大ピンチです!
地下へと降りる階段を下りると、そこにはこれまでと同じような通路が続いている。
「クランコは出来てから日が浅いダンジョンだから、地下は30階層しか無いわ。ダンジョンマスターはいるけど、戦い方次第では苦戦するほどじゃないと思う」
ミューリィが周囲を警戒しながら声をかける。今は29階層だから、あと1階か…
ちなみにダンジョンマスターを倒すと、そこから地上には転移陣で帰還するそうだ。それから、倒したマスターはしばらくすれば復活するらしいし、また新しいモンスターが入り込んで、新たなダンジョンマスターになることもあるらしい。
それにはダンジョンマスターの核が無事であることが前提だという。核はダンジョンの維持を担っており、これが失われるとダンジョンは死に、中のモンスターはダンジョンから外に逃げてしまう。当然だが各国はそれを防ぐ必要があり、過去には核を持ち出した所為でモンスターの群れに襲撃され、滅びた国もあるそうだ。
「つまりは持ちつ持たれつというところか…重要なんだな、ダンジョンって」
「そうよ、それにダンジョンは別世界を構築してるとも言われてるの。小さなダンジョンなら核を失ってそれ自体の崩壊程度だけど、大きなダンジョンだとそのまま世界の崩壊に巻き込まれて周囲が消滅することもあるわ」
ミューリィが退屈なのか、俺にそんな講義をしてくれる。というのも、やはり『蚊取り線香』の威力はこのフロアまできたようで、蟲系モンスターが全くいない。それどころか、ゴブリンすらいない。だから、歩きながら雑談できてしまっている。
「おう、その話は聞いたことがあるぞ? 確か『ブロンの大迷宮』だったか?」
「ええ、言い伝えによると、最上級ダンジョンの核を持ち出した探索者がいて、その所為で世界が消滅しかけたのよ。それを察知した女神の一柱がダンジョンの最深部で自らダンジョンマスターになってそれを阻止したらしいわ」
ダレスも参加してくる。しかし、女神がダンジョンマスターねぇ…
「…そうすると、女神はモンスターになったってことか?」
「それが、分からないのよ…ブロンの大迷宮は今は存在していないの。というよりも、入る方法が見つかっていないの。入り口はどこにも無いし、魔法での探知でも無理、精霊にすら分からないんだからお手上げよ」
しかし、それはどうなんだ? 核を持ち出せばどうなるかくらいはわかりそうなものだと思うんだが…
「しかし、そんな危険を冒してまで核が欲しいのか?」
「…核はね、ダンジョン内の全てのモンスターの魔力量と同等の魔力を持つと言われてるのよ。それだけのエネルギー…何に使おうとするかは解るでしょ?」
「…戦争か…」
このあたりは地球と変わりないんだな…それにしても、自国にそんな爆弾抱えてどうするんだ? 最悪なのは…
「なあ、もし他の国の奴がダンジョンの核を盗んでいったらどうなる?」
「それは最悪ね。核は悪用されるうえに、ダンジョンからのモンスターにも対応しなきゃいけない…最悪、その国が滅ぶかもしれない」
やっぱりか…そのためにも皆、ルールを厳守してるのを理解できない馬鹿もいるのが現実なんだよな…
「おいおい、話に夢中になるのはそこまでにしてくれよ? そろそろ部屋の構成が変わってきてるからな」
ダレスがやや呆れ気味に声をかけてっくる。まぁこんな話はダンジョンじゃなくても出来るからな…。
不気味に静まり返った通路を歩き続けると、そこには階下へと降りる階段があった。その階段を降りて進むと、途中で体育館くらいの大きさの部屋に続いていた。
「何だ? やけにでかい部屋だな?」
「…いけない! すぐに戻って!」
アイラが突然叫びを上げるが、その時には既に最後尾のコーリンが部屋に入った後だった。
まるでコーリンの入室を待っていたかのように、入ってきた扉が大きな音を立てて閉まった。
「しまった! モンスターハウスよ! ロック! 今入ってきた扉、開けられる?」
「今すぐは無理だ! 鍵穴が無いし、無理矢理開けるには時間が足りない!」
ギルドの皆から、ダンジョンの怖さを徹底的に教えられた。そのうちの一つが『モンスターハウス』だ。
一度閉じ込められると、大量のモンスターが湧いてくる最悪の罠。部屋自体が罠なので、ほぼ気付かずに中に入ってしまうらしい。さっきの俺達みたいに…。
脱出するには方法は2つ、出てくるモンスターを全滅させるか、必ずどこかにある脱出用の扉の鍵を開けて出るかだ。
「ロック! 前方の扉に鍵が5つついてる! きっと脱出扉だから鍵開けお願い! 後ろは守るから!」
「了解! 行くぞ、アイラ!」
ミューリィの声を聞くと同時に、アイラを抱えて疾走する。周りに目をやれば、数か所に魔法陣が浮かび、そこからわらわらと蜘蛛が出てきた。
蜘蛛といってもサイズは様々で、小さいのは大型犬サイズ、大きいのはワンボックス車くらいの大きさだ。一番小さいのと1対1なら何とかなるかもしれないが、あんなでかいの来られたらひとたまりもないだろう。
だが、恐怖に負けていられない。ミューリィほどの強者が守ってくれてるんだ。ならそれを信じて専念するだけだ。
「すうぅぅ………はあぁぁ………」
大きく深呼吸して集中力を高める。こんな時こそ焦っちゃ駄目だ。焦りは指先の感覚を鈍らせて、微妙な力加減を難しくする。
指先に全神経を集めるようなイメージで鍵穴を探る。
(上から2番目と4番目に魔力の反応があるな…残りは物理系か…それなら…)
「アイラ! 2番目と4番目が魔法鍵だ! そっちは任せる!」
「わかった!」
アイラが解除しようとすると、魔力の反応が乱れた。というよりも…移動した?
「まて! アイラ!」
「え? 何?」
アイラの解除魔法は発動しなかった…というよりも、アイラが狙った2番目の鍵からは魔力を感じなくなっていた。物理鍵に解除魔法は無効だから、当然だろう。
そして、今のが失敗と見なされたのか、蜘蛛の強さが上がったようだ。それにしても今の魔力の反応は………
「ミューリィ! あまり魔法を使わないでくれ! 使うならここから離れた場所で!」
「どうしたのよ! それじゃ、ロックが無防備じゃない!」
「この魔法鍵、場所が変わるんだよ! おそらくそっちの魔法に反応してる!」
さっきミューリィが魔法を放ったタイミングと同じくして、魔法鍵の反応が動いた。おそらく、広範囲の魔法に反応してるんだろう。広範囲魔法で牽制してから鍵開けに集中…というパターンが使えないってことか…
「…仕方ないわね、コーリン! ロック達を囲むように障壁を展開して! 外側の攻撃魔法の余波を伝えなきゃいいんだから」
すかさずコーリンの防御障壁が俺達を取り囲む。
「結界は使えないの?」
「すみません! まだ習得してません!」
「…わかった! 出来るだけ強度を維持して! 私は蜘蛛の殲滅に向かうわ!」
ミューリィが蜘蛛の密集地帯に向かって魔法を放つ。
「風の精霊よ、汝の怒りを具現せよ! 『暴風刃』!」
その声に合わせて、つむじ風が蜘蛛を襲う。しかもただの風じゃない。そのつむじ風の中には無数のカマイタチが放たれている。不可視の空気の刃が蜘蛛を切り刻む。
「よし、今のうちに解除するぞ! コーリンも頼んだぞ!」
コーリンは大粒の汗を額に浮かべながらも、何とか笑顔で返してくれた。アイラにもう一度解除魔法を使ってもらい、早々に魔法鍵を無力化する。
残り3つのうち、2つまで解除して残り1つとなったところで………異変は起こった。
どさっ
背後から聞こえた、嫌な予感をさせる音。何かが地面に落ちた音だ。しかも、これは蜘蛛の音じゃない。布が地面にぶつかって立てた音だ。背中に嫌な汗が滲み出る。俺はゆっくりと後ろを見ると………
魔力切れを起こして失神したコーリンに、蜘蛛が群がり始めているところだった。
「アイラ! 行くぞ!」
「うん!」
俺は蹴りと鉈で、アイラは双剣でコーリンにたかる蜘蛛をなんとか排除した。見た限りでは外傷はない。扉の前まで何とか引っ張りこむが、鍵開けを続けようにも蜘蛛の数が多すぎてそれどころじゃない。
「ロック! そっちは大丈夫?」
「コーリンが倒れた! 魔力切れだ!」
「これだけばらけてたら範囲魔法は使えない! 巻き込まない魔法中心でいくから、もう少し堪えて!」
「了解!」
何とかぎりぎりのところで踏みとどまっていたが、皆の疲労はピークをとっくに超えている。コーリンは目を覚まさないし、ミューリィも水系の魔法で何とか排除している。
『水弾!』
群がる蜘蛛の頭を越えようとした1匹を、ミューリィの魔法が撃ち落とす。しかし、水魔法の攻撃力は高くない。だが、水魔法なら俺達に当たっても致命傷にはならない、苦肉の策である。
「陣形を崩されたのが痛いな!」
ダレスが叫ぶ。アルスもビルもかろうじて剣を振っている状態だ。だが、俺達は周りを気にしている場合じゃない。デカブツはダレスやミューリィが担当してくれているが、小型の蜘蛛はまだまだ沢山いる。一瞬たりとも気が抜けない。しかし…
「きゃっ!」
糸いぼをこちらに向けた1匹から放たれた糸がアイラに絡みつく。ずるずると引き摺られていくアイラに駆け寄り、鉈で糸を切って戻る…が、その時間が致命的なアドバンテージを与えてしまった。
既に俺達の眼前まで迫った蜘蛛。その牙を鳴らす音が不気味に響き渡る。
『水弾!』『水弾!』『水弾!』『水弾!』『水弾!』
ミューリィが水魔法を連発してくる。おかげでこっちは水浸しだ。
しかし、威力の強い魔法は仲間を確実に巻き込む。コーリンなら防御障壁で何とかできたのかもしれないが、今はそれもできない。
(これは…やばいかも…)
そんな思いが脳裏を掠める。しかし、諦めるわけにはいかない。鉈が蜘蛛の体液で切れ味が鈍ったので、今は作業道具入れを取り出して、それを振り回している。
工具はそれなりに重いので、切れない鉈よりははるかに役に立つ。…が、それもいつまでも続かない。目の前に来た蜘蛛に叩き付けたその時…
ぶちっ
道具入れの肩紐が切れた。道具入れは蜘蛛の群れの中に落ちて、獲物と間違えた蜘蛛がしきりに齧りついている。
連発された水魔法によって、俺達は勿論、蜘蛛まで水浸しだ。
そして…とうとう…
俺達3人が蜘蛛の糸に絡め取られた。
逃げられないことを確信しているのか、蜘蛛はゆっくりと近づいてくる。相変わらず道具入れに執着している蜘蛛が滑稽だが、笑う気になれない。アイラは怯えた目で俺を見てくるが、俺は何故かどうでもいいことを考えていた。これが走馬灯ってやつだろうか…
(そういえば、作業場で寝たとき、やけに身体が痒かったよな…たぶんノミだろうって思って、燻蒸剤持ってきてたんだ…後で使わないと…ってここで死んだら使えないか…)
目の前に蜘蛛の牙が迫る。滴るのは毒液だろうか…俺はアイラとコーリンを庇うように抱き寄せて、蜘蛛に背中を向けた。
(こんな場所で終わるとは………あの世で師匠に怒られるな…)
そして…俺の視界は白一色となった………
ミューリィが本気になればモンスターハウスも瞬殺ですが、それはソロの場合です。確実に他のメンバーを傷つけるので制限しています。
次回は12月2日の予定です。
読んでいただいてありがとうございます。