2度目の仕入れです
新章です。
ダンジョンでの仕事が始まります。
さて今回の日本行きの面子は…
バルボラがメルディアを襲撃してから10日が経った。その間、俺は一度日本に帰って色々と調達することにした。今度の同行者は転移魔法陣の担当のセラとリルだった。
あまり大勢で行くのも憚れるので、毎回2人までと限定したんだが、転移魔法陣を問題無く起動させられるのがセラだったので、必然的に残りは1人になってしまった。そこで、骨肉の争いが起きそうになった。
「ロックと一緒に行くのは私!」(アイラ)
「ずるいよ! お姉ちゃん!」(エイラ)
「私も興味あるわ」(サーシャ)
「私も行ってみたいわね」(リル)
その争いに参戦したのはアイラ、エイラ、サーシャ、リルだ。ミューリィとノワールも行きたそうにしていたが、ミューリィにとっては身体に異常をきたすので、ノワールについては人化が解ける可能性があるので不参加となった。
「それじゃ勝負する?」(アイラ)
「魔法なら負けないわ」(サーシャ)
「それは不公平じゃない?」(リル)
「みんなずるい!」(エイラ)
こんな感じで一触即発の状態になりつつあったので、仕方なく平和的解決方法を伝授した。それは…ジャンケンだ。
勝負は苛烈を極めた。十数回のあいこの末、アイラとサーシャが脱落し、エイラとリルの一騎討ちになった。エイラの持つ子供特有の無垢な感性と、リルの持つ大人の女性の駆け引きは気の遠くなるほどのあいこの末…
「うわーん! 負けちゃったー!」
「ふふふ、お姉さんに勝てると思ったの?」
リルの勝利となった。
リルの勝利は俺にとっても有難かった。何故なら、女性陣の服を買わなければならなかったが、男の俺にはどんな服を買えばいいのかわからないし、ましてや下着なんてそれこそ勘弁してほしい。
そこでリルの登場だ。どういうわけかリルはギルドの女性陣の身体のサイズが見た目でわかるらしい。当然、その服が合うかどうかもすぐにわかるそうなので、女性の視点で選んでもらえるというわけだ。
そんな甘い考えは見事に打ち砕かれた。リル達が俺を真っ先に連れてきたのは下着売り場だった………。
がりがりと削られる精神、突き刺さる周囲の女性店員からの訝しげな視線、何故か更衣室から俺を呼ぶリル………どうしてこうなった………
しかも、日本語が部分的にしか読めないから、リルの指示で俺がサイズを選んで持って行くという、ある意味拷問のような仕打ちまで受けた。
ちなみに今回も宝石を売った金で賄った。ほくほく顔のリルとセラとは対照的に、燃え尽きた灰のようになった俺をレジ担当の男性店員が憐憫の眼差しで迎えてくれた。その眼差しを受けて、俺はこの店員と終生の友になれる気がした。
あとは前回と同じく、食料に酒、ガソリン、道具や錠前を仕入れられるだけ仕入れておいた。だが、今回は前回と違う部分があった。それは…
「それじゃ、錠前をもう少し増やしたほうがいいんだな?」
『ええ、それからタニアから調味料を追加してほしいって。あとお酒も』
「わかった。それからそっちの手土産は何がいい?」
『それは任せるわ、リルがいるならリルのセンスに任せてもいいわ』
今俺が電話で話してるのはフランだ。何故異世界のフランと日本の俺が電話で話しているのか………それはディノの研究の賜物だ。
ディノは俺から聞いた電話の仕組みを理解して、通信用の宝珠を改良してくれた。その宝珠をストラップにつけておくと、どういう仕組みか対になる宝珠と通信できる。その場合、携帯の着信は非通知になってる。非通知を拒否しても非通知でかかってくるのは理解に苦しんだが…。ちなみに俺からかける時には、宝珠に魔力を通して履歴から発信すると何故か繋がった。
何故、違う世界で繋がっているかというと、設置した転移魔法陣のおかげらしい。転移陣魔法陣は常に微弱な魔力でリンクされているらしく、そのリンクを通して通話する仕組みだとか。しかもその時に使う魔力は俺から勝手に抜き取られているそうだが、俺にはわからない。
でも、携帯にかかるようにしてもらってありがたかった。日本で宝珠に話しかける奴なんて、どこかあぶない人認定されてしまう。
そんなわけで、色々とリクエストを聞いている最中だ。
『そうそう、ミューリィからなんだけど、ダンジョン用の携帯食料を用意して欲しいって。でも、ロックには魔法の鞄があるから普通の食糧でもいいんだけどね』
「わかった、見繕っておく。明日の昼には戻るよ」
『気をつけてね、特にリルには…』
不穏な一言を残して切れた。…一体何があるっていうんだ?
ちなみに今回は夜のドライブを楽しんだ。夜景のきれいなルートを流しただけだが、2人は子供のようにはしゃいでいた。特に高層ビル群や高架から見える市街地の灯りには声も出ないようだったが。
「すごい…まるでおとぎ話の国みたい…」
「綺麗です…夜空の中にいるみたいです…」
あまりの光景にただただ見蕩れていたようだ。その様子を見て調子に乗った俺は時間を忘れて流したので、予約していたレストランに行くのを忘れてしまった。結局ファミレスで誤魔化したが、相変わらずデザートを凄い勢いで食べていた。それにしても向こうの人間はよく食べる。
それから俺の自宅に戻って仕入れた物を四駆に積み込んだ。ちなみに日本では魔法の鞄は発動しなかった。ディノからは『鞄の中身は置いていくんじゃ』と釘を刺されたが、どうも日本では俺の魔力はうまく通らないらしい。尤も、訓練を重ねれば出来るようになるとのことだが、日本でそこまでするつもりはない。第一、大量の品物がいきなり消えたりしたら怪しすぎるだろう。
夜も遅くなり、俺が買った物の最終チェックをしていると、セラが作業場を覗き込んでいた。寝間着の肩をはだけた状態で…
「ほら、もっと積極的にいかないと! むしろ見せちゃうくらいがいいのよ!」
「ううう、リルさん…恥ずかしいです…」
あー、フランが言ってたのはこういうことか…
「あのな、俺はそういうことをされても困るだけだぞ?」
「そ、そうですよね? もっとお淑やかなほうがいいですよね?」
「ふーん、ロックってもしかして…不能?」
「んなわけあるか! そういう気分にならないだけだ。いいから早く寝ろ、深夜に起きてると老化が進むぞ?」
「…つまらないわ…せっかく2人がかりでサービスしようと思ったのに…」
「…頼むからそういう知識を教えこまないでくれ…」
痛む頭を押さえつつ、作業場のソファで毛布に包まって眠った。
翌日、俺達が荷物を積み込んでいると、ふらりとリカーショップ七宝の親父さんがやってきた。昨日酒の買い付けをしたんだが…何か忘れ物でもしたかな?
「おはよう、今いいかな?」
「ああ、大丈夫だ。…もしかして、昨日忘れ物でもしたのか?」
「いや、こっちのほうに配達があったから、そのついでにね」
親父さんはにこやかに話す。
「そういえば、海外の仕事だって言ってたけど、そっちは順調?」
「ああ、戸惑うこともあるけど、何とかやってるよ」
「そう…それなら良かった」
何だろう…一瞬だけど、親父さんの笑みが消えたような気が…
「体は大切にしてよ? ロックちゃんはお得意様だし、何かあったらゲンちゃんに顔向けできないよ。鈴花ちゃんも心配してたし…何かあったらすぐに相談してよ? 必ず力になるから!」
「ああ、大丈夫だよ………親父さん、こんなに心配性だったか?」
「そろそろ年なのかもしれないね…早く嫁さん見つけて子供の顔でも見せて」
「そんなことしたら爺さんになるだろう?」
「あははは、そうだね。でも、本当に何かあったら相談してよ?」
親父さんは沢山の試供品を置いていってくれた。あとは…
「何だよ…まだこれは無理だって…」
そこには煙草が1カートン置いてあった。俺が昔吸っていた銘柄だ。師匠が失踪してからは、俺が一人前だって自信もって言えるようになるまでは禁煙したんだ。
これがあるってことは、親父さんは俺が一人前になったって思ってるんだろうか。だとしたら嬉しいが、まだまだ師匠に追いついたという認識はない。
「ま、一応持っていくか…向こうで誰か吸うかもしれないから…」
煙草を他の荷物に潰されないようにしまいこむと、積み忘れがないかチェックする。
「よーし、これで全部積んだな。あとはブレーカーとガスの元栓と…」
一通りチェックすると、戸締りを確認して四駆に乗り込む。これからは忙しくなるだろうから、帰ったらすぐに休みたいが…たぶん土産配りといつもの酒盛りで遅くなるんだろう…
ロック達が転移し終える頃、少し離れた場所から人気の無くなった作業場を見守る2人の人影があった。七宝の親父さんと、流山鈴花だ。
「鈴花ちゃんも強情だね…そんなに心配なら、直接顔を出して渡してあげれば良かったのに…」
「ば、馬鹿いうな! そ、そんな恥ずかしいこと出来るか!」
「だからって僕に頼むのはどうなの? 鈴花ちゃんの店と違ってうちは忙しいんだから」
「う…暇で悪かったな! でも、あれはどうしても渡しておきたかったんだ! あれが無いともしものことがあった時に最低限のことすら出来なくなるんだよ! 弟子もとったみたいだし、もう一人前って自覚してもいい頃だと思うんだ…」
突然、思い詰めた表情を浮かべる鈴花に親父さんは怪訝な表情を浮かべる。鈴花は親父さんにだけ聞こえるくらいの声で何かを呟く。
「…それって…どうしてそんなことが…だとしたら凄く危険じゃないか!」
親父さんは驚きの表情で鈴花に詰め寄る。
「だからあれが必要なんだ! あれが無いと…あれが…」
最後のほうは最早うわ言のようになっている鈴花の肩を、親父さんは力強く抱くと、諭すように話しかける。
「そんな事態はそうそう起きないと思うし、昨日見かけた娘さんもロックちゃんを守ろうという気持ちが十分あるのは分かった。僕らがこっちにいる以上、ロックちゃんの仲間たちを信じて待つしかないんだから…」
鈴花はゆっくりとその顔を上げる。その顔は涙で濡れていた。
「ロック…いや、甚六…頼むから無事でいてくれ…」
リルはちょっとえっちなお姉さん的な立ち位置です。
鈴花さんの意味深な発言の真意はいずれ明らかになります。
次回は19日の予定です。
読んでいただいてありがとうございます。