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異世界でも鍵屋さん  作者: 黒六
第6章 同業者にご用心
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同業者と勝負しました

 リーゼロッテは優雅な所作で俺達に向かい合うと、静かに椅子に腰掛けた。その流麗な動きに思わず見蕩れてしまう。


「セラフィナ御嬢様も御機嫌麗しゅうございます」

「そんなに畏まらないでください、今の私はメルディアのセラです。実家は関係ありませんので」

「そうでしたか、こちらとしてはあまり危険なことをしていただきたくはありませんが…」


 リーゼロッテは心配そうな表情を浮かべてる。聞けばリスタ男爵家はダンジョン探索のお得意様らしいので、もし何かあった時のことを危惧してるんだろう。


「すみませんが、もう少々お待ちいただけますか? もう一組、こちらに呼んでいますので、その方々が見えられてから本題に入りたいと思います」


 俺達のほかに呼ばれてる奴等がいる? これはどういうことだ? まさか組んで仕事しろって事か? いきなり会った奴と組めなんて無茶言うなよ…






 俺達が他愛もない話に興じていると、ノックの音がする。


「お客様がお見えになりました」

「こちらに通して頂戴」

「かしこまりました」


 手短に用件を伝えるメイドに指示を出すリーゼロッテ。しばらくしてメイドに案内された男2人が入ってきた。やけにガタイのいいハゲの中年と、痩せぎすの茶髪の男だ。無駄に健康的なハゲとは対照的に、痩せぎすの茶髪は不健康そのものといった感じで、目の下の隈が酷い。寝不足にも程があるだろう。


「お久しぶりです、モイスさん。…そちらの方はどなたですか?」

「その節はどうも…こいつはうちの新しい鍵師のロディって言います」


 ロディって呼ばれた男が頭を下げる。ということは、ハゲがモイスか…。新しい鍵師ってことはもしかして…


「紹介します、こちらはメルディアの鍵師のロックさん。あのゲン=ミナヅキの弟子だそうよ。ロックさん、こちらはバルボラのギルドマスターのモイスさんです」

「ロックだ、よろしく」

「お前が…新しい鍵屋か」


 俺の挨拶にも碌に返さずに、憎憎しい視線をぶつけてくる。ロディって奴に至っては目すら合わせないし、こいつらは礼儀っていうものを知らないのか?


「単刀直入に言いましょう、新しいダンジョンの解禁はメルディアに一任します。これは既に決定したことです」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! バルボラうちに任せてくれるって話だったはずじゃなかったのか?」


 リーゼロッテの冷酷な宣言にモイスが動揺してる。敬語も忘れてるからな。


「理由は解ってると思いますけど? 貴方達の失態のおかげで当商会がどれほどの損害を被ったか御存知ですか? 」

「いや、それは理解してるが…だからってほぼ決まってたものを反故にするなんて…」


 モイスがしつこく食い下がってるな。だが、しつこくするのは逆効果だと思う…


「それでは、当商会が支払った違約金をそちらに請求させていただいてもよろしいんですね? 当然、一括で支払ってもらいますが。払えなければ貴方達とその家族を奴隷に落としてでも支払ってもらいますよ?」


 リーゼロッテの目、凄く怖い…。追い込み方がもろヤクザじゃねーか! 荒くれ共相手に商売してるんだから当然か…


「貴方達の失態のおかげで、当商会は一部の貴族様の信頼を失いました。それも含めれば、違約金すら軽く超える金額を請求したいところですよ? そのあたりを理解していらっしゃいますか?」

「…わかり…ました」


 モイスが渋々了解するが、こっちをすごい目で見てる。視線だけで殺せそうだ。…ちょっと待て、この流れは…


「だが、鍵師がいなかったのはメルディアだって同じだろう? いきなりあの・・ゲンの弟子なんて言われたって信用できるかよ! 一体どれだけ『ゲンの弟子』を騙る奴が出てきたと思ってるんだ? それに、うちのロディこそゲンの弟子だ!」


 おいおい、聞き捨てならない話だな。そんな不健康そうな奴、師匠が弟子に取るわけないだろう? 鍵師はいつでも最高の状態で仕事するべきって口癖のように言ってたんだから。


「成る程、モイスさんの言う事にも一理ありますね。メルディアが鍵開けに失敗しないとも限りませんから。それではこうしましょう、お互いの鍵師で勝負をしてください。こちらの指定した鍵を開けてもらいます。いいですか?」

「おう、それでいいぜ。こっちが勝ったら解禁はうちに任せて貰う」

「わかった…勝負すればいいんだろ?」

「それでは、勝負成立ということでよろしいですね? それではこちらにどうぞ」


 リーゼロッテが纏めるが、これはリーゼロッテが誘導したな? ちょっと考えればツッコミ所はいくつもあるが、大体なんでこの屋敷に勝負できる鍵があるんだよ。元々勝負させるつもりだったんだろう?


「ねえ、ロック? 勝手に勝負なんかして大丈夫なの?」

「そうですよ、もし負けたら…」

『あら、あなたたちはロックが負けると思ってるの? ロックを信じてないの?』

「「 そんなことない! 」」


 2人が心配するのもわかる。解禁の権利がかかってるんだから。だけど、師匠の名前を出された以上、俺も黙っている訳にはいかないんだよ。こんな奴が弟子を騙るってだけで兎に角腹が立つ!


「心配すんな、お前達もついてるしな!」


 元気付けるように3人の頭を撫でてやる。こんなこともあろうかと道具を持ってきて良かった。…しかし、まさか異世界で『こんなこともあろうかと』な現場に出会うとは思わなかった…








 俺達はリーゼロッテに従い、屋敷の地下に向かった。そこは黴臭いニオイが立ち込める倉庫のような場所だった。正面には大きな扉があるが、この雰囲気はもしかして…


「ここはかつてダンジョンだった場所です。既に放棄されていますので、モンスターも現れません。そのために当商会が責任持って倉庫として使用していますが、そこの扉だけは仕掛けが生きているんです」


 扉には大きめの錠前が組み込んであるようだ。雰囲気からすると、魔法の鍵ではないみたいだが、扉の前には玄関マットくらいの大きさの石が嵌め込んである。ここだけ色が違うから凄く目立つな…。


「よし、この程度の鍵なら楽勝だろう? 先に開けちまえ!」


 モイスの言葉にロディが頷くと、色違いの岩に乗って鍵開けを始めた。その時、若干だが岩が沈んだような気がした。俺の見間違いか?


「いいの? 先に開けさせて?」

「そうですよ、こちらが不利になります」


 2人が心配してるが、こんな怪しい扉で試そうって言うんだから、そんなに簡単に開く鍵ではないはずだ。何か複雑な仕掛けがあるに決まってる。なら今すぐに行動に出るのは危険だ。


「いいんだよ、あいつには無理だろうから」


 俺は挑発するため、態と聞こえるように言う。それを聞いたロディがこちらをちらりと見て鼻で笑う。既に鍵穴を弄ってるが、多分…


「この程度の鍵なら問題ありません、すぐに…」


 ロディの言葉は続かず、その場に崩れ落ちた。


「おい! どうした! …なんだこの矢は?」



 蹲るロディの脇腹には小さな矢が刺さっていた。おそらく鍵穴のトラップに引っかかったんだろうが、まさかこんな仕掛けがあるとは…


「ご心配なく、毒など塗ってありませんから。でも、この程度のトラップも見抜けないなんて、そちらのロディさん…でしたか? 大したことありませんね。これでは今後お願いする仕事についても考え直さないといけませんね」


 リーゼロッテが恐ろしいことをさらっと言う。これ、当たり所悪かったら死ぬだろ!


「そんな! トラップがあるなんて聞いてないぞ!」

「…あなたはダンジョンでトラップに掛かっても、そんな言い訳をするんですか? 見抜けないあなたが悪いんでしょう? その証拠に、ロックさんは慎重に周辺を観察してましたよ?」


 その論理は正しい。ダンジョンなんて、ダンジョンマスターと探索者との化かしあいみたいな部分もあると思ってる。だとすれば、一瞬たりとも油断なんて出来ないはずだ。特に開けてない鍵がある場所ではな。…しかし、観察してたのを気付かれてたか…怪しそうなところをピックアップしてたんだが、この女、相当な食わせ者だな。


 見た限り怪しいところは、扉の前の岩と鍵穴だな。それから、岩の上が妙に明るいのも気になる…それに矢のトラップも対処しなきゃいけない。


「それじゃ、次は俺の番だな。…少し時間をかけるが…問題あるか?」

「いいえ、存分にどうぞ」


 許可が出たので、じっくり調べさせてもらう。まずはいつものように針金で鍵穴の内部を探っていくとするか…。



 扉の前に立つと、確かに岩が若干沈んだ。ただ、さっきとは沈み方が違うな…俺の方が沈みが大きい。それに、岩かと思ったら硝子みたいな材質で、俺の影が硝子の下に映ってる。その下には何やら魔法陣が描いてあるし…もしかして…


 硝子の床はとりあえずそのままにして、鍵穴を探る。ロディはいきなりトラップに掛かったが、その時にあいつは解錠したと思ってた。とすると、その時間から割り出す位置にトラップがあるはず…こいつか?


 その位置には、確かにピンが動く気配がある。だが、針金を扉の隙間に差し込んで調べた扉の厚みからいくと、この位置には可動部は無いはずだ。とすると、このピンはトラップ確定だ。少しずつ探ってトラップピンを見つけて針金にマーキングしていく。これならピンの位置を間違えない。


「おい、さっさとやれよ! 待ちくたびれたぞ!」

「…五月蠅い、少しは黙れ」


 全く、こっちは集中してるんだから、周りで雑音立てるなっての。鍵開けにどれだけ集中力が必要か、全然理解してないぞ、このハゲは。


 さて、大方のはずれピンの場所は把握したから、あとは開けるだけなんだが…この沈む床が気になるんだよな…確かどこかでこれと似たようなシステムを見た記憶があるんだが…とその前に、矢のトラップも確認だ。


 ロディに矢が刺さったのは脇腹だ。その高さとロディがいた場所から考えて、両横の壁が怪しい。匍匐前進しながら壁に近づき、下から見上げると小さな穴が横一列に開いている。ここから矢を放っているんだろうが、どうやって細かい位置を確認してるんだ?


「何だよ! 無様な姿だな!」


 モイスが俺のことを嘲るが、そんなこと気にしない。ダンジョンでは仲間の命を預かるんだ。どんなに無様な姿でも、確実に対処するのが鉄則だろ?


 あの場所で位置を把握できるものと言えばあの床なんだが…ちょっと考え方を変えてみよう。位置を把握するなら位置センサーだが、ここには赤外線のようなものは無い。もっと単純に位置を把握してるはずなんだ。


 硝子の床に這いつくばって調べると、僅かだが魔力の流れがある。それも硝子の床の下からだ。でもそこには何も………ある。俺の位置を把握できるものが。それを意識してもう一度確認すると…確かに俺の立ち位置に反応してる。矢のトラップはこれで何とかできる。後は本丸か…ちょっと思考が煮詰まってきた。


「ちょっと中断だ。あまり根詰めると、柔軟な思考が出来なくなる…ってどうした? お前ら?」


 俺を見て弟子2人もノワールも引き攣った表情をしてる。何か顔に付いてるのか?


『2人はロックの気迫に吃驚してるのよ。…私もだけど』

「でも、大丈夫ですか? 随分慎重ですけど」

「私達に手伝えないかな?」


 どうもかなり殺気立っていたらしい。でも、それだけ負けられない勝負なんだよ。


「鍵穴は何とかなりそうなんだが、あの床が気になってな…ってノワール、何で膝に乗りたがる」

『私の指定席だから』

「いい加減にしてくれよ? 重くて痺れるから…重い…そうか、重さか! 重量センサーか! そういうことか!」


 俺の記憶にあったものと、目の前のギミックがほぼ重なった。俺の見立てが間違ってなければ…


「リーゼロッテさん、ちょっと失礼します」

「え? え? きゃっ! な、何を…」


 俺はリーゼロッテの腰を両手で掴むと、一気に持ち上げる。何か騒いでるがお構いなしだ。こっちは勝負してるんだから。でも、あまり大騒ぎしないところを見ると、多分当りだ。


「この重さだと…セラとノワールか。悪いが2人とも、その透明な床に乗ってくれ。それから、できるだけ姿勢を低くしておいてくれ。この鍵穴のよりも頭を低くしてくれよ」

『大丈夫よ、何があっても私が護るから』


 ノワールが俺に目配せしながら囁いてくる。黒竜の力、あてにしてるよ。


 上着を脱いで拡げると、その上に2人を座らせて鍵穴を再度調べる。鍵穴には何の変化も無い…とすると、やはり受けの方だったか。もう少し扉の形状にも気がついておくべきだったな。でも、これで全部把握できた。あとはピンを動かして…



――――― カチャ ―――――



 閂が受けから外れる音がした。俺は2人に伏せるように指示しながら、ゆっくりと扉を開ける。…当然、矢は出てこない。


「「『 開いた! 』」」



 まさか異世界に来てまでこんな面倒なシステムを解読するとは思わなかったよ。でも、とりあえず師匠の名誉は守れたかな。ゲン=ミナヅキの弟子なら、あんな無様な姿晒すわけにはいかない。


 俺はモイスとロディを睨みつける。もうちょっと修行してこい、この野郎!


重量センサーは製薬会社の工場によく使われます。

その目的と使用方法は次回に…

次回は9日の予定です。

読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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