ」


 笑顔で頭を撫でてやると、嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せるエイラ。こんなに綺麗にしてくれてるってことは、師匠は愛されてたんだな…。


 墓前にしゃがみ込んで手を合わせる。こちらでの流儀がどういうものか分からないから、とりあえずは日本式だ。


「師匠、おかげさまで初仕事は無事戻ってこれたよ。色々とあったけど、何とかやっていけると思う。そっちにはまだ逝きたくないから、できるだけ見守っててくれ」


 しばし瞑目して、立ち上がる。


「…ロックさんはゲン=ミナヅキを尊敬してるんですね」

「ああ、まだまだ届かない、偉大な師匠だよ」


 俺の様子を見て、セラが柔らかな微笑みを向けてくる。

 事実、初仕事では反省点がしこたまあったから、偉そうなことは言えない。ダンジョン探索でも先達なんだから。


「よし、それじゃみんなとところに戻るか! お土産もあるし!」

「本当? やったー! みんなー! ロックお兄ちゃんがお土産あるってー!」


 嬉しさを爆発させて走っていくエイラを見送りながら、歩いて孤児院に戻った。






「これがマーリンさんとハンナさんへの土産です、好みが判らなかったので、女性に人気のある果実酒にしました。それから、これは子供達に食べさせてあげてください。あと、お2人はやや御年を召されてるので、これは薬代わりになる酒です。寝る前に一口くらい飲むと身体にいいそうです」

「なんだい、こんなにしてくれなくてもいいのに…」

「そうよ? こんなにたくさん…大変でしょう?」

「いえ、師匠の墓の面倒を見てもらってるんですから…」

「何言ってんだ、ゲンは私達のダンナなんだから、ダンナの墓を世話するのは当然だろ」

「それでも…ですよ。俺の気持ちだと思ってください」

「…わかったよ、しかしお前達師弟はそっくりだよ。特にその頑固なところが」


 最初は渋ってたマリーンとハンナだが、やっと受け取ってくれた。

 でもそれは俺の説得だけじゃない。子供達の後押しがあってこそだ。

 何しろ、早くお菓子が食べたくて全員で2人を取り囲んでいたんだから…



「ロックお兄ちゃん、それ何?」


 エイラが玩具に興味を持っているようだ。


「これは俺の国に昔から伝わる玩具だよ。これはこうやって遊ぶんだ」


 俺がけん玉を使ってみせると、皆が目を輝かせて見てる。


「どうだ? 誰かやってみるか?」

「「「「「 やりたい! 」」」」」


 けん玉を渡すと、楽しそうに遊んでいる。でも、残った玩具にも興味を持っている子供達は多い。


「これは、このカードを叩きつけて、裏返しになったほうが負けっていうゲームだ。簡単だけど、カードによって強さが違うし、使い方でも変わってくるから面白いぞ」


 そういって、メンコを実演してみせる。パチン! と音をたてて叩きつけると、隣のメンコが裏返しになる。それを見て「おおお!」と声を上げる子供達。


「それからこれは…どこかに桶はないか?」


 子供達に桶を持ってこさせると、その口を布で覆って紐で固定する。


「これはベーゴマって言って、この紐で回転させて、お互いをぶつけて勝負するんだ。

 いいか、見てろよ」


 まずは1個目に紐を巻きつけて、桶に放る。さらにもう一つも同様に放った。


 布のたわみによって、桶の中央に向かうベーゴマ。やがて回転する2つのベーゴマは固い金属音を出しながら、まるで喧嘩するようにぶつかり合う。


 数回のぶつかり合いの末、片方のベーゴマが弾き出されると、子供達から歓声があがる。


「それじゃ、やり方を説明するぞ? この紐にこう瘤を作って、こう巻いていくんだ。あとは…紐の端を離さずに…手首を使って…こんな感じだ!」


 俺のやり方を真剣に見てくる子供達。早速ベーゴマに挑戦しているが、やはり初めてはうまくいかないらしい。


「紐の巻き方や投げ方は自分に合った方法を見つけてもいいが、決して人には向けるなよ? 間違いなく怪我するからな」

「「「「「「 はい! 」」」」」」


 そして子供達は一心不乱に玩具で遊んでいた。

 そんな光景が疲れた俺の心を癒してくれる。日本ではひねくれたガキ共を見ることが多かったから、とても新鮮に映る。


「こんなに楽しそうな子供たちを見るのは久しぶりです」

「ま、子供はこうでなくちゃな」


 ハンナとマリーンが無邪気に遊ぶ子供たちを見て、目を細めている。


「子供は将来の宝だからな。子供が苦しんでる国に未来なんて無いよ」

「ゲンと同じことを言いますね」

「本当にお前さんはゲンの弟子なんだね、こんなところまで良く似てるよ」


 師匠は子供が大好きだった。どういう訳か独身を貫いていたが(日本で)。


 そんな師匠が常に言っていたのが子供のことだ。俺も孤児院から師匠に拾われて今の自分があるから、そのありがたさは十二分に理解してる。


 その恩返しというわけじゃないが、ここの子供達には何かしてやりたいと思う。この子達は師匠の子と言える。だからこそ、師匠を知る人間として、何かしてやりたい。


 今はこんな上辺だけのことしかできないが、もっとこっちの世界を理解すれば、この子達に最適な道を選ばせることもできるだろう。


「俺は師匠の弟子ですから、何かあれば遠慮なく言ってください。出来る限りの協力をしますから」

「そんな…ありがとうございます…」

「…本当は撥ねつけてやりたいところだが、実情はそんなことも言ってられないんだ。何かあったら…頼んでいいかい?」

「ええ、俺もこの子達の未来が楽しみですから」


 ハンナは涙ぐんでいる。マリーンもいつもとは声のトーンが違うな…

 こういう展開、苦手なんだよ…。どう話していいものか…。


「あんたを見込んで、頼みがあるんだが…」


 マリーンが真剣な眼差しで切り出す。


「もし、あの子達の誰かが『鍵師』になりたいって言ったら…鍛えてやってくれないか? 鍵師としての技術があれば、野垂れ死ぬなんてことはないはずだからね」

「それは構わないが………俺は鍵だけしか教えられないぞ? 斥候職の知識はどうするんだ?」

「それはハンナが教えるよ。彼女は昔、上級ダンジョン常連のパーティで斥候をやってたんだ。………今は見る影もないけどな」

「ちょ、ちょっと! 義姉さん! 酷いですよ! …まあ自覚してますけど…」


 そんなやりとりをしていると、ミューリィが寄ってきた。


「また飲んだのか?」

「飲んでないわよ! でも、技術を教えていいの? ロックが困るんじゃない?」

「ロックさんは私の師匠ですから、私が言える立場じゃないですけど、魔法の技術とかは普通は絶対に他人に教えたりしませんよ? 優位性が無くなるわけですから」

「セラの言うとおりよ? 考え直したら?」


 2人の言うことは理解できる。こっちの世界では、それが通常だと思う。

 でも、それじゃ駄目なんだよ、俺が・・


「俺の技術を囲ってどうする? そんなことすれば、俺は腕を磨かなくなる。そうなれば、いつかは同業者に追い抜かれるだろう。

 技術を教えても、追いつかれなければいいだけだろ? 

 教えた連中が今の俺の場所まで来た時には、俺はもっと先に行ってる」


 技術っていうのは、切れ味の鈍りやすい刃物みたいなものだ。


 常に磨いていなければ、どんどん腕が鈍っていく。鈍った腕なんて晒したら、俺はあの世で師匠に顔向けできない。


「…ロックがそう言うならいいんだけど…」

「はあ…素敵です…」


 2人も納得してくれたようだ。


 でも、俺には少しだけ…いや、かなり不安が残っている。もし俺の想像通りの事態になってしまったら、俺はどうなってしまうんだろう…。


「なあ、もしも、もしものこととして聞いてくれ」


 俺は少しでも不安を紛らわそうと、2人に訊いてみる。俺の様子が尋常ではないことを察したのか、2人は真剣な表情で頷く。




「もし、俺が鍵師の技術を教えるって言った時………誰も希望者がいなかったらどうしよう?」


 2人は呆れた表情を隠さない。きっと2人は知らないんだ、昔、講師を頼まれて行ったら、会場に一人しかいなかったあの恥ずかしさを…




 まさか50人は余裕で入る会場で、マンツーマンで講演することになるとは思わなかったよ…


講演の話は私の知人の実話です。


次回は16日の予定です。

読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
― 新着の感想 ―
[一言] 師匠のスキルは教わると忘れるので 必ず背中から窺って盗まないと身に付かないという真実。 後援会でどんなに為になる感動した話をしても 覚えているのは全体の1割程度で 実行できるのは さらにその…
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