襲撃されました
月の光を夜の雲が遮り、辺りが闇に包まれる。時刻は日本式で言えば深夜1時を回ったところか、こちらの世界では皆が眠りにつく時間だ。こんな時間に活動するのは夜の世界の住人と、何らかの思惑があって動く者だ。
盗賊ギルド「メルディア」の拠点でもある建物も周囲の建物と同様に、既に灯りが消えて数刻経っていた。月光の恩恵が無くなったのを合図にするように、建物の周りに現れる黒い影達。
そのうちの一つが入り口の扉に近づき何かを行っている。…が、数分後、その影は大きく首を横に振った。それを合図に影は建物の各所に散らばる。
そのうちの一つが2階の窓までよじ登り、窓枠の隙間に刃物を差込み留め金を外す。慣れたその手つきはその行為を稼業としているであろうことを窺わせる。澱みなく刃物を逆手に持ち直し、木製の窓を室内側に押し込む。そこまではいつも通りの流れだった、そこまでは…
『ビーーーーーーーーーー!』
耳慣れない大音響が建物に響き渡る。その音に動揺した影達は動きを乱す。すると、窓や裏口に近づいていた影達を想定外の現象が襲った。
「 !!!!! 」
いきなり眩い光が彼らの目を穿ったのだ。ほんの一瞬だが怯んだ影達、それが彼等の命運を決めた。
「ぐっ!」
「ぎゃ!」
「ぐえ!」
周囲で聞こえる苦悶の声。明らかに制圧されていると分かる声だ。少し離れて見ていた影は忌々しげに舌打ちする。
「何だ! 何が起こってやがる! あの音にあの光は何だ!」
「その声はモイスだね? 干された逆恨みに直接仕掛けてくるなんて馬鹿じゃないの?」
ロニーの場違いなほどに明るい声が影の正体を暴き出す。
「それじゃ、早速作業に入らせてもらうが…大丈夫か?」
「ええ、お願いするわ」
俺達はフランに最終確認すると、窓周りにブザー付きセンサーとセンサーライトを取り付ける。こいつが必要にならないことを祈りたいところなんだが、アイラの感覚では今夜は曇りらしい。仕掛けてくるならその闇に乗じてってのが妥当だっていうのが皆の意見だそうだし。
俺は電動ドリルで木枠にビス留めしていく。時間が無いから速度重視で作業しないと間に合わなくなりそうだからな。
「アイラは固定する場所の位置出しを頼む。セラは俺の指示通りに器具を手渡してくれ」
「「 はい 」」
さっくりと取り付けを済ませて次の場所に移動する。もし俺が仕掛けるなら、2階の窓を狙う。1階は待ち構えてる奴がいそうだし、3階は反撃された時に逃げ道がない。2階であれば攻めるも引くも状況に応じて変化できるからな。
ならばこちらはその考え方を逆手に取ればいいんだ。だからこそ、2階の窓を重点的に守る。
「よし、これで終わりだ。アイラ、フラン達を呼んできてくれ、使い方を説明するから」
「うん、わかった」
道具を一通り片付け終わった頃に、フランとディノ、ミューリィ、ロニーが来てくれた。
「それじゃ、これの使い方を教える。まずは実際に見てもらった方が早いか…これはこういう道具だ」
俺はセンサーのスイッチを入れて、投光部に手を近づけると…
『ビーーーーーーーーー!』
無機質なブザー音が鳴り響く。皆が音を確認すると、急いでスイッチを切る。
「これはこの窓を開けようとするとこの音が出る。これなら侵入者にも気付けると思う」
「そうだね、これだけの音なら相手の動揺も誘えるし、何よりこちらが侵入を把握できるのがいいね。音で場所も分かるし」
「それから、窓の外にあるコイツは、近づくと光る。今は明るいから反応しないが、暗くなれば動作する。窓を閉める前にこれを作動させておけば不意打ち喰らうことも無いと思う」
「成る程、音と光とはのう。わしも何か似たような魔法を開発してみようかの」
ディノの呟きを俺は見逃さない。こういう襲撃に備えた道具に似たような効果を持つ魔法が実現できないか聞いてみよう。
「ディノ、ちょっと相談があるんだが、こんなのは魔法で再現できないか」
俺はディノに耳打ちする。
「ほう! それは面白い着眼点じゃな! 魔法理論を組んでみるから、後で詳しい内容を教えてくれんか」
「ああ、勿論だ。それから、一応これを皆に持っていてもらいたい。使い方は後で説明するが、人質を取られた時に相手に隙を作るのに使える道具だよ」
俺は皆にその道具の使い方と凶悪性を説明する。
「ははは…そこまで凶悪なのかい? この道具は?」
「ああ、俺も使われたくないと思ってる。くれぐれも関係ない人には使うなよ?」
「ロック…こんな凶暴な道具を持ってるあなたが心配よ?」
「仕方ないだろ? 俺は身を護る術が無いんだから」
皆がちょっと引き気味だ。…俺だってこんなの使いたくないよ! でも、俺達の身を護る為だ、遠慮なく使わせてもらう。
「それじゃ、ジーナとセラには優先的に持っていてもらうわ。ジーナは戦闘経験無いし、セラだって荒事は初めてでしょ?」
アイラは種族技能と呼ばれるものを持ってるらしいから、とりあえず必要ないだろう。俺も詳しくは知らないが、『幻術』というものらしい。
1本残るが、これは俺が持つことにしよう。
「…どうしてロックが最後の1本を持つのよ…」
「どうしたミューリィ? 当然だろう? 俺はか弱い鍵師なんだから」
「…はあ、もういいわよ。ロックは私達の常識では括れないってことがよく解ったわ。…そうそう、キールから頼んでおいた武器が仕上がったって言付があるの。取りに行ってきなさい」
おお! ついに出来たか! 男のロマン武器! 早速取りに行かなくては!
「それじゃ、キールんとこに行ってくる!」
「ロックが頼んだ武器か…僕も行ってみようかな」
「ロニー、俺のはあくまで護身用だからな? モンスター相手なんざできる訳ないだろう?」
「うん、でもロックの世界の武器を見てみたいから!」
まるで玩具を買ってもらう子供みたいに目を輝かせてる。まあ変な奴に絡まれるのも面倒だし、護衛になってもらおう。
「それじゃ、護衛役を頼むよ」
「任せて!」
俺とロニーはキールの店へ向かう。その途中、歩きながらロニーが耳打ちしてくる。
「…多分仕掛けてくるのは今夜だね、こっちの出方を窺ってる奴がいる。アイラ達だけだったらここで仕掛けてきたはずだよ」
ロニーの目配せに、ごく自然な振る舞いをしながら目線を合わせると、如何にもな男達が建物の陰から様子を窺ってる。
「…ありがとう、ロニー。これを見越して付いてきてくれたんだな…」
「約束したでしょ? 僕らはロックを守るための剣であり盾なんだから。ロックの鍵開けを邪魔させない、どんな奴にも」
そう言って笑顔を見せるロニーが心強い。これだけ俺を信頼してくれてるんだ、下手な真似はできない。気合を入れ直さないと…
「へえ、これがその武器? どうやって使うんだい?」
「これは『トンファー』だ。こうやって使うんだ」
トンファーを構えて見せる。唯の鉄棒だけかと思ったら、グリップ部分は革だな。おまけにこの鉄棒、材質が違うような気がする。
「キール…この素材って…」
「ああ、アダマンタイトだ。剣にするには素材が少ないが、こういう形状なら問題無かった。ま、ロックが来てくれればダンジョンのお宝もたくさん手に入るだろうから、先行投資だな」
どうやら凄い材質らしい。だって打ちつけた音が普通の金属音じゃない。
「成程ね…こうすれば防御に、こうすれば武器になるんだ…ロックらしいよ」
どこが俺らしいのかよく解らないが、俺は自分の両腕を何としても護らないといけない。骨折なんてもってのほかだ。微妙な動きが出来なくなる恐れがあるからな。
事実、俺の仲間の鍵師で交通事故に遭った奴がいるが、腕の骨折が治っても勘を取り戻せなかった。微妙な感覚が解らなくなってしまったそうだ。結局そいつは鍵師を廃業してしまった。
「ありがとう、キール。こいつが役立たないことを祈ってくれ」
「それは武器屋に言う言葉じゃないぞ」
そんなやり取りを残して、俺達はギルドに戻った。さて、陽も沈み始めたことだし、襲撃に備えてセンサーのスイッチを入れるとしますか。
俺達がギルドの外に出ると、そこには黒尽くめの男達が転がっていた。流石に死んではいないが、軽傷って訳でもない。だって片腕無い奴とかいるし…少し離れた場所でモイスがロニーに剣を突き付けられてる。これで王手だな…。
「さて…モイス? どういうことなのかしら?」
フランが細身の剣を抜いてモイスの首筋に添える。モイスを見下ろすフランの目は、既に人間を見る目じゃないぞ。
「あなたのような人間がいるから『盗賊ギルド』の評価が下がるのよ。私達は誇り高き迷宮盗賊、あなた達みたいな野盗崩れと一緒にしないで」
…男達の覆面が剥がされていくが、どうも腑に落ちない。モイスは薄ら笑いを浮かべてるが…この顔は何かつまらない策を持ってる顔だ。何が腑に落ちないんだろう?
「…大丈夫? もう終わった?」
ジーナが建物から出てくる。セラも一緒だが…セラと一緒………あっ!
「アイラ! あの鍵師がいない! 探せ! ロニー達は奴の顔を知らないぞ!」
ロディとかいう鍵師の姿が無い。アイラが探知してるが、印象が薄かったせいか、匂いを追えていない。今、ジーナ達は完全に無防備だ。俺は2人に駆け寄るが、同じくして建物の陰からロディらしき黒尽くめが小剣を抜いてジーナに向かう。
「っざけんな!」
振り下ろされる小剣をトンファーで受ける。甲高い金属音が響いて小剣が綺麗に折れる。その隙を逃さずに、黒尽くめの鳩尾付近に前蹴りをぶち込む。
「うごぉ」
黒尽くめはたたらを踏む…が、その方向にいるのはセラだ。セラは動揺しているようで、魔法の詠唱がうまくいかない。そんな隙を見逃してもらえるはずもなく、黒尽くめはセラの背後に回ると、折れた小剣の根元をそのほっそりとした白磁のような首筋に突きつける。
「は、はは、こいつを殺されたくなければ…」
「セラ! 使えぇぇ!」
俺はセラがその手に握っているものを確認していた。至近距離で外すことなど考えられない。
「はいっ!」
セラは黒尽くめから思い切り顔を逸らして、その手に持ったものを使う。そしてそれは外れることなく黒尽くめの顔を直撃した。
そして、深夜の街に絶叫が響いた。
セラのこうげき!
次回は15日の予定です。
読んでいただいてありがとうございます。