話が違います!
ピッキングって、ほんとに凄い人は一瞬なんですよね…
実際に見て驚きました
「別にそんなに難しいことをやるつもりはない。こいつをどれだけ短時間で開けられるか、それだけだ」
俺は作業場の在庫から2個の南京錠を持ってきた。もちろん新品だから、卑怯だのずるいだのということは無いはずだ。念のためにディノ爺さんに封を開けてもらい、新品であることを確認してもらう。
「お前、道具はあるのか?」
「勿論だ! ゲンから貰った!」
見れば、懐かしい道具袋だ。師匠がずっと使ってたやつだ。結構古い物のはずだが、綺麗に使ってるようだ。道具の手入れはしてるかどうがわからんが、いかんせん古い道具が多い。後で新しいものを見繕ってやるか、一応兄弟子に当たるんだからな。
「それじゃ、合図でこの机から取り、開ける。早く開けた方が勝ち。いいな?」
「ああ、早くしろ」
「それじゃ、わしが合図をだそう。心配せんでも不正などせんよ。本当の実力勝負でなければ意味がないからの」
俺は狐耳娘と作業台を挟んで相対する。南京錠は台の中央に2個置かれており、それぞれ何とか手を伸ばして届く位置だ。ディノ爺さんめ、良い仕事してやがる。さて…やりますか。
「始め!」
ディノ爺さんの声に弾かれたように動きだす狐耳娘。南京錠を手に取ると、台に固定してピッキングを始める。澱みのないいい動きだと思う。そして十数秒後…
「終わった!」
狐耳娘が宣言する。しかし、その目は大きく見開かれる。何故なら、その時既に俺は作業を終えて、腕組みして彼女の作業を見ていたのだから。
「どうして? 何で?」
不思議そうに俺と自分の手を見比べる狐耳娘。別にどうってことはないんだが、妹弟子ってことで種明かししてやろう。
「おい、何で負けたか教えてやる。よく見てろ」
俺は彼女の開けた南京錠を再び閉めると、左手に持った。右手には2本の針金。そう、俺は片手でピッキングしただけだ。だが、こういう技術は実際の作業で非常に役立つ。
何故かというと、鍵のある場所が、常に作業しやすい場所だなんて有り得ないからだ。
右手の針金を軽く弄ると、南京錠はすぐに開いた。ほんの数秒だ。
「お前のやり方は間違ってない。だが、それは鍵が固定できることを前提にしてる。実際には固定できない状態の鍵なんてざらにある。イレギュラーを如何にしてクリアするかが重要なんだよ。
ただ、基本はきちんと出来てるようだし、反復練習も欠かしてない。悪かったな、変に試すような真似して」
俺はそう言うと、ディノ爺さんに向き合う。
「俺は別にそっちに永住したい訳じゃない。むしろ、こっちでの仕事もあるからな。お客の信頼が大事なのはそっちも同じだと思う。そのあたりが解消出来なければ、俺の方の話は無しだ。それが条件だな」
「つまり、二つの世界を自由に動けるようになれば、考えてもいいと?」
「まあな」
俺もこの手の小説や漫画は見たことがある。向こうに行ったら帰れないとか、帰れても時間がかかるっていうのが定番だ。俺の要望は却下されるだろう。
この狐耳娘もそこそこ腕はあるようだし、そう遠くないうちに一人前になるだろう。ディノ爺さんには悪いがな。
「大丈夫じゃ」
「はい?」
思わず変な声で訊き返してしまった。おいおい、そんなこと勝手に約束して大丈夫なのか? 後で「やっぱり駄目」ってのは無しにしてくれよ。
「こちらと向こうなら繋ぐのはそう難しくない。わしらだっておぬしに会うまで十数回はこちらに来ておる。おぬし、いつの時代の話をしとるんじゃ?」
「そうだ! ゲンも時々里帰りしてた! 嫁を貰ったから墓がこっちにあるだけだ!」
「はあ?」
何だよ師匠、嫁って。いきなり消えて、天涯孤独で死んだのかと思えば嫁だと? 心配してた俺が馬鹿らしくなってきた。
「嫁って、師匠結婚したのか?」
「おお、嫁が二人いるぞ」
「二人って…師匠、どうなってんだよ」
「まああちらでは一夫多妻は忌避されておらんしの。むしろ実力のある男には複数の嫁がいるのが普通じゃな」
師匠、アンタ何はっちゃけちゃってんの? いくら一夫多妻が認められてるとはいえ…まあずっと男手ひとつで俺を育ててくれてたんだ。色々溜まってたんだろうな。
「ところで、世界を行き来する方法って、どうするんだ?」
「簡単じゃよ。こちらに魔法陣を描いておいて、そこに居る者をあちらから転移させるんじゃ。送る時も然り…じゃな」
「何か拍子抜けだな」
「まあすぐに決めてくれとは言わんが、是非とも検討してくれんか。わしらはそこまで切羽詰まってるんじゃ」
「うう…頼む」
狐耳娘がやけにおとなしくなった。何でだよ。意味がわからん。
「ずいぶん大人しくなったな。やりすぎたか」
「お前、ゲンみたい。すごい」
「自分の腕前を理解したようじゃな。どうじゃ、この者に弟子入りしては」
「なる! 弟子になる! 私、もっと上手くなりたい!」
「おいおい、まだ行くかどうか決めてないんだぞ」
師匠が骨を埋めると決断した世界。確かに魅力的だ。しかもこっちと行き来できるなら特に問題はない。自分の腕前がどのくらいなのか試してみたい気もする。それに異世界の鍵ってのもすごく興味がある。かなり悩むな…。
「道具、見てもいい?」
「ああ、好きに見ろ…ええと、名前は?」
「アイラ」
「そうか…そう言えばお前の道具、手入れしてるのか?」
「手入れ? 何それ?」
おいおい、頼むよ師匠。せめて手入れの方法くらいは教えてやれよ。
「道具はな、手入れしなきゃすぐに駄目になるんだ。教えてやるから覚えとけ。それから、工具は新しいのを使うようにしろ」
「でも…これはゲンの…」
「師匠の手とアイラの手では大きさが全然違う。道具についた癖も然りだ。古い道具は馴染みにくいから、新品を使って自分に馴染ませてやれ」
俺はアイラを連れて工具の保管場所に向かった。アイラは新しい道具が貰えると判ったのか、とても嬉しそうだった。
読んでいただいた方、誠にありがとうございます。