休憩します
ちょっとまったり回です。
相手はアレですが…
俺は沸騰させた湯をカップに注ぐ。
今度は紅茶ではなく、俺の独断でコーヒーにした。
粉末ミルクをたっぷり入れて、砂糖も多め。
疲れた時には甘い物がいい。
尤も、コーヒーはインスタントだけど…
「ほら、お前も飲め。…というか飲めるのか?」
『シンパイイラヌ………ナカナカウマイ…」
「それは良かった。…色々すまなかったな」
『マッタクダ、ナニガオコッタノカワカラナカッタゾ』
「でも、こっちだって必死だったんだから、その辺りは察してくれ」
『ソレモソウダナ』
「ところで何で………おい、何でお前ら、そんなに離れてるんだよ。もっとこっちに来いよ」
俺達からやけに距離を取る一同。
「…いや、いいよ。俺達は…」
「そ、そうよ、やっぱり話の邪魔しちゃいけないし…」
ダレスとミューリィは頑なに寄って来ない。
アイラも新人3人も、部屋の隅で固まってこっちを見ている。
「邪魔なんて言ってないだろ? 折角なんだから、色々話せばいいじゃないか。面白い話も聞けそうだし」
『ソウダ、ワタシモオマエタチノハナシヲキキタイ』
「…だそうだぞ? そこまで言ってくれてるんだから、早く来い。失礼だぞ」
本当に失礼なやつらだな…温厚なことでは定評のある俺も、そろそろ限界だ。
「だ、だって…何であんたは平気なのよ! 怖くないの?」
「どうして怖いんだ? こんなに優しいじゃないか。敵意もないし」
『ワタシハオマエタチヲガイスルツモリハナイ』
「でも………あなたアラクネでしょ! モンスターでしょ!」
そう、俺はアラクネ相手にコーヒーを飲んでいた。
俺達がダンジョンマスターの部屋に入ると、アラクネは白目を剥いて泡を吹いていた。
かろうじて動いていたので、ミューリィに頼んで、風で薬剤を部屋の隅に固めてもらった。
「なあ、ミューリィ。モンスターに治癒魔法って効くのか?」
「うーん、たぶん無理だと思うわ。モンスター…というかこのアラクネの属性がイマイチわからないから…」
そうか…こいつをこのままにしておくのも何だか忍びないんだよ…
「…むしろ、魔力をそのままあげた方が効果的じゃないかしら? モンスターが魔力の高い場所を好むのも理由のひとつだし」
「魔力か…俺のでもいいのか?」
「…そういえばノワールに色々教わってたわね。それなら馴染むのも早いはずよ」
俺達の会話を不思議そうに聞いていたダレスが、その真意に気付いたらしく、会話に割り込んできた。
「おいおい! こんな化け物を回復させようってのか! 喰われちまうだろ!」
「でもなぁ…どうにも不憫じゃないか? 戦わずに負けるんだぞ?」
「う…そう言われるとそうなんだが…」
「それに、このままだと討伐記録はロックだしね」
俺が案内役兼鍵師としてダンジョンで訓練していた時、よく言われたのが『討伐記録』のことだ。
討伐記録は単に止めを刺すだけでは無い。その戦闘でどれだけ貢献したかをダンジョンが判断して、それに応じた魔素を取り込めるような形で与えてくれる。
つまり、止めだけ担当して、ポイントを稼ぐことはできないし、後衛で補助する者も貢献が高ければ、それに応じた魔素を得られるということだ。
ちなみに、魔素はこちらの世界の人間にとっては成長促進させるもので、力が強くなったり、敏捷性が向上したり、あるいは魔力操作が精密になったりと、その恩恵は人それぞれだ。
というようなことを、徹底的に教えられた。
つまり…
「このままじゃ、アラクネの討伐記録の貢献度はロックの独占になるのよ」
「それは…困るな…」
ダレスも複雑な表情だ。このままアラクネを回復させたら、命の危険があるってことだ。だが、このまま止めを刺せば、その貢献度は俺が独占してしまうから、ダレス達は恩恵を受けない。それでは何のためにダンジョンに潜るのかわからない。
『…ワタシハ…オマエタチ…ヲ…コウゲキ…スルツモリハ…ナイ…』
いきなりアラクネが言葉を発した。これには皆言葉を失った。
「…確かに、高位のモンスターは人語を理解するけど…」
「でも、黒竜だって会話が成り立ったぞ?」
「あれは別格よ!」
『…オマエタチ…アノカタヲ…シッテイルノカ?』
アラクネの顔が驚愕に染まる。といっても、そこを顔と呼んでもいいのか悩むところだが…
そこへミューリィが小声で注意を促してくる。
(ロック、黒竜のことは内緒だから、ダレス達には聞こえないようにしなさいよ? もちろんノワールのこともね)
(ああ、わかった。注意する)
俺はアラクネに近づくと、他の連中には聞こえないだろうほどの小声で言った。
(確かに俺達は黒竜とは知り合いだ。その娘も今は俺達のところで暮らしてる)
『…ソウカ…アノカタノ…』
アラクネは考え込んでしまった。…おい、弱ってるんじゃなかったのか?
「ところで、お前を回復させたいんだが、魔力を与えればいいのか?」
『…ワタシハ…ゾクセイマリョクヲ…ウケツケヌ…』
「ああ、俺は無属性だ」
『ホントウカ! ゼヒタノム!』
アラクネの顔が喜色に染まる。
…しかし、上半身が裸なのはどうにかならないかな…
上半身だけ見れば、白髪の北欧系外国人のような感じだ。しかも、無駄にスタイルが良く、大きくて形のいい胸が痙攣に併せてふるふると揺れる。
眼福だな。
「ロック、変な事考えてない?」
「…ロック、胸見てた…」
ミューリィとアイラの目が俺を糾弾してくる。これは不可抗力じゃないのか?
「仕方ないだろ? まさかアラクネに服を着ろなんて言えないだろ?」
「それもそうなんだけど…」
「むー…」
そんな俺達の会話に、アラクネが割り込んでくる。
『スマナイガ…ソロソロゲンカイダ…ハヤク…』
「あ、悪い、忘れてた。どこに魔力を流せばいいんだ?」
『ユビヲ…コチラニ…』
「…こうか?」
アラクネに指示されるままに、左手の人差し指を近づける。すると、俺の手をがっしりと掴んだアラクネが、人差し指を咥えこむ。
『サア…マリョクヲ…』
「…ああ、これでいいのか?」
『アア…チカラガ…』
魔力を流すと、まるで赤ん坊のようにチューチューと指を吸い続けるアラクネ。その表情はどこかうっとりとしている。
大きな胸が間近にあって凄い迫力だ。これが人間なら嬉しいんだが…
そんなことを考えてる俺を、一同が遠巻きに俺達を見ていた。
…どうしてだろう? 何故か背中に刺さる視線が痛い。このままでは俺が視線に射殺されそうだ…
『コノマリョク…ナントイウウマサダ…』
口の端から涎が垂れるのも意に介さず、一心不乱に魔力を吸い続けるアラクネ。しばらくすると、漸く口を離してくれた。
『ウマイマリョクダッタ。コレデカイフクシタ。レイヲイウ』
「こっちのせいでもあるんだし、あまり気にしないでくれ」
『ダガ、コンナニマリョクヲモラッテイイノカ?』
「ああ、俺は魔力の量が多いらしいから気にするな。だけど少しだるいのは確かだし、ここで少し休憩させてもらっていいか?」
『アア、スキニツカッテクレ』
「よし、それじゃ遠慮なく…」
そんな訳で、俺はコーヒーの準備をするために、魔法の鞄からカセットコンロを取り出して湯の用意をしたのだった。
「それにしても、初級とは思えない攻撃だったわね…それに、何でアラクネがいるのよ? ここは以前、大蟷螂がボスだったはずよ」
『ソイツナラ、ワガ仔ノカテトナッテモラッタ』
「なあ、ボスとダンジョンマスターってどう違うんだ?」
「ボスっていうのは、単純にダンジョンを棲家にしている、ちょっと強いモンスターで、ダンジョンマスターはダンジョンに影響を及ぼす者のことを言うの。当然、ダンジョンマスターの方が圧倒的に強いわ」
成程、マスターっていうくらいだからな…
「管理者みたいなものか?」
「それが一番判りやすいかもね」
「そうか…しかし、本当に死ぬかと思ったぞ…」
『ワタシハオマエヲガイスルツモリハナカッタゾ』
「へ?」
思わず変な声が出てしまった。あれだけの攻撃で害するつもりはないって言われてもな…
「それにしては随分厳しい攻撃だったじゃないか」
『ワタシハオマエガスゴクキニナッタ。ダカラワガ仔ラニムカエニイカセタノダ』
「もしかして…あの蜘蛛達は、俺達を迎えに来た蜘蛛だったのか?」
『ソウダ、ナノニオマエタチハコウゲキシタ』
「…そんなこと判るか! それならそう言えばいいだろうが!」
『ワガ仔ラハ人語ヲリカイデキヌ。シカタナイダロウ』
「あー、そういうことか…」
ですよねー。蜘蛛はそんなの解らないよな。
それにしては随分と殺気立っていたような気がするが…
「その割には、かなり攻撃的だったぞ」
『ヒサシブリノニンゲンデミナコウフンシテイタ。ユルセ』
「許せるか! 死んだらどうするつもりだったんだよ!」
『ソレハ…スマナイ…』
明らかにしょげ返っているアラクネ。だが、言う時は言うのが俺のやり方だ!
「それで済んだら警察はいらねーんだよ! マスターならもう少し頭使え!そこについてるのは飾り物か!」
『ウウ……ソコマデイウコトナイダロウ…』
涙目で訴えかけてくる姿を見て、いきなり女性陣が敵に回った。
「ロック! それは言い過ぎでしょ! 女の子を泣かすなんて最低よ!」
「ロック、もうちょっと言い方考えようよ…」
「これは…あんまりです…」
何だか俺が悪者になってる気分になってきた。
駄目だ、こういう状況では男に勝ち目はない。下手に言い返せば、3倍以上の反撃があるのは明らかだ。
仕方ない、話を変えるか…
「…もうその件はいいよ。ところで、何で俺が気になったんだ?」
『オマエカラ…ナツカシイカンジガシタ。ワレラノ主ノフンイキガシタ』
「主って…もしかして『堕ちた女神』のこと?」
『ソウダ…オマエハゾクセイヲモタヌトコロモニテイル』
それって、ダンジョンマスターになった女神のことか? でも俺はこちらの人間じゃないし、偶々無属性だったからだろう。
「悪いが、俺はそんな大層な存在の関係者なんかじゃない。ただの鍵屋だ」
『ソウカ…ザンネンダ………アノカタノチヲウケツグオスナラバヨイツガイ二ナレタノダガ…』
「「 それは却下! 」」
『ドウシテダ? サッキマデミカタダッタノニ!』
俺の知らない所で話が暴走し始めてる。誰かが強引に戻さなければ、俺が誰かの婿になってしまうかもしれない。
アラクネは勘弁してほしい…と思ったら、アラクネの蜘蛛部分の足とか腹の毛がふわふわふさふさだ。…いや、これは…モフモフだ。
まさかのモフモフ発見! モフモフにあの暴力的な胸…
とまあ、それは置いといて…
「で、お前がここに来た理由は何なんだ?」
『グウゼンヨサソウナスミカヲミツケタ。ダカラヒッコシタ』
「引越し…そういうものなのか?」
「引越しについてはどうでもいいわ。 それより、アラクネがマスターならクランコはもう初級じゃないわ。少なく見積もっても中級はある。これは報告しないといけないわ」
確かに、初級であれじゃ、誰もクリアできないんじゃないのか?
『ソウナルト…ダレモコナイノカ?』
「来ないわけじゃないけど…暫くは調査員が来る程度になるわね」
『ソレハ…サビシイ…』
「寂しいなら、ダンジョンに入るなよ…余計に人が来ないだろう?」
『ソウダッタ! キガツカナカッタ! 』
おいおい、そのへんは最初に気付け!
「…それなら、人間を襲わないって約束出来る? それが出来るなら、報告は暫く保留するわよ」
「いいのか? 勝手にそんなことして?」
「クランコは数少ない初級ダンジョンなの。無くなってしまったら、レベルアップしたい冒険者や探索者が困るわ。無闇に人を襲わないって約束してくれる?」
『ダガ…マスタートシテハタタカワナクテハ…』
「…大きな蜘蛛を生み出すことは出来る? それっぽい手下をボスに仕立て上げれば大丈夫よ」
『ソレナラダイジョウブダ! ソレニ…』
何だかもじもじしてるんだけど………何故そこで俺をちらちら見る?
『タマニ…マリョクヲワケテクレレバ…』
「いいわ、任せておいて」
「おい! 勝手に決めるなよ!」
「いいじゃない、特に魔法を使う訳でもないし、宝の持ち腐れなんだから」
確かにそうなんだけど…どうにも納得いかない。
そんなことより、ダレス達が完全に置き去りになってるぞ。誰か構ってやってくれよ。
だってあいつら、しゃがみこんでカニみたいな生き物で遊んでるんだから…。
ダンジョンの討伐評価は平等です。
きちんと後衛職の動きも評価されます。
なので、皆ダンジョンに入るんです。
次回は8日の予定です。
読んでいただいてありがとうございます。