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異世界でも鍵屋さん  作者: 黒六
第7章 通常営業開始
51/150

お暇します

アラクネさんとの語らいも終わります

 少し離れた場所で黄昏れていたダレス達を呼び、俺達はまったりとした時間をすごしていた。


「ふーん、それじゃ生まれはもっと南のほうなの?」

『アア、フカイモリノナカダッタ』

「何でここに来たんだ? そんなに深い森なら食べ物もたくさんあっただろう?」

『ソレガ…ヨクワカラナイ…ココニ…コナケレバナラナイヨウ二…カンジタ』


 俺達はアラクネの身の上話を聞いていた。


 聞くところによると、ここに住み着いたのは最近らしく、俺がフランを助けに行った時には、既にマスターになっていたらしい。

 

『オマエノコトハ、アノトキ二シッタ。シカケヲ、アンナニカンタンニ、カイジョサレタノハ、ハジメテダッタ』

「あの時か。まああの程度なら大したことない」

「ロックはそれが専門だからね、戦いは駄目だけど」

「…それは言わないでくれよ…」


 アイラが余計なことを言う。


「そうだな! ロックの攻撃は腰が入ってないからな! あんなのじゃゴブリンくらいしか相手にできないぞ!」

「うるせえよ! そんな事して腕に怪我したらどうするんだよ! 鍵開けは繊細な感覚がないと出来ないんだぞ!」


 全く…それはしっかり理解してるってのに。平和な日本生まれの鍵屋が剣持って戦うなんてあるわけないだろう。そんな経験が無い奴がまともに戦えると思ってるのか?


『ナルホド、オマエはカワッテルナ。オモシロイヤツダ』

「…それは褒め言葉として受け取っておく」

『…ワタシハ、オマエ二アウタメニ、ヨバレタノカモシレナイ』


 ふとアラクネが漏らした呟きに、ミューリィが反応した。


「呼ばれた? もしかして『声』を聞いたの?」

『ソレハ…ワカラナイ。ソウカモシレナイ…』

「…もしかして…『系譜』なのかもしれないわ、あなたは」


 また解らない単語が出てきたな…系譜って血筋とか血縁っていう意味だったような…


「なあ、その『系譜』ってのは何なんだ? 重要なことなのか?」

「当たり前でしょ!『系譜』に連なるモンスターはユニーク個体でも最上級なのよ?」

「だから、その『系譜』そのものが解らないんだよ」

「ああ、そうか。そうよね…」


 どうやら、その『系譜』を知ってるのは、ミューリィだけらしい。


「『系譜』っていうのは、『堕ちた女神』の力を受け継いでるモンスターのことを言うの。純粋にその血を受け継いでいるのか、力を授かったのか、それともその力から自然発生したのかは解らないけど、皆一様に高い能力と知性を併せ持っているわ。きっとあなたは成長途中なんだと思うわ。だって喋るアラクネなんて見たことないし」

「へえ、お前、凄いんだな」

『ソ、ソウカ? ヨクワカラナイガ…』


 このアラクネが、堕ちた女神の何かを継承してる…今一ぴんとこないが…


 ところで、気になってたことがあるから、それを訊いてみよう。


「なぁ、お前が俺に会いたいと思ったのは、鍵開けしてたからなのか?」


 こいつは俺に会いたいと言ってきたのに、強引に俺を連れ込もうとしてきた。もし会いたいなら、マスター部屋で待っていればいいだけなのに、何故そんな行動に出たのかを知りたかった。


『ソレハ、ワタシニモワカラナイ。ナゼカ、ソウオモッタ』

「もしかして、ノワールの匂いが染み付いてるんじゃないの? …もしかして、もう頂いたの? ロックってそっちの趣味が…」

「無いよ! 勝手な妄想するんじゃねぇ! アイラも本気にするな!」

『ワカラナイガ…ワズカニ、ナツカシイカンジガシタ』

「「 ……… 」」


 これには俺もミューリィも黙ってしまった。俺はこの世界の人間じゃないから、アラクネとの接点は無い。なのに何故アラクネがそんなことを感じているのかが理解できない。


 それに、俺は孤児だったから、親戚とかもいないので、関係者を探し出すことも難しい。

まあ、雰囲気とかそんなのは似てる奴はたくさんいるから、あまり深く考えないようにしておこう。







 ひとしきり会話を楽しんだ後、不意にミューリィが切り出した。


「そういえば、私達ってまだ戦ってないよね? どうするの? 戦るの?」


 確かに実質的な戦闘はしていない。あのまま止めを刺してたら、俺の手柄?になるらしかったから戦わなかったが…


 でも、このまったりした雰囲気の後で戦うなんてのは、余程の戦闘狂バトルジャンキーだろう。

 流石にこのメンバーでそういう奴はいない。アラクネだって寛いでいるからな。


「それはちょっと………なあ」

「そうですね…」

「やめようぜ…」

「同意します…」


 赤竜の牙チームは遠慮したいらしい。俺だってここまで仲良くなった相手に戦いなんてしたくない。


「…これで決まりね、私達は戦うつもりは無いけど、あなたはどうするの?」

『ワタシハ…デキレバコノママデ…』

「それじゃ、戦うのは無しということで。…じゃあそろそろおいとまするわね」

『…ソウカ…コチラノげーとヲツカウガイイ…ツイテコイ』


 アラクネがそう言って立ち上がろうとしたとき、異変が起こった。


『ア、アレ…カラダガ…オカシイ…』


 アラクネがたち上がろうとしたが、上手く立てないようだった。


 …と、そこで俺は何か大事なことを忘れているような気がした。確か昔、ネットで何か調べたことがあったような…


『アレ? ドウシテ? ナンデ?』


 アラクネは何とか立ち上がろうとするが、まるで酔っ払いの千鳥足のような足取りで、ふらふらと安定していない。支えてやりたいが、あの巨体をどうこう出来る訳もないので、皆距離をとって見ている。


 …そうだ! 思い出した! 蜘蛛にコーヒー与えたら駄目だったんだ! ということは…



 見ればふらふらと歩いている…壁のほうに。おい、そのまま行ったら…




 ――― ゴォン! ―――



 岩と岩がぶつかるような音が響く。


 アラクネはバランスを崩して、前のめりになりながらも進んでしまったのだ。




 壁面に。




 全く防御することなく、上半身、しかも顔面から。



 モンスターの強度から見ても、あの程度ならば問題ないんだろうが、なにぶん顔面からの衝突だ。

 すると、アラクネがずるずるとその場に崩れ落ちた。その顔は完全に白目を剥き、鼻血をだくだくと流していた。


「大変! 早く治療しないと! ロック! 早く魔力を!」


 ミューリィに促されて魔力を渡すと、見る見るうちにその傷が治っていく。

 でも、俺がコーヒーを飲ませたからこうなったんだよな…


「………本当にごめん…」


 俺はアラクネに心から謝罪した。







 結局、アラクネが復活した後、転移魔法陣でクランコの入り口まで戻ることになった。


 戦闘をしていないのでアイテムが貰えないが、このメンバーで万全のアラクネと戦えば新人はもちろんだが、俺の命も危ないということで、すんなりと帰ることになった。


『タマニハアソビニコイ、コレハミヤゲダ』


 アラクネが色々なアイテムを持ち出してきた。それもすごい量の。


 魔法の鞄を使えば全部持って帰れるが、流石に何もしていないのに貰うのはちょっと憚られた。


『ソンナコトイワズニ、モッテイケ』


 うーん、孫に甘い祖母ちゃんが土産を渡してくるような感じがするが、それは言わないほうがいいかもしれない。

 断り続けていると、明らかに悲しそうな表情を見せたので、仕方なく一人一つずつ貰って帰ることにした。


 ダレス達は武器や防具を選んでいるようで、そこそこの程度のものを見つけて喜んでいる。俺達も選んでいるんだが…


「ねぇ、ロック! この首飾りは似合うかしら!」

「ロック! 私の鎧は似合うかな!」


 俺はずーっとミューリィとアイラの相手をしている。


 正直なところ、逐一持ってくる物の違いがよくわからない。というか、全部同じに見えるんだが、それは地雷を踏むような気がしたので言わないことにした。


『…ダイジョウブカ?』

「ああ、何とか…な」


 アラクネが俺の憔悴しきった様子を見て、心配して声をかけてくれる。何とかそれに応えたんだが…


 モンスターに心配される俺ってどうなんだよ…


 ちなみに俺は、軽そうな鎧にした。上半身…というよりも胸と腹を防護するものらしいが、作業着の胸ポケットが隠れるので少々使い辛い。


 尤も、後で形状は加工できるかもしれないとのことなので、キールに頼んで改良してもらおうと思ってる。


 たかが胸ポケットと思う奴がいたら、俺はそいつに言ってやりたい。


『鍵屋の仕事を見たことがあるのか』と。


 鍵屋が鍵開けなどの仕事をしているとき、そう簡単に鍵穴から目を離さない。というよりも、離せない。


 そんな状態で、必要な道具を取り出さなくてはならない。となれば、道具入れではなく身体に密着しているポケットに各種道具を入れるしかない。


 腰道具を使うことも多いが、場所によっては腰道具が周囲を傷つけるかもしれないから、俺は余程のことがない限り、腰道具は使わない。


 だからこそ、片手ですぐに取り出せる胸ポケットは重要なんだ。


 そんなことを考えているうちに、ミューリィとアイラのファッションショーは無事終了したようだ。ミューリィは魔力量の上がる首飾りを、アイラは隠密効果の上昇する鎧にしていた。




「それじゃ、また機会があれば来るから」

『タノシミニシテイル』

「色々とありがとう。報告はしないから、さっき話したとおりに替わりのモンスターを置いてね」

『ワカッタ…トコロデ、コレハモラッテイイノカ?』


 アラクネはその手の中の小さなマグカップを見つめる。俺があげたものだ。


「ああ、今度はお前でも安心して飲めるようなものを持ってくるから、それまで割ったりするなよ?」

『…ワカッタ…ダイジニスル…』


 その言葉を聞き終わらないうちに、俺達は転移魔法陣によって、クランコの入り口に戻っていた。






「というわけだから、アラクネのことは内緒にしておいてね」


 帰りの馬車に揺られながら、ミューリィは皆に釘を刺す。


「おう、もちろんだ! 結構な物を貰っちまったし、いい経験もできた。こいつらも心を入れ替えてくれそうだし、そのくらい問題ない。そうだろ?」

「「「 はい! 」」」


 3人の声も明るい。それぞれにアイテムを貰えたのもあるし、あの蜘蛛の猛攻をそれなりに凌げたというのが良い方向で自信に繋がったようだ。

 これで慢心さえしなければ、どんどん成長していくだろう。


「これで今回の仕事は終わりだな、明日はゆっくり休むとするか」

「何言ってるの? 私とロックはペトローザに報告しに行くわよ。ダンジョンの治安やモンスターの状況、それに罠の情報も渡さないといけないから。勿論アラクネのことは伏せるけどね」

「何で俺が! それはミューリィの役目じゃないのか?」

「罠についてはロックが詳しいでしょう? その説明をしてもらわないと」


 何で俺がそんなことを…あの御嬢様は苦手なんだよ。腹の探り合いをしなきゃいけないのが特に…。

 でも、下手に誰かが入り込んでアラクネのことがばれてもまずいし…仕方ないか…


「わかったよ! 明日なら構わないけど、今日くらいはゆっくりさせてくれよ? これでも結構疲れてるんだから」

「ふふふ、それは大丈夫よ。私から・・・は何もないから…」




 俺はその時、ミューリィの含み笑いと言葉の意味を理解できなかった。





 そして、その迂闊さを物凄く後悔した。






 ギルドで待ち構えていたロニー達に、『初仕事おめでとう』の酒盛りに連れていかれて、朝まで飲んでしまった後で…

 


いつのまにかアラクネさんが…これは新種のデレなのか?


でも、田舎のおばあちゃんって、とにかくお土産持たせようとしますね。

次回は11日の予定です。

読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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