弟子を取りました
工具置き場に来ると、俺は新品の工具を並べた。アイラが師匠の道具を使ってるなら、ここにある道具で十分間に合うはずだ。
「アイラ、師匠の道具と同じ物を持っていけ。そいつは今後、お前だけの道具になる。誰にも触らせずにお前だけが使うんだ。そうやって馴染ませていけば、仕事中のミスもかなり減るはずだ」
馴染んでない道具ほど怖いものはない。慣れていない道具を使ったときはちょっとしたミスが起きやすい。だから俺はいつも3セットほど、自分の道具を用意してある。これなら、どれか一つが駄目になっても替えがきく。アイラは目を輝かせながら、道具を選んでる。
気付くと、その光景を見ている俺は満更でもない気分になっていた。確かに俺もこんな時期があった。師匠に道具を貰って、嬉しくて一晩中眺めてたっけ。翌日の仕事中に居眠りしてすげえ怒られたけど。
成る程、もしかしたら、師匠はアイラや向こうの人たちを見て、こんな心境だったのかもしれない。ここまで純粋に自分の仕事に興味を持ってくれる。情熱を向けてくれる。日本よりも遣り甲斐があるって思えても仕方がないだろう。だって、俺も今、似たような心境だから。
もし、師匠が教えたことを周りが上回り始めてるのなら、そこから先は俺が教えろってことなのか。師匠は結構古い人だったから、新しい鍵や道具には少々疎かった。だからこそ、今の俺が教えられることがある。それに、俺には師匠以外にも教えてくれる人達がいたが、アイラ達にはそういう人すらいないんだ。
アイラだって、まだ未熟だけど、さっきの勝負でわかった。基礎はしっかりできている。いかんせん実戦が足りない。自分より上手い人の仕事を見て、さらなる上を目指すことができない。もし、俺がこの話を断ったら、彼女達は路頭に迷うだろう。もしかしたら、飢えて死んだり、悪事に身を染めるかもしれない。
俺は師匠に拾って貰ったからこそ、こうやって偉そうなこと言える。もし、彼女達を見捨てたら、俺は師匠に会わせる顔がないじゃないか。日本に戻って来れないわけじゃないんだ。なら、俺は何を迷ってる? 文化の違い? 世界の違い? 俺はそんな大層な人間じゃないだろ? 俺はただの鍵屋だ。鍵を扱ってなんぼの仕事だ。異世界に鍵があるって言うなら、そこだってれっきとした俺の仕事場だ。
気付くと、アイラが俺の顔を見上げてくる。道具を抱えて嬉しそうだが、その表情にはどこか不安が見て取れる。おそらく、俺が断った場合の自分達を考えてしまったんだろう。
俺はアイラの頭を撫でる。狐耳が触り心地いい。ちょっといやそうな顔をしたので、ディノ爺さんにも聞こえるように言った。
「道具は選んだか? これから色々と覚えていけば、もっと違う道具を使うこともある。まずはきちんと基本道具を使えるようにしろ。それから、俺は手取り足取りなんて教え方は知らんからな。俺のやることを見て覚えろ。たくさん質問しろ。もちろん客前ではそういうのは拙いが、仕事の後なら遠慮なく質問しろ?」
「え? それじゃ…」
「師匠の教え子を途中で放り出すわけにはいかないだろう? 俺はお前の兄弟子なんだからな」
それを聞いた途端、アイラの表情が一気に明るくなった。そうだよ、こういう顔だよ。こういう顔を見せられたら、師匠だってイチコロだろう。俺だって今、結構ヤバいんだから。何だよ、この可愛い生き物は…って狐耳娘だっけ。
そういえば同業者で「猫耳」とか言ってた奴がいたけど、今ならその気持ち、解るかもしれん。あの時は馬鹿にしてすまん。今度会ったら奢ってやろう。でもアイラには会わせない。危険だからな。
ディノ爺さんの所に行くと、爺さんは俺と師匠が写ってる写真を懐かしそうに眺めていた。確かあの写真は俺の二十歳の誕生日に仕事上がりで撮ってもらったやつだ。師匠の作業場で。そうか…もう7年か。
「なつかしいのう。わしがゲンに会ったころじゃろう。わしはここにスカウトにいったんじゃからな。あの宝箱、ゲンも開けたんじゃぞ?」
「本当か? 俺より早かっただろ?」
「いや、ほぼ同じ…むしろおぬしの方が若干早かったかのう」
「嘘だろ? あの師匠が俺より遅いわけないだろ」
「それは7年前だからじゃろ。7年も実戦で磨かれたおぬしじゃ。既にゲンを超えておっても不思議じゃないわい。ゲンもおぬしが自分を超えることを確信しとったからの。しかしこのタイミングでおぬしがゲンを超えるとは、ゲンもおぬしも数奇な巡り合わせのもとに生きておるのう」
「俺が…師匠より…」
正直なところ、嬉しい気持ちよりも寂しさが上回っていた。いつかは師匠を超えるって口癖みたいに言ってたけど、いざこうなると…自分の胸に空洞が出来たみたいだ…。でも、これは親孝行出来たと考えてもいいんだよな。師匠孝行出来たんだよな。
「爺さんはそういうけど、俺にとっては師匠は永遠に師匠だよ。一生かけても追いつかない。だから、少しでも追いつくために、師匠と同じ道を進むよ。あんたの誘いに乗って、こいつ等を鍛えてやるよ」
そう言ってアイラの頭を撫でる。もう嫌がらない。目を細めて嬉しそうにしてる。
「そうか! それはありがたいことじゃ。それでは早速準備に入ろうかの。おぬしの道具はどこじゃ? 道具が無ければ始まらんからの」
「俺の道具はこの車に積んである。こいつの中身全てが俺の道具だ」
爺さんとアイラが俺の四駆を見やる。こいつは流石に無理だろうな。でもこいつはある意味、一番大事な道具でもあるからな。
「よし、こいつごと換べばいいんじゃな? 早速準備に入るぞ、アイラ」
「はい! ディノ様!」
「え? 大丈夫なのか? こんなの持ち込んで」
「ゲンも持ってきとったぞ、ケイトラとか言う奴をの。問題ないわ」
何かもう、色々拍子抜けしてしまった。異世界ってこんなに簡単にいけちゃうものなのか? ちょっと隣町まで! みたいな雰囲気だ。アイラはそんな俺の不安を読み取ったらしく、声をかけてくる」
「大丈夫、ディノ様が凄いだけ。他の魔道士ではこうはいかない。人だけしか換べない。さすがは大魔道士最高位のディノ様」
「へー、爺さん、そんなに凄い人だったのか」
「ただ長生きしとるだけじゃ。ほれ、準備はできたぞ。この円に入ったものを換ぶように陣を設置した。あとは換ぶ時間を決めておけばいいじゃろ。さて、早速じゃが、来てもらってよいか?」
「ちょっと待ってろ、今準備する」
俺は急いで普段着から作業着に着替える。これが俺の鍵屋としての正装だ。それと色々と積み込んだ。爺さんとアイラを四駆に乗せ、俺は運転席に乗る。
「それじゃ、いくぞい」
爺さんの言葉を合図に、俺の視界は光に包まれた。
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