うんざりです
若気の至り…言葉は綺麗ですが、いざやられるとひたすら腹が立ちますね
「うわあぁぁぁぁ、早く出してくれえぇぇぇ」
アルスの悲鳴が扉の奥から聞こえてくる。俺はそれを聞きながら、扉の鍵開けに集中する。
「ほら、開いたぞ」
「は、早く開けろよ、お前! そのためにいるんだろう!」
扉が開くなり、飛び出してきたアルスは俺に悪態をつく。…だんだん嫌になってきたぞ…
クランコの探索は順調だった。最初の数階層までは…。
「前方に蜘蛛が2! たぶんゴブリンが2!」
「アルスとビルは蜘蛛をやれ! 俺がゴブリンをやる! コーリンは土魔法で足止めしてくれ!」
アイラの索敵にダレスが指示を出す。それに合わせてアルスとビルが蜘蛛を剣で両断し、コーリンはゴブリンの足を土魔法で絡め取る。動けないゴブリンの首をダレスが危なげなく刎ねた。素人目から見ても、滑らかな連携だ。
「すごいわね、新人なのにここまで連携できるんだ」
ミューリィが感嘆の声を上げる。
「当然だろ? 俺達は強いんだから」
「そうですよ、馬鹿にしないでください」
アルスとビルは胸を張る。
先ほどから、遭遇するモンスターはほぼ彼等が倒しているので、ミューリィは出番がない。アイラも斥候をしているが、アルスがアイラと同列まで出張っていて、若干やり辛そうだ。しかも、こいつらはそれで終わらない。
「なあなあ、こんなギルドやめてうちに来いよ?」
「盗賊なんて危ない仕事、貴女には似合いませんよ?」
…アイラをナンパしてやがる。お前ら、ダンジョンだぞ? もう少し真面目にやれよ…
「おい! 気を抜くんじゃねぇ! 斥候の邪魔すんな!」
ダレスが見かねて注意するが、全然聞いちゃいねぇ。
「索敵に影響が出るから、あまり話しかけないでください」
露骨に不快感を顔に表しながらアイラも注意するが、その態度がよりガキ2人を調子に乗せてしまう。
「ふ、2人共、アイラさんの邪魔だよ!」
「うるせぇ、回復役は黙ってついてくりゃいいんだよ」
「戦力にならないあなたは黙っていてください」
仲間であるコーリンはほとんど相手にされていない。涙目になってるぞ、ちょっとかわいそうだな…。
実際のところ、アイラの索敵がかなり精度が落ちてる。集中しようとすると話しかけられるんだから、それも当然だろう。おかげでモンスターの奇襲を喰らうことも数回あった。それを気にしてか、アイラも少々落ち込み気味だ。
「アイラ、邪魔な奴は無視していいぞ。煩いのを無視して精神集中するのも鍵師には必要な技術だからな」
「はい!」
アイラは嬉しそうに返事する。それを見ていたガキ2人が鬼のような形相で俺を睨んでくる。…お前ら、ダンジョンに何しに来たんだよ…。
アイラにも言ったが、鍵開けには精神集中を余儀なくされる。というのも、鍵開けを依頼したお客さんが話しかけてくるなんて日常茶飯事だ。
鍵に関係ある話ならまだいいが、関係無い世間話をされたりすることもある。そんな時は鍵に集中しながら、会話に付き合うという器用なことをしないといけない。
鍵に集中すればいいと思うだろうが、こういう会話をきちんとこなすことで口コミの仕事が入ってくる。口コミの仕事は同業他社と合い見積を取られることもないので、こちらとしては大歓迎だ。
とまあ話がちょっと逸れたが、探索はかろうじてだが進んでいる。ただ、ガキ2人のうちアルスがどうにもならない。とにかく注意力が足りない。
「おい! あまり迂闊に壁を触るな! 仕掛けが…」
「うわああぁぁぁぁ!」
見事なまでに綺麗にどんでん返しに掛かったアルス。「こういう仕掛けにはこうかかります」という見本のようで少し笑えた。
「出してぇ! 変な虫がいっぱいいるよぅ!」
中から扉を必死に叩く音がする。仕方ない、開けてやるか…
どんでん返しだから鍵穴はない。魔力を探ったが魔力もない。なら仕掛けは扉と枠の境目にあると考えるのが妥当だろう。
案の定、床との隙間に、扉の両側から小さな閂が落ちている。皆がアルスが消えた側の扉を注視しているが、弄るのはそっちじゃない。
アルスが消えたのと反対側の扉の下にマイナスドライバーを差し込み、閂を少しずつ戻していく。床との間に隙間がかなりあったから、作業も楽だった。
ある程度閂を戻して、アルスが消えた方の扉を押すと…半分ほど回転したその先に、無数の虫達にたかられたアルスがいた。ただ、その虫がまずかった。それは…無数の「カメムシ」だった。
「うわ! 臭い! こっち来ないで!」
「おい! 来るんじゃねぇ! コーリン、さっさと清浄魔法をかけろ!」
「うぷっ…臭くて近寄れません…」
アルスは俺を睨みつけると、大声で喚き散らす。
「お前! 鍵師なんだからもっと注意しろ…おえぇぇ………はぁはぁ………お前が…おえぇぇ…」
吐くのか喚くのかはっきりしろよ…
「ロック、相手にしなくていいわよ。クランコの罠は致死性のものはほとんどないし、あいつらにお灸を据える意味もあるし…ちなみにダレスも了解してるわ」
ダレスを見ると、にこやかに右手でサムズアップしてきた。左手は自分の鼻を摘まんでいるが…
「それにしても勝手に動きすぎだろう、あんな仕掛けにかかるなんて…」
まるで無声映画の喜劇を見てるようだ…と言いかけてやめた。ダレス達は俺が異世界人だと知らない。この世界には映画なんて存在していないから、余計な突っ込み所は増やさないほうがいいはずだ。
「早く綺麗にしてくれよ! 臭くて死にそうだ!」
臭くて気絶する奴は見たことあるけど、死ぬ奴はいないと思うんだが…
まあその格好で街に行けば、社会的に抹殺されるかもしれないが。その場合、アルスのあだ名は「カメムシ」で決定だな。
「まだ臭うぞ、あまり近づくな」
「うるさい! お前が注意してくれなかったからこんな目に遭ったんだ!」
アルスが先を急ごうとする…待て、そこは…
「おい! 勝手に動きまわるな! そこは…」
「何を言ってる…うわあぁぁぁぁ!」
不自然な段差の石畳を踏んだ途端、頭上から大量の水が降ってきた。水だから良かったが、これが酸とかモンスターだったら命にかかわる。
「何で止めてくれないんだ! お前が止めてくれてたらこんなにずぶ濡れになることも…」
「よし、何でもないな、先に進もう!」
「無視して進むな!」
さっきからこんなやり取りの繰り返しだ。とにかくアルスが罠にかかる。ビルもアルス程じゃないが罠にかかってる。
それだけならまだいい。それだけなら…
「よし、宝箱が出た! ん? 鍵が掛かってる。頼む、開けてくれ」
「ああ、任せてくれ」
「駄目だ! お前には任せられない! こんなもの俺達で開けられる!」
アルスがそう言うなり、剣を振りかぶる。…おい、まさか壊して開けるつもりじゃないだろうな…
「おい! アルス! 何してるんだ!」
「ちょっと! やめなさい! そんなことしてどうなるかわかってるの?」
「…アルス君、やめようよ…」
ダレスもミューリィも顔を青ざめさせる。鍵のかかった宝箱は、鍵を開けなければ開くことは許されない。これを無視すれば、一気に難易度が跳ね上がる。新人3人を守りきることは難しいんだろう。
だが、身の程知らずのガキ共は止まらない。
「アルス! やってしまえ! 僕はもっと強いモンスターと戦いたい!」
「俺達なら平気だ! 俺達は強いんだ!」
そのまま力任せに剣を振り下ろす………が、宝箱は無事だった。宝箱にアルスの剣が吸い込まれる直前、金属が激しくぶつかる音が響いた。
「何するんだよ、ダレスさん!」
アルスの剣を止めたのは、ダレスの大剣だった。ダレスはまさに鬼のような形相でアルスとビルを睨みつける。
「お前達は俺達を殺したいのか?」
本気の殺気が籠ったダレスの声に、2人は及び腰になる。当然だろう、こんな殺気は本来、仲間に向けられるものじゃない。
「何言ってるんだよ、ダレスさん! 俺達ならモンスターが強くなっても大丈夫だよ! それに、俺達が宝箱を壊したって証拠は残らないし…」
…こいつら、確信犯かよ…
「盛り上がってるところ悪いけど、証拠はしっかり残ってるわよ」
アルスに向かって、ミューリィの冷たい声が放たれる。ミューリィのその手には、小さな宝珠がある。
「これは記録魔石よ。ダンジョンでの犯罪行為を防ぐために、私達探索補助の盗賊ギルドには必ず持たされているの。…アルスだっけ? あんたの行動は立派な犯罪行為よ」
「何で犯罪なんだよ! ダンジョンで宝箱が壊れるくらい、よくあるだろ」
「確かにね。でもその場合、故意に破壊したと認識されないから平気なの。今みたいに無理矢理壊せば、どれほど難易度が上がるかわからないの。下手すれば、初心者向けのクランコが最上級難易度になる可能性だってある。それを私達が判断することはできないのよ」
激昂するアルスに、ミューリィは怖いくらいに冷静だ。
いや、怖い。ミューリィも殺気を放っている。腰の細剣に手をかけているから、多少痛めつけても止めるつもりなんだろう。
「お前ら、もしかして…イゴールが死んだ理由、教えて貰わなかったのか?」
「イゴールさんは鍵師が失敗したせいでモンスターに喰われたんだろ!」
「そうですよ! 馬鹿な鍵師のせいですよ!」
『 馬鹿野郎っ! 』
ダレスの拳が2人の顔面を捉える。堪らず吹き飛ぶ2人。
「イゴールは自業自得なんだよ! あいつは鍵師の娘が鍵開けしてる最中に身体をまさぐったんだよ! そんなことされて身体が動かない女がいるか?
そのせいで鍵師が失敗して偽宝箱に喰われた。そしてイゴールもな。たまたま記録魔石を持ってたのが鍵師の娘だから明るみに出なかったが、本来なら俺達が犯罪者だ」
いきなりのダレスの話の内容に、誰もが唖然としている。
「だから、俺達幹部はイゴールみたいな馬鹿を二度と出さないために、お前達新人を一から鍛え直すことにしたんだよ。どうしようもない連中は除名した。このままだとお前達も除名することになるぞ」
…嫌な話の流れになっちまった…話を聞く限り、イゴールって奴は自業自得だから可哀そうとは思わない。憐れなのは鍵師の娘か…
「で、どうするの? こんなことを聞いた私達を殺して証拠隠滅する?」
いつの間にか俺達に剣を向けていたガキ2人を牽制するミューリィ。
「ダレスさん、こいつらを殺せば…」
『だから馬鹿野郎なんだよ! お前らは!』
ダレスの怒号が響く。2人は腰を抜かしてしまっている。
「お前らで勝てる相手かどうかも判断できないヒヨッコが偉そうなことをいうんじゃねぇ! この人が本気になれば、俺達なんぞ一瞬で消し炭だ!」
へー、ミューリィって凄かったんだ…こちらをちらちら見ながらドヤ顔しているのがイラつく。
「で、どうするの?」
「すまないが、今の話は聞かなかったことにしてくれないか? 本来ならまずいことなんだが、今、俺達のギルドは生まれ変わろうとしてるんだ。もし、今後こいつらが余計なことをした時は、その宝珠を証拠に断罪してくれ」
「「 ダレスさん… 」」
力が付き始めた頃は、とにかくその力を試したい…そう考えるのは自然だけど、それを他人が巻き込まれる可能性がある場所ですることは認められない。そういう教育をしてこなかったことをダレスは反省してるんだろう。
「はぁ…いいわ。大きな被害が出た訳じゃないし…そのかわり、また余計なことしたら………分かるわよね?」
まるで赤べこのようにぶんぶんと首を縦に振るガキ2人。でも、本当に大丈夫だろうか? 物凄く嫌な胸騒ぎがする。こういう時の嫌な予感はほぼ間違いなく現実になるからなぁ
ミューリィの凄さはいずれ書きます。一応二つ名持ちですから。
次回は24日の予定です。
読んでいただいてありがとうございます。