対策を練ります
ギルドへと戻る道を四駆で走る。もちろん安全運転は基本だが、俺はそれ以上に周りに注意を払っていた。あのモイスとかいう、ライバル盗賊ギルドのバルボラのギルドマスターがやけに俺を睨んでたのがその理由だ。
情報を隠して陥れようなんて狡い連中だ、帰り道に何か仕掛けてくるくらいやりかねないだろう。ああいう奴等ほど変にプライドが高いから、「面子潰された」とか言いがかりつけてきそうだ。
「多分、帰り道ではそれは無いと思います」
「どうしてだ、セラ?」
「ペトローザの屋敷に招集されたのは正式な依頼ですし、その帰り道で襲うというのは逆恨みだと証明するようなものではないでしょうか? それに、ペトローザが指名するほど懇意にしている者に襲撃するような輩がいるとは思えません」
「ペトローザはこの街の裏にも顔が利くから、その関係者に手を出すことの恐ろしさを理解できない奴はいないよ」
セラの考えにアイラも同意する。でも、こういう手合いは追い詰められると手段を選ばないってのはどこの世界でも一緒だと思うぞ。
「それに、街中での攻撃魔法は厳しく取り締まられます。むしろ自分達の首を絞めることになると思いますが…」
「なるほど…そうなのか…」
確かに街中での攻撃魔法なんてテロと大差ない。流石にそれは領主としても取り締まりの対象になるということか。となると、俺達が帰った後の対応が問題だな。戻ったら皆に相談してみよう。
結局、戻るまでの間に襲撃は無かった。2人からは半ば呆れ顔をされたが、意外とこういう問題は根が深い。向こうの怠慢が招いた結果だとしても、向こうとしては俺達が仕事を横取りしたとしか考えない。だからこそ、俺達を潰すために手段を選ばないという可能性は捨てるべきじゃない。…たとえ後ろ盾があったとしてもだ。
「おかえり、どうだった? 問題なかった?」
ギルドに戻るなり、フランが話しかけてくる。問題ね…
「あったと言えばあったし、無かったと言えば無かったかな…」
「何よ、それは? はっきり言いなさいよ」
「ああ、話すから皆を集めてくれないか? そのことで相談があるんだ」
「え、ええ、わかったわ。今すぐ集めるから」
俺の表情がやや硬いのを理解したのか、真剣な表情で頷く。俺の心配事を早く解決しないと俺の精神衛生上よくない。
それから20分くらい経っただろうか、ギルドの3Fにある部屋に主だった面々が揃っていた。ルークだけは神官の仕事で来れなかったが、他は偶然にもギルドに来ていたそうだ。
フランは皆が席に着いたのを確認すると、俺に説明を促してきた。
「それじゃ、始めるわ。ロック、ペトローザであったことを話して」
「ああ、まずは先に先日のウィクルの件から話そう。ウィクルの情報を俺達に掴ませないようにしたのは…バルボラだ。リーゼロッテがそう断言していた」
それを聞いて、皆に驚きと怒りの声が上がる。特にミューリィの怒りが酷い。
「何てことしてくれるのよ! おかげでどれだけリルに怒られたと思ってるの!」
「ミューリィ…そこは最低でも僕等の心配をしようよ…」
ロニーが苦笑とともに呟く。本当だよ、全く…。
「――― 続けるぞ? その場にはモイスっていうハゲと、ロディっていう鍵師が呼び出されてた。そこで聞いたんだが、解禁は元々バルボラが請け負う話だったらしい。ただ、連続の鍵開け失敗のせいで外された…そこでメルディアが任されたってことは理解できてるな?」
一同は揃って頷く。
「それを不服に思ったモイスが異議を言ってきたので、鍵開け勝負をしてきた。――― 勿論、勝ったが」
「凄かったんだから、ロックは!」
「あんな仕掛けも解読できてしまうなんて…」
弟子2人が胸を張る。解除したのは俺なんだが…ま、そういう気持ちは分らなくもない。俺も師匠が難しい鍵を開けた時は、とても誇らしい気持ちになったからな。
「恐らくだが、バルボラはペトローザから干されると思う。俺達を見る目が尋常じゃなかったから、帰り道に何か仕掛けてくると思ってたが、何も無かった。多分、これから何か仕掛けてくると思ってるんだが、皆の意見を聞きたいんだ。ああいう姑息な連中は追い詰められると何をしでかすかわからないから」
俺が心配してるのは、メルディアの非戦闘職のメンバーのことだ。俺もそうだし、セラやジーナもそうだ。勿論、セラは魔法の腕がいいし、ジーナだって猫系の獣人だから体捌きは俺なんかよりもはるかに上だ。でも、切羽詰まった奴の考えは常識を超えてくる。自爆テロみたいなことをしてくるかもしれない。
リルは…多分1人でもどうにかできそうな気がするが…俺が気にしてるのはそれだけじゃない。デリックには嫁さんも娘もいるし、アイラにはエイラという妹がいる。逆恨みの対象が一番弱い人間になりやすいのは、どこの世界でも一緒だと思ってる。
「ロックの心配も尤もじゃ、出来るだけ気をつけんといかん。ジーナはアイラと一緒に行動するといいじゃろ。エイラには暫くの間、孤児院から出るなと言っておくんじゃな。あの婆あならバルボラの襲撃くらい片手であしらうじゃろうて」
ディノが俺の心配を察してくれた。あの婆さんがそんなに強いとは想定外だったが。師匠が尻に敷かれてた光景が目に浮かぶ…いかん、笑いが止まらなくなりそうだ。
「そこでなんじゃが、ロック、先日見せてもらった道具があったじゃろ? あれを貸してほしいんじゃ」
「水臭いこと言うなよ、あれはギルドに譲ったんだから、自由に使ってくれて構わない」
「そうか、そう言ってくれると助かる。ジーナ達に護身用に持たせたいんじゃよ」
「わかった、それじゃ後で使い方を教える」
モンスター相手には使い道の無いスタンガンだが、対人相手になら効果はあるはずだ。念のために催涙スプレーも渡しておこう。
「ロック、少しいいか?」
「どうかしたのか? デリック?」
デリックが挙手して発言する。となると設備関連か…
「入り口の扉は対処してもらったが、窓はまだ対策できていない。何かいい考えは無いだろうか? ロニーや俺は気配で判るし、ディノ様やミューリィ、サーシャは魔法での気配察知も出来る。ジーナやアイラも獣人の嗅覚で何とかなるが、流石に毎日夜通しってのも難しいから…」
…つまりは侵入対策だな。撃退までは難しいが…
「それは…誰かが入ってきたら音か何かで報せるくらいなら出来るが…」
「ああ、それでいい。そうすれば夜間の襲撃でも不意を突かれることも少なくなるだろう」
俺なら就寝中に音がしても起きないことが多いが、彼らはそのあたりも訓練されてるんだろう。そう考えれば、侵入と同時に音が鳴ればすぐに臨戦態勢を取れるってことはかなりのアドバンテージになる。…暗殺者とかが相手ならわからないが…念のためにその辺の対策もしておくか…。
「それじゃ、危なそうな場所に対策しておくよ。終わったら説明するから」
「ああ、頼む」
「早速調べて対処しよう。アイラ、セラ、作業に入るぞ」
「「 はい! 」」
2人を連れて作業に入るべく部屋を後にする。他のメンバーは色々と話し合うことがあるらしい。受付のソファで居眠りしてるノワールをそのままにして作業場に向かった。
「ロックさん、何か対応策はあるんですか?」
「窓に鍵をつけるの?」
「侵入センサーをつけようと思う」
「「 侵入センサー? 」」
ギルドの建物もそうだが、この街の建物は窓や扉が内開きだ。つまり、扉や窓が内側に向かって開かれる。これはヨーロッパに多い傾向があるんだが、ある生活習慣に基づいた考え方だ。それは、欧米では室内でも土足だということだ。
日本では玄関の扉はほぼ外側に開く。玄関に土間という空間を作るため、扉を外側に開くようにしなければ土間を使えない。それに、土間で履物を脱ぐという行為が出来なくなってしまう。窓はほぼ引き戸だからあまり参考にならない。
内開きの窓は加工がしにくい。というのも、窓に鍵をつけても鍵自体を大きくできないので、衝撃で壊される可能性があるからだ。勿論、夜間の襲撃者がそんな強引な手法を取るとは思えないが…こんな街中で騒ぎを起こすのは得策じゃないことくらいは判るはずだ。
「これが電池式の侵入センサーだ。2階の窓には内側にこれを付ける。これはここに見えない光があるんだが、この光を横切ると…」
俺が手を翳すと…
『ビーーーーーーーーー!』
結構な音量のブザー音が響いた。いきなりの音に2人は吃驚している。
「こんな感じになる。当然、中にいる奴は気付くだろうし、侵入者も驚くと思う。2階の窓の外側に電池式のセンサーライトも付ける」
「「 センサーライト? 」」
センサーライトは家庭でも普及してる防犯機器の一つだが、意外と防犯性能を高める取り付け方をしていない人が多い。家に向かってライトを照射してる人を見かけるが、それはあまり意味がない。侵入者が最も嫌がるのは、その顔を目撃されることだ。ならば、ライトは侵入者に向かって照射されなければならないが、ご近所付き合いの都合上、それができないことが多いのも事実だ…「お宅のライトが眩しい」なんて苦情が来て、折角付けたライトを外す人もいる。
「これはこの装置の前を通ると光るんだ。こんな具合に…」
センサー部分に手を翳すと、明るい光が灯った。大型で高輝度のLEDだから、かなり明るいはずだ。
「入ろうとして、いきなり明るくなったら驚くだろう?」
「それは…かなり驚きますね…」
「暗殺者なら、何もしないで逃げるかもね」
弟子2人の同意も取れたので、この機器選定で行こう。全部電池式にしたので、月1回を目安に電池交換すればいいだけだ。…さて、これでうまくネズミを撃退できればいいが、ヤバイ大物が来ないことを祈るのみだ。ま、襲撃なんざ起こらないのが一番の理想だが…
センサーライトは取り付け方さえ間違えなければ防犯の強い味方です。
泥棒の後頭部を照らしても意味ありませんね…
次回は13日の予定です。
読んでいただいてありがとうございます。